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悪役令嬢は実戦を見学したい

…………………


 ──悪役令嬢は実戦を見学したい



 春休みのヘルヴェティア観光は実によかった。


 雄大な自然に囲まれた環境と洒落た街並み。ハーフェルでは味わえないものを堪能することができた。


 イリスとも楽しく買い物などをして過ごし、ヘルヴェティア名産の時計をお揃いのもとして買って帰った。金融と機械細工が有名なヘルヴェティアを実に満喫したという感じである。


「お姉様。あの時は何をしていたのですか?」


「な、内緒だよ。内緒」


 イリスからはホテルを抜け出して銀行に向かったことを依然として怪しまれている……。すまない、我が妹よ。こればかりは教えられないんだ。私の将来がかかった命がけの貯蓄なのだからね。


 それはそうと、春休みも終わって中等部3年としての生活が始まりました。


 そして、いよいよ来年からはヒロインのエルザ君が入学してくる……。彼女が私に破局を運んでくるかは不明だが、私の備えは万全だろうか?


 否! 全然万全なんかじゃないよ!


 大体、私は必死こいて現代兵器を作り続けてきたけど、それを使う敵の戦力について無知じゃないか! 剣と魔法のファンタジーワールドの戦力ってふわっふわっでわけわかんないよ!


 果たしてこの問題をどう解決するべきか……。


「アストリッド。何か悩みを抱えているのですか?」


「え、ええ。少しばかり」


 円卓でそんなことを悶々と思い悩んでいたら、来ましたよフリードリヒが。私はお前を八つ裂きにする計画を着々と進めているのだが、そんなことにはまるで気付いていない様子だ。平和ボケめ。


「よければ相談に乗りましょうか? あなたには先日私の悩みについて相談に乗っていただきましたから」


「えー……」


 どうしよう。使いようによっては使えるカードだ。


「ちょっと将来の進路について悩んでいて……。将来、私は戦闘魔術師になることも視野に入れているのですよ。ですが、実際の戦闘魔術師が実戦でどのように戦うのかについてあまり情報がなくて……」


「え? 公爵家令嬢のあなたが戦闘魔術師に?」


「ええ。そうですよ」


 まあ、今も冒険者ギルドで戦闘魔術師をやっているわけですが。


 ただ、ゲルトルートさんたち以外の魔術師がいるパーティーに入っても、いまいち集団戦での戦闘魔術師の運用について分からないのだ。以前の炎竜討伐の時もそうだったけれど、みんな能力がまちまちで軍隊としての統率が取れていない感じである。


 というわけで、お前のところの軍隊の内情を吐きやがれ、フリードリヒ!


「戦闘魔術師、ですか……。今度、軍の演習があるそうですが、よろしければアストリッドも見学してみますか?」


「よろしいのですか? ありがとうございます、殿下!」


 なんだ! 役に立つじゃないか、フリードリヒ!


「少しばかり刺激が強い光景もありますので、あまり勧めたくはないのですが」


「大丈夫です。心臓には自信がありますから」


 いいから見せろ! 私に将来打ち倒すべき軍隊を見せろ!


「では、次の演習にはアストリッドも招待しますよ。アドルフとシルヴィオも参加する予定ですから、ひとり増えても構わないでしょう」


 げーっ! アドルフとシルヴィオも来るのー!? それを先に言えー!


「演習の日程は後日お伝えします。なるべく汚れてもいい服装で来てください。演習でも戦闘魔術師の行動は派手ですから」


「はい、殿下」


 地雷に取り囲まれる形になってしまったが、この国の戦闘魔術師たちの戦い方を見学する機会ができたのはありがたい。


 これで私の現代兵器とこの国の魔術師のどちらが強いかが分かる。


 私の方が強いと分かれば、心置きなく戦えるというものだ。もし、向こうの方の戦力が強いとなればもっと圧倒的な火力でねじ伏せてやるだけだ。


 いざという場合はノームのおじさんには内緒でガンバレル型核兵器の開発も視野に入れておこう。あれは確か核物質を爆薬でぶつけるだけの簡単なお仕事だったはずだ。


 ……いや、流石に核兵器はまずいか。放射性物質とか怖いしね。


 まー。この私がこの国の戦闘魔術師について見極めてやろうじゃーないですか!


…………………


…………………


 というわけでやって参りましたよ、演習場!


 ふむふむ。演習場は見学席が丘の上にあり、丘の麓には平原が広がっている。そして、その平原に戦闘魔術師と騎士の皆さんが。


 演習の形式は仮想敵が東側に陣取っていると想定し、それに向けて友軍が攻撃を仕掛けるというものだった。


 まあ、生きた人間相手に火球とか浴びせたら演習どころじゃないし、無難な演習方法なのかもしれない。ここは富士総合火力演習みたいなものだと思っておこう。相手の火力を見定めるには十分だ。


 さてさて。いつになったら始まるのかな?


