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悪役令嬢は庶民のことを知って貰いたい

…………………


 ──悪役令嬢は庶民のことを知って貰いたい



 ロッテ君お勧めのカフェは実によかった。


 昼食のオムレツとサンドイッチは絶品たったし、ショートケーキの甘さといったら!


 5人で別々のケーキを頼んで、交換し合って食べたが、ミーネ君たちが頼んだシフォンケーキやザッハトルテも実に美味でした。今度はイリスも連れてこよう。絶対喜んでくれるぞ!


 さて、このカフェが位置するのは商業地区の中でも高級店が連なる場所だ。まあ、一応は貴族様なので、こういう場所で飲食しています。だが、今回のお出かけで用事があるのはここだけではないのだ。


「あれ? アストリッド様、どちらに行かれますの?」


「ちょっと美味しいパン屋さんがあるって聞いてね。寄ってみようかなって」


 私が向かうパン屋とはもちろんエルザ君のパン屋である。


 私がやるべきこととはエルザ君が学園に入学してくるまでに、ミーネ君たちがエルザ君を受け入れる態勢を整えておくことである。


 エルザ君が私とフリードリヒを引っ付けようとするおぞましい発想を持ったミーネ君のような貴族子女に目を付けられる前に、先に馴染ませておくのだ。ミーネ君たちもヒロインのエルザ君のいいところに先に気付いていたら、いじめるようなことはするまい。


 もし、ダメならエルザ君には亡き者になって貰おうか……。


 いやいや。エルザ君が死んだら、フリードリヒという核地雷が私に回ってくるじゃないか。なんとしてもエルザ君にはフリードリヒという名の核地雷を解体する任務を果たして貰わなければ。


「こっちにパン屋がありますの?」


「うんうん。こっちこっち」


 エルザ君が働いているパン屋は庶民向けだから、私たちが今いるような高級商店が並ぶ場所にはないんだよ。胡散臭いだろうけど、私について来て欲しい。


「あれ? アストリッド?」


 という具合に、ミーネ君たちを商業地区の外縁部に連れていっていたら、ここで会ってはならない人物に出くわしてしまった。


 そう、ペトラさんたちだ!


「アストリッドちゃん。今日は友達と一緒なの?」


「い、いえ。人違いではないでしょうか……?」


 うぎゃー! エルネスタさーんっ! 冒険者ギルドの手伝い魔術師はお忍びって言ったじゃないかー!


「ああ。これはあれだな。エルネスタ、行くぞ」


「あれ? いいの、ペトラ」


「いいんだよ」


 ほっ。間一髪でペトラさんが空気を読んでくれた。今度、お酒をご馳走しよう。


「アストリッド様。今の方々は?」


「冒険者の方々のようでしたけれど……」


 おっと。ミーネ君たちがばっちり怪しがっていますよ。


「こ、この間、お父様の領地の魔獣駆除をして貰った人たちなんだー。いい人達だから友達になっちゃったー」


 と、若干棒読み気味に私がごまかす。追及したいような顔をしているが、追及してくれるな、ミーネ君。これにはオルデンブルク公爵家の命運がかかっているのだ。


「さて、そろそろ目的のパン屋さんに……」


 ミーネ君からの訝しむような視線を背後に受けながらも私が押し切って、エルザ君が働いているパン屋に到着した。


 おや。ナイスタイミング! エルザ君が店番をしているじゃないか!


「あの子、可愛いよね?」


「え? 普通の平民では?」


「あの子、可愛いよね?」


「いえ。ですから、普通の平民では……?」


「あの子、可愛いよねっ!?」


「どうして怒ってますの、アストリッド様!?」


 ミーネ君たちには分からないのか! この明らかにヒロインのオーラを纏ったエルザ君のキャラデザがっ!?


 金髪碧眼のふわっとした感じが如何にも女の子の憧れって感じで、普通なら汚らしく見えるはずのつぎはぎエプロンを見事に着こなしている、あのエルザ君のキャラデザ! フリードリヒと並ぶとちょうどいい感じの背丈! あんまり主張しないところが好感を持てる胸! いや、胸はどうでもいい。


 あんなモブの平民がいてたまるか! そこらの貴族でもかすむわ!


「あの、アストリッド様? あそこがアストリッド様がおっしゃられていたパン屋なのですか?」


「そだよ。行ってみよー!」


 ここでエルザ君の魅力を伝えなければ!


「いらっしゃいませー」


 と、エルザ君が棚を整理しながら私たちを出迎える。完全に上の空だ。


 おおいっ! もうちょっとやる気出してくれ、エルザ君! ミーネ君たちが胡乱な目で見ているぞ!


「あれ? その制服って、聖サタナキア魔道学園の……?」


「そだよ。私はアストリッド。よろしくね!」


 まあ。私がこうしてフレンドリーに対応すれば、ミーネ君たちも邪険にはしまい。


「ここ、貴族の方々にお出しするようなパンはありませんが……?」


「いや。この間エルネ──知り合いの人からここのパンがおいしいって聞いてね! 看板娘のエルザ君って子も可愛いって聞いたしさ! 君がそのエルザ君でしょう?」


「は、はい。私がエルザ・エッカートですが……」


 エルネスタさんがこの店の存在を知っていたことに私はちょっと驚いたが、エルネスタさんがお勧めしていたのは事実だ。


「本当に買われますか?」


「なんですの。冷やかしだと思っていますの?」


 ミーネ君! ダメ! ダメだって! その喧嘩腰はダメだって! 相手は将来のフランケン公爵家のご令嬢だから!


