悪役令嬢と行楽シーズン
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──悪役令嬢と行楽シーズン
季節は涼しい秋。
秋と言えば食と行楽。
私たちは食と行楽を満喫することを決意している。
私たちはこの秋を堪能するために、食と行楽の両方を楽しむために円卓のメンバーで新入生オリエンテーションで使ったトールベルクの森にやってきた。
トールベルクの森は景色も素晴らしいし、温泉もあるし、いい感じのスポットだ。食についても、おいしいレストランがあるそうなので楽しみである。
今年の秋はこのトールベルクの森で思いっ切り楽しみたいところである。
「アストリッド。旅行は楽しみですか?」
「え、ええ。楽しみですよ」
そこで地雷であるフリードリヒたちが立ちふさがるのだ。おのれ。
円卓のイベントはいろいろと出費がかさむ上に、フリードリヒたち地雷が配備されているので、正直なところ苦しい。だけれど、イリスも一緒だし、大貴族とのコネも欲しいので行かざるを得ない。
「お姉様。お疲れですか?」
「い、いや。全然平気だよ、イリス」
イリスに心配されるレベルで顔に不安が出ていたか。困った。
「お姉様は最近お疲れなのですか? なら、温泉に入ってゆっくりしましょう!」
「そうだねー。のんびりしたいねー……」
これで地雷がいなければ最高なんだけどな。
そんなこんなで円卓メンバーはトールベルクの森に面するホテルにチェックイン。温泉完備の素晴らしい宿だ。
しかしながら、ゲームにはまるで登場しなかったものがきちんと作られていることには感心する。そうであるがために、なにかゲームにはないことが起きるのではないかと私は心配なのだ。
もし、このゲーム中になかった高級ホテルで密室殺人が起きてフリードリヒが死んだりしたら……。その容疑者として私が疑われてしまったら……。
いや。いくらなんでもそれはないだろ。ゲームが乙女ゲーからサスペンスゲーに変わってるじゃないか。まあ、私も乙女ゲーをウォーシミュレーションに変えようとしていますがね。
早くエルザ君にこの地雷を処理して貰って、私はお父様が探してきた適当な婚約者と結婚して、もう将来に不安を抱くことなくくらしたいよ……。
そのエルザ君も割と核地雷なのでどう対処すべきかどうかが悩まれるのだが。米軍の爆発物処理班のように無人地上車両を使って、キロトンクラスの核地雷をガチャガチャと解体しなければ……。
うえーん! できる気がしないー!
エルザ君につらく当たると地雷がどかーん。エルザ君に親切に接すると学園の貴族たちから反感を買ってどかーん。どうすりゃいいんだい!
ここはエルザ君には一切接しないという手段を取るしかないかもしれないが、私が接さなくともミーネ君たちとエンカウントする恐れがあるのだ。ミーネ君たちはいい子なんだけど、この間の反応からして平民相手には厳しいだろうし。
そもそも当のフリードリヒたちは庶民のことをどう思っているのだろうか?
私はフリードリヒは庶民派だよ! というあまり根拠のないデマを流して回ったが、ゲームの時の最初の印象はどうだっただろうか……。
確か、フリードリヒコースではフリードリヒの馬車が徒歩のエルザ君に泥を跳ねちゃって、そのお詫びにという感じでスタートだったはずだ。フリードリヒは最初の対応は親切だった覚えがあるが、内心で何を考えていたかは謎だ。
気になるな……。アドルフとシルヴィオという地雷はミーネ君とロッテ君が無事処理してくれそうなので、残る問題はフリードリヒだけなのである。
フリードリヒ……。見た目こそイケメンだが、中身はなよなよ。それをエルザ君が恋人になってしゃきっとさせてくれるわけであるが……。
本当にフリードリヒはエルザ君に関心を示すのだろうか。このなよなよな男は、自分の皇位継承権を捨ててでも、庶民であるエルザ君と結ばれようとするのだろうか。
ゲームのときと設定が変わっていないことを祈るばかりだが、ここはさりげなーく探りを入れてみるべきかもしれない。
「フリードリヒ殿下」
「どうしました、アストリッド。あなたの方から話しかけてくれるなんて珍しいですね。どのような話題でしょうか?」
まあ、いつもは逃げてるからな。
「フリードリヒ殿下は庶民の方々をどう思っていらっしゃいます?」
「庶民の方々ですか。帝国を支えているのは彼らだと思っています。彼らの力なしには帝国は存続できないでしょう」
庶民などゴミよ! といういかにもな悪役ではないことは判明したが、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。
「実は来年から学園に通ってくる庶民の女の子と知り合いになりまして、フリードリヒ殿下は“男性として”そういう子のことはどう思いますか?」
男としてだぞ。政治家としてじゃないからな。
「ふむ……。難しい問題ですね。私の交友は事実上制限されていますから……。父上がまず交友することを許すとは思えません。私としても庶民の方々と触れ合う機会があれば、真に帝国のことを理解できると思うのですが」
男としてっつっただろーが! なんで政治家モードになる!