「アストリッド。そんなに身を乗り出さなくても見えますよ」


「え、ええ。ちょっと興奮してしまいました」


 いけない、いけない。私の真意を悟られてはならない。


 そんなやり取りをしていたら、急に黒い鎧の近衛兵の皆さんが直立不動の姿勢を。


 ホワイ?


「皇帝陛下、ご入来!」


 え?


 フリードリヒたちも立ち上がって直立不動の姿勢を取るのに慌てて私も直立不動の姿勢を取り始める。皇帝陛下って聞き間違いか? 聞き間違いだよね? こんなちょっとした演習に皇帝陛下が出て来るはずないよね?


「ご苦労」


 と思っていたら、本当に皇帝陛下がいらっしゃったよ……。


 フリードリヒー! 親父が来るならそう言っておけー!


「フリードリヒ。その娘はなんだ?」


「はっ。オルデンブルク公爵家のアストリッド嬢です、陛下」


 皇帝陛下がギロリと私を睨むのに、フリードリヒがそう告げる。


「アストリッドです。この度は演習を見学させていただき、ありがたく思います」


「ふん」


 こ、こいつが敵のラスボスか……。めっちゃ堅物の軍人って感じの親父だ……。これはなよなよ男子のフリードリヒとは反りが合いませんよ……。うちのお父様の150倍くらいの貫禄がある……(*当社比)。


「軍の演習は女子供を楽しませるものか、フリードリヒ? 戦闘魔術師たちの火球は祭りの花火のようなものか?」


「いえ。アストリッド嬢は戦闘魔術師を目指しておられまして、今日は進路を決めるために是非とも見学を、と」


「その娘が戦闘魔術師になると」


 またギロリと私を睨む皇帝陛下。


 そんなに睨まないで欲しい。私はビビりなのだから。


「まあ、鉄と炎の時代も近い。動員できるものは女子供でも動員すればいいだろう。最近聞いた話では齢100歳越えの炎竜を討伐した女魔術師──竜殺しの魔女がいるという話でもあったからな。勝利のためにはそういう人材が必要だ」


 はいはーい! 私がその竜殺しの魔女でーす!


 なんて、言えるわけないだろ! こっちはにこにこしているだけで精一杯だよ!


「アドルフ。ブラッドマジックは使えるようになったか?」


「はっ。学園で鍛錬しているところであります」


「つまりはまだ使えんということか」


 あっ。皇帝陛下の攻撃の矛先がアドルフに向けられた。


 アドルフのその答えに皇帝陛下はもろに不満そうに鼻を鳴らした。こ、これが圧迫面接って奴か……?


「キュヒラー元帥。演習を始めさせろ」


「畏まりました、陛下」


 で、シルヴィオはスルー。こいつー!


「今回はこの手のことから逃げているものが見ている演習だ。失望させてくれるな」


 皇帝陛下はそう告げると、ドンと演習観覧席に腰を下ろした。


 フリードリヒは無表情だ。いつもへらへらしている奴なのに。それだけ親父さんと仲が悪いのか。だが、ならなんでこの演習の見学に来たんだろう。ああ。強制参加だったとかだろうな。


 さて、私も帝国陸軍の実力を見させて貰おうか!


「第1、第2、第3魔道大隊。準備攻撃開始!」


 ふむ。実質1個連隊規模の魔術攻撃か。


 どのようなものかな?


 陣地内で魔術師たちがクロスボウを構え──は? クロスボウ?


「放てっ!」


 そして、一斉に矢が放たれた。


 どーいうことだい?


 と、思ったら敵が陣取っていると想定される陣地に矢が降り注ぎ、同時に爆発が生じた。爆発の規模は手榴弾の炸裂程度のもので、あの炎竜討伐で一緒に戦った魔術師さんたちのものより小さい。


 多分、魔術札を使った爆発を狙ったんだろうけど、あまりにも威力が弱すぎやしませんか? 集団でやるとそれなりの威力だろうけど、もっと威力上げていいんじゃない?


 あっ。そうか。クロスボウで火力投射しているから、ひとりだけ大きな爆発を起こすと、他の矢の軌道がおかしくなるわけか。それか、高威力の魔術札を作るのが大変で、必要最小限の威力のものを作ってるとか?


 まあ、戦闘魔術師は魔術攻撃で火力を叩き込んでこそのものなので、魔術札を使った弓矢による攻撃もおかしくはない。普通にイメージで魔術攻撃を叩き込もうとすると、射程は20メートル程度に制限されるし、時間もかかる。魔術札が攻撃の主力になるのを疑う必要はない。


 だけど、これでも射程はせいぜい40メートルから50メートル程度だし、風のエレメンタルマジックが使われたら、狙いがバラバラになってしまうのでは?


