悪役令嬢と使い魔の待遇
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──悪役令嬢と使い魔の待遇
「フェンリルー。ご飯だよー」
私はフェンリルのために作った昼と夜が共存する空間の隙間でフェンリルを呼ぶ。
「ふむ。我への捧げものとしてはなかなかだな」
今回のフェンリルのごはんは生きた豚さん4頭と牛1頭だ。結構お金が飛んだ。
「おいしい?」
「血の味はいいものだ。だが、飼いならされた獣では満ち足りないな」
文句が多いな、私の使い魔は。
「じゃあ、今度狩りにでも行くかい? お父様たちが狩りに行くついでだけれど」
「人間の狩場などというのは食い応えのある獲物は残っていないだろう。退屈な狩りになりそうだな」
「君は本当に文句が多いね……」
なんだか私ってフェンリルに舐められてる?
「だが、いいだろう。この空間の隙間にも飽きてきたところだ。新しい我が領地を捧げると共に狩りの獲物を提供するがいい」
「君、私の使い魔だよね?」
「そうだが、我は神獣だぞ。それなりの礼を以て接せよ」
「…………」
私、滅茶苦茶舐められてる。
「いいかね、フェンリル! 私が君の主人なんだよ! そして、君は使い魔! 主人に接するように接してよ!」
「接している。ちゃんと貴様の意向を汲んで、この狭くるしい空間にいるではないか」
それだけ。
「この間は貴様のジャバウォック狩りを手伝ってやったしな。あれのおかげでよくよく得をしただろう?」
「それはそうだけど……」
ジャバウォックは私だけじゃ倒せなかっただろうからなー。
「そういえば貴様は炎竜を狩ったそうだな。我もそういうことに付き合わせろ。炎竜ほどなら狩り甲斐もあるというものだ」
「炎竜がそんなにいっぱいいたら大変だよ……。あれは特別に出て来た代物なんだから。そこら辺にポンポンと生えてるものじゃないんだよ」
炎竜はシカやウサギじゃないんだからね?
「狩るならば竜がいいな。竜を狩りたい気分だ。あのジャバウォックの前に竜を狩ったのは30年も前だ。竜狩りはいいぞ。獲物は必死になって暴れるし、竜の血というのは美酒のようなものだ。竜を食らうのはいいぞ」
「だから、竜はそう簡単に出てこないってば」
おやつ感覚で竜が出てきて貰っては困る。
「すっかり竜を狩る気分なのだが、仕方ないな。この際、野性の生き残る気力のある奴ならなんでもいい。ああ。人間でもいいぞ」
「人間もやめて」
フェンリルはもー……。
「普通にシカとか猪とかで我慢してよ。それでいいでしょう?」
「まあ、いいだろう」
全く、使い魔を従えるのも苦労するよ!
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というわけで、今日はフェンリルのために狩りにやって参りました。
「学園生活は上手く行っているのか、アストリッド」
……お父様たちと一緒に。
「学園生活は順調です、お父様。成績も問題ありませんし、級友たちとも親交を育んでいます。問題も起こしていませんよ」
「そうか? 相変わらず奇行に走っているのではないだろうな?」
「走っていませんよ!」
そもそも最初から私は奇行など起こしていない!
「フリードリヒ殿下とはどうだ? 親しくしているか?」
「い、いえ。その、やはり殿下は私には興味はないようでして……」
「おかしいな。モール伯爵家の次女の話では最近では殿下と一緒に図書館で勉強する仲になっていると聞いたが。それでも何の進展もないのか?」
「あ、ありませんよ! 図書館でたまたま出会ったところを一緒に勉強させていただいただけでして。殿下としてはご迷惑だったと思いますよ!」
勘弁してくれ。フリードリヒはエルザ君と勉強してるんだ。私とじゃない。
それからミーネ君! 余計なことを吹聴して回るのは止めたまえよ! 怒るよ!
