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悪役令嬢と惚れ薬

…………………


 ──悪役令嬢と惚れ薬



「諸君。いよいよ時は来た」


 私がそう宣言するのは真・魔術研究部の部室。


 そこではミーネ君、ロッテ君、ブリギッテ君、サンドラ君の我が部員たちが息を飲んで私の方を見つめていた。


「惚れ薬を作るぞー!」


「わー!」


 そうなのだ! ついにミーネ君が惚れ薬を作りましょうと言い出したのだ!


「我々は真・魔術研究部だ。魔術を探求し続ける素晴らしい組織である。故に一般に出回っているような惚れ薬のレシピをそのまま利用するなんてことはしないっ! 我々が探求した結果を反映させるのだ!」


「わー!」


 私が告げるのに、ミーネ君たちが歓声を上げる。


「まず、既存のブラッドマジックで心拍数を上げて吊り橋効果を生み出す効果で、その興奮を恋愛と錯覚させる。これについては幾分か実験済みなので安心して貰いたい。心拍数に必要以上の異常が生じさせられることもない」


 この手の惚れ薬のブラッドマジックについてはこれまでの魔術の研究書で学習済みだ。これまでの経験が蓄積された書籍だから、安全なはずである。相手が心疾患などを抱えていたらヤバイかもしれないが、アドルフもシルヴィオも健康そのものだ。


「次にミーネ君と研究した相手を好ましく思う感情の誘発! まずは相手を魅力的だと考えないと、吊り橋効果だけではただの興奮で終わってしまう。それを阻止するのが、この好き好きムード魔術だ!」


「す、好き好きムード魔術……」


 我ながら命名センスがないのは分かっているが、ミーネ君たちもそんなにドン引きしないで欲しい。困るから。


「後は自己努力! これを食らわせるときには、可能な限り魅力的な装いをして、自分に注意が向くように努力すること! 分かったかな?」


「はい、アストリッド様!」


「よろしい! では、早速作ろー!」


 今日のためにいろいろなものを準備したぞ!


「まずは術式を覚えてね。これが惚れ薬の術式」


「ふむふむ」


 私は紙の上に血液を垂らし、ミーネ君たちがそれに手を触れて術式を理解していく。まあ、そこまで難しい術式でもないから大丈夫だろう。


「基本的な術式はこれで、自分流のアレンジとかは下手にしない方がいいよ。何が起きるか分からないからね。これは実験で導き出された最適な術式なんだから」


「ええ。理解しております」


 下手に心拍数を早めすぎたりすると、惚れる惚れないどころではなくなる。下手をすると不整脈でぶっ倒れるかもしれない。


「では、術式を覚えたところで惚れ薬を混ぜたものを作ろー!」


 別にこの術式をそのまま相手に掛けてやってもいいのだが、ここは乙女らしく甘いもので誘惑してやりたいところである。


「まずはこのチョコを細かく刻んで──」


「どれくらい刻めばいいのでしょうか?」


「うーん。溶かすから結構細かく?」


 私たちは四苦八苦しながら、チョコレートを刻む。この世界にチョコレートがあってよかった。惚れ薬と来たらチョコレートなのだ。


「ここに先ほどの術式を混ぜた血液を1滴垂らして──」


 私はチョコレートを刻んだボールの中に血液を1滴垂らす。


「血など混ぜていいのでしょうか……?」


「ちゃんと加熱して殺菌消毒するから大丈夫。血液が熱で変性しても、ブラッドマジックの効果はそのままだから安心してね」


 ロッテ君が不安そうに尋ねてくるのに私はそう告げて返す。


 流石にチョコレートに血液を入れるという行為にミーネ君たちは戸惑ったようだが、私が率先してやってみせると、ミーネ君たちも小さく指の先を切り、ボールに収められたチョコレートの中に血液を垂らした。


 ……やってることは地球にもよくいるような悪質なストーカーに近いのだが、これも乙女の願いのためだ。腹は下さないはずだから、大人しく食べて欲しい。所詮はヘモグロビンとかの集まりに過ぎないのだから。


 それから私たちは生クリームを沸騰させたり──エレメンタルマジックの出番だ──泡立てたりしながら、最終的に生チョコを作ったのである。


「後はこれを食べさせればいいだけだよ。いいかい。相手の注目が引けるようになるべく魅力的な格好をしておくんだよ? これはあくまで誰かを好きになる魔術であって、自分を必ず好きになる魔術じゃないんだからね?」


「はい、アストリッド様」


 はいというは返事してくれるが、ミーネ君たちはいまいち変化を見せない。


「……このままチョコレートを渡しに行ったりしないよね?」


「え? ダメなのですか?」


 ううむ。ありのままの自分で勝負するのは自由だけど、それだとミーネ君は元々彼女的存在に成り上がってたからいいものの、プチ反抗期を迎えているシルヴィオや、私の知らぬ相手を目標に選んでいるブリギッテ君とサンドラ君はどうなるか分からない。