「では、殿下はその庶民の女の子がとてもとても魅力的でも交友はされないと?」
「そうですね。難しいところです」
本人としては意志ありだけど、周りが許さないから無理ってところか。
所詮はなよなよ。期待はしていなかったさ。だが、あの真のヒロインオーラを纏ったエルザ君を前にしても同じことが言えるかな?
「それにしてもあなたが庶民の知り合いがいるとは驚きました、アストリッド。あなたの交友関係は非常に広いのですね。あなたのような方こそ帝国のことを本当に考えているのでしょう」
「い、いえ。たまたま、たまたーま知り合っただけですから!」
ひーっ! 危うく地雷を踏むところだった! あぶねー!
「それでは殿下。その子が入学してきたら、きっと緊張していることでしょうから優しくしてあげてくださいね!」
「ええ。もちろんです」
エルザ君とお幸せに! 私を巻き込まないでね!
というか、こうして私がさりげなく恋のキューピッドをやっていれば、核地雷は処理できるし、フリードリヒからの反感も買わないし、一石二鳥なのでは?
おおっ! アストリッドよ! ナイスアイディアだ!
このまま私はエルザ君との恋が実るように裏方に徹しよう! 他の貴族の人たちにはばれないように!
「もし失敗したら、本物の核地雷を使うしかない……!」
ガンバレル型核爆弾の制作は可能であることが既に分かっている。必要な鉱物は全てノームのおじさんが出してくれるはずだ。後は被曝しないように気をつけて、作業を行えばいいだけだ……。
いやいや。それは流石にやりすぎだ。それをやるぐらいなら、もっと目標の選択が可能な錬金術による毒ガス生成の方がいい。
どっちもよくないよ! 通常戦力で戦うんだよ! 戦争に勝っても汚染された大地だけが残されるとか虚しすぎるぞ!
「はあ」
「お姉様。あまりため息をつかれると幸せが逃げますよ?」
今の私に幸せはないんだよ、イリス……。
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温泉!
さっきはふさぎ込んでた私ですが温泉を目の前にすれば、元日本人の本能で元気になるというものですよ!
「温泉はいいですね、お姉様。元気になられたようで何よりです」
「うんうん。温泉はいいよねー」
温泉とは言っても裸で入るのではなく、薄手の水着に似たものを着て入ることになっているのがこの世界式。乙女の裸は同性にも許さないらしい。
男湯の方? 知らない。
「イリスってば肌ぷにぷにだね。いつもお手入れしてるの?」
「お姉様が勧められた石鹸で洗っているだけですよ」
ああ。そういえば美容にいいとかでバートリ社のブラッドソープを勧めたんだった。あれって何故だか美容にいいのはいいんだけど、名前が物騒なんだよな……。ブラッドソープって何を思ってこんな名前に……。
「しかし、イリスは背が伸びないねー? ちゃんと牛乳飲んでる?」
「牛乳はちょっと苦手で……。でも、チーズは食べてますよ」
うーん。チーズでも乳製品だからいいのかなー?
