悪役令嬢とならず者
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──悪役令嬢とならず者
今日も今日とてやって参りました、冒険者ギルド!
今日はどんなクエストがあるのかなー?
「よう、アストリッドじゃん。久しぶりだな」
「お久しぶりです、ペトラさん」
ここ最近は演習を見学に行ったり、惚れ薬を作ったり、人体実験をしていたりでなかなか冒険者ギルドに顔を出す暇がなかった。だが、今日は時間を作ったので将来のためにどんどん稼ぐぞーっ!
「ペトラさん。今日のクエストは?」
「ああ。ゲルトルートが選んでる。前に話したろ、炎竜が暴れたせいで魔獣がおかしな動きをしてるって。多分、それ絡みのクエストだ」
「なるなる」
炎竜が他の魔獣をもぐもぐしたせいで、魔獣たちが民族大移動と化して、生態系に影響が生じているという話だった。魔獣が都市部や農村部に進出してくるなら、それを迎撃するのも冒険者ギルドの仕事ですね。
「それにしても、アストリッドちゃんもすっかり有名人だねー」
「え? そうなんですか?」
「そうだよー。例の竜殺しの魔女の噂は皇室にまで響いてるって話だよー」
あっ。そうだった。皇帝陛下も竜殺しの魔女の話を知っていたんだった。
「その、顔は割れてませんよね?」
「ここのギルドを使ってる連中でお前の顔を知らない奴はいないだろ。その目立つ赤毛に学園の制服を着ている奴と来たらお前ひとりだけだぜ?」
う、うわーっ! なんたる迂闊!
お金を稼ぐことばかりに執着したせいで、変装を怠ってしまった!
幸いにして髪型はポニーテイルにし、伊達メガネも装備しているが、この馬鹿目立ちする赤毛と学園の制服ってだけで私と特定するには十分だっ!
「こ、今度から着替えてきます。それかローブを羽織ります」
「もう遅いだろ。受付嬢も、他の冒険者も顔覚えてるぞ」
ぎゃーっ! 手遅れっ!
「ど、どうにかなりませんかね?」
「いや。あたしに訊かれてもな。どうにもならんだろ。というか、そこまでして正体隠したい理由ってなんだ? 普通は顔が知れたら喜ぶようなことだと思うんだけどな。それも不名誉なことじゃなくて、炎竜殺しという名誉な称号だし」
「うっ……。それは、えーっと、いろいろありまして……」
顔は知られているけれど、私がオルデンブルク公爵家の娘だということは知られていないはずである。そこまで知られたら絶望的である。
「学園の生徒ってことは貴族様でしょー? お忍びだったり?」
「そうなんです! お忍びなんです!」
これは事実だ! 私はお忍びです!
「それって親が手伝い魔術師やるのに反対してるとかか? やっぱり、貴族の親としては娘が手伝い魔術師なんて平民か貧乏人のやるような仕事には反対するだろうな。ばれたら大変か?」
「物凄く大変です」
大変ってレベルじゃない。私の将来設計が崩壊する。
「じゃあ、アストリッドの名前はなるべく伏せてやらなきゃな。って言っても、この間の炎竜討伐の件で知らない奴はいないってぐらいに広まってるけど」
「どうにかなりませんかね?」
「どうにもならんだろ」
うー……。困ったな。アストリッドって名前で、赤毛で、学園の制服を着ているとなると、間違いなく私だと特定されてしまう。
「アストリッドちゃんのおうちは家計が厳しいのー?」
「将来的に厳しくなる予定です」
「将来的に厳しくなる予定……?」
今のオルデンブルク公爵家の家計は順風満帆だが、将来お家取り潰しになってしまうと財産の大部分が失われてしまう。そのためにも冒険者ギルドで再起するために資金を稼がなければならないのだっ!
「貴族様だからいろいろあるんだろう。まあ、破産しそうになったら正式に冒険者になれよ。あたしたちのパーティーに歓迎するぜ。お前ほどの素質のある魔術師なら、どこも放ってはおかないってもんだ」
「助かります、ペトラさん」
ペトラさんとの友情が熱いぜ。
だけど、国外追放となるとペトラさんたちともお別れなんだよなー……。
「ああ。アストリッド。君も来ていたのか」
「お久しぶりです、ゲルトルートさん」
パーティーのリーダーであるゲルトルートさんが姿を見せるのに、私がペコリと頭を下げてあいさつする。
さて、どんなクエストを選んできたのかな?
「アストリッドには少し辛くなるかもしれないクエストだが、大丈夫か?」
「え? どんなクエストです?」
「山賊の排除だ」
山賊退治! ゲームだと定番のクエストですね。
「あー。対人戦はアストリッドにはきついかもな。あたしたちは慣れてるからいいけどさ。初めての奴は人間が血をまき散らしながら倒れていくのを見るのはきついだろう」
「そだねー。ぶしゅっとなってばーんとなるのを見るのはきついかもー」
ううむ。ゲーム的クエストだが、ゲームと違ってリアルに人が死ぬんだよな。鮮血がほとばしり、内臓が撒き散らされ、それはもうスプラッタなことになるんだろう。
だが、今の私は平気だ! あのブラッドマジックがあるのだから!
