悪役令嬢さんのところで文化祭開催です
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──悪役令嬢さんのところで文化祭開催です
ついに文化祭の日が訪れた。
「ミーネ、ロッテ。お菓子の準備はできてる?」
「はい、アストリッド様!」
「ブリギッテ、サンドラ。お茶の準備は?」
「できています、アストリッド様!」
よろしい。我らが部の戦闘準備は万端だ。いつでも掛かってこい!
「しかし、よりによって我らが部の展示ブースは……」
今日は第1体育館で演劇があり、第2体育館で文化部の展示が行われているのだが、私たち真・魔術研究部の展示ブースはよりによって一番隅っこの目立たない場所。どーいうことなんだい。これは!
「ああ。すまんな、くじ引きで負けた」
「ベルンハルト先生ー!」
畜生。部活動の展示ブースはくじ引き抽選だとは聞いていたが、ベルンハルト先生がここまで大負けするとは思わなかったよ! これじゃ、真・魔術研究部は名前も相まって色物な部活にしか見えないぞ!
ちなみに似非魔術研究部は何も展示してません。まあ、似非だしな。
「ベルンハルト先生。これはあんまりですよ。これじゃせっかくいろいろと準備したのが台無しですって!」
「そこは宣伝だ。幸いにして宣伝場所はいいところを取れた。そこにでかでかとポスターを貼っておいてやったぞ」
「流石です、ベルンハルト先生!」
場所取りは上手く行かなかったけれど、掲示板はいい場所をゲットしてくれたベルンハルト先生には感謝だぜ!
「ポスターなんて作ってたんですか?」
「まあね。こういうのは宣伝が大事だからね。気合入れて作っておいたんだ。我がセンスが光るところだ。あのポスターが目立つ場所に貼ってあったら、これでこんな隅っこでもお客は来るはずだよ」
ポスターには祖国のために真・魔術研究部に来たれ、という共産圏風のポスターにしてある。これで来客数はがっぽがっぽだ。……いや、もっとポピュラーな感じのポスターにするべきだっただろうが。
「それにしてもどこの部活も展示張り切っているね。これは後で見学するのが楽しみでならないよ」
文化祭では様々部活が出店している。料理研究部などは美味しそうな料理を並べているし、文芸部では部員たちが制作しただろう本が並べられている。それに手芸部では縫いぐるみなどが展示されている。みんな気合十分だ。
私たちも負けられないな!
「さあ、さあ。お客を呼び込むぞ。みんなで客引きしよう」
「ええ。お客さんをお呼びしましょう」
私たちはプラカードを掲げて、この文化祭に集まってきた学生たちを相手に、人を呼び込む。おいでー。おいでー。こっちにおいでー。
「お姉様! 見学にきました!」
「おっと早かったな。イリスが来てくれて、私も嬉しいよ」
まずはイリスがやってきた。
イリスは婚約者のヴェルナー君とヴェラたちを引き連れてやってきている。ヴェラがイリスの傍にいるのは気に入らないが。ここは仕方ない。一応、ヴェラたちはイリスの友達だもんね。
「お姉様がブースにいるときは珍しいものが見られると聞きましたが、どのようなものが見られるのでしょうか?」
「それはね。私のスーパーマジックショーだよ!」
そう、私がいるとき限定の出し物はスーパーマジックショーである!
「イリスとみんなはそこにあるボールを私に向けて放ってね。そしたら私が全てかわすか投げ返してみせるよ。それが驚きのスーパーマジックショーだよ。さあ、やってご覧、やってご覧。きっとびっくりするよ」
ふふふ。きっとびっくりするぞ。
「お姉様にボールを投げるのですか? 本当にいいのでしょうか?」
「思いっ切りやってね。遠慮することはないよ」
イリスたちがおずおずとボールを手にするのに、私は反射神経を増幅させ、第2種戦闘適合化措置を実行して、イリスたちがボールを投げてくるのを待ち構える。
「では、行きます!」
イリスたちは一斉に私に向けてボールを放った。
数は合計6発だ。思いっ切り、私に向かってくる。
「ほい! てや! とー! そりゃ! やー!」
私が掛け声と共に飛んでくるボールを避け、キャッチし、蹴り返した。
「どうだい! 凄いだろう!」
「す、凄いです、お姉様!」
これぐらいは朝飯前だぜ。
「本当に凄いですね……。これはいったいどういうブラッドマジックなのですか?」
「それは内緒だよ、ヴェルナー君」
この身体能力ブーストの魔術もそう簡単に明かすわけにはいかない。
「他にも感情が変化するお菓子とかあるよ。食べに行ってみてね。女の子用と男の子用があるから間違えないようにね。ささ、召しあがって」
「では、いただきます」
イリスたちはいろいろな感情の変化をもたらす、お菓子を手に取る。
「うん? これはなんだか幸せな気分になれますね」
「これは何だか悲しくなってきます……」
おおっ。結構効果あり? これは大成功ですね!
