悪役令嬢は従妹の様子が気になるようです
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──悪役令嬢は従妹の様子が気になるようです
前々から思っていたのだが、本当にヴェラはイリスの友達になったのだろうか?
それを調べるために私は中等部1年のクラスにブラウを派遣した。
「マスター。ちょっと心配しすぎじゃないですか? ブラウが前に見たときはなにもなかったですよ?」
「万が一という場合もあるから」
そうなのだ。人のいいイリスのことだから、友達だと言って騙されているかもしれない。姉としてはそういうのは心配である。もしそうならば、ヴェラめを始末しなければならない。
「というわけで、行くのだ、ブラウ!」
「はいです……」
なんだかやる気ないな、この妖精。
姉の危機が分かっていないのだろうか。妖精であり、私の片腕であるブラウには頑張って貰いたいものである。
「マスター、マスター」
「ロートたちはお手伝いしなくてもいいのですか?」
私がそんなことを思っているとゲルプとロートがショルダーバッグから顔を出して、そう尋ねてきた。このショルダーバックは常に下げているので、ちょっと不審がられたりもする。
「じゃあ、ゲルプとロートにも手伝って貰おうかな?」
「手伝いますよ!」
「なんなりと申してください!」
うんうん。可愛い奴らめ。
「じゃあ、ちょっと聞くけど使い魔の契約してくれる?」
「つ、使い魔の契約?」
「ロストマジックですか?」
やはりロストマジックとなると、妖精たちでも忌避するのか。
「そうなんだけど、無理強いはしないよ。ただし、契約をしてくれると凄く助かるなって思って。ブラウもこの間は大活躍してくれたら、私が作ったチョコレートを特別に上げたんだよね」
「チョ、チョコレート……」
「おいしそう……」
私が真・魔術研究部で作ったチョコレートの内、ブラッドマジックが混じっていないものを取り出して告げるのに、ゲルプたちが息を飲む。
「使い魔になってくれないと今は火と土のエレメンタルマジックは特に苦労してないし、あんまり役に立っては貰えないかなー」
ゲルプは土のエレメンタル。ロートは火のエレメンタル。どちらも現代兵器生成を手伝ってくれる妖精で非常に役に立っております。だが、ここは私の悪魔的交渉術によって妖精たちを惑わせなくてはならない。
「け、契約します! ゲルプも契約します!」
「ロートも契約します!」
「オーケー! なら、契約しよっか!」
場所は学園の屋上──以前、ブラッドマジックの実験のためにここから飛び降りたことがある──なので、誰かに見られる心配はなし。ロストマジックは一応禁忌の術なので、あまり目立つように使わないようにカミラさんからは言われている。
「じゃあ、行くよー!」
私は指先をナイフで切って血を流し、ゲルプとロートもチクりと指を突いて血を流させ、互いの血を交わらせる。
「“我ら、血によって結ばれ、血によって染まり、血によって互いを共有せん”」
私が詠唱するのに、ふたりの妖精が身を震わせる。
「これでいいですか?」
「えっと。共有できたか試してみるね」
私は妖精ふたりの視覚が共有できるかを確かめる。
既に私の視野の中にはブラウの視覚を表示するウィンドウが開いていて、そこにどのようにゲルプとロートの視野が表示されるかを確かめる。
「おお? 成功?」
私の視野に新しいウィンドウがふたつ開き、それぞれゲルプとロートの視野が表示されている。どうやら使い魔の契約は成功したようである。
「これでマスターのお役に立てるんですか?」
「そうそう。まずは頑張ったご褒美にチョコレートを1個あげよう」
「わーい!」
妖精はお菓子で簡単に釣れるからいいよね。
「それでは君たちに任務を言い渡す! 整列!」
「りょーかい!」
ゲルプとロートがふよふよと並ぶ。
「いいかい。君たちの任務はヴェラ・フォン・ヴェスタープの監視とその取り巻きの監視だ。相手は妖精が見れるかどうか分からないから、隠密行動が求められます。君たちは小さいからその小ささを活かして、物陰に隠れるなどしてね」
「はーい!」
私がヴェラとその取り巻きの名前と似顔絵を見せて告げるのに、ゲルプたちがコクコクと頷いて了解の返事を返す。
ブラウにはイリス本人を監視させ、ゲルプたちにはヴェラたちを監視させるのだ。これならば私の監視体制に隙はない!
