悪役令嬢ですが、文化祭で悩んでいます
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──悪役令嬢ですが、文化祭で悩んでいます
季節は夏も終わった9月。
我らが真・魔術研究部は焦っていた。
文化祭に何を展示したらいいのだろうかということである。
文化祭が行われるのは10月。もう残されている時間はほとんどない。
なのに展示物に関してはさっぱりだー!
「惚れ薬を展示するというのはダメなのですか?」
「それは私たちが惚れ薬を作ったということを知られることになるよ、ロッテ。君だってシルヴィオ様に惚れ薬を盛ったなんて思われたくないでしょう?」
「そ、それもそうですわね……」
我が部が成し遂げた最大の成果である惚れ薬は最重要機密である。これが開発されたことがばれてしまうと、ミーネ君たちの恋が危機に立たされる。故に惚れ薬を展示することは不可能である。
「被験者を大勢呼んで、アストリッド様が研究されていたものについては?」
「あー。良心の抑制かー。あれは地味すぎてあんまり華がないんだよなー」
良心の抑制も我が部が成し遂げた偉大な功績だが、これはちょっと地味。華やかな作品が展示される文化祭において、良心がなくなるブラッドマジックなぞ展示しても客は来ないのである。
そもそもどうやって展示するかも悩みどころだ。例の実験のように自動拳銃でお猿のピンク君に向けて引き金を引いて貰う? それでは周囲の人は何が起きているやらさっぱりでやっぱり華がない。
「なら、アストリッド様が最初期に開発されていた身体能力をズバーッと上げる奴はどうでしょうか? アーチェリー部の矢を全て受け止められたということもありますし、見た目も派手だと思いますわ」
「ふむ。私もそれは考えていたよ。あれは結構な魔術だからね」
アドレナリンを強制分泌させて、体感時間を遅延させるという技術も我が真・魔術研究部の成し遂げた偉大な業績だ。あれははっきりと効果が分かるので、展示には非常に向いていると思えるんだよね。
「ただ、あれ使えるのって私だけだから、私がずっと展示場にいないといけなくなってしまうんだよ」
「ああ。そうでしたわね……」
そうなのだ。我が部で開発した魔術ながら、あれを使えるのは私だけなのだ。
私だって今年ぐらいは文化祭を満喫したいし、ずっと自分の部活のスペースにいるのは嫌だ。来年からはついにエルザ君が入学してきて、文化祭を楽しむどころじゃなくなるだろうし。
「うーん。では、惚れ薬を応用して、様々な感情が味わえるお菓子を作るというのはどうでしょうか?」
「おっ? なかなかいいアイディアだね、それ」
ミーネ君が告げるのに、私が身を乗り出す。
「よーしっ! 様々な感情をモニターして、悲しくなるクッキーとか、嬉しくなるチョコレートとか、寂しくなるケーキを作ろう!」
……待てよ。これってくしゃみクッキーで喜んでいる似非魔術研究部と同類なのではないだろうか……。
「お菓子作りならまかせてください。大抵のものは作れますわ」
「う、うん。これで行こうね」
ブリギッテ君が笑顔で告げるのに、私が微妙な表情で頷く。
ま、まあ、私たちの部には私という最大の展示物があるわけだし、似非魔術研究部とは大きく違うのだ。きっとそうなのだ。そうに決まっている。
「とりあえず、感情のモニターから始めよっか! なるべく無償で人間を集めてくれるかな? 以前の実験みたいに大勢から感情をモニターしたいからね!」
「分かりました、アストリッド様」
というわけで、我が部では感情変化お菓子を作ることになった。
ううーむ。せっかく、これだけの部室と部員を揃えたというのに、やることに芸がないのは残念であるが、これも我が部がちゃんと活動してますって証明にはなるだろう。
イリスも今年は我が部の見学に来てくれるそうだし、張り切っていこう!
しかし、こうもお菓子作りに精を出すと、真・魔術研究部というより、お菓子研究部になっているような気がしなくもない……。
まあ、そこら辺は感情の変化を以て真・魔術研究部らしさを発揮してみせるとしましょう。来たれ、被験者! 私が感情をモニターしてやるぞ!
