悪役令嬢は両親の機嫌を取りたい
本日2回目の更新です。
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──悪役令嬢は両親の機嫌を取りたい
「お父様」
私が心を入れ替えたその日の朝。朝食の時である。
「なんだい、アストリッド。もう魔術関係のわがままは聞かないぞ」
ぐっ。完全に問題児扱いされている。自業自得ではあるからしょうがない。
「いえ、魔術に関するものではありません。お父様とお母様に関わることです」
「ほう。何かな?」
お父様の顔にちょっと関心の色が見えた。いい兆候だ。お母様は……いつものオリエンタルスマイルで感情が読めない。本当にお母様は何考えているのかさっぱり分からないところがある。ちょっと怖いぞ。
「ここ最近、私は魔術ばかりに関心が向いていて大事なことを忘れていました。ヴォルフ先生に謝礼を支払ってくれているのはお父様、将来学園に入るときの学費もお父様が、そしてこうして私がのびのびと暮らしていけるのもお父様とお母様あってのことです」
私は酷く痛感したという顔をして、額を押さえる。
「それなのに私ときたら、お父様と碌に話もせず、お母様ともお喋りせず、魔術に明け暮れてばかり。私、反省しております」
「そうか、そうか。いや、それに気づいてくれるだけでも私としてはありがたい」
お父様はちょろいな。お母様は……分からん。
「なので、お父様の次の休暇などありましたら、これまでの分も含めて一緒に過ごしませんか? 私、お父様、お母様と一緒に過ごしたいんです!」
「次の休暇か。次の休暇は大臣たちで狩りに行くことになっていてな……」
狩りだって! 本当に!?
「それなら是非ともお供させてください! 私、狩りをやってみたいです!」
「そ、そんなに興味があるのか? 半分はお喋りで退屈だぞ?」
狩り! 生きた目標を撃てる! もちろん、的になる動物さんには同情します。私、高校のときに野外活動部にいてサバイバルの知識があるので、ウサギとか鶏とか解体できるので、捕れたらちゃんと食べて供養します。
「お父様と過ごせるなら是非!」
「そ、そうか。お前はどうする、ルイーゼ? 一緒に来るか?」
忘れてはいけない。私はお父様、お母様の機嫌を取るために行動するのだ。
「ええ。ご一緒しましょう。他の大臣閣下のご夫人方とお茶でも楽しんでおきますわ」
よし。お母様も参加だ。
「では、お前の馬も準備しておいてやらないとな。お前でも乗りやすい小型のものがいいだろう。自分で選ぶか?」
「できれば、お父様と一緒に選びたいです」
こういうところでも可愛い我が子アピールをしておかなければ。
「よし。なら、今日の午後はお前の馬選びだ。牧場に行っていい馬を探してみよう。きっといい馬が見つかるはずだぞ。楽しみだな」
「ええ。楽しみです」
私としては軽装甲機動車とかハンヴィーの方がいいけどなあ。それかATV(全地形対応車)があったら嬉しい。ないけど。
そんなこんなでお父様と狩りに行くことになった。
今日の夕方は射撃試験を諦めて、お父様と一緒に馬選びに向かう。
馬はちっちゃいポニーが選ばれた。4歳児の私でも乗れるサイズの馬だ。
で、早速乗馬してみたのだが……。
「お父様! お父様! この子、滅茶苦茶私のこと振り落とそうとしてきますよ!」
「頑張るんだ! 一度乗りこなせば言うことを聞く!」
じゃじゃ馬ってないレベルの馬があてがわれてしまった。
「こうなったらブラッドマジックで!」
私はブラッドマジックで身体能力ブーストを行うと、この暴れポニーを強引に抑え付けた。すると、暴れポニーは更に暴れる。暴れるわ暴れるわ。
「お父様! ひょっとして馬ってブラッドマジックに敏感ですか!?」
「魔術に慣れてない馬は魔術に驚くことがある!」
ひえー! そういうことは早めに言って欲しかったな!
