悪役令嬢とダイエット
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──悪役令嬢とダイエット
「ア、アストリッド様……」
「どうしたのさ、ロッテもブリギッテも。そんなに浮かない顔をして?」
私がイリスの演劇の練習を見てから真・魔術研究部に顔を出すと、ロッテ君たちがうなだれるようにして談話スペースに腰かけていた。
「それが今日、そこにある体重計で体重を測ったところ、ちょっと太ったということが分かりまして……。そういえば最近心なしかお腹周りにお肉がということに気付きどうしたものだろうかと話し合っていたのです……」
「う、うーん。太ったかー」
それは私が毎回毎回円卓からお菓子をちょろまかしてきて、ロッテ君たちに配っているせいではなかろうか。そうなると罪悪感がふつふつと湧いてくる。
「そうか! なら、ダイエットしよう!」
ここは部長として部員の悩みを解決すべし!
「ダイエットですか? 何をすればいいのでしょうか……」
「そりゃあ、運動だよ、ロッテ。食事制限という手ももちろん使うけれど、基本は体を動かしてこそだよ!」
そうなのだ。成長期で食べ盛りの私たちが下手に食べるものを制限するのは不健康である。ここは体を動かすことで脂肪を燃焼させるのだ。とにかく動いてれば太らないということは私が実証している!
「まあ、まずはお菓子を食べすぎるのは止めにして、運動と行こう! ロッテもブリギッテも体操着に着替えてきて!」
「分かりました、アストリッド様」
ロッテ君たちは渋々というように体操着に着替えに行った。
さて、まずは何から始めるべきだろうか。
「ロッテ、ブリギッテ! まずは基礎代謝を上げていこう! ランニングだ!」
「ランニングですか?」
「そうそう。走ったりして有酸素運動すると基礎代謝が上がって痩せられるってどこかの雑誌で見たんだ!」
私は正直なところダイエットとかしたことないので、うろ覚え知識である。おまけに理系でもないので科学的に説明することもできない。
だが、食べた分、動けば痩せるのは当然のこと! エネルギー保存の法則だ! いや、何か違う気がする。熱力学なとかかんとかのエントロピーだったっけ?
「というわけで校舎周り3周から始めてみよっか! 40分ぐらいで終わると思うよ!」
「こ、校舎周りを3周ですか!? それって物凄く歩いてません……?」
「歩くんじゃないよ。走るんだよ」
確かに初等部から博士課程まであるこの聖サタナキア魔道学園は広い。びっくりするほど広い。だが、それでも3周ぐらいなら余裕でいけるはずだ。私もペトラさんたちと冒険するときはそれぐらいは歩くし。
「も、もうちょっと初歩的なことから始めませんか、アストリッド様」
「うーん。なら1周から始めてみる?」
もっと動いた方が早く痩せられると思うんだけどなー。
「1周でもきついですが頑張ります!」
「がんばろー! おー!」
というわけけで私たちはランニングをしに校舎周りへ!
校舎周りはいつも陸上部が練習に使っているが、今日は私たちも借りるとしよう。
「では、行くよー!」
よっと。スタート!
ロッテ君たちにペースを合わせて私はゆっくり目に走り出す。
しかし、ロッテ君たち、足遅いなあ。陸上部とか冒険者みたいに走ってとは言わないけれど、もうちょっと速度上げられないかい?
「ロッテ、ペース上げよう。その方がいいよ」
「ええー……。今でもギリギリなのですが……」
ううーむ。この世界の女子はあんまり運動しないんだよな。そんなに運動して回るのは淑女として恥ずかしいとか言って。けど、もっと運動した方が健康的な肉体になるし、寿命も延びると思うんだけどなー。
「じゃあ、ゆっくり目にペース上げていこうね。無理なら無理って言ってね」
「はい、アストリッド様」
そう言う私たちの横を陸上部の男子たちが走り去っていった。追い越したい衝動に駆られるが、今はロッテ君たちのペースを作るのだ。しかし、追い越したい……。颯爽と追い抜きたい……。
いけないいけない。友人のためのランニングなんだ。私の競争じゃないんだから。
「おや、アストリッド。運動ですか?」
って、げーっ! テニスコートの傍まで来たらフリードリヒがいやがる! テニス部なのは知ってたけどさ! 本当にテニスしてるとは思わなかったよ! 幽霊部員か何かだと思ってたよ!
