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悪役令嬢VSお化けドラゴン

…………………


 ──悪役令嬢VSお化けドラゴン



 さて、夜も更けた。


 私は妖精のユリカが言っていたお化けドラゴンとやらを調べてみることにした。


 私は寝室をこっそり抜け出し、イリスの寝顔をチェックしたのち、エアハルトおじさんを起こさないようにブラウに消音して貰った状態で、コテージの外にでると、ブラッドマジックを全開にして、山の斜面を駆けて降りた。


「ふう。ここがユリカちゃんの言ってたお化けドラゴンがでる森か」


 お化けドラゴンというぐらいなのだから、普通のドラゴンとは違うのだろう。


 私は念のために口径120ミリライフル砲を準備する。これがあれば大抵の敵はノックアウトだ。あの炎竜だって仕留めた代物だから、ドラゴンスレイヤーと言っていいかもしれないな。


「フェンリル。君の力が借りたいんだけど」


「ふん。お化けドラゴン、か。妖精の言葉は当てにならん」


 空間の隙間から姿を見せるのはフェンリルだ。フェンリルは不満そうに鼻を鳴らし、周囲の様子を見渡す。


「君の散歩を兼ねてのことだよ。流石にあの空間も暇でしょう?」


「まあな。悪くはないが、やはりあるがままの自然というものがいいものだな」


 フェンリルはツンデレだな。


「さて、私にも君にもお化けドラゴンについては情報は一切ない。だけれど、君の嗅覚は異常なものを探知するはずだ。それに賭けるしかないよ。おかしな臭いはするかい、フェンリル?」


「するな。おかしな臭いがする。この臭いはどこかで嗅いだ記憶があるのだが……」


 フェンリルの嗅覚なら、正体不明のお化けドラゴンでも追跡できるかと思ったが、ビンゴだ。フェンリルは怪し気な臭いを嗅ぎつけて、その情報が私にも感覚共有で伝わってくる。


「じゃあ、お化けドラゴン狩りと行こうか、フェンリル?」


「いいだろう。楽しませて貰う」


 私とフェンリルは臭いのする方に向かって駆ける。


 夜の森に光源はない。ひたすらに暗い森の中をフェンリルと共に駆ける。幸いにしてフェンリルは夜目が利くので森の中の状況は把握できる。


 ロートに頼んで火を起こして貰うのもありかもしれないが、それは敵にこちらの位置を教えることになるので避けたい。


 ブラッドマジックでどうにか猫みたいな目にできたらいいんだけど、流石にそこまでのブラッドマジックは方法が思い浮かばない。蛇の感覚器を備えて、サーマルセンサーとかやれると、煙幕越しに攻撃できて最高なんだけどな。


「近いぞ」


「分かってる。風下から迫ろう。まずは偵察だ」


 フェンリルが短く告げるのに、私は念のために風下からアプローチする。


 臭いはかなり濃くなっている。件のお化けドラゴンが、あるいは別の魔獣はこの傍にいるはずだ。用心して進まないとな。奇襲はして嬉しくても、されて嬉しくないから。相手が未知の存在となればなおのこと。


「この臭いは……」


 フェンリルが鼻を鳴らして、低く呟く。


「相手、分かる?」


「ふむ。かなり珍しい臭いだからな。相当昔に一度だけ嗅いだ記憶がある。それによれはあれは人間たちににこう呼ばれていた。“混乱させるもの”──」


 フェンリルの嗅覚がかなり強く臭いを感知し、私たちは茂みに身を潜め、ブラウに足音や草木をかき分けるおとを消音させて近づく。


「“混乱させるもの”──ジャバウォック」


 フェンリルの言葉と共に目の前に現れたのは不気味なドラゴンだった。


 炎竜より体は酷く細く、大きさもそこまでではないが、光り輝く鱗に覆われ、鋭い爪と牙が剥き出しになり、ギョロリとした魚のような目玉が周囲を見渡している。翼を羽ばたかせて地上付近を飛行し、獲物を探しているのか茂みなどに頭を突っ込んでいる。


「あれって強い?」


「分からんな。以前、戦ったときは幾分か苦労させられた。奴は4つのエレメンタルマジックを使う上に、鱗は岩のように固い。そして、その動きも俊敏だ。まあ、動きの俊敏さについては我にはかなわないがな」


「4つのエレメンタルマジックって……」


 炎竜君でも火と風のエレメンタルマジックを使うだけだったのに。地竜君に至っては地のエレメンタルにしか愛されていないんだぞ!