「そういえば、平民の子供が転入してきたそうだな。どんな感じの子だ?」
「とてもいい子ですね。魔術の才能もありますし、礼儀作法を心得ていますし、私たちとも打ち解けましたよ。彼女はきっといい魔術師になって帝国を支えてくれるだろうと思います」
エルザ君のことはお父様にもアピールしておこう。ミーネ君たちがいろいろと吹聴して回るなら、いつ私とエルザ君が親しくしているか漏れるか分かったものではない。
「ふむ。学園に平民が入ったということは随分と珍しい話だから気になっていたが、お前とは親しくしているのか?」
「そ、それなりには。級友ですので」
お父様もきっと平民と付き合うのは何事だといいそうだからな。ここは私とは距離がありますよということをアピールしておかなければ。
「平民と言えども学園の級友ならば仲良くしておくべきだろう。将来、優秀な魔術師になるというのであれば、繋がりはあった方がいい。優秀な魔術師には爵位が与えられることもある。学園の教師になるなどしてな」
おや。意外にお父様がエルザ君との交流を否定しないぞ?
「学園の教師になるように勧めておくといい。そうすればお前の子供が入学するときには世話を焼いてくれるかもしれないぞ。人とのつながりはどこでどう得をするのか分からないものだからな」
「ええ。彼女にもそう勧めておきます。それから彼女とも交友を深めますね」
「そうだ。貴族の中には平民たちに偏見を持つものも多いが、平民なくして帝国はなりたたん。それにお前なら平民が多少粗野でも乗り切れるだろうしな」
ベルンハルト先生といいお父様といい、私ってどう思われてるのかなー……。
「しかし、今日はジーニーがやけに怯えているな。魔獣でも出たのか?」
我が家の猟犬ジーニーはすっかり大人の猟犬になったが、今日は挙動不審だ。
……多分、私が出かける前にフェンリルと会ってたからだろうな。野生の勘が危ない動物がいるということを察知しているに違いない。
「魔獣退治だったら私にお任せください、お父様」
「お前がか? 魔術の成績はいいが、魔獣というのは予想外の行動をして人間を殺めるいきものだぞ。こういうことは冒険者ギルドに任せるに限る。冒険者ギルドの冒険者たちは魔獣への対処法に熟知しているからな」
「そーですねー」
まさか、私がその冒険者ギルドで手伝い魔術師をやっているとは思うまい。
「さて、もうお前も子供じゃない。好きに狩りに励んでいいぞ。だが、魔術は使うな。魔術を使った狩りは外道だ」
「了解!」
魔術を使って狩りはしないよ。魔獣は使うけれど。
「では、迷子にはなってくれるなよ。夕方4時頃になったら、ここに戻ってくるように」
いえーい! 今日は自由に狩るぜ! ……フェンリルが。
「フェンリル、おいで」
私はお父様とジーニーが狩りに行ったのを見送ると、森の中に入って空間の隙間を開くとフェンリルを呼び出した。
「ふむ。悪くない森だな」
「我が家の自慢の領地だよ」
「自然のものは自然のものだ。誰かのものではない」
面倒くさいな、君は。
「まあ、今日はここで自由に狩りをするといいよ。私は魔術禁止命令が出てるから、あまり手伝えないけれどね」
「ああ。構わん。自由に狩らせて貰おう」
フェンリルがそう告げて勢いよく駆けだすのに、私が後ろからブラッドマジックを使って駆けていく。
はっ! 魔術禁止ということはブラッドマジックも禁止なのでは……?
まあいいか。お父様も気づきようがないし。
「フェンリル! 間違ってお父様たちを襲わないでね!」
「分かっている。人間は狩らん。ここにはもっといい獲物がいるようだからな」
もっといい獲物ってなんだ……? そこはかとなく不安だ……。
「ねえ、ねえ。もっといい獲物って何だい?」
「黙ってついて来い。そうすれば分かる」
嫌だなー。嫌な予感がするなー。
「近いぞ。分かるか?」
「ん? 地鳴り……?」
地面が僅かに揺れている。フェンリルの駆ける衝撃かと思ったが、どうにも違う。地面が弱い地震のようにゆらゆらと揺れているのだ。これはどういうわけだろうか。
ひょっとして地面の中に何かがいる……?
「ここら辺だな」
フェンリルが立ち止まると、彼はその場で咆哮を上げた。
ビリビリと空気が揺さぶられ、地面の地鳴りが大きなものへと変わる。
「な、何かが地面から出てくる!?」
私が慌てふためくのも無視して、地面が隆起し、大地が割れた!
