悪役令嬢さんに危機が迫っています
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──悪役令嬢さんに危機が迫っています
ついに高等部に進級。
そうなのだ。ついに私たちは高等部に進級することになった。
とうとうエルザ君が入学してくる! 破滅の時が近づいている!
まあ、まずは始業式で様子をみよう。
始業式では家柄と成績がいい生徒と学園長が挨拶した。今年の挨拶もフリードリヒである。厄介ごとが回ってこなくて、非常に助かったと言えるのかもしれない。フリードリヒもたまには役に立つな。
はあ、しかしエルザ君はどうしているのだろうか。
そういうわけで私はエルザ君を探してきょろきょろ。
おっ。いたいた。非常に緊張しているのが、見事に分かる。だけど、あの調子では胃が痛くなってしまうのではないだろうか。
さて、ついにエルザ君が入学してきたら、どうしたらいいものか。
そして、無事入学式が終わり、クラス分けが始まった。
……高等部でもフリードリヒ、アドルフ、シルヴィオと同じクラスだった。
そして、ゲームの通りなら、ここにエルザ君も編入されてくるはずなのだ。
「み、皆さま。エルザ・エッカートです。よろしくお願いします」
そして、本当にエルザ君が私たちのクラスに編入してきた……。
クラスの自己紹介のときにエルザ君がそう告げる。
「あれは平民か……」
「平民が学園に入ってくるだなんて」
小声で学園の学生たちがそんなことを口にしているのを耳した。
「エルザ君だね。学園でもよろしく!」
「は、はい」
私はそんな愚痴を吹き飛ばすために、エルザ君歓迎ムードを形成しようとする。
「アストリッド様。相手は平民の方ですよ」
「いやあ。あの子、結構可愛いしさ、実力も本物だと思うよ。魔術の才能も学園が学費を負担するくらい優れているし、あの子のことはもっと優しく出迎えてあげたいなって思うなー」
ミーネ君たちにはやはり庶民と親しくするのは抵抗があるようだ。イリスと同じように庶民は犯罪を起こす野蛮な人種だと思っているだろうか。
そうではないと知って欲しいのだが、すぐには無理そうだな……。
どうかミーネ君たちがエルザ君とフリードリヒの恋路を邪魔しませんように……。
「エルザ君! 私のこと覚えてる? パン屋で会ったんだけど」
「覚えています! 転んだ私のことをブラッドマジックで癒してくれた方ですよね?」
よしよし。エルザ君からの初期の反応はいい。
「確か、アストリッドさんでしたでしょうか?」
「そだよ。アストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク。どうぞよろしくね」
名前も覚えて貰ったし、これでエルザ君の好感度もアップしたはずだ。
「私のような平民に……。こちらこそどうぞよろしくお願いします」
エルザ君も階級がらみでナイーブになってるな……。そのナイーブさがありながらも、貴族を次々に落としていったんだから君は凄いよ。ゲームでの話だけどさ。
「じゃあ。何か学園生活で困ったことがあったら遠慮なく私に相談してね。ただし、こっそりと頼むよ?」
「はい。感謝します」
エルザ君を助けているところを見られると、他の貴族の反感を買ってしまう。ゲームとは別のバッドエンドを迎えかねないのだ。
……本当にこれで大丈夫?
いざとなればプルーセン帝国で内戦を引き起こす覚悟の私だけれど、なるべくなら戦争は避けたい。内戦の最中にオストライヒ帝国やメリャリア帝国が攻め込んでこないとは限らないのだから。
「アストリッド様。噂は本当だったのですね」
「う、噂ってなに?」
まさかもうエルザ君をさりげなくフォローするつもりなのがばれてる……?