「だけれど、君が暴れるより私のブラッドマジックの方が強力だぞ!」
私はブラッドマジックを全開にして、強引に暴れポニーを押さえつける。
暴れポニーはどうあっても私のことが振り落とせないのに気づいていき、次第に暴れる力が収まってきた。フフン、流石は私だ。暴力を暴力でねじ伏せてやるのは素晴らしいものだな。
と、傲慢にならないように自重する。
「これでお前の馬だな。名前を付けてやるといい」
「じゃあ、馬太郎で」
「う、馬太郎?」
私の愛馬の馬太郎を使って私は牧場を2周した。
「悪くないな。乗馬ってのも悪くない。アフガニスタンの山岳地帯のような不整地を動き回るには、馬がいいのかもな。実際に馬で特殊作戦を繰り広げたアメリカ陸軍特殊作戦部隊の活動も読んだことがあるし」
私の気分は馬に跨った特殊作戦部隊だ。
「そろそろいいだろう。また家畜泥棒に出くわす前に帰るとしよう」
あの日から牧場とその周辺には騎士たちが巡回して、牧場の管理人さんも見回りを強化していて、安全に近いのだがお父様は用心深い。
「お父様。狩り、楽しみですね」
「ああ。他の大臣連中に私の娘を自慢できる機会だからな」
さて、順調にお父様の好感度は稼いでいるぞ。
この調子で公爵家追放とならないように努力しなくてはな。
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今日は待ちに待った狩りの日だ。
私はショットガンを背中に背負い、用意したスラッグ弾とゴム弾を確認すると、玄関から飛び出した。
「おお。来たか。待っていたぞ」
「お待たせしてすいません。準備に手間取ったもので」
外ではお父様たちが、馬に乗って待っていた。お母様は馬車で、使用人たちと一緒に狩場に向かうことになっていた。
「狩場までは遠いのですか?」
「3時間程度だ。そこまで遠くはない。お前は馬車に乗っていってもいいし、馬に跨っていってもいいぞ」
どうしようか。馬で長時間進むと、お尻が痛くなると聞いていたので、馬車を選びたくもあるが、せっかく乗りこなせるようになった愛馬の馬太郎に乗って進むのも悪くないなと思う。
「では、途中までは馬で、途中からは馬車で」
「それがいいな。少しでも馬を乗りこなせるようにしておいた方がいい。これからは乗馬もできるようにしておくべきだ。公爵令嬢なのだからな」
お父様は魔術は早いというのに、乗馬はいいのか。基準が分からない。
「では、狩場に向かいましょう、お父様」
「ああ。出発だ」
こうして私たちは狩りへと出発したのであった。
……と、それから30分後。
「お尻痛い……」
牧場で乗った時は10分くらいだったけど、今回は30分。
お尻がひりひりと痛む。そういえば特殊作戦部隊の人たちも馬は尻が痛くなるって書いてたような気がするな。とにかくお尻が痛い。これはもうギブです、ギブ。
「お、お父様。馬車の方に移ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わないぞ。慣れないうちは乗馬も疲れるからな。30分も我慢できただけ立派だぞ。よくやった、アストリッド」
お? 思わぬところでお父様の好感度ゲット? やったぜ!
