悪役令嬢と恐怖の巨大鬼
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──悪役令嬢と恐怖の巨大鬼
「ペトラ、気付いたか?」
「ああ。臭いがする。奴らの臭いだ」
ゲルトルートさんが告げるのにペトラさんが頷く。
「近いんですか?」
「かなり。50メートル程度ってところだろう」
いよいよか。
私の今回の武器は機関銃。魔獣退治だと何かと大口径弾が便利な……気がする。
いや。小口径弾でも当たり所によっては仕留められると思うのだが、魔獣のようなでか物を仕留めるにはやり大口径弾の方がいいと思うのだ。もっともでかすぎても周辺への付随的損害が大きすぎるので、口径120ミリライフル砲は使わない。
うーん。マンストッピングパワーってどこまで信じたらいいものなのか。
まあ、大口径弾の不利な点はブラッドマジックで解消できているから、大口径弾でも問題はないのだ。100連装ボックスマガジンと予備弾薬600発。これなら相手が軍隊でも叩きのめせるはずである。
「ペトラ。先行して状況の把握を」
「あいよ。お任せあれ」
いつものように身軽なペトラさんが偵察に赴く。
「ブラウ。ペトラさんの立てる物音を消してあげて」
「はいです、マスター」
私はブラウにペトラさんを支援させる。
身軽なペトラさんとブラウの消音が組み合わされば、鬼に金棒だ。相手は鬼だけど。
暫くして、ペトラさんが戻ってきた。
「いたぞ。50メートル先にオーガの群れがいる。数は28体。これも炎竜に追い払われた連中だろうな。群れのリーダーだと思われる飛び切りのでか物がいるが、火傷の跡がある。ありゃ炎竜にやられた証拠だ」
「飛び切りのでか物ってサイズはどれくらいなんです?」
「身長は大人の人間3人分のでかさだ」
「でかっ!?」
成人の大人が170センチとすると5メートルほどの大きさがある。
「た、倒せるんですか?」
「連中、頭は鈍いし、動きも鈍いから、冷静にやれば余裕だ。まずはあたしが煙幕を張るから、その混乱して飛び出してきた連中をゲルトルートとエルネスタが叩く。あたしたちは混乱を助長するのに手あたり次第に煙幕の中に矢と魔術を叩き込むんだ」
なるほど。一気に巨大な怪物28頭と戦うわけではなく、煙幕で遮って、混乱したところを各個撃破していくわけだ。
しかし、割とリスキーだな。煙幕はこっちの視界も遮っちゃうしな。でも、煙幕の動きを見れば、どこからオーガが抜けてくるかは分かるかな?
「まあ、実行あるのみ!」
私たちはゲルトルートさんを先頭にして、オーガの群れがいるという場所に進む。私たちの立てる物音はブラウに消音して貰っているので、私たちは幽霊のように静かに移動できている。
「いたぞ。あれだ」
私たちが森を進むこと数分。ついにオーガの群れに接触した。
オーガはオークより一回りは大きい。そして角が生えている。
鬼だな。鬼だ。
相手が鬼なら、私は桃太郎だぜ。でも、それだとペトラさんたちが猿、犬、雉になってしまうな……。それはちょっと失礼だ。
「アストリッドはそこから叩き込め。射線にゲルトルートたちが入らないようにな。あたしもこっちから叩き込む」
「了解!」
さて、異世界の鬼の力を見せて貰おうか。
「いくぞ」
ペトラさんは爆竹のようなものが括りつけられた矢を3本番える。
そして、それがオーガの群れの中心に向けて放たれた!
パンと乾いた音が響き、放たれた矢から白い煙がもうもうと立ち込める。その発生した白煙によって、瞬く間にオーガたちの姿が包まれる。
「オオォォ!?」
オーガたちは混乱の叫び声を上げ、あちこちに向けて逃げようとする。
「やるぞ、アストリッド!」
「アイ、マム!」
私は二脚を立てて機関銃を地面に据え、匍匐した状態でオーガたちに向けて銃弾の嵐をお見舞いしてやった。
でかい奴はいい的だ。まさにその通りだ。私の弾丸は面白いようにオーガたちに命中する。私が第2種戦闘適合化措置を実行していることもあるだろうが、オーガたちは確かに動きが鈍く、その上大きいので銃弾がよく当たる。
ペトラさんの放つ矢もオーガに命中し、額を貫かれたオーガが地面に倒れる。
やがて、完全に辺りは白煙に包まれ、私たちは命中を確認することもなく、ひたすらに銃弾と矢を浴びせ続けた。オーガたちの悲鳴からして、命中していることは確かなはずである。
「はああっ!」
「てやあっ!」
続いてゲルトルートさんとエルネスタさんも白煙の中から飛び出してくるオーガに切りかかる。ふたりともやはり煙の動きでオーガの動きを読んでいるらしく、煙から出て来るオーガをピンポイントで狙っていた。
だが、やはり巨大な魔獣のため剣で倒すのには時間がかかる。一体を倒すのにゲルトルートさんもエルネスタさんも、時間をかけていた。
「オーガの急所ってどこです?」
「人間と同じで首と頭だ。こいつがやっかいでな。オーガの連中は興奮すると痛みを感じなくなる。暴走状態だ。そいつを仕留めるのは一苦労ってわけだ。依頼主がかなりの報酬を支払っているのも納得の面倒くささだよ」
げーっ。ってことは、私は確実にヘッドショットを狙わないと、危ないお薬でラリッた民兵よろしく突っ込んでくるオーガの相手はできないわけだ。
これは厳しい。
「だけれど、今回は結構楽に行きそうだな。アストリッドのおかげか」
「えへへ」
お役に立てているようでなによりです!
