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鏡の誘惑










女性が一人立っていた。



荒れ果てたような乾いた黄色い地面の上…女性は呆然と立ち尽くしていたのだ。




「ここ…どこかしら…?誰かいないの?」



『………せよ…。』



何か声が聞こえる。



地から湧き出るような低い声だ。




「誰?どこにいるの?」



『我は契約者…。汝…我と…契約せよ!』



「契約…?一体、何のこ………きゃあああ!?」



女性は大きく悲鳴を上げると、そのまま気絶したかのように倒れてしまった。



彼女の背中には、悪魔でも天使でもない、青い小さな翼を持つ人型の物体が覆い被さっている。




やがてそれは女性の体を侵略していった………。












「ふんふふーん…とぅるる…るるーん。………うん、こんな感じかな。」



茶色く短い髪を整え、少女は満足げな笑みを見せた。




「美奈子ー!準備はできたのー?あと五分で始まるわよー!」



下から母親の呼ぶ声が聞こえる。




「もう終わるよー。…あとは、前髪をピンで止めて完成っと。」



美奈子というらしい少女は、先ほどからずっと上機嫌で鼻歌を歌い続けていた。



それもそのはずで、今日は彼女の16歳の誕生日なのである。




「よっし!」




美奈子は小さくガッツポーズをとると、タタッと階段を駆け下りていった。



一階ではケーキを取り分ける皿を母親が並べていた。




唐揚げの香ばしい香りが美奈子の鼻をひくつかせる。




「美味しそう…。」



「つまみ食いはダメよ。あなたは今日の主役なんだから、行儀良くしてなきゃ。」



「つまみ食いなんかしないよ。そんなことしたら、自分で自分の誕生会を台無しにするようなもんじゃん。」



「ふふ…冗談よ、冗談。……あ、そうそう。誕生会始まる前に…渡しておきたいものがあるの。」



母親は思い出しように言うと、奥の部屋から一つの鏡を引っ張り出してきた。



縁は木でできていることや、鏡面に埃が付いていることなどからかなりの年代物とわかる。




「渡しておきたいものって…この鏡?」



「そうよ。美奈子、言ってたでしょ?姿が全部写る大きな鏡が欲しいって。だから、物置を探してみたら、この鏡が出てきたのよ。」



「…こんな鏡あったっけ?おばあちゃんのかな?………ま、いっか。古いけど使えなくもないから、貰っておこうかな。」



母親に礼を言ってから、美奈子は鏡を自分の部屋に運んだ。




「んー…よっ…とと!ふー…重かった…。」



鏡は見た目よりも相当な重さであった。



勉強机の横まで運び終えた時には、美奈子の息は上がってしまっていた。




「ふう…なんでこんな日に疲れなきゃならないのかな、もう…。でも、まあ…最後の服装チェックできるから、無駄じゃないんだけど。」



気を取り直して、運んで来たばかりの鏡の前に彼女は立つ。




「髪…良し。化粧……良し。服装………完璧!」



歓喜の声を上げた美奈子だが、去ろうとした時に不意に振り返った。



…鏡の丁度真中辺りが、埃か何か白く汚れていたからである。




(けっこう払ったのに、まだ埃付いているみたい…。あー、やっぱり…気になる!)







再び鏡の前に戻り、鏡の表面をティッシュで軽く拭こうと鏡に触れた瞬間。




「えっ…今、中から風が吹いてき…わあああ!?」




中から台風のような風が吹いてきて、それはあっという間に美奈子の体を鏡の中へと吸い込んだのである。




………。




風が収まった時には美奈子の姿は無く、彼女の髪に付いていたバレッタだけが床に残っていた…。












そこは、辺り一面黄色い土に覆われた荒れ地だった。



美奈子は、痛たたた…と腰をさすりながら、ゆっくりと起き上がった。




「鏡に吸い込まれるとか、本当有り得ない…。なんで!どうして!てか…ここ…、どこよ…。」



嘆いてみるが、どこからも言葉は返ってこない。



ただ、ヒュオオオ…と風の吹き荒ぶ音が聞こえてくるだけである。




(砂漠…?そもそも、ここって日本…?鏡の中…?)



