悪役令嬢は図書館を見張る
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──悪役令嬢は図書館を見張る
アドルフとの遭遇イベントが終了したと思ったら、次はシルヴィオとの遭遇イベントが待ち構えているわけですよ。
舞台は図書館。シルヴィオが政治に関する書籍を読んでいるところに、エルザ君が魔術関係の書籍をえっちらおっちらと運んでいる。見るに見かねたシルヴィオが手伝いを申し出て、エルザ君がお礼にと後日パン屋のパンをご馳走し、そのパンが非常においしいとシルヴィオが感心し、交際がスタートするわけである。
このイベントはある程度の知力のステータスが高くないと起こらないイベントなのだが、今のエルザ君にはそのイベントを起こすくらいの知力はあるだろう。
ちなみにステータスで上げられるのは知力、体力、美貌、魔術の4つである。
さて、今日はどうなっていることやら。
「ゲルプ。報告!」
『対象Eは図書館に入りました!』
室内ともなると妖精の隠れる場所は少なくなるが、そこは頑張って貰った。
「ふむふむ。ちょうどシルヴィオも図書館にいるな……」
シルヴィオは図書館の真ん中付近でなにやらよく分からない本を読んでいた。多分、大して難しくはない本だろう。
そこにエルザ君が気付くことなくトトトと中等部向けの歴史書──ではなく、その近くにある少女文学のコーナーに向かった。
エルザ君はそのまま少女文学コーナーから数冊の本を抜き出して、ニコニコと微笑んでいる……。ああ。これはイベント、起きないかもしれないな……。
ん? よく見たらエルザ君の借りた本の中にシャルロッテ物語がある。確か王族と平民の恋を描いた悲劇ものだったはずだ。それを借りるということはエルザ君ひょっとしてフリードリヒに割と興味あり?
でも、あの話酷いバッドエンドだから、それに引いて恋を諦めないといいんだけど。
おや。ここでエルザ君が少女文学を机の上において、高等部向けのブラッドマジックの本を取りに本棚に向かい──。
と思ったら、そこを通り過ぎて初等部向けの絵本コーナーに……。
絵本を立ち読みしてニコニコしているエルザ君……。どうにも知力のステータスが足りてないような気がしてならない……。この調子だとシルヴィオとのイベントは起きないのではないだろうか。
そんなことを思ったら、ようやくという具合にエルザ君が高等部向けのエレメンタルマジックの本を取りに向かった。今度は通り過ぎずに、ちゃんと本を取り始めた。結構高い場所にあるようで、梯子を使ってえっちらおっちらとエルザ君が本を取りに向かう。
「シルヴィオー。手伝ってあげろよー」
私はゲルプの視野を覗き込みながら、ぶーぶーと文句を言う。
エルザ君はそのままなんとかして本を取り出すと、重い本を抱えて、よこらしょと梯子を下りる。今にも梯子から転落しそうで冷や冷やする。
そして、エルザ君が梯子を下り切ったところ──。
「シルヴィオ様!」
ロッテ君が来たー!
何なの! 君たちはエルザ君のイベントを妨害しないと気が済まないの!?
「ああ。ロッテ嬢。どうされました?」
「私も明日の小テストに備えて歴史の本を読み返しておこうかと思いまして」
ふたりが話し始め、エルザ君が着々と近づく。
「ん? 君は転入生の……エルザ嬢か?」
「あ、はい。そうです」
そして、ロッテ君を放っておいて始まるイベント……。
この世界にはやはり物語の修正力的なものがあるのではないだろうか。そう思えるぐらい不気味な展開だ。普通だったら彼女が傍にいるのに、他の女の子──それもクラスで評判の悪い女の子に声をかけようとは思わないはずである。
いや、シルヴィオが軟弱だということもあるだろうけど。それにエルザ君ってヒロインの風格を持った美少女だしな。
だが、ロッテ君の目の前で浮気するんじゃあない!
「その本は重そうだね。僕が手伝いましょうか?」
「す、すいません。お願いしていいですか?」
エルザ君もまた凄い量の本を抱えているもんな。それを今日全部読む気なんだろうか。いくら何でも無理があると思うが。
「フリードリヒから噂は聞いていましたが勉強家なのですね」
「いや。今は追いつくのに精いっぱいで」
シルヴィオとエルザ君はにこやかに会話している。
そして、それをロッテ君は恐ろしい視線で見つめている……。それを見た図書館の学生が、ビクッとしてそそくさと図書館から出ていった……。
「エレメンタルマジックの勉強ですか。この本ならあそこに分かりやすく解説したものもありますよ」
「そうなのですか? 本のことはいまいち分からなくて……」
「少し案内しましょう」
おーい! シルヴィオー! さっきまではまるで無関心だったのにロッテ君が来てから急にやる気を出すんじゃなーい! エルザ君も本のことなら、私が教えてあげるからシルヴィオから離れて―!
私の心の叫びも虚しく、シルヴィオはロッテ君の前でエルザ君に高等部向けのエレメンタルマジックのコーナーで本を紹介していた。エルザ君はコクコクと頷きながら、シルヴィオのお勧めした本を手に取っていく。
それを殺意のオーラを纏いながら睨み続けるロッテ君……。
なんだろうね。エルザ君は強制イベント発生装置か何かなのかな?
