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悪役令嬢ですが、再び期末テストの時期です

…………………


 ──悪役令嬢ですが、再び期末テストの時期です



 今年も夏休み前の期末テストがやってきた。


 文系科目と魔術科目はオールクリアとして、問題は理系科目だ。


 理系は次第に難易度が上がってきている……。私の前世の知識では対応不可能となるのも時間の問題だろう。まだ中等部なのにこれとは。高等部になったら落ちこぼれるんじゃなかろうか。


 そんな心配をしながら、私は円卓でテスト勉強に励む。


 理系科目を重点的にしながら、文系科目を復習する。


 地球の知識があっても、ここは地球とは異なる異世界だから違っていたりするのだ。この間の妖精の自然発生しかり、この世界の常識と地球の常識はわけが違うのだ。地球の知識も覚束ない私にはつらい……。


「アストリッド。調子はどうですか?」


「だ、大丈夫ですよ、フリードリヒ殿下。問題なしです」


 人が集中しているのに話しかけるな、フリードリヒ! 私は忙しいんだ!


「よければ一緒に勉強しませんか?」


「い、いえ。私はひとりでやるのが性に合っていますので」


 お断りだ! 勉強どころの騒ぎではなくなる!


「そうですか。それは残念です」


 フリードリヒはそう告げて去っていった。


 フリードリヒたちはアドルフ、シルヴィオと一緒に勉強している。


 アドルフは依然として文系科目で苦戦しているようだ。歴史の本を必死になって読んでいる。シルヴィオの奴は流石宰相の息子なだけあって文系科目を苦手としていたのは克服したらしく、今は数学の本を読んでいる。


 フリードリヒはどの科目も問題ないのか、アドルフたちの相談に乗っている。余裕ぶりやがってこの野郎。お前もちょっと苦戦しろ!


「お姉様。ちょっとよろしいでしょうか?」


「どうしたの、イリス?」


「実は……魔術の実技に不安がありまして。よければ放課後、練習に付き合っていただけませんか?」


 ふむふむ。イリスも中等部1年としてブラッドマジックとかの実技試験が始まるんだよな。不安に思うのも無理はない。イリスたちにとってブラッドマジックに触れるのは初めてのことだからね。


「いいよ。放課後になったら迎えに行くね」


「はい!」


 うんうん。相変わらずイリスは可愛いな。


 だが、イリスの周りには今、不穏な集団がうろついているのだ。そう、悪質なストーカーと化したヴェラとその取り巻きたちがイリスのことを虎視眈々と狙っているのである。全く以て油断できない。


 今はイリス見守りシステム──ブラウ、ゲルプ、ロート──の3体の妖精による監視体制が布かれているものの、油断はできない。姉であるこの私がイリスを守らなければ。


 それと魔術の実技がどう関係するのかというと、イリスがブラッドマジックの才能に目覚めてくれたら、もしヴェラたちが実力行使に及んでも自衛ができるという話です。本当にヴェラたちはイリスを襲いかねないし、ブラウたちではヴェラたちを止められてないし、お姉ちゃん心配だよ。


「ところで、イリスは部活に入ったの?」


「いえ。やりたいことが見つからなくて。けど、この間ヴェラさんたちと演劇部の部活動を見に行ったらとても格好いい先輩がいらっしゃってちょっと興味がでました」


 あれ? それってラインヒルデ君のことか? イリスまでラインヒルデ君に夢中になっちゃっているのかい?