 それに爆発の威力が低すぎて、建物とかに隠れたら簡単に回避できる。爆発の規模は手榴弾程度だけど、これって手榴弾と違って破片とか撒き散らさないし。


 うん。これは全然脅威じゃないな。


「第1、第2、第3魔道大隊、支援攻撃! 第1近衛騎兵連隊は突撃せよ!」


 戦闘魔術師の皆さんがクロスボウで魔術札を放ち続ける中で、騎兵隊が参上だ。


 騎兵は頭上を矢が飛び去るのを見ながら、敵陣地に突撃していく。


 そして、騎兵が敵陣地に突撃したときには魔術攻撃は停止し、騎兵たちは再度大きく旋回して敵陣に攻撃を仕掛ける。


 あれは機関銃の的だなー……。目の前にしたら迫力に気圧されるかもしれないけど、これでは第一次世界大戦の騎兵隊よろしく機関銃で滅多打ちにされて終わりですよ。


 結論。


 この世界の軍隊は1個魔道連隊と1個騎兵連隊なら私でも勝てる。


 それ以上になると弾薬の量や対処能力が不足して、結果として飽和攻撃となる可能性が高くなるが、その前に友軍の死体の山を見ることになる。騎兵は文字通り友軍の死体を踏み越えて進まなければならないだろう。


「第1、第2、第3近衛歩兵大隊、前進!」


 まあ、後は消化試合です。


 戦闘魔術師が準備砲撃をし、騎兵が攪乱し、歩兵が制圧する。


 歩兵も動く的だ。あれぐらいの鎧ならば砲撃の破片で八つ裂きにできるぞ。それも密集しているから景気良く吹っ飛ぶだろう。でも、これも数が多いと魔力切れをもたらす恐れがある。


 演習を見た感想としては敵を効率よく打撃し、その戦意を喪失させ、かつこちらの友軍と連携して魔力切れや弾薬切れを防げば師団規模の敵ともやり合えるということ。


 常備軍はここにいる1個歩兵師団と騎士団がいくつかあるだけなので、皇室側の戦力に対抗するのは不可能じゃなくなりつつある。


 問題は皇室側に味方する諸侯の数だ……。皇室側に味方が多く、戦力が多いと、やはり対処困難となってしまう……。


 その点は今の内から外交に力を注いでオルデンブルク公爵家の味方を増やしておかなければ。1個師団に勝てるとしても油断はできないぞ。


「ふん。いつもながらおざなりだな。これでは傭兵団にも勝てまい」


 皇帝陛下は不満そうだ。


 あーっ! そうか! 傭兵の存在も忘れてはならなかった!


 最近整備されてきた常備軍より傭兵の方がこの世界では強いかも……。魔術攻撃の威力も半端じゃなかったり……。


 うわー……。ここに来てそんな問題が……。


「演習終了です、陛下」


「ご苦労」


 黒い鎧の近衛兵が告げるのに、皇帝陛下は手を振った。


「フリードリヒ。今日は何を学んだか?」


「魔術攻撃の威力が些か低いものと思われます。これでは壕に籠った敵などには打撃を与えられません」


 おや? フリードリヒもちゃんと演習見てたの?


「そうだな。威力が低い。どうやってあげればよい?」


「平素から魔術札に込める魔力を上げておくべきかと」


 嫌だな。威力上げるなよ。こっちが困るだろ。


「言うは易しだ。魔術札を作るにも魔力がいる。あまりに威力の大きな魔術札ばかり作らせていては数が揃わない。どのみち、実戦となればこの手の魔術攻撃は攪乱される。狙いの外れる高威力で一発の魔術札よりも、数で押せるそれなりの威力の魔術札の方が実戦では役に立つものだ」


 ああ。そういうことか。


 帝国陸軍の魔術攻撃におけるドクトリンは数で押す、と。高威力だが狙いが外れる可能性がある魔術札による攻撃よりも、数が揃えられて数で押せる中威力の魔術札を増産する方がいいわけだ。


 理にかなってはいる。


 だが、高威力かつ連射可能な私の現代兵器の敵じゃあない!


「お前ももう少しきちんと考えて学べ」


「申し訳ありません、陛下」


 しかし、親から抜き打ちテストとか、いやな家庭だな。こいつの皇太子妃になるとこの堅物が義父になるわけだから最悪だぜ。


 なんとしても地雷処理はまだまだ出番のないエルザ君に任せなければ。


 君ならきっとこのユーモアの欠片もないお父さんとやっていけるよ!


…………………

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