それでもイリスはちっとも大きくなってないからな。胸が慎ましいのは我らが血を引く者たちの呪いであるとして、身長があんまり小さいのは心配だよ。イリスってこれで一応11歳になるはずなのに。
「ところで、イリス。イリスは庶民の子ってどう思う?」
「庶民の子ですか?」
一応はイリスの反応も聞いておこう。イリスに嫌われるのも嫌だしね。
「ちょっと怖いですね……。庶民の方はいろいろと物騒な世界に住んでおられるとお父様がよくおっしゃっていましたから。人殺しや強盗が庶民の方々の世界では度々起きていると……」
「そ、そっかー」
イリスはブラウンシュヴァイク公爵閣下に庶民の住む世界は怖いものと教え込まれているのか……。まあ、恵まれた環境にあるイリスを下手に庶民が暮らす世界にやりたくないのは分かるけれど……。
「でも、イリス。庶民にもいい人はいるんだよ? 可愛くて、優しくて、魔術の才能があるって感じの子がね」
「お姉様は庶民の方々に知り合いがいるのですか?」
「ちょっとね」
まあ、エルザ君は当然として、ペトラさんたちもいい人だ。イリスには庶民は怖いものと一生思って過ごして欲しくはないかな。
「お姉様は本当に交友関係が広いのですね。私はようやくヴェラさんたちと打ち解けたばかりです」
「……そのヴェラって子のところに泊まったんだよね? 何か変なことはなかった?」
一応その日はブラウたちによる監視体制を敷いていたが、特に目立ったことはなかった。イリスの下着が盗まれたりとか。
「そういえば、ヴェラさんの家に歯ブラシを忘れてきたみたいです。まあ、新しいものがあるので構わなかったのですが」
……おい、ヴェラ。お前の仕業じゃないだろうな……。
ヴェラのせいだったらイリスは高度な変態に目を付けられたことになってしまう。お姉ちゃんは心配だよ……。
「それにしてもお姉様はどんどん背が伸びますね。もう殿方のように高いです」
「そうなんだよねー。何故だか背が伸びちゃってさー」
別段変わったことはしてないのにとうとう身長が170センチに到達しました。
胸を少しでも大きくするために牛乳を飲んで学園に行って、牛乳を飲んでブラッドマジックの実験をして、牛乳を飲んで冒険者ギルドでお金を稼いで、牛乳を飲んで寝ているだけなんだけどなー。
……いや、ちょっと牛乳飲みすぎでは……?
どこか国の出撃王みたいだぞ!
まあ、背が高くて損することはあまりないからいいけど。体格がよくないと口径120ミリライフル砲は取り廻すのが難しくなるからね。
しかし、ゲームの時のアストリッドはこんなにでかかったか……?
ゲームの時も胸は慎ましかったと思うが、身長はそこまでなかったはずだ。エルザ君と同じくらいかちょびっと大きいだけだったはず。
それが今やエルザ君より頭1個は大きいよ!
私の理想は私をお姫様抱っこできるぐらいの身長の高い男性なのだけど、もはやフリードリヒと並ぶぐらいあるしな……。あいつには私を扱うのは無理そうだ。
ベルンハルト先生はその点身長180センチよりもっと上なので安心。
はあ。私も悪役令嬢じゃなければ本格的にベルンハルト先生を狙うんだけどなー。
ん? 待てよ。あの“流れ星に願いを込めて”ではハーレムルートはなかったはずだ。フリードリヒルートが確定したら、私もベルンハルト先生を狙っても……。
いやあ、ダメだ。お父様が反対するのが目に見える。
お父様には可能な限りベルンハルト先生に近い人をリクエストしておこう。あまり直球に頼むのもあれなので、さりげなーく、さりげなーくね。
「お姉様? 何かお考えですか?」
「いやあ。私が将来結婚する人ってどんな人かなーって思っててね」
「お姉様はフリードリヒ殿下と結ばれるのではないのですか?」
「それは誰に吹き込まれたのかな、イリス?」
従妹まで地雷を踏ませに来た。勘弁してくれ。
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