「お姉様はどんな部活動をされているのですか?」


「真・魔術研究部って部活。いろんなことをしてるよ」


 正直、我が部はいろいろと秘密が多すぎて、イリスにはお勧めしがたい。


「イリスも演劇部に興味持ったなら、入ってみたら? イリスも可愛いから人気者になれると思うよ?」


「そんな。私はそんなに可愛くはありませんよ。それよりお姉様の部活動に興味があります。普段はどんなことをされているのですか?」


 ううん。困った。身体能力ブーストや惚れ薬、戦闘最適化措置のことはイリスには内緒にしておきたいのだ。ただでさえ、崩壊しかかっているイリスの中の私のイメージが完全に崩壊してしまいそうだから。


「ええっとね。魔術の成績を上げようと日ごろから勉強したりしているよ。それからちょっと新しい魔術の研究とかね」


「新しい魔術?」


「まあ、くしゃみクッキーとか作ったりするだけだよ」


 ここは似非魔術研究部の活動を告げることでごまかそう。


「それよりもイリスは演劇部が似合うと思うな! 私もステージの上に立ったイリスの姿が見てみたいな! この間はお姫様がでる演題とかやったらしいし、イリスもお姫様の役をやってみたくない?」


「そ、それは確かに興味が……」


 イリスならアカデミー賞だって狙えるよ!


「しかし、大勢の人の前で演技をするというのはちょっと恥ずかしいです」


「そう? イリスも随分と人見知りは治ったと思うんだけどなー……」


 悪質ストーカーとはいえど、ヴェラたちとも仲良くしているし、円卓でも普通に先輩方や同年代の子と話しているのを見かける。それでもまだイリスは恥ずかしがり屋なのだろうか?


「まだ恥ずかしいことが多いです……。仲のいい方々やこういう小さな場では話すのは平気ですが、大勢の人の目があるとちょっと緊張して……」


 ふむ。そういうものなのか。私があまりに緊張しなさ過ぎただけで、イリスの方が普通だったりして。


「でも、そういうのを克服するという意味でも演劇部はいいかもよ? きっと演劇部の先輩方はそういう緊張を乗り越える方法を知っているはずだから。体験入部だけでもしてみたらどうかな?」


「そうですね。何事も挑戦してみないと分からないですよね。お姉様は本当に頼りになる方です!」


 イリスが前向きでお姉ちゃんも嬉しいよ。


「それじゃあ、放課後はブラッドマジックの練習ね。私から迎えに行くから教室で待っててね」


「はい」


 イリスが演劇部に入ったら文化祭がなおのこと楽しみになっちゃうなー。


 はっ! しかし、イリスが真・魔術研究部の存在を知ったからには、イリスの方も真・魔術研究部の活動を見に来る可能性が……。ここは姉として恥ずかしいところは見せられないぞ、頑張れアストリッド! 何かいい展示物を考えるのだ!


「その前にテスト勉強と」


 成績がダメダメでもイリスに失望されてしまう。頼りになるお姉ちゃんでいるためにも勉強を頑張らなければ。


 しかし、本当に難しいな理系……。


 いずれは対面するだろうと思ったが、こうも早く理系の障害にぶつかるとは。本当に理系脳の人の頭の中身を覗いてみたいよ。あわよくばそのまま脳の構造をコピーしてしまいたいよ。はあ……。


 そんなこんなで私は先輩方の力を借りながらも、必死になって勉強に励み、この世界の理不尽な自然に対する科学的視点をちょっとは身に着けたのだった。


 数学という強敵がまだまだ残っていますがね……。


…………………


…………………


「イリス! 迎えに来たよ!」


 放課後。本当はまだまだ勉強しなくちゃいけないけど、休憩も必要だよねということで約束通りイリスの魔術の実技の訓練を引き受けにやってきました。


「うわっ! 妖怪ナイフ女!」


 私が中等部1年の校舎に姿を現すなり、中等部1年の男子生徒が悲鳴を上げた。


 ……おい。妖怪ナイフ女ってなんだ。本気で怒るぞ。


「あっ! お姉様!」


 イリスが私が来たのに気付いて笑顔を浮かべた。


 ついでにイリスを取り囲んでいたヴェラとその取り巻きたちが私に視線を向ける。さっきの男子生徒と同じく恐怖の視線だ。あの一件はそれほどトラウマになっているのか。まあ、ヴェラたちには多少なりと私に恐怖を感じて貰わなければな。イリスに手を出すと私が相手になるぞ、と。


