悪役令嬢は文化祭を満喫する
…………………
──悪役令嬢は文化祭を満喫する
「イリス、お待たせ!」
私はイリスとの待ち合わせ場所に待ち合わせ時間よりわずかに遅れてやってきた。遅れたのはフリードリヒのせいです。あの野郎。
「お姉様。では、見て回りましょう。ヴェルナー様たちと一緒に面白そうなところを選んでおきましたから、そこに行きましょう」
「ありがと、イリス!」
この後は演劇部の演劇を見に行くのだ。予定はぎちぎちだぞ。
「それで最初はどこがいいかな?」
「そうですね。料理研究部の出している料理がとても美味しかったです。なんでも、冒険者ギルドが討伐した魔獣のお肉を使った創作料理だそうで。魔獣を食べるなんてあまり思いつかなかったですね」
「ふむふむ。お姉ちゃんも今日は動いたからお腹減ってるよ。行こう、行こう!」
魔獣料理かー。どんなのだろうなー?
いつも冒険者ギルドで魔獣討伐してるけど、あまりおいしそうと思える魔獣はいないんだよね。グリフォンとかどこ食べればいいのか分からないし、コカトリスは毒が怖いし、ゴブリンやオークを食べるのは人間としてちょっと……。
クラーケンは以前、美味しくいただいたから調理の仕方によっては美味しくいただけるのかもしれない。
「あっ。ここです、お姉様!」
料理研究部の展示ブースは第2体育館の一番目立つ場所にあった。畜生、きっと担当の先生のくじ運がよかったんだな……。
「まだ残っているでしょうか?」
「まあ、話だけでも聞ければ満足だから。あの魔獣をどうやって料理したかってね」
おいしそうな料理方法だったら、ペトラさんたちとクエストに出かけたときに料理してみようかな。ペトラさんたちも驚くに違いない。
そして、私たちが料理研究部の展示ブースで待つこと15分。
「いらっしゃいませ、料理研究部の展示ブースへ!」
展示ブースでは部員さんが笑顔で出迎えてくれた。
「あの、魔獣を料理してるって聞いたんですけど?」
「ええ。私たちの部活では増え続ける魔獣の駆除に伴う魔獣の肉を、一体どのように料理すればいいのかということに挑戦してみました。興味ありますか?」
「もちろん!」
あの魔獣をどうやったら美味しくいただけるんだろー? 冒険者の人たちは血抜きもしなければ、その場で加工したりもしないので食べれるお肉は少なそうだけど。あれはハンティングじゃなくて、ファイティングだからね。
「まず、こちらがグリフォンの手羽先揚げとなります。そして、こちらはケルピーのカルパッチョ。どうぞお召し上がりください!」
差し出されたのは魔獣のお肉とは思えないおいしそうな料理。香りも香ばしく、魔獣っぽさが全然ない。
「私はもう食べましたので、お姉様がお召し上がりください」
「うん。いただくね」
まずは手羽先揚げの方から口にぽいっと。
おおっ!? お肉が非常にジューシーで臭みも全然ないぞ。本当にこれがあの魔獣のお肉なんだろうか?
カルパッチョの方もぱくり。
うん! これも全然臭みがない! それに非常に柔らかくておいしいですよ!
「へー。これは魔獣のお肉とは思えないおいしさですね。何か特別なことをしてるんですか?」
「はい。薬草にもなる香草の一種と野菜を使って、肉の臭みを消しているんです。どうしても討伐された魔獣というのは臭みのあるお肉になってしまうので、そこを改善するために試行錯誤した結果です」
「ほうほう」
魔獣のお肉も香草とかで臭いを消したら食べれるのか。
「ちなみに、ゴブリンとかオークは?」
「さ、流石にそれはちょっと……」
ですよねー。
「はあ。おいしかったし勉強になりました。どうも!」
「はい! お越しいただきありがとうございました!」
ふう。思いがけないご馳走にありつけてよかった。
「どうでした、お姉様? 普段は人を害する魔獣があのように料理できるとは凄いことですよね。これからは魔獣肉を食するのが普通になるかもしれません」
「そうだね。冒険者の人たちも討伐したついでにお肉を売ればお金になるしね!」
魔獣肉が流行ったら、冒険者ギルドの報酬も上がったりして……。ふへっ。
「次はどこに行こうか!」
「次は吹奏楽部の演奏を聞きに行きましょう。演奏している時間のプログラムがここにありますから」
「よーし! 張り切っていこー!」
イリスとはその後吹奏楽部、手芸部、美術部、新聞部の展示ブースを見て回った。
意外に驚きなのが新聞部の展示ブースで、国内外の様々なイベントが普通の新聞社並みに報じられていた。どこで取材しているんだろう。
その新聞部の報じるところによると、プルーセン帝国とオストライヒ帝国がそれぞれ領有権を主張し合っているシレジア地方を巡って軍事的な対立が生じ始めているそうだ。私は嗜み程度には新聞を読むが、これは初耳だ。
