悪役令嬢の鬼退治
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──悪役令嬢の鬼退治
今日は休日ー。
学園はエルザ君が入学してきて、フリードリヒとのイベント発生まで残り3日となった。無事にイベントは起きるのだろうか。そして、私は破滅せずに済むのだろうか。分からないことだらけで未来は暗い。
まあ、今は目の前のことに集中するのみです。
というわけで、今日は冒険者ギルドへ!
今日も稼いで将来のために貯蓄を増やすぞー!
ちなみにヘルヴェティアに預けてあるお金は最近追加で預金した分を含めて400万マルクとなりました。これは炎竜の角の価格は込めてないので、私の個人資産はなんと600万マルク!
……うーん……。これでも再起するにはちょっと不足しているかもしれない。
再起するということは、貴族の地位を奪われて、異国の地で新しい事業を始めるということである。
貿易商とかの金融関係のお仕事は数学のできない私にはまず無理。私の長所と言えば、歴史系の暗記能力と魔術である。これをどうすれば新しい事業につなげることができるのだろうか……。
そうだ! 傭兵団をやろう!
軍事的才能はないけれど、魔術の腕っぷしにかけては自信がある! 私を支えてくれる忠実な前衛を雇って、私が火力を叩き込みまくれば大抵の相手には勝てるはず!
……いや、勝てるなら帝国内戦に勝とうよ。勝っちまってフリードリヒの首を刎ね飛ばしてやろうよ……。
まあ、傭兵団も結構楽しそうだし、将来の選択肢には入れておこう! 目指せ、ランツクネヒト! いや、エグゼクティブ・アウトカムズ社の方が格好いいな。
「よう、アストリッド! 高等部になったんだな。リボンの色が変わってるぞ」
「こんにちは、ペトラさん! 無事に進級して高等部の学生になりましたよ!」
そうなのだ。今更だが聖サタナキア魔道学園では、リボンの色で初等部、中等部、高等部の違いが分かるようになっている。初等部は赤、中等部は青、高等部は緑という具合に変化するのだ。
男子もネクタイの色が同じように変わるので、誰が先輩かどうかは制服を着ていれば分かるというところである。
「それにしてもなんで休みの日に制服着てるんだ? ローブ着てるけど制服はしっかり見えてるぞ」
「いやあ。表向きは学園の図書館に行ってることになってまして……」
「ああ。お忍びなんだよな」
私は表向きは図書館に行ってきます。帰りは遅くなりますとお父様に言っている。いつまでもミーネ君の家で遊んできますじゃ、そろそろ疑われそうだからね。
「お忍びって憧れちゃうな―。お姫様みたいー」
「そんなことないですよ。神経キリキリして本当に辛いだけですから」
そう、お忍びなんていいものじゃない。
最近ではお父様たちを騙すのに加えて、冒険者ギルドのある商業地区にいるエルザ君も騙さないといけなくなったものだから大変極まりない。
今は髪をポニーテイルにして、伊達メガネをかけて、更にはローブを羽織っているが、これで果たして効果はあるのだろうか。
「それにしても今日のクエストって何ですか?」
「まだ決まってない。あたしたちも財布がそろそろ冷えてきたから、財布が温まるようなクエストがあるといいんだけどな」
ふむ。いつものようにゲルトルートさんがクエストを探しているのか。
「それにしてもアストリッドちゃん、身長凄く伸びるねー。何かやってるの?」
「うっ。ちょっと牛乳を飲みすぎてしまって……」
このパーティーの身長はペトラさんが最小で150センチ程度、エルネスタさんが160センチぐらいで、ゲルトルートさんがダントツの180センチ。
正直、あまり身長が伸びすぎると乙女っぽくないかなとは思ったが、ゲルトルートさんみたいに格好良くなれたらいいかなと最近は方針転換している。
「身長高い奴は見栄えはいいが、いい的になるぞー」
「それならかわしてやりますとも!」
ペトラさんが笑いながら告げるのに、私も二ッと笑って返した。
「ああ。アストリッド。今日も来ていたのか」
「はい。お邪魔してます」
ゲルトルートさんともすっかり顔なじみだ。
「今日のクエストってなんです?」
「少し稼ごうと思ってな。危険だが引き受けてみようと思っている。アストリッドがいてくれるなら、クエストは確実に成功しそうだな」
「えへへ。ところで、何のクエストなんです?」
「オーガの討伐だ」
オーガ?
ああ。オークの大きい奴か。確か、体こそオークより大きいけれど頭の方はお猿さん以下なんだっけ。だけど、でかいってのはそれだけでアドバンテージになるからな。
「あっ! 知ってました? オーク、ゴブリン、オーガ、ミノタウロスとかの祖先って1億年ほど前には同じなんですよ」
「なんじゃそりゃ。あれだけ違うもんが同じ祖先から生まれるかよ」
本当だよー! この間、古代魔獣展で見たんだよー!
