悪役令嬢は監視する
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──悪役令嬢は監視する
またひとつ、来たるべき日が来た。
エルザ君とアドルフの接触イベントだ。
正直、このイベントは起きて欲しくないので妨害することも考えたのだが、下手にイベントの連鎖を弄ると何が起きるか分からないので諦めることにした。
まあ、アドルフにはミーネ君がいるので、問題はないと思うのだが……。
ちなみにアドルフとの接触イベントはこうである。
アドルフが苦手なブラッドマジックの鍛錬を行っているところにエルザ君が姿を見せる。そして、ブラッドマジックが得意なエルザ君がちょいちょいとコツを教え、アドルフは礼にと円卓から女の子が好きそうなお菓子を持ってくる、というわけである。
こいつ、お礼するのはいいけど、自分の金で買ったお菓子じゃなくて、円卓からパクってきたお菓子なのがせこいよなとか思いました。
さて、そのせこいイベントはどうなることやら。
「ロート。報告!」
『対象Eはまだ対象Aに接触していません!』
今回はロートを尾行に付けている。
ロートはふよふよとエルザ君から姿を隠しながら、エルザ君を尾行中だ。
さて、ここでエルザ君が体育館裏に入るはずなのだが……。
おっ? 入った、入った。
それでアドルフは──。
「アドルフ様。その調子です! 魔力はちゃんと脚部に集中していますわ!」
「よし。後は筋力を上げるイメージを行うだけか」
先にミーネ君がいたーっ!?
「あれ? ミーネ様と……」
「ん? ああ。転入生か」
エルザ君-っ! 空気読んでー! お願いだから迅速にその場から立ち去ってー!
「ブラッドマジックの訓練ですか? お手伝いしましょうか?」
「ブラッドマジックは得意なのか、転入生」
「エルザです。エルザ・エッカート。ブラッドマジックは得意な方ですよ」
自慢してる場合じゃないよ! 明らかにこっそり訓練してたでしょ!
「なら、頼んでみようか。筋力を増強したいのだが、あまり上手く行かないんだ。どうやればいいと思う?」
「身体強化はイメージが大事ですね。人間が本来持っている以上の筋力を生み出すには、人間以外のものをイメージしなければなりません。動物はよく見られますか?」
「ふむ。馬ならよく見るが」
「では、馬の走っているところをイメージしてください」
エルザ君……。そのアドバイスは的確だけれど、ミーネ君が凄い睨んでるから……。
「こうか」
アドルフはそう告げて、地面を蹴る。
すると、ブラッドマジックが功を奏したのか、アドルフは大きく跳躍。人間とは思えないほどに大きく飛躍したアドルフは体育館の中ほどまで飛んだ。
「上手く行きましたね」
「ああ。これほど上手く行ったのは初めてだ。助かった、転入生……エルザ嬢」
ミーネ君が! ミーネ君が殺意のオーラを纏っているから! 離れて!
「礼をしたいところだが、生憎どうしていいか分からない。菓子は好きか?」
「お菓子ですか? 好きですよ」
……ミーネ君の存在が完全に無視された状態でイベントが進行している。
「なら、後で菓子を持って行く。ミーネ嬢、続きを頼めるか。コツを掴んだので、今のうちに慣れておきたい」
「お任せください、アドルフ様!」
おお。ようやくミーネ君がイベントに復帰した。
「脚部は馬をイメージすればよかったが、腕は何がいいと思う?」
「そうですね。力強く羽ばたくドラゴンとかはどうでしょうか!」
「いや、ミーネ嬢……。すまないが、俺はドラゴンを見たことはない……」
ミーネ君が完全にてんぱって変なこと言ってる……。
「はあ。どうなることかと思ったけれど、上手くイベント切り抜けられてよかった」
後はアドルフがお菓子をエルザ君に渡すだけで、イベント終了だ。
「しかし、このことでミーネ君が腹を立てないといいけどな……」
後、エルザ君にはもうちょっと周囲の空気を読むように教えておこう。これも君と私が生き残るためだぞ。
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「アストリッド様! 聞いてください! あの平民の転入生が!」
放課後。真・魔術研究部の部室でミーネ君が吠えていた。
「どーしたんだい、ミーネ。そうイライラせずに、お茶でも飲むんだ」
「え、ええ」
私はミーネのカップに紅茶を注いであげた。
「なかなかおいしいでしょう。私の家で使ってる茶葉なんだ。どこのかしらないけれど、気分を落ち着かせる効果があるってメイドさんが」
「確かにおいしいですわ。ふんわりと茶葉の香りが広がって……」
うんうん。お茶でも飲んで水に流そう。
「って、違いますわ! あの平民の転入生が失礼なことをしたんですよ! 私とアドルフ様がブラッドマジックの練習をしてるときに、入り込んできて、あれこれと邪魔をして去っていったのです!」
うーん。恋仲の邪魔をしたのは確かだけど、練習は手助けになったと思うけどな。
「まあ、まあ。落ち着きなよ、ミーネ。別にアドルフ様をどうこうされたわけじゃないんでしょう?」
「平民がアドルフ様に話しかけただけでも重罪ですわ!」
そこまで言うの、ミーネ君。
「いやいや。エルザ君はフリードリヒ殿下とも喋ってるし」