「その、すいません。貴族の方が買い物に来られるなんて本当に初めてで……」


「気にしないで、気にしないで。いきなり押しかけた私たちが悪いんだから」


 とりあえずミーネ君を牽制しておこう。この子は事態を分かっていない。


 もういっそのことこの子がフランケン公爵家の隠し子だって教えてあげようか。でも、そうするとフランケン公爵家に迷惑がかかるしなー……。そうなるとどこかでフラグが立って、私の家がお家取り潰しになるのかも……。


「ところで、君にも魔術の才能があると思ったけどどう思う?」


「え、ええ。少しだけですが。治癒のブラッドマジックは得意としています。学園の方々に及ぶものかは分かりませんが」


「いやいや。きっとその才能は本物だよ」


 この子、ゲームの設定では私より魔力があるはずなんだからね。だから、その才能は本物なのだ。この私が言うのだから間違いない。


「アイタッ!」


 と、ここで私がわざとらしく悲鳴を上げる。


「ありゃあー。ポケットに入れていたナイフで指を切っちゃったー。どこかに治癒のブラッドマジックが得意な人はいないかなー」


「え? 貴族の方ってポケットにナイフを剥き身で入れてるんですか?」


 エルザ君っ! 君の出番を作ってあげたのだから、変なことに脱線しない!


 ちなみに魔術師にナイフは必須です。ブラッドマジックを行使する際には、血を流す必要があることが多々あるのだから。


「エルザ君。治してくれないかな?」


「わ、私でよろしければ」


 私が割とざっくりと切った親指──痛覚遮断済み──を見せて告げるのに、エルザ君が治癒のブラッドマジックの術式を組み立てて、私の切り傷にそっと触れる。


 その触れた隙に私はエルザ君の魔力の量を秘かに測定する。


 ううむ。確かに膨大な量の魔力を持っているし、ブラッドマジックの術式も洗練されている。そうとういい先生に恵まれているようだ。これなら治癒のブラッドマジックは高等部でも随一のものとなるだろう。


「ありがとう、エルザ君。流石は魔力の才能に満ちているね」


「そのようなことは……」


 エルザ君自信を持つのだ。その魔力の高さは高等部から入学してくる君のアドバンテージになるのだからね。


「宮廷魔術師の先生から教わったんでしょう? これほどのものとなれば、相当高名な元宮廷魔術師の方に教わったと見たねっ」


「ええ。私が魔術を教わったのは宮廷魔術師長の方だったと聞いています」


 ほらほら。ミーネ君。この子、庶民派だけど、魔力の才能はあるでしょ?


「その才能が学園で更に発達するといいね。私も楽しみにしているよ!」


「はい!」


 私とエルザ君はすっかり友達感覚になった。私の中では。


「ところで、どのパンを買われますか?」


「この菓子パンがいいかな。とってもおいしそう」


 私も中身は庶民なので甘そうなジャンクフードには興味があるのです。エルネスタさんお勧めの一品だったしな。


「では、お包みしますのでしばらくお待ちください」


 エルザ君はショーケースからパンを取り出すと、包み紙と袋に丁寧に入れ始めた。


「はい、どうぞ! お買い上げありがとうございます!」


「ありがとう! 今度は学園でね!」


 ふふふ。これでエルザ君の私への好感度は爆上がりだろう。


「アストリッド様? 何かおかしくありませんか?」


「なにがおかしいんだい、ミーネ?」


「いえ。やけに平民の方と親し気にしているな、と……」


「あの子、可愛いし、魔術の才能もありそうだからね」


 というわけで、お願いだから受け入れてくれ、ミーネ君。


「そうですか? ただの平民にしか見えませんが……」


「そんなことないよ! 私にはあれは隠れた魅力を秘めている人物だと見たね。きっと庶民派のフリードリヒ殿下も気に入ると思うよっ!」


 ここで核地雷をエルザ君にパスする。


「ああ。そういうことでしたのね」


 おっと。理解が早くて助かるよ、ロッテ君。


「フリードリヒ殿下が庶民のことを思われているから、アストリッド様も同じようになされているのですね。やはり憧れの殿下とは同じ価値観を共有したいものなのでしょう。流石はアストリッド様です!」


 おっと。理解が斜め上に行って困るよ、ロッテ君……。


「い、いやさ。例えばの話だけれど、平民の女の子のことをフリードリヒ殿下が想われたらどう思う?」


「それはいけませんわ! フリードリヒ殿下が貴賎結婚などされたら、皇位継承権を剥奪されてしまうかもしれません!」


 まあ、そうなんだよねー……。


 ゲームではフリードリヒが皇位を捨ててでもと押し切るんだけど、あいつの皇位継承権がかかったお付き合いになるからスナック感覚じゃやれないんだよねー。


 はあ。ミーネ君たちはさっぱりエルザ君のことを受け入れてくれそうにないし、私が将来起きるであろういじめの主犯と見做されるのも時間の問題かも。


 ここは逃亡資金の貯蓄と内戦での勝利に向けて頑張らなければ!


 もはや戦争は避けられないぞ、アストリッド!


…………………

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