「フリードリヒ殿下が庶民派であられるから、その伴侶となるアストリッド様も庶民のことをよく知っておこうとされているという話ですよ。やはり、フリードリヒ殿下の相手はアストリッド様に他ありません」
「……その噂はデマだから、これ以上流さないでね……」
私はフリードリヒという地雷を踏みたくないからエルザ君に親切にしてるの! 変な解釈をするのはやめてくれたまえ。
「そうなのですか。それにしても庶民派をアピールするために平民に優しくされるとは流石はアストリッド様です。きっとフリードリヒ殿下もアストリッド様を思われるかもしれませんよ?」
ないない。ありません。
「フリードリヒ殿下は庶民と触れ合いたいと言っていたから。エルザ君をフリードリヒ殿下に会わせるのいいかもね!」
「それはダメですわ。殿下が穢れてしまいますから」
そこまで言うのかロッテ君。
「そ、そんなことないよー。私も庶民の友達というか、エルザ君のことは彼女が学園に入学する前からしってたけど、全然穢れてないでしょう?」
「それはそうですが。やはり殿下と庶民を引き合わせるのは」
この反応は厳しい。
これから入学7日後にエルザ君とフリードリヒのファーストコンタクトが起きるのだが、それが問題にならないことを祈るのみである。
「じゃあ、私はちょっとエルザ君に学園の中を案内してくるね」
「そのようなこと、アストリッド様がされなくても……」
「いやいや。うちの従妹も入学したときはどきまぎしてたからさ。放っておけないんだよね」
こうして私が守ってますアピールをしてミーネ君たちを牽制。だが、あまりやりすぎると反感を買ってしまうからほどほどにしておかなければな……。
「さて、エルザ君! 私が学園を案内してあげよう!」
「え、あの、いいのですか?」
「いいの、いいの!」
隙のあるうちにエルザ君の好感度を稼いでおいて、破滅を阻止しようではないか!
しかし、貴族のみんなの視線が突き刺さるなー……。オルデンブルク公爵家が庶民と付き合うとかどうなのって顔している……。
だけどな! エルザ君はフランケン公爵家のご令嬢だからな! 今冷たくして後で後悔したって私は知らないからなっ!
とはいえど、深入りは禁物だ。ある程度の好感度を稼いだら接近阻止戦略によってエルザ君とは距離を置かなければ。それでいて、エルザ君とフリードリヒが結ばれるように工作しなければいけないんだから大変だぜ……。
「じゃあ、最初は食堂に行ってみよっか! お昼ご飯はお弁当? それとも食堂で注文する方?」
「お弁当です。学園の食堂はテーブルマナー? とかが必要だと聞いたので」
「なるほどね」
まあ、私もテーブルマナーを覚えるのには苦労しましたよ。私の場合は4歳からスタートだったから覚えは幾分かマシだったものの、エルザ君は13歳からスタートだというのだから厳しいね。
「私もお弁当は好きだよ。今度一緒に食べようか?」
「そ、そんな。私のお弁当なんてお見せできるものではないですから」
これはリップサービスだよ、エルザ君! 流石にお弁当を一緒に食べてたら貴族のみんなに言い訳不可能になる可能性があるからね!
……だけれど、ここでエルザ君を見捨てるのものな……。私が付いていれば、エルザ君がいじめられることはないと思うんだけど。だからといって四六時中私がエルザ君にくっついているわけにもいかないし。
ああ。階級制度ってクソですわ。
「お弁当もいいけど、おやつぐらいなら食堂を使ってもいいかもね。この学園の食堂ってケーキもあるんだよ。お店の本格派というわけにはいかないけれど、甘いものが食べたくなったら利用してみるのもいいかもね!」
かくいう私も円卓のお菓子をちょろまかできないときは、ミーネ君たちと共にここでケーキを食べたものである。
「しかし、貴族様のものとなると高いのでは?」
「あれ? そこら辺は奨学金でカバーして貰ってないの?」
「いえ。奨学金は生活費と学費のみでして……」
そうだったのか。なんでも学園持ちって聞いてたから、てっきりお菓子代も学園から支給されるものだとばかり思っていたよ。まあ、そこまで気前のいい奨学金は常識的に考えてないか。
「なら、ちょっと味見していく? 奢るよ?」
「そんな! 申し訳ないです!」
「いいから、いいから」
ミーネ君たちの目がない間に好感度を稼げるだけ稼いでおくのだ。
好感度よ。上がれー。上がれー。
「じゃあ、私はチーズケーキを!」
「わ、私も同じもので」
食堂のチーズケーキおいしいんだよね。濃厚で、クッキー生地がサクサクしてて。
「おいしいね、エルザ君!」
「おいしいです。しかし……」
「しかし?」
何か不味いことをしたか、私?