「では、行くのだ、我が妖精たち! 我が従妹を守れ!」
「はーい!」
私の命令にゲルプたちはふよふよと中等部1年の教室へと向かっていった。
ふふっ。そこで私は優雅に監視ですよ。
ええっと。ブラウからはイリスの情報が送られてきている。
『イリス様。今度の夏休みは予定はおありですの?』
『ないです。いつもはお姉様と過ごすのですが、今年はまだ何も』
『でしたら、我が家の別荘にいらしていただけませんか? 流石にブラウンシュヴァイク公爵家の別荘と比べたら貧相なものかもしれませんけれど、近くに海がありますの』
『それは楽しそうですね! よければお招きにあずかりたいです』
『是非是非!』
うーん。イリスとヴェラたちは普通に話してる。というか、夏の予定を今から決めているのか。気が早くないか。まだ5月だぞ。
これは陰謀の匂いがしますね……。
『イリス様、イリス様。いつ見てもお肌すべすべですね。イリス様ならどんな水着でも似合いそうですわ』
『そ、そうですか? 普通だと思うのですけど。それにお姉様の方が健康的です』
『妖怪ナイフ女──ではなく、アストリッド先輩もお綺麗ですけれど、イリス様の方が更にお美しいですわ。やはりお肌の美容にいいことをされていますの?』
『特には……。あっ! お姉様からバートリ社のブラッドソープがお勧めと言われて、それを使っています。いい匂いがする石鹸ですよ』
『なるほど。バートリ社のブラッドソープですわね』
なんだろう。実に普通に話してるな。本当に友達になったのかな?
まあ、妖怪ナイフ女って言ったのはしっかり覚えているからな、ヴェラ。
『そろそろ休み時間が終わりですわね……』
『また次の休み時間でお喋りしましょう?』
ヴェラが時計を見て呟くのに、イリスが天使のような笑顔で微笑んだ。
くうっ! 本当に可愛いな我が妹は!
『は、はひっ! で、では、失礼します!』
ヴェラと取り巻きたちが慌てふためいて自分の教室に帰っていく。
これは臭うぞ……。
追跡するのだ、ゲルプ、ロート!
ふよふよと視点が移って、別教室に移動したヴェラたちの姿が見える。
『はあ……。イリス様、尊いですわ……』
『まさに天使ですわ……』
ん、ん? ヴェラたちの様子が変だぞ……。
『しかし、ヴェラ様! 抜け駆けはずるいですよ! イリス様は私が別荘に誘おうと思っていたのに!』
『ふふふ。安心なさい。皆さんも招待しますわ。そして、イリス様の使ったベッドのシーツ、タオル、パジャマと下着はちゃんと確保いたしますから』
『流石ですわ、ヴェラ様!』
……聞き間違いだろうか。
きっと聞き間違えだろう。イリスのことが大好きな私でもイリスの下着を剥ごうとは思わない。きっと聞き間違えだよ、アストリッド。あなた疲れてるのよ、アストリッド。
いや、現実逃避は止めて、現実を見よう。
こいつら、いじめ集団からストーカー集団にエボリューションしてやがるのか?
怪獣映画も真っ青な進化だな……。
しかし、このままではイリスのあれがいろいろと危ない気がする!
『イリス様。バートリ社のブラッドソープを使われているのですよね? それを使えば私たちもイリス様と同じ香りが?』
『ダメですわ。イリス様は特別な存在。地上に舞い降りた天使。私たちが真似をしても追いつけはしませんわ』
この間まで苛めてたのになんなのだ、こいつらは……。
あれか。あれだったのか。好きな子に意地悪したくなる奴だったのか。
畜生。せっかく、イリスに友達できてよかったねと思ったのに、こんな変質者の集まりに捕まってしまうとは。明らかに状況は悪化しているぞ。具体的に言うと1944年にバグラチオン作戦とオーバーロード作戦くらったドイツ並みに!
ソビエト(いじめ)に降伏するか、アメリカ(変態)に降伏するかになってる。
『はあ。次の休み時間が待ち切れませんわ』
『次は私がお話ししますわ』
『いえ、ここは平等に皆で話すべきですわ』
……選択肢。この変態たちをどうするか?
①再度手を出さないように脅す。
②ここは穏便に監視だけにする。
③見なかったことにする。
③は当然のことながら論外だ。ここまで見ておいて何もしないのはありえない。かといって①は変態どもとはいえどイリスがせっかく作った友達を離れさせてしまうようでイリスに申し訳ない。
となると無難な②か……。
でも、私も24時間は監視できないからなー……。イリスにちょっと身辺に注意するように促しておこう。それから対ブラッドマジックの攻性防壁についても教えておこう。この変態たちは何をするか分からない。
ああ。我が妹に何故このような試練を課すのですか、神よ。
まあ、拝もうと、崇めようと結果は変わらないので、行動あるのみ。
私もそろそろ始業だから教室に戻ろう。
今日は屋上から自分の教室までダイナミックエントリーだぜ!
一度でいいからロープを使ってファストロープ降下で教室に入ってみたかったんだよね。特殊作戦部隊には前々から憧れてたし、ブラッドマジックで体力がついた今、やらずにはいられない!
窓は開けておいたからレッツゴー!
……その後、私は先に来ていた先生にロープで教室に突入するところを見られ、教師陣からの信頼を更に失ったのは言うまでもない。
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