とまあ、そんなことがありまして、私は馬車に移りました。公爵家が遠方にでかける際に使う立派な馬車だ。内装も凝っており、座席はふかふか。馬にいじめられたお尻が癒されるのを感じる……。
「アストリッド。どうしてパウルの狩りについていこうと思ったの?」
縫物をしているお母様が不意に私に向けてそう尋ねてきた。
「いやあ。最近、お父様ともお母様とも会話してなくて、これはよくないと思った次第です。私、ひとつのことに夢中になっちゃうタイプなんで、たまにはこういう時間を作っていくのも必要なのだと思ったのであります」
お母様はいつものオリエンタルスマイルなので何を考えているのか分からない。
「あなたは気が利く子ね、アストリッド。普通、そういうことは親である私たちの方から言い出すべきことなのに、あなたから言い出してくれるだなんて。将来は手のかからない子になりそうで安心したわ」
「えへへ……」
反応的には大丈夫かな。お母様の好感度も稼いでおかないとね。
「けど、本当は背中にあるそれを試してみたかったんじゃない?」
「ぎくぅ!」
思わず声に出てしまった。
「使用人たちはそれを騒音をまき散らす魔術だと言っているけれど、あなたがそれを持って出かけていって家畜泥棒を捕まえて帰ってきた。その道具のおかげではないかしら? 違った?」
「え、えーっと。これは本当に騒音をまき散らすだけの魔術の道具ですよ?」
「そうかしら? でも、使用人が言うにはそれの前に出るのは危険だから絶対に出ないようにとアストリッドから念を押されてると言っているわ。その丸い穴から何かが飛び出すのではないの?」
やばい。お母様、めっちゃよく観察していらっしゃる。
「これはノームのおじさんと約束してて、お母様にもこれについては話せないんです! ごめんなさい!」
私は万策尽きて口止めされていることを暴露してしまった。
「精霊が警告するだなんてかなり危険なものなのね」
お母様はオリエンタルスマイルを浮かべたままぬいぬいと縫物を続ける。
「それなら十二分に用心して使うように、ね。怪我したりしたら魔術の勉強は取り上げられてしまうわよ」
「肝に銘じておきます」
お母様はよく観察してるな。ちょっと怖くなってきたぞ。
「それと狩りではお父様たちに花を持たせてあげなさい。娘の前で格好いいところを見せたがるはずだから。それを素直に褒めてあげれば、あの人は簡単に喜ぶわよ。あの人はいつも狩りの腕を自慢してるから」
「なるほど」
お父様の特技を褒めるのも好感度アップにつながるのか。脳内でメモっておこう。
「それからあなたがどんなに突飛なことをしても、これまでのように魔術の勉強に夢中になっても、私たちはあなたを見捨てたりはしないから安心しなさい。親と言うのはそういうものなのよ」
「え、えっと、助かります……」
まさか、家を追い出されるかもしれないと私が心配していたことまで知られていたというのかっ!? お母様、ひょっとしてあなたはエスパーか何かですかっ!?
こ、怖い。お母様のそのオリエンタルスマイルが怖い。
「アストリッド。私は魔術の才能はないけれど人生経験はあなたよりあるのよ。だから、そう驚かないの」
これで驚くなっていう方が無理です、お母様。
「私も人生経験を積んだら、お母様みたいになれます?」
「それはあなたが積み重ねていく経験次第よ。人生は長いようで、短い。魔術を深く探求するのもいいけれど、人と人の交流を学んでみるのも得るものがあると思うわよ。せっかくの人生を魔術漬けで過ごすのももったいないでしょう?」
そうだよね。私が魔術を探求するのは手段であって、目的ではないわけだし。けど、人との交わりを探求するか。それはそれで大変そうだ。
「今から急がなくとも、学園に入れば同じ趣味を持った子が見つかるはずよ。そういう子と交わっていくといいわ。アストリッド、あなたはいい子だから、きっといい友達が見つかるはずよ」
「そうですよね。学園に入れば世界が広がりますよね」
学園に入ったら魔術が趣味の子を探そう。そして、共に魔術を探求していこう!
……って結局、魔術探求じゃないか、それ……。
「フフッ。あなたはパウルに似たのね。考えていることが表情に出てる」
「そ、そうですか?」
私は昔からポーカーフェイスっていうのが苦手だったが、異世界に生まれ変わってもそうなのか。残念な子だな、私。
「でも、いいのよ。その方が可愛げがあるから……」
それに対してお母様のオリエンタルスマイルの微動だにしないこと。こういう女性になれたら素敵だろうなあ。
私はそんなことを思いながら、馬車の窓を過ぎ去っていく野山の光景を眺めた。
もうすぐ到着だ。
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本日の更新はこれで終了です。