「だが、あれはそこまで古い竜ではない。結界など張れはしまい」


「ちなみにフェンリルって何歳?」


「2000歳を超えた」


 うわっ! 超年上! 伝説の生き物の類じゃないか!


「我は神獣だぞ。不老不死だ。この我を使い魔にできて光栄だと思え」


「は、はい……」


 一体どっちが主人でどっちが使い魔なんだろうね?


「さて、どうしかける? あいつに気付かれるとちと面倒だぞ。魔術を使って攻撃してくるからな。気付かれないうちに打撃を与えておきたいところだが、奴の鱗を食い千切るのはなかなか骨が折れる。そもそもあまり食って美味いものでもないからな」


「食べませんよ……。あれって見るからに食べていいものじゃないじゃないですか。よく食べようと思いましたよね」


「食らいついたときに口に入っただけだ」


 あんな鰻と蛇の出来損ないみたいなものを食べたいとは思わないなー。


「では、先制攻撃でありったけの砲弾を叩き込んでやりましょう。フェンリルの結界すら貫いた代物だから、あいつでもそれなりのダメージは受けるはずですよ」


「ふん。まあ、威力は実証済みだが、用心はしろ。あれはどこが急所か分からん。その上、急所を外すと自己修復する」


「な、なにそれ……」


 本当に混乱させられるなー。


「まあ、とりあえずぶち込んでみましょー!」


 私は口径120ミリライフル砲の砲口をジャバウォックに向ける。


 弾種、対戦車榴弾。連続射撃。


「てっー!」


 初弾が勢いよく放たれ、砲弾は真っすぐジャバウォックに向けて飛来した。


「!?」


 だが、命中する直前にジャバウォックはブラウが消し損ねた砲弾の飛翔音からか、私の攻撃に気付き、グルリと身を捻った。砲弾はジャバウォックの鱗をかすめ取り、そのまま後方に向けて飛び去り、森の奥で炸裂した。


「キイイイィィィ―!」


 ジャバウォックは咆哮を上げ、周辺の草木がその衝撃に揺さぶられる。これは奴の喉だけが発せる咆哮じゃない。風のエレメンタルマジックを使ったスタングレネードに似た音響兵器だ!


「耳がどうにかなりそう!」


「これぐらいで引いてくれるな、我が主人!」


 私が鼓膜が破れそうなほどのジャバウォックの咆哮にたじろぐのに、フェンリルが茂みから飛び出し、ジャバウォックに向けて突撃した。


「はああっ!」


「そのもの尽き果てて大地に横たわり草木は生い茂り枯草が舞う」


 フェンリルが咆哮を上げながら突撃するのに、ジャバウォックが意味不明な言葉を発する。それと同時にジャバウォックの口から、液体が撒き散らされた。それがただの水ではないことはすぐに分かった。


「酸か。愚かな」


 地面にその液体が撒き散らされると、地面の草木が音を立てて溶けていった。


 そうか水のエレメンタルマジックは酸をまき散らすこともできるのか。


 だが、酸ごときじゃ、私がようやく貫いたフェンリルの結界はやれないぜ?


「フェンリル! 援護します!」


「ああ。任せるっ!」


 私はジャバウォックの動きを封じるために対戦車榴弾を放ち続け、迂闊に身動きができなくなったジャバウォックにフェンリルが食らいつく。


「相変わらず硬い鱗だ……っ!」


 ガリガリとまるでコンクリートを砕くような音を立てて、フェンリルの牙がジャバウォックの鱗をかみ砕き、ジャバウォックの体からどろりとした紫色の血液が滴り落ちた。フェンリルはあれを食べたのか……。


「クソッ! こんなにちまちまやってたら夜が明けるぞ! 主人、あの火力をこいつに叩き込め! 動きはこちらが封じ込めてやる!」


「分かったよ!」


 動きはフェンリルの方が私より遥かに速いが、フェンリルでは火力不足。


「第3種戦闘適合化措置!」


 私は極限まで身体能力をブーストし、体感時間を視野が狭まるほどに遅延させる。良心の抑制は必要ない。今はあらんかぎりの反応速度を以てジャバウォックを叩きのめすだけである。


「弾種、対戦車榴弾! 連続射撃!」


 私はシリンダーに一斉に砲弾を装填すると、その砲口をジャバウォックに向けて構える。今の私の体感時間ならば、ジャバウォックを可能な限り正確に狙えるはずである。フェンリルがグネグネとうねるジャバウォックの体を抑え込んでいるしねっ!