「大丈夫ですよ! 私、殺れますから!」
「おい。なんか物騒だな……」
今の私は踊れず、歌えず、けど殺れる魔法少女なのだ。
「アストリッドがやれるというならば反対はしないが、本当にいいんだな?」
「ええ。大丈夫です。そのための魔術も用意してありますから」
ふふふ。第3種戦闘最適化措置を試す機会が来たな。
あれは実際に殺人を忌避しなくなるかどうか、まだ試していないのだ。なので、今回のように実際に合法的に人を殺す機会が回ってくるのはありがたい。
……我ながら酷く物騒だな。
「なら、クエストを受注してくる。無理はするなよ、アストリッド」
「はいっ!」
ゲルトルートさんはいい人だなー。
ふふふ。ペトラさんといい、エルネスタさんといい、本当にいいパーティーに出会えてよかったー。
私も期待に応えられるように頑張らないと!
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事の発端は炎竜の繁殖活動からだった。
炎竜の繁殖活動によって魔獣の生息地が崩れて、魔獣が民族大移動。その民族大移動によって多くの村々が呑まれ、村人たちは移動を余儀なくされた。
いわば炎竜難民だ。
なけなしの全財産を抱えてひたすらに逃げる彼らは、ある種の人間にとっては格好の標的だった。そう山賊たちにとっては。
山賊というにもいろいろと種類があり、冒険者崩れの山賊、騎士崩れの山賊、傭兵崩れの山賊と多種多様だ。この中で一番面倒なのは集団戦闘を理解し、かつ戦闘になれている傭兵崩れの山賊だ。次点が騎士崩れ。
で、今回の相手がその面倒な傭兵崩れの山賊らしい。
「敵の規模は不明。少なくとも1個歩兵中隊規模。この放棄された砦をアジトにして陣取っているらしい。それ以上の情報は現地に向かってみないと分からない」
今回のクエストは敵の規模が規模なのでいくつかのパーティーと合同で行われる。炎竜討伐の時と同じだ。流石に炎竜討伐のときよりも規模は小さいけれど。
「はいはーい! なら、偵察してきますよ!」
私がぴょんと手を上げるのに、山賊討伐隊の指揮官のおじさんが目を向けた。
「お嬢ちゃん。確か、竜殺しの魔女、だったか?」
「そ、そうですけど、その名前はあまり広めないでください」
その名が広まると私の将来設計に不安が生じるのだ……。
「で、偵察か。手伝い魔術師のお嬢ちゃんにはちょっと抵抗がないか?」
「大丈夫ですよ。便利な目と鼻がありますから」
ふふふ。私の目と鼻になってくれる存在が今はいるのだ。
「なら、任せるか。念のために軽装の連中が援護しろ。竜殺しの魔女さんが失われたら冒険者ギルドにとって多大な損害だ」
「だから、その名前はー……」
うう。ここでのことがばれるのも時間の問題かもしれない。
「じゃあ、行ってきます!」
「え?」
私が04式飛行ユニットを背負うのに、冒険者の皆さんが怪訝そうな顔をする。
「それは──」
「テイクオフ!」
私は疑問の声も無視して空に飛びあがる。
うーん。いい感じだ。航空偵察なら敵も気づかないだろう。気付かれたとしてもこの速度で飛行している私に攻撃を当てるのはまず不可能!
それにここは私が直接見に行くのではなく──。
「ブラウ。お願いできる?」
「はいです! 見てくればいいんですよね?」
ブラウに偵察して貰うのだ!
山賊に適性がある人間がいるとちと面倒だが、適性があったとしても野良妖精だとしか思うまい。だが、ブラウはただの妖精じゃない。私と使い魔の契約を結んでいる特別な妖精なのだ。
「視覚共有開始」
私はゆっくりと降下しながら、ブラウを砦に向けて送り込む。
視神経にブラウの感覚が介入してウィンドウにブラウの視界が表示される。
後は──。
「フェンリル。君も参加するかい?」
私の横に空間の隙間からフェンリルが姿を見せる。
「ふん。これぐらいは我の力なしでも解決できるのではないか?」
「まあ、私としても試したいことはあるし、フェンリルに全部やって貰うのは困るんだよね。だから、君にはここから逃げようとする連中を食い千切って貰っていい?」
「いいだろう。引き受けた」
そもそもフェンリルがここに姿を見せてしまうと冒険者の皆さんが大混乱に陥ってしまう。使い魔の契約というのはロストマジックなので私の身も危うい。
「さてと、ブラウの情報によれば……」
私はブラウの視野から砦を観察する。
ふむふむ。敵は1個中隊100名。今はまったりとおくつろぎ中。略奪品らしい酒や金銀財宝は砦の中に隠してあるらしい。砦の中の警備は外より厳重だ。そして、ブラウの姿に気づく様子もない。
敵の配置図を地図に記して、と。
「じゃあ、戻りますか。おいで、ブラウ」
「はいです」
私が再び04式飛行ユニットを起動すると、ブラウがふよふよと戻ってきた。
で、砦から飛行すること10分。
「敵陣の情報を収集してきましたっ!」
「来ましたって。どうやって?」
「こう、頑張って」
「頑張って?」
「頑張って」
頑張ってで押し通すことに不安を覚えなくなった私だ。
「しかし、詳細な配置図だな。これならいけそうだ。A班は北東から、B班はA班はおっぱじめてから北西からしかけるぞ。いいな?」
「了解!」
指揮官のおじさんが告げるのに、冒険者の皆さんが頷く。
「ゲルトルートさん。私たちは?」
「私たちはB班だ。A班が敵を牽制している隙に背後を突く」
そういう作戦なのか。
「なら、頑張っていきましょう! 山賊をぶっ飛ばせー! おー!」
「おー?」
私の掛け声にペトラさんが躊躇いがちに合いの手を入れる。
かくて、私たちの山賊討伐が始まった。
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