「その場で食べさせないとダメだからね? それから、もうちょっとこうスカートを短くして……」


「ひゃん! は、破廉恥ですわ、アストリッド様!」


 ええい。抵抗するでない。私は校則を守って生きてきたイケてない芋女子だったけど、制服のスカートを短くする方法ぐらい知っているのだ。


「これでよし! 後は胸元も開いて……」


「や、やりすぎですわ! それはダメですわ!」


 ちぇっ。反対されてしまった。


「では、諸君らの奮闘を祈る! アドルフとシルヴィオはチョコ好きだったから食い付くと思うけど、ブリギッテ君とサンドラ君は大丈夫?」


「はい。甘いものは好きだとおっしゃっておられてましたから」


 よしよし。それなら問題ないな。この生チョコは非常に甘い。


「ところで、ブリギッテ君とサンドラ君のお相手は?」


「え、ええっと。ツィンツェンドルフ伯爵家のゾルタン様と……」


「わ、私はまだ何も言えませんわ!」


 みんなそれぞれ相手がいるんだね。


 ひょっとして私だけか。相手がいないのは。悲しすぎる……。


「アストリッド様はどなたにお渡しに?」


「ふむ。それを言わなければならないか」


 私かー。実をいうと誰か決めてないんだよなー。


「アストリッド様はフリードリヒ殿下ですよね?」


「……なんでそんな発想が出て来るかな、ミーネ君?」


 フリードリヒとか勘弁して欲しい。後1年でヒロインのエルザ君が入学してくるのだから、私はお呼びじゃなくなるのだ。


 そして、後1年でエルザ君が入学してくるからこそ、ミーネ君とロッテ君にはアドルフとシルヴィオをしっかり落としておいて貰いたい。そうすればエルザ君は自動的にフリードリヒを落としてくれるはずだ。


 彼女とて相手がいる男を狙うような悪女じゃあるまい。少なくともゲームでは人のいい性格をしていた。それに賭けるより他あるまい。


「それで、アストリッド様は誰に?」


「うーん。実をいうとまだ考えてないんだ。誰に渡そうかなー」


 嘘です。実は決まってます。


 わざわざミーネ君たちとは別に術式を組み込んだチョコレートを用意したのは、その人に食べて貰うためなのだ。


「でしたら、フリードリヒ殿下に」


「皇族にブラッドマジック盛ったら処刑ものだからね、ミーネ君」


 そうだよ。あいつ、皇族だから下手にブラッドマジックを叩き込むわけにはいかないんだよ。もう既にブラッドマジックの防壁を持っている恐れもあるし、気付かれたら面倒くさいことになる。


 その点中等部の普通の学生ならまだ防壁については学んでいないから大丈夫。


「では、諸君! 行ってきたまえ! 私は見届けよう!」


「はい!」


 というわけで、詮索するミーネ君たちを私は戦場に送り出した。


 ミーネ君は大丈夫だとして、ロッテ君の方は心配になるので付いて行こう。結果が良ければ、私もあの人に渡してみる。


 友人をモルモットにするとはおぬしも悪よのう。


…………………


…………………


 ばれないようにブラウに足音を消音して貰って、ロッテ君の後を付ける私。


 さて、シルヴィオはどこにいるのだろうか。


 あっ。いたいた。円卓から出て来るところだ。


「シルヴィオ様!」


「ああ。ロッテ嬢。どうなさりました?」


 ロッテ君はシルヴィオとは結構いいところまで来て、それからプチ反抗期のせいで台無しになってたんだよな。今回は大丈夫かな? 一応ロッテ君のスカートも短めにしておいたけれど。


「シルヴィオ様。実は部活動でチョコを作ったのですが、食べていただけませんか?」


「ああ。ありがとうございます。いただいておきますね」


 いただいておきますね、じゃなーい! 今食べろ、今!


「そ、その、味見はしたのですがお口に合わないといけませんので、ひとつ摘まんではいただけませんか?」


「そうですか、なら、失礼して」


 よしよし。シルヴィオがチョコレートの入っている箱の蓋を開けたぞ。


 そして、奴は中に入っている生チョコをひとつ摘まむ。


 上手く行くか、否か。


「ん? これは……」


「ど、どうですか? おいしいでしょうか?」


 効果が表れ始めたようだ。ブラッドマジックは別に血の量で威力が決まるわけじゃないから、1滴の血液でも効果はあるはず。


「え、ええ。とてもおいしいです。未知の食感ですね」


 おっと。シルヴィオがそわそわしてますよ。


「シルヴィオ様。これからもお付き合いただけるでしょうか?」


「も、もちろんです。僕などでよければ、是非とも」


 やったぜ。大成功だ。


「では、シルヴィオ様。これからもどうかよろしくお願いします。そ、その、その過程で深い関係になれればいいなと思うのですが」


 おや。ロッテ君も今日はぐいぐいと行くな。流石だ。私が見込んだ爆発物処理班なだけはある。いい度胸をしているぜ。


「そうですね。あなたのような魅力的な女性が一緒になってくれるなら、この重荷もどうにかなりそうな気がします……」


「シルヴィオ様……」


 いえーい! 地雷処理完了! ウィナー、ロッテ君!