「くたばりやがれーっ!」


 私は砲弾をジャバウォックに向けて放つ。


 1発目、外れ。2発目、外れ。3発目、土のエレメンタルマジックで作られた鋼鉄の壁に阻まれて効果なし。


「急げ、主人! ブレスが来るぞ!」


「ちっ!」


 ジャバウォックは大きく口を開き、いくつもの炎を渦巻かせると、一斉に私に向けて放ってきた。炎は6つの軸となり、辺り一面に振りまかれる。


 私は横に飛びずさり、間一髪でブレスを回避。


「いい加減にしろ!」


 4発目、命中するも急所にあらず。


「本当に面倒な子だな、君はっ!」


 急所じゃない攻撃は回復するとフェンリルは言っていたが、その通りだった。私が急所を外した一撃はジャバウォックの体を貫き引き千切るも、その傷は瞬く間に回復され、新しく体が生えてきた。


 とんでもない野郎だ。


「今度こそ、くたばりやがれーっ!」


 私は確実な急所と言えるジャバウォックの頭部に向けて、対戦車榴弾を叩き込む。


 5発目、命中!


 ……いや、微妙に狙いがずれた。ジャバウォックの頭の半分は吹き飛ばせたが、それでもダメなのか残りの部分がビデオを逆再生するように回復していっている。


 畜生。今から装填して狙いを定めてたら回復され切られる。これじゃフェンリルが言うように夜が明けてしまうぞ。


「フェンリル! どうにかして奴の残りの頭を砕いて!」


「いいだろうっ!」


 ジャバウォックを抑え込んでいたフェンリルはそのまま私によって頭部を半分潰されて回復に必死なジャバウォックを地面に叩きつけると、その頭部に向けて前足を大きく振り上げ──。


 粘着質な音を立てて、ジャバウォックの頭部が押しつぶされた。それが致命傷となったのか、ジャバウォックの体はビクリと痙攣すると、そのまま動かなくなり、地面に横たわった。


「ふう。危ないところだった。なかなかの強敵だったぜ、ジャバウォック」


 私は汗ばんだ額を拭うと、屍と化したジャバウォックの下にやってきた。


「我が主。こいつの血はエレメンタルマジックの効率を高める効果があるそうだ。身に着けるだけで効果がある、と魔女たちは言っていた。持って行くか?」


「おっ! レアドロップアイテムだね! はぎ取ろう!」


 まずは土のエレメンタルマジックでガラス瓶を生成し、そこにジャバウォックから滴り落ちる血液を流し込む。


 上手に血液取れましたー!


「これは首から下げておこうかな?」


「鱗と肉にも価値があるそうだ。それから髭だな。髭には老化を抑える力があるとか。まあ、魔女たちはどのみちいずれは生贄を捧げて不老不死の術を使うのだがな」


「生贄って……」


 セラフィーネさんが偉く若く見えるのも生贄のおかげ……?


「まあ、美容によさそうだし、髭も剥ぎ取り、剥ぎ取りー。それから魔女協会へのお土産に鱗と肉と血を採取しておこう!」


 魔女協会のヴァレンティーネさんたちにはお世話になってるし、お土産を持って帰ろう。ジャバウォックの素材で喜びそうなのってあの人たちぐらいしかいないしね。


「さて、お化けドラゴンも退治できたことだし、戻りますか!」


「ああ。なかなか楽しかったぞ。偶には我にもこういうことをさせろ」


「君を冒険者ギルドのクエストに出すのはなー……」


 そんなこんなで私とフェンリルは見事お化けドラゴン──ジャバウォックを討伐することに成功した。


 しかし、フェンリルは強い。ドラゴンを相手にしても傷ひとつ負わず、トドメまで差し切った。その俊敏性は限界まで身体能力ブーストした私を遥かに上回っている。私も奇策を講じなければ、フェンリルには勝てなかっただろう。


 フェンリルが敵の動きを封じて、その隙に私が砲弾装填や生成を行うのは結構ありだな。前衛と後衛の上手い連携。私が魔力切れになるまでは、軍隊を相手にしても戦えるはずである。


 どうにもこうにも運命との対決が避けられなくなってき始めている中、これは心強いことである。


 見ていろ、フリードリヒ! 私の家を潰そうとするなら、貴様もただでは済まないからな! フェンリルが貴様を八つ裂きにするからな!


…………………

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