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悪役令嬢のジレンマ

…………………


 ──悪役令嬢のジレンマ



「水竜が出没した?」


 期末テストの勉強で忙しくなる寸前に、私は冒険者ギルドで興味深い情報をペトラさんから聞いていた。


「ああ。4日前にケーニヒス湖で目撃情報があった。馬鹿でかい水竜で、どうも川を下っているらしい。冒険者ギルドにも奴が人里に近づくことがあれば、討伐要請が来るかもしれないな」


 この間土竜を勝手に討伐して、金銀宝石の類をゲットした私だが、まだ水竜とはでくわしていない。水竜の素材も何か価値のあるものがあるかもしれないし、是非とも討伐クエストには参加したいところだ。


「だが、お前、学園でそろそろ試験の時期だろ?」


「そうなんですよねー……」


 そうなのだ。水竜には非常に興味があるが、その前に期末テストという魔獣を討伐しなければならないのだ。


 もはや期末テストの勉強は急務となっている。幼少期の予習も限界を迎え、授業の難易度も上がってきているし、魔術のみならず数学や化学、生物、物理の勉強という私の苦手な理系の科目が戦列歩兵のごとく列を組んで行進してくるのだ。


 成績が悪いとお父様に怒られて、お小遣いが経済制裁を受ける虞もある。


 うーむ……。なんというジレンマ。水竜君も間の悪いときに現れたものだ。


「ま、学生は勉強頑張れよ。学生の本分は勉強だからな」


「でも、水竜討伐も実に魅力的でして……。ちなみにおいくらぐらい報酬出ます?」


「そうだな。ひとり当たり20万マルクは固いな」


 20万マルク! これは魅力的な報酬ですよ!


「だけれど、理系の科目がー……。勉強しないとー……」


 テスト勉強がなければ冒険者ギルドに張り付いているのにー。


「はっ! 勉強をしながら水竜を討伐すればいいのでは!?」


「頭大丈夫か?」


 仕事をしながら勉学に励んだ二宮金次郎のように、私も魔獣を討伐しながら勉強をすればいいのではないだろうかと思ったが、ペトラさんから鋭い突っ込みが入った。


「私だって水竜討伐したいです! 週末には必ず来ますから、参加させてください!」


「参加するのは構わないが、勉強の方は大丈夫なのか?」


「気合でどうにかします」


 気合いだ。気合でどうにかするのだ。


「クエストが週末とは限らないが」


「週末であることを祈っています!」


 無遅刻無欠席が売りの私なので、学校をさぼって水竜退治に行くわけにはいかないのである。水竜君には是非とも週末に討伐されて欲しい。


「まあ、クエストが張り出されたら誘ってやるよ。確かに水竜がケーニヒス湖に出没したのが4日前だから、このまま進めば週末までには討伐クエストが張り出されるだろうな」


「いえい!」


 なんとしても水竜を討伐したいものである。そして、あわよくば素材を剥ぎ取り、ついでに報酬をたんまりゲットしたい。財布はホクホクになり、錬金術で新たなアイテムを作ったり、換金したりしたい。


「勉強、ちゃんとやれよ? 学園で留年したりしたら大変だろ。公爵家令嬢?」


「まあ、そうですね……」


 留年はしないと思うけど、勉強しないとお父様がお怒りになる成績になる恐れはある。


 はあ、理系の科目なんて消滅してしまえばいいのに。


 そう嘆いてもしょうがないので、今日から気合を入れて勉強しなければ!


…………………


…………………


 勉強!


 私は水竜討伐クエストに参加しても大丈夫なように、一生懸命勉強する。


 図書館に入り浸って必死に数学の公式を覚え、地球とは異なる生物学と物理学の知識を暗記し、魔術工学の練習問題に励む。


 これも水竜討伐クエスト参加のため……! 今の私は必死だ!


「妖精の自然発生の条件は一定数の自然魔力量があり、その魔力量は……」


 わーっ! もう難しすぎるよ、これ! 私のなけなしの理系の知識はまるで役に立たないし、数学はなんだかひっちゃかめっちゃかだし! なんで数学とか物理の勉強で天文学がでてくるのさ! 訳が分からないよ!


 はあ……。つらい……。


「今日も勉強ですか、アストリッド?」


「え、ええ。テストが近いので」


 で、ここでフリードリヒだよ……。図書館に来ると自動的にフリードリヒに出くわすのだ。何せフリードリヒもエルザ君と一緒に図書館で勉強してるからな。私は離れた席に座ってふたりっきりにしてやってるのに、向こうから攻めてくるのだ。畜生。


「その問題の公式はこれを使いますよ」


「え? ああ、ありがとうございます、殿下。でも、勉強にならないので、できれば答えの方は知らせないようにしてください」


「それはすいません。余計なお節介でしたね」


 そうだよ! 余計なお節介だよ! 黙ってて!