 とまあ、これでシルヴィオもしばらくは大人しくしているだろう。プチ反抗期が解決するまでは地雷であり続けるが、そこらへんの細かなケアは彼女であるロッテ君に任せてしまおう。


 さて、惚れ薬の有効性も証明できたところだし、私は自分の恋に挑んでみますか。


…………………


…………………


 やって参りました、私の戦場。


 それは職員室!


 そう、ベルンハルト先生に渡すのだ!


 相手は魔道学園の教員ということもあり、念には念を入れて、対ブラッドマジックの防壁破りの術式もこっそり仕込んでおいたし、効果は絶大なこと間違いなし! ……だといいなー……。


 まあ、何はともあれ渡してみましょう。そうしましょう。


「ええっと。ベルンハルト先生はー……?」


 あれ? いないぞ?


「すいません。ベルンハルト先生ってどこにおられますか?」


「ん? あれ? さっきまでそこにいらっしゃったんですけどね?」


 私が先生のひとりに声をかけるのに、その先生もベルンハルト先生が見当たらずに困惑していた。


 ひょっとして、これはあそこか。


「失礼しましたー!」


 私は職員室をダッシュで出ると、あの場所に向かう。


 それは私が04式飛行ユニットの離着陸地点にしている陸上部のグラウンドだ。


「いたー!」


「な、なんだ?」


 案の定、ベルンハルト先生はグランドの隅でさぼってた。私が突如として目の前に跳躍してきたのに目を丸くして驚いている。


「ベルンハルト先生! お願いがあるんですけど!」


「あー……。あんまり聞きたくないな……」


 いきなりこれですよ。


「まあ、まあ。そうおっしゃられず。部活動でお菓子を作ったんですけど、食べてみて貰えませんか?」


「部活動でお菓子? お前、そういうことはしたくないから真・魔術研究部を作ったんじゃなかったのか?」


「偶には息抜きにですね」


 くうっ。ガードが堅いぞ。崩せるか?


「いいだろう。で、何作ったんだ? くしゃみクッキーか?」


「いえいえ。普通の生チョコです」


 滅茶苦茶疑われている。普段の行いはいいはずなのに。


 そうだよ! ちょっと空から登校してみたり、アーチェリー部の部活動に乱入したり、屋上から飛び降りたりしてるだけで何もおかしなことはしてないよ! ……いや、人によってはおかしいと思うかもしれない。


「じゃあ、ひとつだけな?」


「はいはい。どうぞ!」


 私は箱を開けて、ベルンハルト先生に差し出した。


「ふむ。見た目は普通だな。予想外だ」


 え? その時点から疑われてたの?


「ひとつ」


 ベルンハルト先生は生チョコをひとつ摘まむと、口に運んだ。


 効果はロッテ君が実証済み。行けるか?


「ん……?」


 ベルンハルト先生は口にチョコレートを運んでから、目を細めた。


「ははあん。惚れ薬か?」


「えっ? な、なんのことでありましょうか?」


 どうしてばれたー!? 私の防壁破りは完璧だったはずだぞ!?


「たかだかチョコレートひとつでこれだけ心拍数が上がるはずがないからな。この手の惚れ薬は俺が学生時代からあるものだ。だから、簡単に見抜くことができる。そんなに意外そうな顔をするな」


「しょぼーん」


 そっかー。効果でばれちゃうかー。教員相手に惚れ薬は無謀だったかー。


「で、この惚れ薬で俺なんかを惚れさせてどうするつもりだったんだ? 何かやりたいことでもあったのか?」


「いえ。純粋に惚れて欲しかっただけです……」


 はあー……。ロッテ君たちは上手く行けたのになー。


「おいおい。子爵家の次男と公爵家令嬢じゃ釣り合わんぞ。それにその年齢の女子に俺のようなおっさんが惚れてたら犯罪だ」


「先生の好みじゃありません?」


 まあ。年齢差も身分差も大きいもんな―。


「もう少し問題行動を起こさない女子が好みだな。あと巨乳がいい」


「先生、下品ー」


「惚れ薬を盛るような奴に言われたくない」


「それはまあ……」


 ペタン族の私はアウトオブ眼中ですか。そうですか。


「お前ならもっといい男捕まえられるだろ。同年代でいい奴はいないのか?」


「いやあ。私の好みは年上の男性なので」


 普通の恋愛話になってしまっている。部長たる私が一番に失敗するとは……。


「年上なんてやめとけ。いいことないぞ。先におっさんになっちまうし、憧れるのもちょっとの間だけだ。すぐに幻滅する羽目になる」


「そんなもんですかね?」


 うーん。私は年上に夢を見すぎなんだろうか?


「そんなもんだ。さ、俺もそろそろ職員室に戻らんとな。俺がここでさぼってたこと黙っててくれたら、部活動で惚れ薬作ってた件は黙っておいていいぞ。知られたくない奴は結構いるんだろう?」


「助かります」


 ロッテ君たちも惚れ薬の件は知られたくないだろう。


 それにこの場所を知ってるのは私とベルンハルト先生だけにしておきたいしね。


「はあ。私の恋っていつ来るのかなー」


 私はベルンハルト先生が去っていたグラウンドでひとりそう呟いたのだった。


…………………

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