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悪役令嬢と錬金術

…………………


 ──悪役令嬢と錬金術



 私ははぎ取ったジャバウォックの素材を空間の隙間に収めて、イリスと共に翌朝下山した。エアハルトさんたちに気付かれた様子はなく、無事に下山することに成功した。


「あれ? お姉様、首から何を下げてるんですか?」


「これ? 魔術が上手になるおまじない。イリスにもあげようか?」


「いいんですか?」


「もちろんだよ」


 流石にこの紫色の液体を見て、即座にジャバウォックの体液だと見抜く奴はいないだろう。イリスには絶対に飲んじゃダメだよと念を入れて、私と同じガラス瓶に保存しておいた血液を入れて分けて上げた。


 これでイリスも魔術が上手になるといいね!


 まあ、それはそれとして、私はジャバウォックを倒した時の素材をお土産に、魔女協会に顔を出すことにした。


「ほう。ジャバウォックの素材とは珍しいな」


 セラフィーネさんが珍しそうに私がはぎ取って、空間の隙間に保存しておいたジャバウォックの素材を眺める。


「珍しいんですか?」


「ああ。昔から魔術師にとってはジャバウォックの素材は貴重な品だ。昔は今以上に生息していたようだが、奴らもこの世の中が住みにくくなったのかどこかに姿を消してしまった。倒すだけでも一苦労だが、倒せば宝の山だというのにな」


 乱獲で数が減ったってわけではないのか。原因はなんだろう?


「しかし、これを任せるならカミラに任せるといい。貴重な話が聞けるぞ?」


「貴重な話?」


「そうだ。あいつは魔女である以前に錬金術師であったからな」


 錬金術。そういえば剣と魔法のファンタジーワールドだったのに、錬金術をさっぱり見かけなかったんだよね。普通はよくあるはずなのに。


「じゃあ、カミラさんに聞いてみますね」


 ヴァレンティーネさんは空間操作、セラフィーネさんはブラッドマジックで、カミラさんは錬金術なのか。


「カミラさん。お土産にジャバウォックの素材があるんですけど」


「あらあら。ジャバウォックの素材ですか。それはまた珍しいですね」


 カミラさんはいつの言語か不明の言葉で書かれた本を読んでいた。


「セラフィーネさんから、カミラさんにこの素材を見せたら面白い話が聞けるって聞いたんですけど。どうなんでしょうか?」


「面白い、ですか。面白いかどうかは不明ですが、錬金術の話はできますよ」


 私が告げるのに、カミラさんが僅かに微笑む。


「錬金術というものは一種のロストマジックであることはご存知でしょうか?」


「ロストマジックなんですか?」


「ええ。ロストマジックなんです」


 ほへー。錬金術がロストマジックとかどういうことなんだろう。


「かつて錬金術はその名の通り、金を生成するための手段として開発されてきました。ですが、エレメンタルマジックで金が生成できることが分かると錬金術師たちは別の目的に向かい始めたのです」


「別の目的というと?」


「毒薬の開発です」


 ええ? 金が簡単に作れるって分かったらなんで毒を作ろうとするの?


「錬金術はその過程で多くの薬品を扱います。その中には人体に有害なものも少なくありません。そのような薬品を使って、錬金術師たちは多くの毒物を生み出してきたのです。ブラッドマジックの防壁ですら防げない死の薬品を」


 ああ。錬金術って地球では近代化学の基礎にもなってるんだよね。化学で毒物が作れるのは当然ということだろうな。


「錬金術師たちの作る毒は強力でした。王を殺し、街を壊滅させ、軍隊に打撃を与えるほどに。であるがために、人々は錬金術を恐れ、忘れ去ることを選択したのです」


「それでロストマジックに……」


 でも、錬金術を禁止した影響はなかったんだろうか。私たちが学園で習っている化学や物理なんかは遅れていたり?


「錬金術を禁止しても、人々は魔術を追求する過程でそれと似たようなことを行ってきましたよ。新しい病を治す薬品の生成や世の理をしる方法を」


 ありゃ。また顔に出てたかな。


「私が扱っているのは古き時代の錬金術。もちろん毒を作ることもできます。そのジャバウォックの素材があれば強力な毒物を作ることもできるでしょう。それこそハーフェルの市民を皆殺しにできるような」


「うええ」


 そんな物騒な。でも、それだけ強力な毒なら、軍隊に打撃を与えることも不可能ではないかもしれない。教えて貰おうか……。いや、そこまで非人道的なことは……。


「毒なら教えても構いませんよ。ただし、使うことはお勧めしませんが」


「い、いえ、結構です」


 流石に毒は不味いかな。越えてはいけない一線な気がする。


「ならば、魔術的な障壁を作る指輪を作ってみますか? それともブラッドマジックの効果を向上させるアクセサリーなどもいいですけれどね。ジャバウォックの素材は非常に魔力に満ち溢れたものなのですから」


「是非とも!」


 やったー! 私もフェンリルみたいな結界が張れるようになるのかも!


