悪役令嬢と王子様
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──悪役令嬢と王子様
どうにも引っかかっているものがある。
それはサンドラ君のお相手だ。
私は同性愛に寛容な時代に生まれた人間なので、百合とか薔薇とか否定しない人ですけど、友達が同性に惚れているとなるとやはり気になる。
一体、誰に惚れたんだろう。私もドキッと来たりして。
でも、サンドラ君がその人の下着盗みたいとか思うなら止めるかな……。
そう言えば私の学園内の知り合いって最近数が減ってきてるんだよな。放課後が冒険者ギルドと部活動で忙しくて、休み時間はイリスの周りの監視と授業の予習復習して、時間が空いたら円卓に顔を出すって感じだから。
毎日、ほとんど同じ面子としか話してない……。
これは交友の場を広めるためにも同学年の生徒のみんなを観察してみよー!
とはいっても、ブラウたちはイリスとヴェラの監視に向けているから、自分の目と耳で探索しなければならない。
フェンリル? 学園でジェノサイドを起こしたいの?
「さてさて、どこを見て回ろうかなー」
サンドラ君は同学年って言ってたけど、どこの誰だろう。
中等部3年のクラスは4つあるけど、A組から見ていこう。とはいっても、A組は私のクラスだから目立った発見はないかな?
A組の様子は平穏そのものだ。フリードリヒとアドルフ、シルヴィオは円卓にいるので、いるのはミーネ君たちだ。ミーネ君たちは私の友人でもある貴族子女のみんなと話している。
平穏そのものだな。ここにはサンドラ君が惚れそうな女の子はいないかな?
次にB組。ここは初めての場所だ。
「あら、アストリッド様? どうかなさりましたか?」
「ちょっと変わった人がいないか探しているだけだよ」
円卓で顔見知りの子が話しかけてくるのに、私は軽く挨拶をしておく。
「ねえ、B組に女の子にモテそうな子っている?」
そして、ストレートにそう尋ねる。
「女の子にモテそうな子ですか? 何名かの殿方には心当たりがありますけど」
「いや。女の子にモテそうな女の子 を探しているんだよ」
「え?」
私が尋ねるのに、円卓の女生徒がやや驚いたような顔をする。
「それは流石に心当たりがないですね……」
まあ、女の子にモテる女の子は思い浮かばないだろうね。
「時間取らせてごめんね! さっきの質問は聞かなかったことにして!」
「は、はあ……」
私は呆けている円卓の知り合いを若干強引に放って、私はブラッドマジックで加速して、次はC組に向かう。
C組はあんまり知り合いはいないんだよね。円卓の子もひとりだけで、それ以外は誰が誰やら。というわけで今回は案内人なくて、自分だけの努力でサンドラ君が惚れたという女の子をみつけなければ。
というわけで、私はひっそりとC組の様子を探る。
C組にはそこまで女の子を惹けそうな子はいないなー。でも、サンドラ君もいかにもな女性受けする女の子より、平凡な子の方がいいのかもしれない。って、そんなことはないだろうな。
C組は空振りだ。ここにはサンドラ君の相手はいそうにない。
では最後にD組。
ここには円卓の知り合いがいる。その子たちから情報を得よう。
「ねえ、ねえ、ちょっといい? 知りたいことがあるんだけれど。いいかな?」
「ああ。アストリッド様。何をお知りになりたいのですか?」
ここにいる円卓の仲間である女生徒に私は尋ねた。
「ここに女の子にモテる女の子っています?」
「お、女の子にモテる女の子ですか?」
流石にこの質問には戸惑いますよね。
「ああ。でも、いますよ。ひとりだけ心当たりがあります」
「どの子、どの子? どこら辺にいるの?」
おおっ! これはヒットしたか?