シレジア地方はライヒの主導権を巡るプルーセン帝国とオストライヒ帝国の対立軸になっている。ただの一地方の領有権争いではないのだ。両国のプライドがかかっている対立なのである。
「世の中、大変なことが起きていそうですね……」
「うん。戦争になっちゃうかもね」
戦争になるんだよなー……。
このシレジア問題を契機に両国の関係は急速に悪化して、鉄と炎の時代が始まるのだ。プルーセン帝国は勝利することになるけれど、この世界はちょっとずつ歯車が狂い始めているからどうなることやら。
「さて、そろそろ演劇部の展示を見に行こうか!」
「そうですね。急がないと終わってしまいます」
演劇部の展示はメインイベントだ。イリスも楽しみにしていたものである。
「演題は“シャルロッテ物語”と。どんな劇か、イリスは知ってる?」
「はい。悲しくなる恋物語です。ここで内容を話してしまうと楽しみが減るので、内容は内緒ですよ」
うーん。興味が湧いてきた。演劇にはあまり興味はなかったけれど、イリスに言われると面白そうに感じられてくる。
「では、そろそろ始まりなので急ぎましょう」
私とイリスはわくわくしながら、第1体育館に入った。
おっと。演劇部の展示は大規模だな。既に多くの席が埋まっている。よくよく見ればサンドラ君の姿もあった。
そうか。演劇部には王子様のあだ名を持つラインヒルデ君がいるんだよな。この中の何割が彼女のファンなのだろうか。
「これより本日3度目の演劇部の展示の始まりです。演目は“シャルロッテ物語”。皆が涙を浮かべる悲哀の物語であります。どうぞ、お楽しみに」
第1体育館の演台の上で、道化らしき人がそう挨拶すると演目が始まった。
最初に出て来るのはシャルロッテと呼ばれる少女で、平民の身分でありながら、魔術の才能があり、その才能を注目されて有名になる。
そして、シャルロッテはあるとき不治の病にかかった王子を助けたことにより、王子との交流が生まれる。シャルロッテは王子と仲良くなり、王子は次第にシャルロッテに惹かれていく。
だが、王子の周囲は平民であるシャルロッテ君にいい顔をしない。むしろ、貴賎結婚となることもあって大反対する。
それでも王子は結婚式を敢行し、シャルロッテと結ばれる。
かのように思われた。だが、結婚に反対する貴族と王族たちによって、王子とシャルロッテは暗殺されてしまう。ブラッドマジックで暗殺されたふたりは最期に手を結び、天国で報われることを願いながら死んでいくのであった。
「悲しいよね、イリス……」
「悲しいです、お姉様……」
私とイリスはシャルロッテが懸命に王子に釣り合うよう努力するも、貴族たちから毛嫌いされる様子に涙し、最期にシャルロッテと王子が暗殺されて、天国では結ばれましょうというシーンで涙した。
しかし、王子役のラインヒルデ君は本当に似合っている。本当に王子様って感じである。凛として、決死の覚悟でシャルロッテを守ろうとするシーンは、この私も見ほれてしまった。
「あの王子様役がラインヒルデさんだね。イリスも見ほれちゃったかい?」
「は、はい。あのように役を完璧にこなすことには憧れます」
……しかし、この話って微妙にエルザ君とフリードリヒの関係に似ているよな。身分を越えた恋愛って感じで。
だが、フリードリヒは死んでもいいもののエルザ君が暗殺されたりするのは困るかな。あの子、可愛いし、素直だし、フリードリヒのとばっちりを受けて暗殺されるだなんて可哀想である。
「大変だな……。ゲームでは暗殺されなかったけど……」
まあ、エルザ君はちゃんとフランケン公爵家の令嬢だし、シャルロッテのような末路は辿らないだろう。
だが、平民生活が長いエルザ君を嫌う貴族は少なくないだろう。この演目みたいに暗殺未遂事件が起きたりして。
フリードリヒは殺されてもいいけれど、エルザ君が殺されるのは心が痛むな。
将来的にはエルザ君を暗殺の魔の手から守ることも考えなければならないのかも。しかし、そこまで手は回らないぞ。私は自分の身を守るだけで精一杯なんだ。
「お姉様。考え事ですか?」
「ちょっとね。さっきの演目のことを考えてたんだ。似たような状況になりそうな人にちょっとばかり心当たりがあって」
「シャルロッテさんと同じ状況に?」
まあ、これは前世でゲームを知っている私だけの情報なので、イリスたちに言うわけにもいかないのである。今はごまかさなくては。
「しかし、これで演劇部に非常に興味が湧いてきました。これは是非とも体験入部してみなければなりませんね」
「うんうん。苦手なことを克服していくことも大事だからね」
イリスが人見知りじゃなくなったら、友達もまともな人がいっぱいできるよ。
それにしても楽しい文化祭だった。毎年こんな感じだったなら、もっと楽しんでおけばよかったなー。
地雷のせいでこれまでは楽しめなかったけど、これからはちょっとは楽しみたいところである。いや、本当に頼むよ。
…………………