「それも許され難いことですわ! 平民風情が殿下やアドルフ様と会話するなど! あの平民が何を考えているのか分からないのに! 平民なんてみんな危険人物に決まっているんですわ!」
あー。ミーネ君は相当お冠だ。
まあ、アドルフとミーネ君はいい感じだもんね。そこを邪魔されたら人間として怒るのは当然だろうね。けど、ちょっと怒りすぎだよ。
「まあ、まあ。お茶でも飲むんだ、ミーネ」
「は、はい」
私は怒れるミーネ君のティーカップにお茶を注ぐ。ぼとぼと。
「このお茶は甘いお菓子に合うんだよ。ささ、チョコレートを食べるんだ」
「わあ。美味しいですわ!」
この世界のカカオはどこから流通してるんだろうか。
「って、違いますわ! あの平民風情と来たら、アドルフ様のブラッドマジックの練習を妨害した挙句にお菓子までゆすったのですわ! アドルフ様は心優しい方なので、哀れな平民だと思ってお菓子を恵まれたのですが、許し難いですわ!」
ミーネ君、激おこだな。
「でも、アドルフ様が怒ってないならいいじゃないか。ミーネは別に嫌がらせされてないんだろう?」
「それはそうですけれど……」
「エルザ君にはアドルフ様とミーネはいい関係だから邪魔しないようにって言っておいてあげるから、ここはまあ怒りを抑えてお茶でも飲むんだ」
「そんな。アストリッド様まで平民風情と話されるのですか!?」
いや、私もフリードリヒの勉強会でエルザ君とさんざん話しているからね。
「ねえ、ロッテ君たちはどう思う?」
ここで私は周囲の反応を窺っておく。
「あの平民は調子に乗っていますわ。ちょっと魔力量が高いからって、初等部のカリキュラムも理解していないのにアストリッド様やフリードリヒ殿下のお手を煩わせて」
「あまりいい印象はありませんわ。クラスの中でもいい評判は聞きませんし」
「私はまだほとんど接したことがないのでなんとも……。でも、平民の方が学園に入られるというのは不安を覚えますね」
わあ。びっくりするほどネガティブな感想しかないよ。
「エ、エルザ君はそこまで悪い子じゃないと思うよ。私はちょっと、ちょーっと触れ合ったくらいだけど、礼儀はしっかりしてるし、勉強熱心だし。ここは平民とかいう垣根を越えて友好をちょっとでも結んでみるのもいいと思うな!」
「アストリッド様は優しすぎます。あのような平民はちょっとは酷い目に遭うべきです。フリードリヒ殿下のみならず、アドルフ様にまで手を出すとは!」
う、うーん。私もそろそろ接近阻止戦略を本格化させなければならないかもしれない。じゃないとこの憎悪の渦に私が巻き込まれてしまう。
「しかし、フリードリヒ殿下は庶民派なのですよね? なら、平民風情にお世話される理由も分かりますわ。けれど、あの平民風情が勘違いして、一線を越えそうになったら断固として阻止しなければなりません」
いや、私はフリードリヒをエルザ君に押し付けたいんだけど。
「今後ともあの平民の動きは監視しておきましょう。きっと学園でよからぬことを企んでいますわ。全く、平民に奨学金を与えて、学園に入学させるなど。学園の上層部もおかしいとしか思えませんわ」
そこまで言わなくても……。エルザ君に魔術の才能があるのは確かだし。
「アストリッド様も気をつけてください。あの平民はきっとアストリッド様を謀って、何かを狙っているに違いありませんわ。平民というのは欲深く、犯罪に手を染めるのです。ですから、アストリッド様もあの平民に狙われているかもしれません」
「う、うん。そうかもしれないね」
どうしよう。エルザ君にはすっかり懐かれてしまったし、今更引き離すのは心苦しい。それにこの無視するという選択肢を取ると、いよいよ私がいじめの主犯として疑われ、お家取り潰しの危機が……。
エルザ君ー! もうちょっと目立たないようにしてー!
って、ヒロインが目立たなかったら、ダメか。ダメだよな。
「まあまあ、エルザ君には私からいろいろと学園のしきたりを教えておくから、ね?」
「アストリッド様が穢れてしまいますわ」
「いや、話だけで穢れたりしないと思うよ……」
ともなく、今はエルザ君が学園で空気読まない行動をしないようにしておかなくては。そうしないと本格的にエルザ君苛めが始まってしまい、巡り巡って私の家が滅んでしまうかもしれないのだ。
いや、滅ぶものか。オストライヒ帝国を完膚なきまでに叩きのめしたら、帝国内戦に勝利して、フリードリヒを始末してやるぞ。奴はギロチンにかけて、その首を刎ね飛ばしてやる。
「よしっ! やるぞ! 今日も魔術の鍛錬だ! ブリギッテ君とサンドラ君は成績10位以内を目指して頑張るんだよ! ミーネ君とロッテ君はなにか新しい目的を見つけるか、アドルフ様たちを落とすための新しい惚れ薬の開発に勤しんでね!」
「え、ええ。分かりました」
ミーネ君たちは何を言っているんだろうという顔だったが、私の学園生活とその後はエルザ君に掛かっていると言っていい。そのエルザ君のためならば、私が一肌脱ごうじゃないかっ!
……貴族たちに目を付けられない形でね……。今でも相当目を付けられている感があるからね……。
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