「はい。健康のためにロッテたちと運動を」
「それはいいことですね。帝国の女性は運動を嫌いますから。私としてはもっと健康的に育つために日ごろから運動の習慣をつけるべきだと思っていましたよ」
ほー。フリードリヒにしてはまともな考えだな。帝国内戦が起きず、無事皇帝になったら健康増進法とかいろいろ制定して、もっと女子が運動するように環境を整備して欲しいものである。きっと帝国臣民の寿命が延びるぞ。
「では、ロッテたちが待っていますので、失礼します、殿下」
「はい。頑張ってください」
偉くまともなフリードリヒを見たせいで気が抜けたがロッテ君たちは徐々にペースが上がるどころかほとんど歩きになっている……。日ごろから運動してない人にいきなり走れというのは無理があったか。
「ロッテ。もうダウン?」
「き、きついですわ、アストリッド様」
「分かった分かった。ここからはウォーキングで行こう」
歩きでも有酸素運動にはなるだろう。これからゆっくりとペースを上げていって、体が壊れないように気を付けながら運動しないとね。
「歩くだけで痩せられるのでしょうか?」
「動けば動くほどいいんだよ。歩くのにだってエネルギーを使うんだからね」
走るより消費するカロリーは少ないと思うけど、歩きだってエネルギーなしには行えないはずだ。歩くだけでも十分にダイエットには繋がる……はずだぞ!
「ロッテたちが筋肉がついてもいいって言うなら腹筋でもよさそうなんだけどね。やっぱり乙女としてはあんまり筋肉つくのは嫌だよね」
「そうですわね。あまり女性的にみられませんわ」
……自分で言っておいてなんだけど、私の太ももとか二の腕とか結構硬いんだよね……。女性らしいふにふに柔らかな体が私も理想ではあるんだけど、冒険者稼業をやっているとかなり動くものだから自然と……。
うわー! だだでさえ嫁の貰い手がないのに選択肢がさらに狭まるー!
「おい。何やってるんだ、アストリッド嬢」
そんなことを苦悩していたら声がかけられた。
「ベルンハルト先生。今日もさぼりですか?」
「さぼり言うな。休憩時間だ」
声の方向を向くとベルンハルト先生が怪訝そうな顔をして立っていた。
「俺の記憶が間違いではなければ、お前たちは真・魔術研究部だよな? なんでそれが体操着着て、歩いてるんだ?」
「ダイエット中です」
「魔術関係あるのか?」
「ないです」
「ないのかよ」
仕方ないじゃん! 魔術でお手軽簡単に痩せられる方法なんてないんだからさ!
「ベルンハルト先生も一緒に歩きます?」
「いや、いい。俺は後5分で休憩時間が終わるからな。それにしても真・魔術研究部がウォーキングとかお前はいつも俺の想像の斜め上をいくな」
「いやあ。それほどでも」
「褒めてないぞ」
褒めてないの? 褒めていいのに!
「しかし、ブラッドマジックで走って回るとかはしないんだな」
「うーん。ベルンハルト先生はブラッドマジックで走るのと何もせずに歩くのとどっちが痩せられると思います?」
「それは何とも言えんな。試したことがない」
私もどっちにするか悩んだんだけど、ブラッドマジックを使うとずるしてる感じがして痩せられない気がしたのだ。完全にフィーリングで選んでるけど。所詮は理系ダメダメの文系女子ですので。
「まあ、ガンガン痩せますよ! ロッテたちが!」
「お前は特に太ってないし、健康そうだからな。そういうところはいいと思うぞ」
「えっ!? 私ってそんなに先生の好みですか!?」
「そういうところは悪いと思うぞ」
ちぇっ。ベルンハルト先生が惚れてくれたのかと思ったのに。
「じゃあ、頑張れよ。それから真・魔術研究部ならブラッドマジックを使って運動した場合と普通に運動した場合のエネルギー消費の差ぐらい研究しとけー」
「はーい!」
というわけで、私には課題ができた。
「ロッテ、ブリギッテ! 実験、手伝ってね!」
「は、はい……」
心なしかロッテたちが疲れた表情をしていたが、きっとさっきまで走ってたせいだろう。私の研究には喜んで付き合ってくれるはずだ。
そう思ったのだが、後日話してみたところ。
「普通に歩いて痩せることにしましたので実験はちょっと……」
「ええー。しようよ、実験。ロッテがブラッドマジックを使って、ブリギッテが普通に運動して、比較して見るからさー」
「いえ、その、そういう実験こそモルモットでやるべきでは?」
と、すげなく断られてしまった。残念。
それでもロッテ君たちのダイエットには協力し、ロッテ君たちもお腹周りがすっきりしてきたと感想を漏らすころには、校舎周り1周を走って回れるようになっていた。よかったね、ロッテ君、ブリギッテ君!
君たちは彼氏がいるんだから自分を磨いて獲物を仕留めるんだぞ。特にロッテ君はその魅力的なボディで童貞臭いシルヴィオのハートをぶち抜いてしまえ!
ちなみに実験の方をモルモットでしたところ、両者に差はありませんでしたとさ。
どうりでブラッドマジックで楽ちんしてるはずの私にやたらと筋肉が付くわけだ!
本当に勘弁して! このままじゃ筋肉令嬢だよ! 貰い手がなくなるよ!
しかし、お金を稼ぐためには冒険者稼業続けなければならないのだ……。
あーあ。寝てるだけでお金が入ってくる仕事ってないかなー。
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