美奈子の頭の中で無数のハテナマークが飛び交う。



辺りを見回しても、人の姿や動物の姿は全く見当たらない。



(不毛の地…とかいうやつ?わかんない…。わかんないから…)



「とりあえず、鏡を探してみよっと…。鏡から入ったんだから、鏡から出れるはず!…って、その鏡が見当たらないんだった。」



ダメじゃんかと自分てツッコミを入れつつ、美奈子はテクテクと歩き出す。



どちらから来たのか、どちらへ向かえばいいのかわからないが、とにかく北だと思う方向へ。




(今頃、誕生会始まって、美味しいご馳走食べてたはずなのになあ…。)



そんなことを思いながら、彼女は歩いて行くのだった…。













(あっ!こっちに来て正解だったかも。)



そろそろ歩き疲れたなと思い始めた頃に、美奈子はようやく人を発見した。



それも一人ではない。



四人も居るのだ。



よく見えないが、一人は女性で後の三人は男性のようだ。




「すみませーん!道がわからなくて…良かったら教えて下さーい!」



相変わらず地面は荒れ果てていたが、美奈子の心は弾んでいた。



満面笑顔で手を振りながら、四人に駆け寄る。



そして、道を教えてもらって家に帰る。



…はずだったのだが。




「避けろ!」



「へっ?えっ…きゃっ!?」




次の瞬間。



美奈子は四人の内の一番髪の長い男性に、体を掴まれ地面に押しのけられていた。



ドサッという音が響く。




「痛ったー…何よ一体…?」



「避けろと言ったのに、避けなかったから仕方無い。」



「そんなこと言われても…何が何だかわかんな…あっ。」



青年と美奈子の視線がピタリと合った。



漆黒の髪を首の後ろでまとめた青年は、茶色い澄んだ瞳を持っていた。



歳も美奈子と同じか、少し上といったところだろうか。




切れ長の睫…じっと見つめる眼差し…端正な顔立ちなど…どれをとっても、実に魅力的であった。




美奈子の頬がポッと赤くなる。




「あ、あの…道を聞きたいだけで…そういう気は全然…」



「吹雪!後ろだ!」



緑色の短髪の男性の声に応じるように、吹雪と呼ばれた青年はサッと振り返る。



その手には、いつの間にか青い長剣が携えられていた。




「くっ…青龍断!」



青年の長剣が後ろに居た“何か”を断ち切る。



グオオオと凄まじい断末魔の叫びが響く。



美奈子の目にもほんの一瞬だけ、叫びの主が見えた。



それは頭に角が生え瞳が灰色で爪が鋭く長く伸びた、人間のようで人間で無い者だった。




「吹雪…大丈夫か!?」



「そっちのお嬢さんもケガは無い?」




戦いが終わったことを確認し、四人の内の残りの二人が駆け寄ってきた。



吹雪の名前を呼んだ男性と、もう一人はウルフカットの黒髪を持つ青年である。




「大丈夫だ、天砂。」



「あ、はい…ケガは無いです。…何度も打って腰は痛いけど。」




吹雪は端的に、美奈子は腰をさすりながら答えた。




「ところで、お嬢さん。君はなんで…」



「なぜここに来たんだ?」



黒髪の青年…天砂の言葉を遮り、鋭い眼差しで吹雪が訊いた。




「えっ…なぜって言われても…。」



「…一ヶ月も前に、避難勧告が発令したはずだ。付近の住民は、ここから離れるようにと。」



「避難勧告…?なんで?」



「最近、“契約者”の数が異様なほどに増えてきたからだよ。」



天砂が答える。




「契約者…?何のこと?」



「何のことって…本当に知らないのかい?」



緑髪の男性の問いに、美奈子はこくりとうなずく。




「………ふざけているのか?あれだけ危険な目に会っておきながら、反省してないようだな、おまえ。」



「むっ…ふざけてなんかないんだから!なんでここに来たのかって…私が聞きたいぐらいだっての…。鏡に吸い込まれたかと思ったら、こんな砂漠みたいなとこに来て…帰り道わかんないし…戦いに巻き込まれるし!」