「まあ、オーガは群れを作っているらしく、危険が大きい。稼ぎたい気持ちで引き受けようとしていたが、それ相応のリスクがある。アストリッド、君はこのクエストに賛成してくれるか?」
「もちろんです!」
ペトラさんが言ったようにでかい奴はいい的だぜ!
「では、クエストを受注してこよう」
「お願いします」
こうして私たちはオーガの討伐クエストを受けることになった。
だが、私は確認を怠っていた。
そのクエストの発注者が誰だったのかを……。
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クエストが発生したのは──。
「え? アストリッド様……?」
よりによってミーネ君の領地であったー!
ゲルトルートさんとクエスト発注者に会いに行ったら、ものの見事にミーネ君がいらっしゃる。めっちゃ見ておられる。
「アストリッド様がなんで冒険者ギルドに……?」
「え? アストリッドってどなたですか? 私はエリノアと申しますが」
「いや。どうみてもアストリッド様では……?」
「さあ。何のことでしょー?」
やばい。やばい。やばい。変装が変装として機能していない。伊達メガネとポニテだけでは無理があったか! おまけに今は言い訳のしようもなく制服姿だしな!
「ねえ。ゲルトルートさん、私はアストリッドって子じゃないですよね?」
「あ、ああ。アストリッドはアストリッドじゃないな」
言い方間違ってるよ!
「と、ともかく人違いでは?」
「そうでしょうか……」
不味いぞ、アストリッド。ここでお父様たちに連絡が行ったら、もう手伝い魔術師はできないぞ!
「じゃあ、そろそろ行こうぜ、“エリノア”。クエストはなるべく明るいうちに終わらせておきたいしな」
「そうですね、ペトラさん! さあ、行きましょう、行きましょう!」
ナイスフォローだぜ、ペトラさん!
「うちの学園にエリノアという方はいらっしゃったでしょうか……?」
ミーネ君が小首をかしげているが、今は離脱あるのみ!
「ふう。危なかった……」
「あれ、学園の級友か?」
「そうなんですよ……。もっとちゃんと確認しておくべきでした……」
ペトラさんたちとミーネ君の領地の山に入るのに、私は額の汗を拭った。
「アストリッドはお忍びだったんだな。すまないな。こういうことになって……」
「いえいえ。ゲルトルートさんのせいじゃないですから。クエスト発注者をちゃんと確認しなかった私が悪いのです……」
ゲルトルートさんが申し訳なさそうにしているけれど、悪いのは私である。
「あの貴族様とは結構親しい仲か? それなら素直に喋って口止め依頼しといた方がいいんじゃねーかな」
「そうですかね……。実を言うと私、割と大きな貴族の家の子で、口止めを頼んでも連絡が行きそうな気がするんですよ」
「でかいって。ここも伯爵家だろ?」
ペトラさんが言うのも一理あるのだが。
「実は私、公爵家のひとり娘なんです……」
「はあっ!?」
ペトラさんが声を上げて驚き、ゲルトルートさんとエルネスタさんは絶句している。
「こ、公爵家ってマジか……?」
「マジです」
マジなのだ。
「いや。手伝い魔術師って金のない男爵家や子爵家の次女やら次男やらがやるものだろう。なんだって公爵家の長女が手伝い魔術師やってんだ?」
「将来の貯蓄のためにですね。もしかすると、家が没落するかもしれないんです。没落というかお家取り潰しというか。だから、少しでも貯蓄を増やしておきたくて、お父様たちには内緒で手伝い魔術師を……」
「公爵家がお家取り潰し……?」
まあ、驚きますよね。突如として公爵家がお家取り潰しになったりしたら。
「いくら何でもそれは話が飛躍しすぎてないか? 本当にお家取り潰しになるという確証はあるのか?」
「確証はないですが、割と確かなのです」
地雷原はマインスイーパーしてるけど、いつ破滅フラグが立つか分からないのだ。
「そうか。お前も壮絶な人生を送ってるんだな……。あたしにはさっぱりと想像もつかない世界の話だぜ」
ペトラさんが私に同情してくれる。
「まあ、私たちは気にしないぜ。だろ、ゲルトルート、エルネスタ?」
「そうだな。アストリッドはアストリッドだ」
うう、嬉しい。感激だ。
「では、クエストの方に向かおう。アストリッドの正体がばれない間にな」
「ええ。向かいましょう!」
というわけで、私たちはゲルトルートさんを先頭に森の中を進んでいった。
私たちはゲルトルートさんが道に迷わないように地図を頼りに先導し、私たちがそれに続く。オーガというとオークよりデカいという印象しかなかったけれど、実際はどんなものなのだろうか?
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