こうなると半自動的に私の破滅も決定してしまいそうで恐ろしい。
「シルヴィオ様。私にも歴史書を紹介してはいただけませんか?」
「そうですね。歴史書なら──」
おっと。ようやくロッテ君が会話に加わったぞ。
「シルヴィオ様。今回はありがとうございました。今度、お礼にうちの家で焼いたパンでも差し入れますね」
「それは楽しみです、エルザ嬢」
ふう。イベントはほぼ終了だ。
しかし、本当にエルザ君は! 私ももうカバーできないぞ!
君はフリードリヒにルートを絞って攻略したまえ!
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「聞いてください、アストリッド様! あの平民の転入生が!」
翌日の放課後。真・魔術研究部にて。
この間はミーネ君が叫んでいたが、今日はロッテ君が叫んでいる。
「落ち着くんだ、ロッテ。ささ、お茶でも飲んで」
「あ、ありがとうございます」
私がそっとロッテ君の方にお茶を差し出す。
「このお茶は神経の昂りを抑える効果があるんだよ。それから脂肪の燃焼も促進してくれるんだ。だから心置きなくお菓子も食べるんだ」
「それって食べても太らないってことですか? いいですわね!」
そうそう。脂肪は乙女の敵だからね。
「って、違いますわ! あの無礼な平民の転入生がシルヴィオ様のお手を煩わせて、私たちの勉強の邪魔をしたのです! ミーネ様が仰っていたように、あの転入生はろくでもない人間ですわ!」
ああ。やっぱりダメか。お菓子とお茶で気が逸れるかなと思ったんだけど。
「具体的にはエルザ君は一体何をしたの?」
「シルヴィオ様に本を持たせて、更にはもっといい本はないかとシルヴィオ様に無理やり図書館を案内させて、そのお礼だと言って平民が食べるような粗末なパンを持ってきたのです! 許せません!」
うーん。少しばかり事実が歪曲されているような。シルヴィオは自分から本を持つと言い出して、自分から案内し始めたんだけどなー。
後、エルザ君の家のパンは美味しいぞ。
「いやいや。シルヴィオ様も忙しかったら手伝わないと思うよ。きっと暇をしてたんだよ。それから円卓でシルヴィオ様が貰ったパンを分けて貰ったけど、美味しかったよ」
「ア、アストリッド様まであのような粗末なパンを……。お腹を壊しますよ!」
そこまで言うかロッテ君。
「まあまあ。落ち着くんだ、ロッテ。お茶でも飲んで」
「は、はい」
私は空になったロッテ君のティーカップにお茶を注ぐ。トポポポ。
「ここに今日はフランク王国の王室ご用達の店で出されている美味しいチョコレートがあるんだ。まあ、味わってみたまえよ」
「わあ! 美味しいですわ!」
だろうだろう。円卓でもここまでのものはでないぞ。まあ、これは監視任務に当たっているゲルプたちのために買ってきたのだけれど。
「って、違いますわ! あの無礼な平民に対処しなければならないのです! このままでは学園の風紀は乱され、あたかも貧民街のようになってしまいますわ! あの平民を学園から叩き出すか何かしなければ!」
そこまで言うのかロッテ君。恋する乙女は恐ろしいな。
「いやね。私が思う限り、そこまで風紀は悪化してないと思うよ。エルザ君はちょっと空気が読めないことがあるけれど、悪い子じゃないし。多分、まだ学園に慣れてないだけなんだと思うな」
「いいえ! あれは悪意の塊ですわ! 私の目の前でシルヴィオ様に色目を使うような真似をして……! 断固として許せませんわ!」
ダメだこりゃ。
「ミーネ様もアドルフ様の件でお怒りだったでしょう。あの平民はフリードリヒ殿下、アドルフ様、シルヴィオ様と次々に手を出しているのですよ!」
そりゃあ、彼女はヒロインでそういうイベントだからね。
「アドルフ様に続いてシルヴィオ様までですか! 平民の分際で何を考えているのでしょうか! これは制裁を加えてやらなければなりませんよ! 学園のことを理解していないというならば理解させてやるまでです!」
「そうですわ! 血祭りにあげてやりますわ!」
血祭りって。怖すぎるぞ。
「落ち着いて、落ち着いて。今後の進展を見守ろう。もし、エルザ君が今後ともアドルフ様やシルヴィオ様にちょっかいを出すようならば、私からきつく言っておくからね」
ミーネ君たちがいじめに走ると、私が責任を問われる可能性があるんだよ。そうなると私の家のお家取り潰しまでイベント通りになっちゃうから!
「ですが、アストリッド様! あの平民は許せません! 断固として戦わなければ!」
戦うって。どういうことだい。
「大丈夫。君たちの方がアドルフ様たちには魅力的に見えるからさ。私が保証するよ。きっと平民のエルザ君をちょっと心配して、声をかけただけだよ。アドルフ様たちはそれだけ心優しい方たちってことだね」
こうしてフォローしておこう。
「そうでしょうか……」
「確かにシルヴィオ様はお優しい方ですが……」
それで納得するんだ、ミーネ君、ロッテ君!
「いざという場合は私がいるからさ。安心しなよ」
「アストリッド様のお手を煩わせては……」
「遠慮しない、遠慮しない。私たちは友達だからね。君たちの不幸は私の不幸でもあるんだよ」
というか責任は全て私が被る羽目になるんだ。勘弁してくれ。
そんなこんなでミーネ君たちを納得させたが、これからどうなるのか非常に不安になってきた……。物語の修正力とやらは本当に働くのだろうか……。
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