やっぱり機関銃を持ってきて正解だったな。煙幕の中にとにかく弾幕をばら撒くには機関銃がもっとも適切だ。グレネードランチャーだと煙幕を晴らしちゃうし、破砕を以て敵を倒す口径120ミリライフル砲も確実にヘッドショットしなきゃ殺せない相手には向いてない。
「逃げる奴はオーガだ! 逃げない奴はよく訓練されたオーガだ! ひゃっほう!」
「……なんだそれ……」
映画の名台詞も異世界では通じないか。虚しい。
「そろそろ煙幕が晴れるな……。もう20体は仕留めたと思うが」
ペトラさんが展開した煙幕は風に流され、次第に周辺の視界がクリアになり始めた。
「って、おい。一番でかいのが健在じゃねーか」
「うわっ! でかっ!?」
私たちの目の前に立っていたのは、体長5メートルはある巨大なオーガだった。でかすぎてでかい以外の感想がでない。
「あれってどこにいたんです!?」
「群れの中にいたんだよ。しゃがんでたかなんかで見えなかったんだろ」
もはやオーガというより巨人だ。海外ドラマに出てきた巨人を思い出す。
「オオオォォォッ!」
巨大オーガは咆哮を上げると、仲間の死体を掴んで振り回しながらゲルトルートさんたちに迫る! これは危ない! あんなでかいの、ゲルトルートさんたちでは無理だ!
「急所は頭ですよね!?」
「ああ! 頭だ! だが、分厚い頭蓋骨に守られているぞ!」
私とペトラさんはゲルトルートさんたちに向かおうとする巨大オーガの頭部めがけて射撃を開始した。機関銃が次々に空薬莢を吐き出し、大口径の銃弾はオーガの頭部に向けて叩き込まれる。
だが、ペトラさんの言った通り、頭はかなり頑丈な頭蓋骨で守られているらしく、頭に命中しても脳を抉り取るまではいかない。
ええい! この世界の魔獣は化け物か!
どれだけ分厚かったら大口径弾の連続射撃を受けて頭蓋骨が割れないんだよ! おかしいだろ! この野郎!
はっ。あいつらが頭が悪い原因って頭蓋骨が分厚すぎて、脳みその容量が少ないからなのではないからではないだろうか。
って、そんなことはどうでもいい! これでは埒が明かない!
「こうなったらこいつを!」
この窮地に私が取り出したのは──。
「吹っ飛べっ!」
50口径弾を使用する対物ライフルだ。
いくら機関銃の銃弾に耐えられても、この対物ライフルの射撃にはかなうまい!
くたばれ、でか物!
私は光学照準器で狙いを定めると、そのまま引き金を絞って50口径弾を脳天に叩き込んでやった。これで行けるはず……!
「ええっ!?」
脳天が半分吹っ飛んでるのに、まだ動いてるぞ!?
「化け物だ!」
「そりゃ魔獣だからな!」
私が叫ぶのにペトラさんが突っ込んだ。
「このやろーっ! いい加減にくたばれー!」
私は再び引き金を絞るも、狙いがそれて外れた!
流石に第2種戦闘適合化措置では限界があるか。
ここは第3種戦闘適合化措置に移行するしかない。
アドレナリンが激しく分泌され、心拍数が急速に上昇する。全ての動きが緩やかなものとして感じられ、巨大オーガの動きも相当鈍くなる。
今なら狙える!
「今度こそ吹っ飛べっ!」
銃弾が宙を駆けて巨大オーガに向けて伸び、半分吹き飛んでいる巨大オーガの頭が木っ端みじんに吹き飛んだ。
そして、巨大オーガは力を失い、ぐらりとよろめくと同じオーガたちの死体に向けて倒れていった。巨大オーガが倒れるときには、ぐちゃりとオーガたちの死体が押しつぶされ、それはもうグロかったです。
「ふう! 鬼退治成功!」
「ああ。なんとかやったな」
ペトラさんはいざという場合に備えて爆裂矢を用意していたが、私が吹っ飛ばしたので不要となった。
「しかし、本当に魔獣が移動しまくってるな。炎竜騒ぎは当分続きそうだ」
「うへー。でも、冒険者にとってはお金稼ぎのチャンスですよね!」
「おーい。他人の不幸を喜ぶな、学生」
すいません……。
その後、ゲルトルートさんたちがミーネ君の別荘にいって結果を報告したが、私は脱兎のごとく逃げ出し、冒険者ギルドで報酬だけ受け取った。
ゲルトルートさんによるとミーネ君は私の姿をしきりに探していたそうだ。
ば、ばれてないといいなー……。
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今日より隔日更新となります。ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。