美奈子は、もう嫌…と泣き出しそうな顔でへたり込んだ。




「なのに…なんでふざけてるとか言われなきゃならないのよ…。見ず知らずのあんたに!」



「…どういうことだ?」



吹雪は考え込むように腕を組んだ。



四人の間を風がザーッと通りぬけていく。




「この子はもしかして、表の世界から来たんじゃ…?」



天砂が自問自答するように言って、



「まさか…な。表の世界の人間が裏の世界に来れるわけは無い。」



そんなことが有るわけは無いと吹雪が否定する。




「いや…今までが無かっただけで、その可能性が全く無いわけではないのかもしれない。…とにかく。話はホームに戻ってから続けるとしようか。ここに留まるのは…危険だ。」



「ホーム?」



神風かみかぜの拠点だよ、お嬢さん。」



緑髪の男性が言って、四人はホームと呼ばれる場所へと向かった…。













「自己紹介がまだだったね。私は伊豆河涼いずがわりょう。神風の現リーダーだ。コードネームは、ガーディアン。」



緑髪の男性…涼は、微笑しながら挨拶した。




「俺は筒几岳天砂つつきだけてんさ。裏世界を守る隊長グループ…神風の一員さ。コードネームは、トリック隊長!」



黒髪の青年…天砂は片目ウィンクし、ピースした二本指を左こめかみに当てた。




「それから、彼が…」



「………風 吹雪かぜふぶきだ。神風のメンバーの一人。コードネームは、ブリザード。」



吹雪はぶっきらぼうに挨拶し、美奈子からフッと目を逸らした。



ホームと呼ばれた場所は、二階建ての一般住宅だった。



一階には、リビングやキッチン、ダイニングやバスなどがあり、二階にはそれぞれの寝室があるようだった。



美奈子達四人は、リビングのソファに座って話をしているという状況なのだ。




「私は…水野美奈子みずのみなこです。コードネームとかは無いけど…友達からは“みな”って呼ばれてます。表とか裏とかよくわからないけど…大きな鏡に吸い込まれて気が付いたら、ここに来てたんです。」



はあとため息をつきながら、美奈子は長い自己紹介を終えた。




「あの…一体ここはどこなんですか?裏の世界って…神風って…契約者って…何なんですか?」



「どこって言われても…名前は無い場所なんだけどね。私達は、“荒廃した大地”と呼んでいる。」



(荒廃した大地って…そのままだよね。)



涼の返答に対し、美奈子はそのネーミングセンスの無さにやや呆れた。


もちろん、口には出さないが。




「神風は、裏の世界を守るエージェント…隊長グループの別名さ。」



両腕を後ろ頭の位置で組み、天砂が誇らしげに言った。




「裏の世界を守る…?」



「そうだぜ。実質的には表の世界も守っていることにもなるんだけどな。…世界に表と裏があることは、知ってるか?」



美奈子は、知らないと首を振った。




「…まあ、この辺は俺達もそこまでよくは知らないんだけど。世界ってのは一つじゃなくて、表と裏の二つの世界が、まるでコインの裏表のように表裏一体となり存在しているらしい。二つの世界は直接的な干渉はあまり無いらしいけど、間接的に干渉し合っているらしい。例えば…裏の世界が滅びれば、表の世界も滅びてしまうといった具合に。」



(例えば…のスケールでかっ!)



心の中で突っ込む美奈子。




「…契約者というのは、人間に乗り移り暴れ回る魔物のことだ。裏の世界にのみ存在している。奴らは、表の世界に干渉できる。二つの世界の境界を跨ぎ、表を壊すことができる。また、裏の世界の安全圏を脅かす。」



