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悪役令嬢は論文を読みます

…………………


 ──悪役令嬢は論文を読みます



「ヴォルフ先生、ヴォルフ先生」


 ヴォルフ先生の授業はエレメンタルマジックの基礎を完全に終え、今はブラッドマジックの応用を学習していた。傷を治療したり、逆に傷を悪化させたりする魔術だ。傷を悪化させる魔術は果たして教わっていいのだろうか……。


 だが、私は気になっていることがあった。


 ブラッドマジック関係では脳を弄る具体的な方法にそろそろ手を伸ばしたいなと思ったりもしているのだが、それよりももっと基本的なことが疑問だった。


「何でしょうか、アストリッド様」


「一度、物質に流した魔力は操れないんですか?」


 そう、私が気になっているのは、魔力の流れのコントロールだ。


 これまでの初期型の銃火器では撃針に魔力を暴発しないだけ装填して放っていたが、この調節が面倒くさいし、危険が残っている。私としては撃針に流し込んだ魔力が銃の中をうろつくことなく、撃針から薬莢までの流れに制限されると嬉しいのだ。


「ふむ。不可能ではありません。実際にブラッドマジックでは、体に流した魔力の位置を決められるでしょう。それと同じように物質に流した魔力も、コントロールすることは不可能ではない、とされています」


「されています、ってことはまだ実現した人はいないと?」


 私はヴォルフ先生の口ぶりが気になった。


「ええ。数年前に学会に論文が出されたのですが、それによれば一定量の魔力のある人間は一定量の魔力を物質に流し込んでもコントロールできるとのことです」


「ほうほう! それは興味深いです!」


 なんだ、ちゃんとあるんじゃないかコントロールする方法。


「ですが、その保有する魔力とコントロールできる魔力の規模の違いが非常にネックになっていて、実用化には程遠いのです」


「え? そんなに差があるんですか?」


 そうだよね。実用化できてるならヴォルフ先生が真っ先に教えてくれてるよね。


「500倍です。魔力が例えば100の人は、0.2だけ魔力を操作できると研究結果にはありました。ちなみにこの場合火打石程度の火を起こすには10の魔力が必要になる計算です」


「それは使い物になりませんね……」


 うーん。どうしてダメなんだろう。


「ちなみに、その論文って読めますか?」


「読めるには読めますが、アストリッド様には分からない点が多いかと」


 私が尋ねるのにヴォルフ先生が困った顔をする。


「お願いします! どうしても物質中の魔力をコントロールしたいんです!」


「分かりました。そこまでおっしゃるのであれば、次の授業の時持って来ましょう」


 わーい! ヴォルフ先生、大好き!


「ところで、家畜泥棒を捕まえられたとか」


「え? いやまあ、なりゆきで……」


 私が喜びに浸るのもつかの間、ヴォルフ先生が聞かれたくないことを。


「私の教えている魔術のためかと公爵閣下には質問されたんですが、私が教えた程度の魔術ではそのような離れ業は不可能だと思うのです。実際はどうなさったんですか?」


 ダメだ。銃火器のことは内緒にしておかないといけない。メイドさんたちにはうるさい音を立てる機械とだけ思われているが、ヴォルフ先生には価値がばれてしまう。そうなったらノームのおじさんとの約束を破ることに……。


「い、いやあ、ブラッドマジックで身体能力ブーストしたらたまたまといいますか、そんな感じでした!」


「私の教えた範囲のブラッドマジックで武装した男5名をやっつけたと? いくらなんでも無理があるように感じられますが」


 ぎくぎくっ! ばれてるよ! これ、絶対にばれてるよ!


「いや、エレメンタルマジックも使ったと思います! 土の精霊さんに岩石を作らせてそれで並みいる武装した男たちをぽいぽいっと倒したのです! 奇跡が起きたって感じでしたねっ!」


 私はわーっと言葉を浴びせてこの場を収まらせようとする。


「分かりました。土の精霊と何か話していたようでもありますし、今はその説明で納得しておきます。いずれ時が来たら、本当のことを教えてください。論文にして書いて貰っても構いませんよ」


「え、えーっと、これが事実であって他にはないですよ?」


 ヴォルフ先生がしつこい人じゃなくて良かった……。


「では、次の授業の時には物質内の魔力制御に関する論文を持ってきますね。他に必要なものはありますか?」


「そうですね。ブラッドマジックに関する書籍があればお願いします。入門編は読破して理解したので、応用編について授業のおさらいと予習のために」


 ブラッドマジックがなければ私がいくら現代兵器を作っても扱えない。こつこつ筋トレするって手もあるけど、小さいころから筋トレすると背が伸びないって聞いたことがあるからなあ。


 まあ、ブラッドマジックに頼らない体力も必要だよね。今度、エアハルトさんに頼んで戦場での立ち回りについて教わっておくものいいかも。


「その表情は何か考えていますね?」


「えへへ。将来のことについてちょっと」


 ヴォルフ先生が苦笑いを浮かべるのに、私も照れ隠しに笑う。


 しかし、本来のアストリッドってどんな子だったんだろう。ゲームの時は既に高等部だったから、小さいころってどんな感じだったか分からないんだよね。


 ゲームじゃ傲慢そのものだったけど、小さい頃は案外素直だったりして。


 魔法の才能があるよって周囲にちやほやされてたら、調子に乗っちゃってああいう性格になったとか。割とありえそうだな。私の魔力ってかなり凄いもん。これだけ魔力があったら引く手あまたで傲慢にもなるよね。


 ということで、私はそうならないように常に自分は無知であり、限界があるということを自覚し、行動していきたいと思います!