「面白いお菓子でしょう。それに美味しいでしょう」
「はい。こういうものが作れるなんてお姉様は凄いですね」
まあ、お菓子を作ったのは主にミーネ君たちで私はブラッドマジックの術式を組み立てるので精いっぱいだったんだけどね! 何せ、展示物の準備が10月に食い込むというギリギリのタイミングだったし!
「では、お姉様。お姉様が凄いということも実感できましたし、私たちは次の展示ブースに行きますね。どうやら先ほどのお姉様のパフォーマンスでこの部活か気になる人たちが出て来たみたいですから」
おおう。イリスが言ったように真・魔術研究部の展示ブースの周りに人込みが出始めている。さっきのパフォーマンスはなかなか上手く行ったようである。
「じゃあ、イリス! 後で演劇部の演技見に行こうね!」
「はい、お姉様!」
私とイリスは後でいろんなところを巡る予定なのだ。特にイリスが入部を考えている演劇部の演劇は欠かせないぞ。
「アストリッド先輩!」
などということを考えていたら、次のお客さんが。
次はディートリヒ君たちだ。知らない顔ぶれもいるが、級友だろうか。ディートリヒ君は結構社交的だし、友達多そうだよね。アドルフの野郎はフリードリヒとつるんでるところしか見かけないけどな!
「よく来てれくれた、ディートリヒ君! 歓迎しよう!」
誘っていた子たちが来てくれて私は嬉しいですよ。
「さて、来てくれたからには私のスーパーマジックショーを見せなければなるまい! そこにあるボールを取って、私に向けて思いっ切り投げてみて! そしたら驚きのことが起きるよっ!」
「え? アストリッド先輩にボールを投げるのですか……?」
そこで引いて貰っては困る。
「そーだ! ディートリヒ君はブラッドマジックが使えたよね? ブラッドマジック使って思いっ切り投げてみてよ! 絶対にびっくりするからさ!」
「え、ええー……」
頼むよ、ディートリヒ君。派手な見世物にしないとお客さんが寄ってこないんだよ。こんな隅っこだからね。せめて私がいる間は繁盛させておきたいんだよ。次世代の真・魔術研究部の人員を確保するためにも!
「遠慮しないでいいから。ほらほら、このボール柔らかいから当たっても平気だし」
「そ、そこまでおっしゃるなら……」
ディートリヒ君と級友のみんながボールを手に取る。流石は小学生だ。ディートリヒ君以外の級友君たちは私に当てる気満々の目つきだぞ。そうでなくっちゃね!
「では──」
ディートリヒ君がボールを構え、級友たちと一緒に投げた。
ふむ。流石はブラッドマジックを使っているだけはある。なかなかの剛球だ。これはいい見ものになるぞ。
……だが、微妙に私に当たらないように投げてるな。心優しい子だ。
「ていっ!」
私は向かってきたボールの嵐を全てキャッチするか蹴り返し、ついでにディートリヒ君が微妙にずらして投げたボールもきちんとヘディングを以てしてディートリヒ君の方に送り返した。
「おおっ!?」
ディートリヒ君の級友たちは驚きの目で私を見ている。何が起きたのか分からないという具合にぽかんとしている子もいる。ふふふ。見たかね、これが真・魔術研究部が生み出した戦闘適合化措置だ!