「イリス。行こうか?」


「はい、お姉様。あ、ヴェラさんたちは一緒に訓練しませんか?」


 私が告げるのに、イリスがヴェラたちの方を向く。


 いや、私は可愛いイリスのために時間を割いたのであって、ヴェラなんぞのために時間を割くつもりはないぞ。ヴェラたちがついてくるのはお断りだ。


 私はそう思って、手の平をナイフで切るような仕草をイリスの背後で行う。


「ひっ!」


 見事ヴェラたちは震え上がった。いいざまである。


「わ、私たちは遠慮させていただきますわ。イリス様はお姉様とおふたりで親交を深められてください!」


「そうですか……。分かりました……」


 イリスはしょんぼりしているが、これもイリスのためなんだ。悪質なストーカーが図に乗らないように威圧しておかなければ。


 というわけで、ヴェラたちを威嚇した私とイリスは普段から私が魔術の訓練をしていた中庭に。グラウンドは陸上部が使っているし、体育館とか室内は物品破損の恐れがあるから、消去法で中庭になるのだ。


 ここは人通りも少ないので、格好の魔術の練習場所である。


「さて、イリス。困ってる魔術ってのは何?」


「ブラッドマジックについてです。身体強化というのが上手くできなくて……」


 ふむふむ。やはりイリスも初めてのブラッドマジックに困っているのだな。


「じゃあ、まずは体に魔力を流すところから始めてみようか。それはできる?」


「ええっと……」


 私はイリスの手を握ってイリスの体内の魔力をモニターし、その魔力の流れがどうなっているかを観察する。アドルフのときみたいに魔力を体の中に巡らせる時点で躓いているとなると、猛特訓が必要だ。


「これでいいですか?」


「うん。ちゃんと魔力は巡っているよ。この魔力を使って体の中のことを自分でモニターしてみて」


「はい」


 うんうん。順調だな。問題はなさそうだ。


「さて、次はブラッドマジックで強化したい場所に魔力を集中して巡らせて、力が増強されていることをイメージして。できる?」


「う、ううん。これが難しいんです。力が増強されるというのは一体どういうことなんでしょうか?」


 そっかー。そこで躓いちゃってるか。


「じゃあ、私がお手本を見せるから、それをイメージの材料に使って」


 私もヴォルフ先生に最初にブラッドマジックによる身体能力ブーストを習ったときには、ヴォルフ先生が石を握りつぶすのを見ている。それに私は地球にいたときには世界陸上なんかで人間の身体能力ギリギリまで使った運動を見ているのだ。


 だが、この世界では陸上の競技をテレビで見ることもないし、イメージすることは難しいことなんだろうね。イリスは箱入り娘だし、過剰な運動シーンなんて見させてもらえるはずがないよな。


「課題の身体能力強化はどこが狙いかな?」


「手と足です。手はボール投げで、足は100メートル走です」


 なるほど。手と足か。


「なら、行くよー!」


 私は用意していた柔らかめのボールを掴むと、ブラッドマジックで力を増幅して、勢いよく校舎の壁に投げつける。ボールは壁に命中すると、跳ね返っては来ず、そのまま壁に衝突した衝撃で破裂してしまった。


「これでちょっとはイメージできた?」


「ううん。ちょっと難しいです」


 確かにボールを投げて破裂させただけではイメージしにくいか。


「なら、これならどうかな?」


 私はボールを掴むと空に向けて一気に投げ上げた。


 ボールは延々と空に向けて飛んでいき、見えなくなったころにゆっくりと降下してきたのだった。これならば力を込めるイメージも湧くだろう。イリスの反応はどうかな?


「す、凄いです、お姉様。イメージが湧いてきました!」


 おお。いい感触である。


「では、やってみますね。お姉様の先ほどの行動をイメージして……」


 イリスは腕に力を込めて、魔力を込めて、そしてボールを掴む腕の筋肉に魔力を注いで、そこにイメージを注いで、一気にボールを投擲する。


 すると──。


ボールは思いっ切り上空に飛び上がっていき、その姿が見えなくなった。


「やったね、イリス! 大成功だよ!」


「ええ。やりました! これで試験も問題なくできます!