「では、錬金術を使った装備品の作成方法について伝授しましょう」


「お願いします!」


 お土産のつもりが、私が消費することになってしまった。


「まずはこれらの素材を細かく砕きましょう。鱗も肉も、細切れにして、粉砕してしまいましょう。そうすることで錬金術の素材となります。それをこの混合液に混ぜていくのです。混合液のレシピはこれを見てください」


 ふむふむ。へその緒と赤子の血と硫酸に蠅の目玉……。ろくでもないなー……。


「障壁を作る指輪を作るには、ジャバウォックの鱗と血液を使います。分量は鱗が八割に、血液が二割です。これらを上手い具合に調合できれば、このように赤い宝石ができるのです」


 カミラさんはそう告げて、鱗と血液を秤で測りながら、慎重に錬金術の素材と化したジャバウォックの素材を怪し気な物質で満ちた混合液と浸し、ぐつぐつと煮えたぎらせながらかき混ぜる。


「さあ、ここにあなたの魔力を注いで、アストリッドさん」


「は、はい」


 凄い異臭がする……。正直、魔力を注ぎたくない……。


 だが、私も結界が使えるようになると思えば、これぐらいは安いものだ!


 というわけで、私は異臭を放つ謎の液体と化した元ジャバウォックの素材に魔力を注いでいく。それー。私の魔力を受け取れー。


「それぐらいでいいですよ。あまり注ぎすぎると素材が耐えきれなくなって、崩壊を起こしてしまいますから。大量に注いだからといって障壁が強固になるわけではありません。素材によって限度があるのです」


「りょーかいです!」


 錬金術は素材のことも考えないといけないのか。大変だな。


「さて、仕上げはこの水銀とあなたの血です、アストリッドさん。水銀は小さじ1杯、血は2、3滴注いでいください」


「アイ、マム!」


 錬金術と来たら水銀だよね! 地球じゃ水銀はもう使っちゃダメだけど、錬金術と来たら水銀はかかせないだろう! ファンタジーなフィーリングを感じるぜ!


 というわけで、私はカミラさんに指示されるがままに水銀を小さじ1杯とナイフで切った自分の血液をぽとぽとと元ジャバウォックの素材が熱されている鍋の中に注ぎ入れた。


「ああ。いいようです。完成ですよ、アストリッドさん」


 カミラさんはそう告げると、茹った鍋の中に匙を入れて、そこから赤く輝く宝石を取り出し、布の上にそれを置いた。


「できたっ!」


「後は混合液を拭って香水でもまぶしておけばいいでしょう。ですが、まだ熱いので素手では触らないようにしてください」


 完成! 確かに今はちょっと臭いが酷いけど、時間が経てば改善されるのだろう。熱々なのが冷めたらやばいものたくさんの混合液を拭って、香水をしよう。そして、指輪に装着だっ!


「ジャバウォックの素材で他に何か作れますか?」


「では、ブラッドマジックの効率を上げるアクセサリーを作りましょうか。これも簡単に作れます。元々のジャバウォックの素材がいいものですからね。流石は太古からの魔術生物なだけはあります」


 というわけで、私はそれからもうひとつジャバウォックの素材を使って、ブラッドマジックの効率を向上させる宝石を作った。指輪をいくつも嵌めるのは趣味が悪い気がするので、これはブレスレットにでもしよう。


「ところで、ジャバウォックの眼球が得られませんでしたか?」


「それが頭潰して倒したんで……」


 カミラさんが残っているジャバウォックの素材を眺めて告げるのに、私が若干申し訳なさそうにそう返した。


 そうなのだ。ジャバウォックの頭は私が対戦車榴弾で吹き飛ばし、フェンリルが叩き潰したのでまるで残っていないのだ。


「ふむ。それは残念ですね。眼球はいい素材になったのですが」


 眼球を使ったアクセサリーは流石に嫌かなー……。


「できれば生きたまま捕獲していただきたかったですね。ジャバウォックの再生能力は非常に高いので、1匹捕まえておけば6、7匹分の素材は採取できるし、飼育しておけば無制限に素材が取れたのですが」


「わあ」


 わあ。悪魔の発想だ。でも、私はジャバウォックを倒すだけで精一杯で捕獲するような余裕はなかったです。あれを捕まえるとか無理難題。


「まあ、これだけでもいろいろとやれることはあるでしょう。この素材の残りは我々が貰っても?」


「ええ。そのつもりで持ち帰ってきたわけですから」


 最初からカミラさんたちにプレゼントするつもりで持ち帰ってきたのだ。予定外に私のアクセサリーを作ることになってしまったけれど。


「それにしても、この障壁の宝石ってどうやって発動するんですか?」


「その宝石に魔力を込めれば発動します。その輝いている面を作用させたい方向に向けて、ですね。試してみますか?」


「はい!」


 今の私は新しいおもちゃを買って貰った子供のようだぜ!


「では、このコインを投げますので、障壁で防いでみてください」


「どうぞ!」


 私は宝石を構えると、カミラさんの方向に輝いている面を向け、魔力を注ぐ。


「では」


 カミラさんが親指でコインを弾き、パンと叩いて私の方にコインを投擲した。


 コインは真っすぐ私に向かってきて──。


「おおっ?」


 キンッと音を立てて私の目前で弾かれた。


「これが障壁です。結界ともいいますが、結界よりも威力は高くありません。ですが、矢や炎くらいならば防げるでしょう」


「わー! ありがとうございます、カミラさん!」


 これで攻撃力のみならず、防御力も上がったぜ!


「言うまでもないですが、これはロストマジックなのであまり公の場では使用しないようにしてくださいね」


「もちろんです!」


 この障壁が作れる宝石も錬金術によるものだからね。内緒にしておかないとね。


 ふふふ。だが、これで我が軍の戦力は倍増……! 勝利の日は近し!


…………………

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