「す、凄いです、アストリッド先輩……。今のは一体どうやって……」
「内緒だよ!」
ディートリヒ君もブラッドマジックを使って投げたボールがものの見事に自分の方に返ってきて、びっくりしている。だが、この仕組みは教えられないな。これは私が運命と対決する上で必要なものだから。
「もう1回挑戦してみる?」
「やりたい!」
うんうん。小学生的でいいね。そうでなくっちゃ。
「さあ、お姉さんが何度でも相手になってやりますよ!」
というわけで、それからも私は戦闘適合化措置を使って、ディートリヒ君の級友たちが投げまくるボールを跳ね返し続けた。ラケットなどがそっとミーネ君から差し出されたので、それを使ってぺちぺちと。
そうこうしているうちに人垣ができ、見物人も増えてきた!
「本当に凄いですね……。アストリッド先輩は本当に魔術に長けていらっしゃる……」
「まあ、これくらは軽いってものよ!」
ディートリヒ君が感心するのに、私がお辞儀をして返した。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 真・魔術研究部の展示は間もなく終了ですよ! 感情が変わるお菓子とお茶もありますよ!」
そんなこんなで我が真・魔術研究部の展示は大盛況だった。私のパフォーマンスの他にも感情変化のお菓子も好評で、特に幸せな気分になれるチョコレートは瞬く間になくなってしまった。
よしよし。これで我が部の存在感は示せたことだし、残りの時間は中等部最後の文化祭を満喫していこうっ!
「アストリッド」
って、思ったら予想外の客が来たよ……。
「フ、フリードリヒ殿下……。それにアドルフ様とシルヴィオ様も……。どうなさったのですか?」
「あなたが面白いことをしているとヴェルナー君に聞きまして」
ヴェルナー君ー! 余計な奴に余計なこと言わないでー!
「いやあ。大したものではありませんので……」
「殿下。アストリッド様のブラッドマジックは凄いのですよ。殿下もテニス部なので分かると思いますが、どんな球だろうと、何発飛んで来ようとも的確に打ち返してしまうのですから」
ミーネ君ー! 余計な奴に余計なことをいわないでー!
「そうなのですか。それは是非とも見学させていただきたい」
「は、はい。分かりました。では、そこのボールを手に取って投げられてください。ブラッドマジックを使用されても構いませんよ」
はあ……。今日は出くわさずに済むかなと思ったら、みんなが私に地雷を踏ませようとしてくる。これが運命の修正力という奴だろうか……。そんなの困るんだけど……。
「本当に投げていいのか? 当たるかもしれないぞ?」
「ご心配なく。私に当たる球は一発としてないと断言して差し上げましょう」
アドルフが心配するが、こっちは余裕だ。初等部の子たちが遠慮なく投げつけてきたのを軽々と回避してやったんだからな。
「では、いきますよ」
そして、フリードリヒが私に向けてボールを投げてきた。
むっ? 私に当てる気はないが、かなり逸れた球だな。
だが、戦闘適合化措置を実行している私にとっては余裕である。
「ていっ!」
私はまずはアドルフとシルヴィオが投げた球を撃ち返し、続いて斜めに跳躍してフリードリヒの投げた球を打ち返した。余裕、余裕。
「流石ですね、アストリッド。あの球を打ち返せるとは思いませんでした。あなたは本当にブラッドマジックに長けているのですね。テニス部ではブラッドマジックを使った試合は禁止されていますが、あなたを練習の相手にすると得られるものが多いでしょう」
「いやいや。そんなに得られるものはないと思いますよ……」
本当に勘弁してくれ。私はこうしてお前に会ってるだけでもストレスなんだ。
「ブラッドマジックではこんなことができるのか……」
アドルフは神妙な面持ちで私の方を眺めていた。こらこら、彼女の前で浮気するんじゃありません。
「シルヴィオ。お前はどう思う?」
「魔力の低い僕には無理そうですね」
そーなんだよな。シルヴィオって意外に魔力低いんだよな。いつも実技はギリギリで切り抜けている感じだ。それがコンプレックスになるらしいが、魔術系のコンプレックス持ち多すぎだろう。バランス悪いぞ!
「では、私は従妹との約束がありますので」
「ええ。勉強になりました」
そう言えばフリードリヒは魔力の流れが読めるんだったよな……。
さっきの戦闘適合化措置の中身、ばれてないよね……?
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