 よかった、よかった。


「じゃあ、次は足の身体能力を上げていってみようか」


「はい。お姉様! 先ほどのようにお手本を見せていただけますか?」


 よしよし。お姉ちゃん、頑張っちゃうぞ。


「今から走るのでよく見ててね!」


 私は魔力を脚部に巡らせると、素早さを想像する。フェンリルのごとき素早さを!


「えいっ!」


 そして、私は一気に駆けた。


 うむ。いつもより速度を上げて走っている。風が気持ちいい。


 ヴォルフ先生は以前あまり出力を上げすぎると筋肉が引き千切れるという恐ろしい話をしていたが、徐々に慣らしていけばこれぐらいは余裕ですね。最悪筋肉が引き切れた端から回復させていって、強引に走り倒すという手もある。


「どうだった、イリス? イメージ湧きそう?」


「はい、お姉様! ばっちりです!」


「よしよし。でも、あんまり気合入れ過ぎたらダメだよ? 習ったとは思うけれど、無理なイメージはブラッドマジックの場合、自分に負荷が大きくかかるからね?」


「はい!」


 まあ、イリスなら無茶はしないだろう。


 イリスは軽く足踏みして神妙な表情を浮かべると、走り始めた。最初はゆっくりと徐々に速度を上げていき、その速度はさっきの私ほどではないが、10歳の女の子が普通に出せる速度を大きく超えて中庭を駆け抜けた。


「ふうっ! どうだったでしょうか、お姉様?」


「完璧! これでテストも大丈夫だよ!」


 イリスは飲み込みが早くていいね。


「よかったです! これで安心できます。これまではいまいち素早いとかいうもののイメージが湧かなかったので。ブラッドマジックを使う使わない以前に、あまり走ったこともありませんでしたから」


「うーん。イリスは普段からもうちょっと運動した方がいいと思うよ?」


 イリスは今年で11歳だが、身長は酷く小さい。130センチに満たないくらいしかない。同年代の女の子たちと比べても一際小さい。


 やっぱり、運動量が不足してるせいじゃないかなとお姉ちゃんは思うのです。イリスってどちらかと言えばインドア派で、運動量は平素から少ないし。それにこの子、運動しないせいかあんまり食べないんだよね。前に学園の食堂で一緒にお昼を食べたけど、ちょびっとしか食べてない。


 イリスのお父さんのブラウンシュヴァイク公爵閣下は190センチはあるだろう大柄な人だし、イリスのお母さんも小さい方ではないので遺伝ではないと思うのだけれど。


「運動、ですか? 体を動かすのは苦手で……」


「嫌なことを無理にしなさいとは言いたくないけれど、体力がないと病気になっちゃわないかお姉ちゃん心配だよ。期末テストが終わったらお姉ちゃんと体動かしに、一緒に出掛けない?」


 まあ、大抵の病気はブラッドマジックで治してきたこの世界ですが、病気にはそもそもならない方がいいに決まっている。イリスには病気にも、ヴェラにも負けない体力をつけて貰いたいものだ。


「お姉様と一緒ならいいです!」


「よし! お父様たちと話して、山にでも登ろっか!」


 山登り! 元野外活動部の血が騒ぐー!


「けど、テストが終わってすぐに休みはヴェラさんたちと遊ぶ約束をしているので、そのあとでいいですか?」


「い、いいよ。もちろんだよ」


 ああ。イリスに友達ができると私と遊ぶ時間も減っちゃうんだよなー。嬉しいような、悲しいような……。


 まあ、仕方ない。子供は巣立つもの。私はイリスとちょっとでも遊べるように、そこまで険しくない山を探しておこう!


 それによく考えたら私もテスト終わってすぐはミーネ君たちと遊ぶつもりだったし。


…………………

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