「どうしてアストリッド様は私などにこうも優しくしてくださるんですか?」
ああ。そういうことか。
「うちの従妹がね。随分と人見知りな子で、学園に入った時エルザ君と同じようにびくびくしててね。エルザ君がびくびくしているのを見ると、従妹のことを思い出しちゃうんだ。だからだよ」
嘘は言っていない。エルザ君は入学したてのイリスに似ているのだ。
もちろん、私の破滅を避けるために媚びを売っているということもありますがね。へへへ。お嬢さん、何か食べたいものはございませんか?
「じゃあ、次は部室棟を見学しよっか。エルザ君は何か部活に入る予定ある?」
「いえ。勉学のことだけで精いっぱいだと思いますので」
「なら、部室棟はかるーく見て回ろっか」
流石にエルザ君を真・魔術研究部へは誘えないな。それは入り込みすぎている。
「それからね。体育館は3つあるからね。高等部の使う体育館は第3体育館。第1体育館は初等部。第2体育館は中等部。第3体育館は高等部。それから第1体育館では演劇部が練習をしているよ」
「広いですね……」
私の故郷の日本でも3つも体育館がある学校はないと思う。
「まあ、すぐに慣れるよ。広いだけだからね」
「そうでしょうか……」
私も最初は広すぎっ! って思ったけど今や普通だからね。
「それから、それから──」
そんなこんなで私たちは校舎を見て回った。
いつもならこの辺で厄介者のフリードリヒが顔を出すはずなのに、今日という日に限ってあいつが出てこないのである。
ううん。おかしいな……。ひょっとして円卓か? 円卓にエルザ君を案内することはできないしな……。今日という日に限って、全く!
「おや。アストリッド嬢か? ここで何してる?」
「ベルンハルト先生!」
私とエルザ君が校舎をフリードリヒを求めてうろうろしていたらベルンハルト先生とエンカウントした。
そうなのだ。今年から担任の先生がゲーム通りベルンハルト先生になったのだ!
こればかりは高等部に上がって数少ない嬉しいことだ。部活動では顧問の先生ということで度々会っていたが、これからは毎日会えるわけである。嬉しいね!
「ああ。そっちは転入生のエルザ嬢だったな。こんな場所で転入生を連れまわして何してるんだ? 嫌がらせか?」
「違いますよ! 校内を案内してるんですよ!」
変なことしてないよ! 親切で行動しているんだよ!
「あー。それならいいが。エルザ嬢は恐らくあれだろう。この学園のプライドだけは一人前の貴族の連中に目を付けられそうなタイプだ。違うか?」
「まあ、そうですね。ちょっとやばいですね」
ベルンハルト先生が声を落として私に告げるのに私がコクコクと頷く。エルザ君にはこの会話は聞こえていない。
「なあ、アストリッド嬢。よければエルザ嬢のことを見てて貰えないか? 俺も教師として見守ってはおくが、高等部になるとやり方が陰湿になるからな。連中、しっかりと教師の見てないところでやりやがる」
「え、ええー……」
ベルンハルト先生の頼みだけれど、この地雷予備軍のエルザ君の面倒を私が見ろと?
困る。実に困る。私の戦略方針は接近阻止戦略で決まってるんだよ。エルザ君との距離は最小限度に保って、フリードリヒと結びつけてゴールインさせるって。
なのに、私が面倒を見ることになったらその戦略が……。
「なあ、頼めないか? 大貴族のお前が付いてれば、そこらの連中は手出しできないと思うんだけどな」
「いやあ……。その、それだと私も巻き込まれるんじゃないかーって……」
「お前はそういうのは跳ね返せるタイプだろ? 拳とかで」
「私は先生にどう思われてるんです?」
ベルンハルト先生の中の私のイメージはどういう状態なんです?
「まあ、無理強いはしないが、よければ頼む」
「え、ええ。出来る限りのことはします」
したくないー! 貴族の連中から目の敵にされそうで怖いー!
「じゃあ、次の授業遅れるなよ」
ベルンハルト先生は私の肩をポンポンと叩くと颯爽と去っていった。
参った……。
「あの、アストリッド様?」
「エルザ君! 自分の身は自分で守れるようになろうね!」
私はエルザ君の肩を掴んでそう告げたのだった。
…………………