「そんな契約者達から人々と世界を守るのが、神風の役目。…そろそろ代替わりの時期で、俺と現リーダーの涼さんは抜けるけど。」



明るい口調の割には、天砂の顔は曇っていた。




「そろそろって言いながら、もう二年も経ってんだよな…。」



「そうなんですか?」



「後任者が来なくてさ。たぶん…来る途中で契約者にやられたか、いざ行こうとなると怖くて逃げ出したか。そのどっちかだろうけど。」



ふうとため息ともつかない息を吐く天砂。




「…そのくらいにしておいた方がいい、天砂。諸事情を他人に…表の世界の人間に明かす必要は無い。」



「他人かどうかわからないぜ、吹雪。美奈子ちゃんが“力”を持ってたらどうするよ?」



「こいつが…?持っているようには見えないが。」



吹雪は横目でチラと美奈子を見た。




「な、何…?」



「表の世界の人間に神風の力はあるわけはない。使う必要も無いんだからな。」



「むっ…ちょっと、あんた!さっきから聞いてれば、こいつだの表の世界の人間だの…名前で呼びなさいよ!私には“美奈子”って名前があるんだから!!」



遂に堪忍の尾が切れたのか、美奈子は立ち上がり吹雪に人差し指を突きつけた。




「なっ…。」



「邪魔だといわんばかりに、私のこと好き勝手言って…もう怒ったんだから!帰る…あんたの嫌いな表の世界に帰ってやるんだから!!」



「…別に嫌いとは言ってないが。帰りたければさっさと帰ればいいだろ。」



「わかったわよ!そんなに帰ってほしいなら…帰り方教えてよ!どう帰ったら表の世界に着くの!?」



「まあまあ…落ち着いて…二人とも。」



険悪モードの二人の間に、涼が割って入る。




「はあはあ…。あっ…ごめんなさい。吹雪の言い方があまりにもひどかったんで、つい…」



「…すみません、リーダー。別に悪気があるわけではなかったのに、美奈子が文句言ってきたからムッときてしまって…」



美奈子と吹雪は、全く同じタイミングで言葉を発した。




「はは…仲いいんだか悪いんだか、さっぱりわからないな、二人とも。」



「もう名前で呼び合ってるしな。美奈子ちゃんに“力”があれば、問題は無さそうだぜ。」



「真剣なのに、からかわないで下さいよ…天砂さん、涼さん。」



苦笑する二人に、美奈子は嘆き口調で言ったのだった…。




「それはいいとして…帰り方、か。鏡から来たなら、鏡から帰れるんじゃないか?」



「あ…そっか!私…戻って鏡を探してみます!」



外に出て行こうとした美奈子を、ちょっと待ってと涼が止めた。




「窓から外を見てごらん、美奈子ちゃん。もう…外は真っ暗だ。明日にした方がいいよ。」



「えっ?…本当だ、いつの間に夜に?今の今まで明るかったのに…。」



「………裏の世界は、昼が短く夜が長い。ただ、それだけのことだ。」



吹雪が端的に理由を説明した。




「夜は契約者に襲われる確率が急激に高くなる。それでも構わないなら、帰ればいい。」



「うっ…さすがにそこまでの勇気は無いや。」



ガクリと肩を落とし、イスに座り直す美奈子。




「今日はホームに泊まったらどうだい?空き部屋があるから、遠慮は要らないよ。」



「涼さんの言う通り!女の子なら大歓迎するぜ?帰る当てが無いんだったら、泊まって行けばいいじゃん。」



涼と天砂の提案に、でも…と美奈子はためらう素振りを見せた。




「吹雪が…」



「勝手にすればいいだろ。俺には…関係無い。」



「そう?じゃ、勝手にしちゃうよ。」



美奈子はイタズラっ子っぽい笑みを浮かべて吹雪に言葉を返した。




「それじゃ、いろいろ準備してくるから少し待っててくれるかな?」



「女の子向けにかわいく装飾してくるから、期待してな!」



そう言うと、涼と天砂は階段を駆け上がっていった。



リビングには、美奈子と吹雪の二人が残された。



…気まずい空気が流れる。




「あ、えっと…言い忘れてた。あの時…助けてくれたんだよね?あ、ありがとう…吹雪。」



「…助けた訳じゃない。戦いの妨げになるから、どかしただけだ。」



「どかしたって…変な言い訳。ま、そういうことにしといたげるよ。あと…短い間だけどよろしく。」



微笑みながら美奈子は手を差し伸べる。



それに対し、吹雪は




「…よろしくしたくないな。俺達の戦いに巻き込まれる前に…できるだけ、早く帰れ。」



冷たく言い放ち、自分の部屋へと歩き去って行った。




(照れてるのかな…?それとも…人間不信?なんだか…気になる。)



美奈子はそんな彼の後ろをじっと見つめながら思った。









『美奈子が来たことは、裏の世界に後に大きな影響を与えることになる。』



『彼女が来たことは、偶然か。はたまた、運命のイタズラか。知るのは、神様と呼ばれる存在だけである…。』




−To be continued−







『美奈子が来たことは、裏の世界に後に大きな影響を与えることになる。』



『彼女が来たことは、偶然か。はたまた、運命のイタズラか。知るのは、神様と呼ばれる存在だけである…。』




鏡の誘惑−了−

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