「エルザ君の方は勉強の方は順調ですか?」


「ええ。エルザ嬢は勉強熱心ですから。一般教養に関しても問題ないようですよ」


 エルザ君も逞しいな。初等部から学園にいる私が必死こいて勉強しているのを軽々と乗り越えていっていくとは。流石はヒロインなだけはある。真のヒロインは美貌だけでなく勉学も優れているのだな。


「エルザ君はとても素晴らしい方ですよね! 勉学にも優れており、女性的な魅力もあるとは! これほど素晴らしい女性はなかなかいないのでは?」


 勉学に勤しみながらも破滅フラグを回避するためにエルザ君にフリードリヒをくっつけなければいけないところが悪役令嬢の大変なところだぜ。


 悪役令嬢、悪役令嬢ってなんだ。


「ええ。エルザ嬢は魅力的な女性だと思います。彼女は将来、学園の教師にだってなれるでしょう。そうでなくとも帝国を支えてくれる優秀な人材になってくれるはずです」


 違うー! 女性として魅力的かどうか聞きたいのー!


「殿下はエルザ君のことをいいパートナーになるとは思われませんか?」


「パートナー、ですか……。確かに彼女にはとても魅力を感じるのですが、いろいろと難しいところもあるものですから……」


 はー。平民だからか。ゲームの時は皇位継承権を捨ててでもエルザ君を選ぶガッツを見せたのに、現実のフリードリヒはなよなよだな。


 いや、待てよ。フリードリヒがエルザ君に告白するのはゲーム終盤の高等部3年のときのはずだ。今はまだなよなよだけれど、いずれはエルザ君をパートナーに選ぶ気合を見せるのだろう。きっとそうだ。


 そうであってくれ……。


「殿下とエルザ君はいいパートナーになれると思いますよ。殿下にその気があられるのであれば、ですが」


「……いずれは決断したいところですね」


 おや? 脈ありか?


 焦らすなよ。ささっと攻略しちまえよ。そして私を地雷処理から解放してくれよ。


「殿下のお気持ちは必ず報われるときがきます。殿下がその気であられるなら」


「アストリッド。あなたは変わっていますね」


「へ?」


 私はエルザ君を推しているだけで、変なことはしてないぞ。


「他の貴族子女の方々は皇妃を目指して、私にアプローチしてくるものでした。中には歳の差が10歳も離れた方が迫ってくることもありましたよ。ですが、あなたは違う。あなたは私に無理に迫ったりはしない」


 そりゃそーだよ。好みじゃないし、地雷だし。手を出す理由がない。


「まあ、私と殿下が釣り合うとは思いませんので。私のような魔術馬鹿では」


「あなたのそういう謙虚なところは好きですよ、アストリッド。ですが、あなたは自分にもっと自信を持っていいでしょう。あなたも魅力的な女性なのですから」


 げーっ。本当にそういうのは止めて欲しい。破滅フラグが立つから。


「殿下。そこまでです。他の方に聞かれると面倒なことになってしまいますよ」


「そうですね。ですが、あなたは魅力的だ。それだけは伝えておきたい」


 私はエルザ君の方がいいと思うな!


 ええい。思わずフリードリヒの邪魔が入ったが、私は必死に勉強しなければならないのだ。寝る時間も今は4時間に削って勉強しているのだから、この努力を無に帰すわけにはいかない。


 ええっと。数学のこの公式はこうだから……。三角関数はこうなるわけで……。


 うぎゃー! もう滅べ、理系科目! この世から消えてなくなれ!


 はっ! いざとなったらブラウたちを使ってカンニングすればいいのでは……!


 いやいやいや。先生たちには妖精さん見えちゃうし、すぐにばれる。


 しかし、もはや普通の手段では好成績が維持できなくなる難易度だよ、これ……。下手にお父様に家庭教師を依頼すると、週末の時間が無くなってしまう恐れもあるから、自力で何とかしなければいけないのだが。


 はあ……。これは青春とは程遠いなー……。


 せめて水竜の討伐クエストが週末に貼りだされることを祈るのみである。


 週末だぞ、週末。ウィークエンドに襲撃してくるんだ、水竜君! そしたら私の新兵器でぶち抜いてやるからな!


…………………

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