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悪役令嬢と演劇の練習

…………………


 ──悪役令嬢と演劇の練習



 ほい! イリスと約束していた演劇部の練習を見学しに来ました!


 場所は第1体育館。演劇部の練習場所だ。


「お姉様!」


「イリス! その衣装似合ってるよ!」


 イリスはヒロインとして立派なドレスに身を包んでいた。


 朱色でリボンとレースに飾られた一品。これがドラゴンの嫁か。それっぽいな。


「もう練習始まってる?」


「はい。ちょうどこれから場面のひとつを通しでやるところです。恥ずかしいですけど、見ていってください」


 そう告げてイリスは私たちにお辞儀をする。


「楽しみですね、アストリッド先輩」


「そうだね、ディートリヒ君」


 ディートリヒ君はちゃっかり私の隣の席をキープしている。偶然だろうか。それとも本当にまだ私のことが気になっているのだろうか。


 ディートリヒ君はフリードリヒより遥かに優良物件だし、凛々しくもあり、可愛いとも思うのだが、いかんせん私の好みのタイプからはずれている。


 ディートリヒ君が私よりちょっと早く生まれていてくれたらなー。そうしたら背も高くて、立派な大人の男性になっていたと思うんだけどなー。こればかりはどうしようもないなー……。


 そんなことを考えている私の隣の席にはヴェルナー君が。フリードリヒはその隣で、そのまた隣には──。


「演劇部って華やかでいいですね」


「ええ。学園の演劇部は学園の部活動の中でも有数の実績がありますから。この学園の演劇部を出て、帝国の劇団に入った学生も大勢います」


 エルザ君である。


 フリードリヒ! よくやった! 見直したぞ!


 エルザ君も順調にフリードリヒと良い感じになってる。こうして演劇部の見学に誘われるぐらいだからね。ひゅーひゅー! お熱いねっ!


 このままエルザ君にはこの戦術核地雷を処理して貰おう。ミーネ君たちの反応が怖いところだが、そこは真実の愛の力で乗り切ってくれ。私もサポートするからな。


「では、今から始めまーす」


「イリス、頑張って!」


 演劇部の先輩らしき男子学生が告げるのに、イリスたちが舞台に集まっていく。


「台本の59ページ。アウグストゥスとクラウディアの逢瀬のときから」


「大道具班、準備ー!」


 演劇部の先輩の指示で大道具を担当する中等部の生徒が舞台を組み立てていく。


 うん。確かにここの演劇部は優秀だな。大道具も非常に凝っている。本場の劇場で演劇をみたことは数回あるが、それに匹敵するぐらいに凝っている。これなら確かに劇団に入れるわけだ。


「では、始め!」


 号令がかかって、舞台の幕が上がる。


「おお。娘よ。俺には約束した人がいるのだ。分かってくれ。お前とは添い遂げることはできないのだ」


 ……あれ? アウグストゥスって浮気してるの?


 そういう演劇だったかな……。私が前に本を読んだ限りでは、そんな複雑な男女関係を描いたものではなかった気がするのだが……。


「ああ。そうお嘆きにならないでください、アウグストゥス様。私はあなたのお傍でお仕えするだけで幸せなのです」


 イリス登場!


 最初はみんな素人だから、ぎこちない演技になるのかなと思ったけれど、イリスは違った! イリスと来たらバリバリに主演女優を演じているよ! まさに助けられたドラゴンの娘って感じだよ!


「ちょっとお待ちになって、アウグストゥス様! そのような娘と一緒に暮らすなど嫌ですわ! 身分も分からぬ女など! 何をするのか分かりません! 私たちの間に割入って財産を狙うのかもしれません!」


 ここでイリスにも劣らぬ勢いで割入ってきたのがヴェラの取り巻きである。確かにヒロインに選ばれるだけあって、もの凄い嫉妬女っぷりを発揮している……。鬼気迫るものがあるぞ……。


「お、落ち着くんだ、テレーザ。か、彼女はそういう人間ではない。あの目を見れば分かるだろう」


「いいえっ! 分かりませんわ! 人間など心の奥底で何を考えているかなど!」


 ……あまりに鬼気迫りすぎてて、主演男優君が引き気味だ。それでも演技をやめないのはガッツがあるな。


「私を信じてください、アウグストゥス様。どうかお傍に」


「離れなさい、この泥棒猫め! 財産は奪わせませんわ!」


 だが、嫉妬女君がパワフルなために、イリスの儚げさが際立つ。


 これは我ながらいい配役だったのでは?


 イリスの役がなんだったかは知らないけれど、やっぱり我が妹たるイリスがヒロインじゃないとねっ!