そして、姿を見せたのは──。
「竜!?」
「ああ。地竜だ。こいつは狩り甲斐があるぞ」
現れたのは体を岩石に包まれた竜だった。そのサイズはちょっとした大型トレーラーサイズで、竜というよりもサンショウウオの親玉のようなものだ。そいつが、のっそりと首を上げて周囲を見渡す。
「50年か60年は生きている竜だな。悪くない。刈り取る時期だ」
「ちょっとフェンリル!? 君、大丈夫なんだろうね!?」
「安心しろ。問題はない。多少の格闘戦になるだろうがな」
私も念のために口径120ミリライフル砲を取り出すのに、フェンリルは牙を剥き出しにした獰猛な表情を浮かべると、勢いよく地竜に向けて突撃していく。
「さあ、行くぞ。竜狩りの時だっ!」
フェンリルはそう叫んで、地竜に向けて鋭い爪の並ぶ前足を振り下ろした。
ガンッと激しい金属音が響き、地竜の表面を覆っていた岩石にひびが入る。かなり強力な一撃だったらしく、地竜はよろめく。
「オオオオォォォォッ!」
地竜は咆哮を上げ、向かってきたフェンリルに向けてその巨大な牙が並ぶ頭を向けてきた。あれに噛みつかれたら切り裂かれるというよりも、その岩石がそのまま牙になったかのような顎によって押しつぶされてしまうだろう。
「面白いっ!」
フェンリルは素早く身を翻すと、攻撃を回避し、大きく後方に飛びずさる。
「どーするのさ、フェンリル!? 援護しようかっ!?」
「必要ない! これは我が狩りだ!」
私が叫ぶのに、フェンリルが叫び返した。
フェンリルは地竜の周りを素早く駆け巡り、地竜はゆっくりとそれを追おうとするが、フェンリルの動きが速すぎてまるで追えていない。フェンリルは地竜を嘲笑うかのように駆け巡ると、大きく飛び上がって、地竜の頭を背後から襲った。
再び大きな金属音が響き、フェンリルの腕によって地竜の頭の岩石が砕け散り、地竜の頭が大きく揺さぶられた。それが致命的だったのか、地竜は脳震盪を起こしたかのようにふらつき、地面に向けて倒れる。
「存外に呆気ないな。これで終いか?」
フェンリルはトドメを刺さずに、地竜の様子を眺める。
すると地竜はふらつきながらも立ち上がり、フェンリルを睨みつけた。
「来たな。まだまだやれるだろう。楽しませろ」
フェンリルのその表情は笑っているようにも見えた。
「オオオォォォ!」
「さあ、最後の仕上げだ!」
地竜が雄たけびを上げて突撃するのに、フェンリルが正面からそれを迎え撃った。
地竜が地面を揺るがしながら突撃して来る中で、フェンリルは地竜に向けて疾走し、その鋭い牙を──。
地竜の喉が次の瞬間、噛み千切られた。フェンリルの顎は地竜の鱗などものともせず、完全にかみ砕き、その下にある肉体までもを引き裂いた。
地竜の鮮血が噴き出し、地竜は呻き声を上げながら地面に倒れ、今度はもう起き上がることはなかった。
「わあ。フェンリル、本当にひとりで倒しちゃったね……」
「これぐらいは容易いことだ」
これだけ大きくて、頑丈そうな竜をひとりで倒してしまうとは……。フェンリルって本当に強いんだな……。
「しかし、この竜は食べるところはなさそうだよ。いいの?」
「まあ、確かに地竜の食える場所というのははらわたぐらいだ。だが、こいつの纏っている岩石には価値のあるものもあるぞ。探ってみるか?」
「是非」
宝石とかゲットできたりして! そうすれば私の貯蓄が増えるー!
「アストリッド! アストリッド!」
「やばい。お父様が来た。フェンリル! その地竜を持って、この中に入って!」
流石にあれだけ地竜が雄たけびを上げていて、お父様が気付かないはずがない。私はフェンリルに地竜の死体を引っ張らせ、空間の隙間に押し込んだ。
「アストリッド! さっきの咆哮はなんだった!?」
「あ、あれですか? こ、ここよりも遠いところで響きましたよ? も、もうちょっと先じゃないでしょうか?」
「……ここに大穴が開いているんだが」
「最初から開いてましたよ?」
私はお父様から視線を逸らしつつ、ニコニコと笑っておいた。
「ううむ。まあ、お前が無事ならいいだろう。先ほどの咆哮が気になるから今日はここで狩りは終わりだ。また今度、冒険者ギルドに領地の捜索を行わせてから、連れてきてやるからな」
「はーい」
きっとその冒険者ギルドの人たちは大きな穴だけが開いた領地を前に頭を抱えることだろう……。
ごめんなさい。
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