 この間の家畜泥棒退治でちょっと調子に乗っちゃったけど、あれができたのもヴォルフ先生の教えとノームのおじさんのおかげだものね。


 調子に乗らない。傲慢にならない。


 人生、謙虚に生きていった方がいいことがあるってもんだ。


…………………


…………………


「む、難しい……」


 後日、私はヴォルフ先生から論文を受け取ったのだが、恐ろしく難しい。


 文系な私には意味不明な数式とグラフと文字列が私の脳を直撃する!


 まるで意味が解らんぞ……な状態で、私は論文に噛みつくような勢いで何度も何度も目を通す。だが、目を通せば通すほど意味不明になっていっている気がするのは気のせいだろうか。きっと気のせいだ。


 幸いにしてヴォルフ先生から論文の概略は聞いていたから、そこから中身を想像することはできなくもない。物質内でコントロールできる魔力は保有魔力の500分の1だけ。それだけしか動かせない。


 私としてはなんとしても論文を読み解いて、この条件の枷が外せそうな要素を探し出そうとしたが、流石は聖サタナキア魔道学園の博士3名が共同研究で出した結果だ。そう簡単には研究結果を翻せない。500分の1しか動かせないんじゃ役に立たないのにー……。


 そうだ。オリハルコンには絶対に魔力が通らないってことから考えていこう。


 オリハルコンは完全な魔力遮断として使われる。オリハルコンを魔術で製造することは不可能だし、オリハルコンに魔力を通して変質させることも不可能だ。


 ということは、物質に応じて魔力伝達と制御に幾分かの差が出るのではないかと私は閃いてしまった。この論文で使用されているのは水だが、鋼鉄などの金属類の中には魔力伝達が容易で、制御も容易な物質があるかもしれない。


 どうしよう。私、世紀の大発見をしちゃったかも……。


 などという、素人考えをあれこれ考えていたら扉がノックされた。


「お嬢様、まだ起きていられるのですか?」


「うん。もうちょっとこの論文読んだら寝るから」


 メイドさんが呆れたように声をかけてくるのに、私はひらひらと手を振った。


「お茶か何かご用意致しましょうか?」


「うん、ありがとう!」


 我が家のメイドさんは親切だし、気が利く人が多い。そうでもなければ、私しか楽しくない射撃試験に付き合ってくれないよね。


「どうぞ。お嬢様。よく眠れるようにレモングラスのハーブティーにいたしました」


「ありがと! よければクッキーとかは……」


「寝る前に食べると太るといいますよ」


 親切で気が利くけど厳しいなうちのメイドさんは。


「それにしてもお嬢様、随分とお変わりになられて……。旦那様も、奥様も、お嬢様が昔に比べて素直じゃなくなったと嘆いておられますよ」


「え? そうなの?」


 ちょっと待って。ゲームの時よりましなアストリッドになろうとしてるのに、ゲームの時より悪化してるって駄目じゃないか。


「そうです。昔は旦那様のおっしゃることは素直に受け止め、問題などまるで起こさない方でしたのに、急に魔術を習いたいといい出されるし、挙句には家畜泥棒を捕まえてこられるなんて……」


 よよよ……という風にメイドさんは目頭を押さえた。


 ……ゲームの時より立派な公爵令嬢になろうと思ってたのにこの有様ですか。


 これでは悪役令嬢としてバッドエンドを迎える前に、公爵家令嬢としてバッドエンドを迎えてしまうかもしれない。今、家から追い出されたりしたら困る。凄く困る。


「な、何かお父様とお母様の機嫌を取る方法はないかな?」


「そうですね。まずはこんなに夜遅くまで起きていないことです。夜更かしは健康に良くないといいますから。それからあまり魔術にのめりこんで、旦那様や奥様をないがしろにされないでください。おふた方とも可愛い盛りのお嬢様と思い出を作りたいと思っておられるのです」


 正論です。返す言葉もございません。


 最近は朝食を食べたらすぐ部屋に戻ってヴォルフ先生の貸してくださった本を読み続けていて……。昼食を食べ終えたらヴォルフ先生が来るのを待つのに玄関に陣取って、それからヴォルフ先生の授業を受けて……。夕方は射撃試験を行って……。夕食食べ終えたらまた本を読むの繰り返しだったからなあ。


 両親と会話した記憶がほとんどない!


 これは不味い、非常に不味い。


 これはまさに家庭崩壊の危機と言ってもいいのでは? 私が親だったら、子供にここまで無視されてたら泣くよ。ネットの掲示板に4歳になる娘から無視され続けてます。どうしたらいいでしょうか? って書き込むよ。


 というか、これを理由にお父様から縁切りされたら、ヴォルフ先生の授業どころか、学園にすら入れないよ! お金ないよ!


「これはどうにかしないと不味いよね」


「ええ。不味いですわ」


 私が告げるのにメイドさんが頷く。


「よし。このアストリッド、明日から心を入れ替えて、私の大切なお父様とお母様のご機嫌を取りますっ!」


「その意気です、お嬢様。ですが、明日ではなく、今日からにしましょう。もう日付は変わっていますから」


 夜更かししすぎた……。


…………………

次話を本日21時頃投稿予定です。

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