 その後、イリスと嫉妬女君のやり取りは主演男優を放置で20分余り続いた。


 ……やっぱりどこかおかしいよ。元ネタはエクストリーム鶴の恩返しなのに、どうして昼ドラめいた男女のやり取りが入ってるんだい。どう考えても脚本をアレンジしただろう、これ……。


「そこまで!」


 最後は主演男優君が男を見せて、イリスを嫉妬女君から庇って、嫉妬女君はあまりの怒りに憤死した。どこまでも壮絶だな、おい。


「どうでしたか、お姉様!」


「うん。イリスは凄かったし、脚本も凄かったね」


「脚本は高等部の方が作られたんですよ」


 その高等部の子はいろいろと才能があるかもしれない。


「それにしてもイリスってば全然ドギマギしてなかったし、演技も迫真に迫ったものだったよ! イリスは演劇の才能があるんじゃないかな?」


「い、いえ。まだまだです。時々視線が気になって恥ずかしくなるのです。赤面してはいないだろうかと心配になって」


「赤面なんてしてなかったよ! 役に嵌まってたね! ねえ、ヴェルナー君?」


 ここでイリスとヴェルナー君の仲を取り持っておこう。


「ええ。イリス先輩の演技は素晴らしいものでした。あのアウグストゥス役の先輩に嫉妬してしまうぐらいでしたよ」


「ヴェルナー様……」


 ナイスなコメントだ、ヴェルナー君!


「僕も演劇に興味がでてきました。中等部に進級したら、演劇部に入ろうと思います」


「そしたらイリスと一緒に舞台に上がれるね!」


 うんうん。イリスとヴェルナー君のコンビならきっといい劇になるぞ。


 ……でも、今の昼ドラめいた脚本はちょっと勘弁して欲しいかな……。


「イリス嬢、素晴らしい演技でした」


「お褒めいただき光栄です、殿下」


 フリードリヒも絶賛している。流石は我が従妹だ。皇族すらも褒めたたえたぞ。


「イリスさん。凄い演技でしたね。普段から練習されているんですか?」


「その、ちょっとは……」


 エルザ君もイリスを褒めるのだが、イリスは私の背中に引っ込んでしまった。


「お姉様。少しよろしいですか?」


「うん。なになに?」


 そして、イリスが私の制服の裾を掴んで引っ張るのに、私がイリスに誘導されるまま第1体育館の倉庫に入っていく。


「お姉様。あの平民の方とは親しいのですか?」


「まあ、殿下と一緒に勉強見てあげてるぐらいだよ。ちなみに名前はエルザ君ね」


 イリスにはエルザ君紹介したっけ?


「……言いたくはないのですが、あまりあの方とは関わり合いになって欲しくないです。私はお姉様が心配ですから」


「え? どういうこと?」


「平民の方は何を考えているか分かりません。平民の方の世界では窃盗や暴力、詐欺は日常茶飯事なのだとお父様から聞いています。あの平民の方も何をするのか……」


 あー……。そうだった。イリスはブラウンシュヴァイク公爵閣下から、平民の住む世界は危険だって教え込まれているんだった。だから、平民であるエルザ君を危険視してしまっているわけだ。


「大丈夫だよ。エルザ君は平民だけれど、いい子だから」


「周りの方はそう考えないかもしれません。お姉様があの平民の方と一緒にいると、お姉様まで平民の方のような扱いを受けることも……」


 私の心配をしてくれているのか、イリスは。


 まあ、確かにエルザ君にあまり入れ込むと周囲の貴族から敵対視される可能性はあるのだ……。ミーネ君たちもいい子たちなのだが、大なり小なりイリスのような価値観を持っているわけで。


 その点、平民でも人と繋がりを作りなさいって言ったお父様は凄いな。


「ええっとね、イリス。平民だからダメだとかそういう考えをしちゃ視野が狭まっちゃうと思うな。うちのお父様が言っていたけれど、平民の人でも学園の教師になったら貴族になるし、将来イリスの子供がお世話になるかもしれないよ?」


「そ、それはそうですが……」


 イリスとヴェルナー君の子供も魔力があれば、ここに通うことになるだろう。その時にはエルザ君が教師になっているかもしれない。


 まあ、エルザ君は皇妃になるんですけどね!


「ですが、お姉様が心配です。平民の方と親しくしているせいで、お姉様が周りの貴族の方から嫌がらせを受けたり、平民の方がお姉様に暴力を働いたりしたら……」


「そのときはやり返してやるから大丈夫!」


 お姉ちゃんはそんなに軟じゃないぞ。目を付けられるのは困るけど。


「本当に大丈夫なのですか、お姉様? 信じていいのですか?」


「信じて、信じて。エルザ君もシャルロッテ物語に出てくるような清らかな心を持った平民かもしれないでしょ」


 イリスが心配そうにするのに私はぽんぽんとイリスの頭を撫でる。


「分かりました。お姉様を信じます。ですが、お姉様が何か大変な目に遭われた時は私にも相談してくださいね? お姉様は最近泥だらけになって帰ってきたなどとお父様がおっしゃっていましたから」


「あ、あれは魔術の訓練のためだよ! いじめられているわけじゃないよ!」


 じょ、情報がいろんなところに流れている……。


 まさか私が冒険者ギルドの手伝い魔術師をしているとは、まだベルンハルト先生以外には知られてはいないだろうが……。


「では、戻りましょう、お姉様。私もお姉様を信じて平民の方とも話してみます」


「うんうん。エルザ君はいい子だからきっと仲良くなれると思うよ」


 かくして、イリスもどうにかこうにかエルザ君を信用するようになってくれた。


 残るはミーネ君たちだが、あっちはアドルフとシルヴィオの件でまだまだ荒れているからなー……。


 はあ。早く面倒くさいエルザ君の本当のおじいちゃん死なないかな。


…………………

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