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感情のモニターは順調に進んだ。
被験者はミーネ君たちが連れてきて、無償で感情をモニターさせてくれた。
嬉しい感情、悲しい感情、残念な感情、寂しい感情、イラつく感情。
一番大変だったのは被験者を集めることよりも、それぞれの感情を引き出すことだった。嬉しい感情は1万マルク差し上げますと告げることで、残念だったり、イラついたりする感情はやっぱり嘘ですって告げることで曖昧に採取した。
だが、もっとサンプルがなければ感情調整ケーキを作るのは難しいということもあって、ミーネ君たちには追加の被験者をオーダーしている。男女でも感情には差があるし、被験者はいっぱいいるのだ。
というわけで、私は被験者が揃うまでに円卓に顔を出しておく。
円卓も文化祭の話題で盛り上がっている。毎年こうだったのだろうが、私はマインスイーパーに必死で気付かなかったよ。畜生め。
だが、今年だけは文化祭を満喫させて貰う! 来年からはエルザ君の登場で地雷原に拍車がかかってしまうからね! これが最後のチャンスだぜ、アストリッド!
「お姉様も今年は文化祭で出し物をされるのですよね?」
「そだよー。今、準備してるから楽しみにしててね!」
イリスが尋ねてくるのに私がニッと笑って返す。
「楽しみです。お姉様の部活動には興味がありましたから。絶対に見に行きますね」
「うんうん。待ってるよ」
イリスが来てくれるならお姉ちゃん大歓迎だよ。
「あっ。ヴェルナー君とディートリヒ君もよければ見に来てね! 私が展示ブースにいるときは面白いことする予定だから!」
「楽しみにさせていただきます、アストリッド先輩」
「は、はい! 必ず見に行きます!」
ディートリヒ君はなんか余裕ないな。大丈夫か。
「ところで、イリスは演劇部の方どうなったのかな?」
「一応、体験入部をしてみようかとヴェラさんたちと話し合っています。よければみんなで体験入部してみよう、と。お姉様がおっしゃっていたように端役でも舞台に立てれば、私の人見知りも少しは改善すると思いますから」
「うんうん。何事も挑戦だぞ!」
イリスだったら端役じゃなくて、メインヒロインのポジションになれるよ!
「ヴェルナー君たちも文化祭を機会に興味がある部活を探しておくといいよ。中等部からは部活に入れるからね」
「ええ。イリス先輩が演劇部に入られるなら、自分も演劇部を選んでみようかと思います。学園生活のいい思い出になりそうですから」
うむ。積極的だな、ヴェルナー君は。年下とは思えないよ。この調子でイリスをリードしてくれるといいんだけどな。イリスはリードするよりされるタイプだからね。
「ディートリヒ君はどんな部活がいい?」
「自分はスポーツ系の部活動にしようかと。アーチェリー部など興味あるのですが」
「ア、アーチェリー部かー」
アーチェリー部は迷惑をおかけしたことがあるからなー……。そのことを知られないといいんだけどなー……。
「そう言えば、アドルフ先輩たちはどんな部活に入っているのですか?」
げっ。イリスが地雷を移動させてくる……。
「フリードリヒ殿下はテニス部で、アドルフ様はフェンシング部、シルヴィオ様は文芸部だったはずですよ」
ヴェルナー君がそう説明する。
ほへー。あいつらテニス部とフェンシング部と文芸部だったのかー。それっぽい感じだなー。いかにも過ぎてむかついてきた。
「スポーツ系は特に文化祭では見せ場がないよねー。あれは大会に出場するとかで出番がある感じなのかな?」
「そうですね。大会出場で目立った出番ができるというところです。自分もアーチェリー部に入ったら、大会出場を目指したいですね」
そうかー。ディートリヒ君は結構大会とか目指しちゃう系か。やっぱり、男の子ならそうじゃないとね。
「よしよし。大会に出るなら応援しちゃうぞ!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
照れるな少年。照れるようなことは言ってないぞ。
「さて、私たちインドア系部活動は文化祭に向けて頑張りますか! イリスたちも演劇部に入ったら絶対に見に行くからね!」
「はい、お姉様!」
これで情けない展示物を出すわけにはいかなくなったぞ。私は自分からハードルを上げていくタイプなのだ。スパルタ、スパルタ。ディスイズスパルタ―。
さて、被験者も集まったと思うので放課後はモニターしまくらなくちゃな!
……というか部長である私も被験者を集めるべきなのでは?
いや。私の知り合いってミーネ君たちぐらいだしな。後は円卓の先輩方。どんどん交友関係が狭まっていくのに焦りを感じるが、下手に絡みすぎても地雷を踏み抜く恐れがあるので動けないのだ。
畜生。フリードリヒめ。この私の交友関係すら妨害するとは!
覚えてろよ! 帝国内戦になったら、まず一番に貴様の首を刎ね飛ばしてやる!
そして、この私が女帝として君臨してやろうぞ! フハハハハッ!
いや、フリードリヒは殺したいけど、女帝はいいかな。
女帝って面倒くさそうだしね。
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