「あの方です。ラインヒルデ・フォン・ラドリン様。これまでも何名もの女性に告白を受けたり、恋文を貰ったりしているそうです」
「おおー……」
同性から告白されたり、恋文を貰ったりするのはどうなのだろうか。
しかし、ラインヒルデ君は男装の麗人って感じだ。スカートを履いているのが不自然に感じられるほどに、中性的で魅力ある面持ちをしている。これはサンドラ君が惚れるわけですよ。まあ、私が勝手に惚れていることにしているだけですが。
私もちょっとドキッと来たかも。
それにしても身近にこんな子がいたとはなー。クラス替えがほとんどない学校だから、よそのクラスの情報は円卓頼りなんだよね。その円卓でも入ってくる情報は限定的だし、まだまだ私の知らない学園の姿があるのかもしれない。
「ラインヒルデ様は演劇部で、男性役を務められることもあるそうです。そのせいで付いたあだ名が王子様だとか」
「ほへー」
王子様かー。また随分なあだ名を貰っているな。竜殺しの魔女よりもマシかもしれないけれど。いや、中二病的には私の方が負けていないぞ。竜殺しの魔女アストリッド! の方が格好いいはずだ。内緒だけど。
「ところで、アストリッド様は何故ラインヒルデ様をお探しに?」
「いやあ。女の子にモテる女の子がいるって聞いて、興味がでちゃってね。思わず探しに来てしまいましたよ。いいもの見れたし、満足満足」
「は、はあ……」
サンドラ君の恋心については内緒だ。
「ちなみに、アストリッド様は同性の方から恋文などは? ありそうですけれど」
「な、なんでそうなるかな。私は同性どころか異性からすらも一通とてラブレターは貰ってないよ……」
私はまるでモテない女なのだ。選び放題のラインヒルデ君がある意味羨ましい。
いや、ラインヒルデ君とて、女の子にモテたくてモテているわけではないのかもしれない。内心では男の子の方がいいと思っていたりして。そこのとこはどうなのだろうか。気になるなー……。
「ちなみにラインヒルデさんはこれまでラブレターや告白を受け付けたことはあるの? 誰かと付き合ったりは?」
「そんなことがあったら大荒れですよ。ラインヒルデ様のファンは初等部の後輩方や高等部の先輩方を含めて大勢いらっしゃるのですから」
それはまた。フリードリヒより人気あるんじゃない?
「ふうむ。しかし、サンドラも難儀な相手を選んじゃったな……」
私は女の子に囲まれて、にこやかな笑みを浮かべるラインヒルデ君を眺めてそう思ったのだった。
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「サンドラ、サンドラ」
「なんですか、アストリッド様?」
時間は流れて放課後。
私は真・魔術研究部の部室に姿を見せたサンドラ君に声をかける。
「サンドラが好きな人ってD組のラインヒルデさんって人?」
「な、な、なんのことでしょう? 知りませんよ?」
この反応は大当たりだな。
「私、この間、たまたーまD組を覗いたら女の子にモテモテの女の子みつけちゃったんだけど、違うのかな?」
「うー……。実を言うとそうなのです……」
おっ。やっぱりね。私の勘は冴えているものだ。
「じゃあ、女の子向けの惚れ薬を作ろっか?」
「いえ。もういいのです」
あれ? もういいの?
「ラインヒルデ様は皆から好意を寄せられる存在。気高き薔薇のようなお方。私ごときがお付き合いしようというのが冒涜だったのです。これからもラインヒルデ様には皆さんに愛されるお方であって欲しいと思います」
「ほ、ほへー」
な、なんだか、病気みたいに聞こえるのは私だけだろうか。そこまで思ってるならアタックするべきだと思うんだろうけど、サンドラ君の乙女心がそれを許さないようである。訳が分からないよ。
「アストリッド様はラインヒルデ様のことをどう思われました?」
「うーん。綺麗な子だなって。私もドキッと来たよ」
私は同性愛者ではないけれど、ラインヒルデ君の美しさにはちょっとやられたよ。
「アストリッド様なら、ラインヒルデ様ともお似合いかもしれません。それでしたら誰からも文句はでないものかと思いますわ」
「い、いや。私はどちらかというと男の子が好きだからね?」
「ラインヒルデ様は男性らしさもお持ちですわ! この間、演劇部で演じられた“水晶の姫君”では眠れる王女を目覚めさせる王子役を演じられましたの。それはもうお美しく、凛々しかったですわ……」
まるで聞いていないな、サンドラ君。私は年上の男の人が好きなのだ。
「しかし、君は演劇部にも顔を出しているのだね。演劇部って楽しそう?」
「ええ、まあ。けど、一番楽しいのはアストリッド様の真・魔術研究部ですわよ?」
演劇部かー。演技ができない私には遠い部活だなー。
「今度私も見学してこようかな。そういえば、文化祭では何かやるの?」
「ええ。いつも劇を披露されていますわ。アストリッド様は見られたことは?」
「ないね」
既に学園生活7年目ながら文化祭にはあまり興味が湧いていなかった。
だって、それどころじゃなかったし! 明日にはお家取り潰しの危機を抱えて、必死にマインスイーパーして、馬車馬のごとく働かなきゃならなかったんだし!
けれど、今年ぐらいはゆっくり文化祭を見て回るのもいいかもしれないな。
「真・魔術研究部として何か展示してみるのはどうでしょうか?」
「そだね。何か考えてみよっか」
私の身体能力ブーストと惚れ薬は機密事項として、何か一般向けに展示できるものを探して見るのもいいかもしれない。アイディアがまるで思い浮かばないけど……。
「展示できるもの、か……」
私はそんなこんなで早くも5月から10月の文化祭のことを考えることになっていた。
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