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悪役令嬢、異国へ

…………………


 ──悪役令嬢、異国へ



「お父様、お父様!」


 終業式も終えて、中等部3年に上がる準備もばっちりな春休み。


 私はしなければならないことがあった。


「なんだ、アストリッド。また魔術か?」


「い、いえ。魔術ではありません。ちょっと旅行に行きたいなと思いまして」


 完全に魔術馬鹿と思われている私である。


「旅行? そう言えば、最近帰りが遅いが何をしているんだ?」


「ぶ、部活動ですよ?」


 嘘は言っていない。部活動もしている。冒険者ギルドにも行ってるけど。


「部活動とやらはまた奇行に走っているんじゃないだろうな。この間は泥だらけで帰ってきて。ちょっと運動してきたと言っていたが。お前は苛められるような子供でもないし、またおかしな実験とやらをしたんじゃないのか?」


 おっと。子供が泥だらけになって帰ってきたらいじめを疑うべきなのに、我が家での私の立ち位置はこんなことになっていますよ。


 まあ、フェンリルと戦ってきましたとか言えないしなー……。


「い、いや。あれはちょっと転んでしまって……。以後気をつけますので、なにとぞこの話はここら辺で」


「そうなの? 犬とでも戯れてきたのかと思ったのだけれど」


 ぎくうっ! お母様、何でそれが分かるの……? また顔に出てた……?


「ふむ。犬か。カイが懐かしくなったか?」


「え、ええ。そんなところです」


 カイは我が家の飼い犬で猟犬だったけれど、私が中等部に入るころに老衰によって亡くなった。もう10歳は越えていたし。この世界には動物病院なんてないから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。


 ああ。本当にちょっと懐かしくなってきた。


「そうか。だが、ジーニーにはあまり構ってやらないじゃないか」


「ジーニーは私のことが嫌いみたいですから……」


 ジーニーはカイが残した子犬の1匹だ。カイと同じく、猟犬になるように育てられている。のだが、ちっとも私に懐こうとせず、威嚇ばかりするので近づけないのである。なんで嫌われてるんだろう……。


「ふうむ。あまり動物に好かれる体質ではないのか。それともお前がやたらと撫でまわしたからか。どっちだろうな」


「さ、さあ……?」


 ジーニーも子犬のころは私に撫でられてたんだけどなー。


「それよりも旅行ですよ、お父様。旅行に行きましょう!」


「行先はどこだ?」


「ヘルヴェティア共和国に!」


 そうなのだ。ヴァルトルート先輩に金融の国家ヘルヴェティア共和国でも有数の銀行に紹介状を書いて貰ったから、早速お金を預けに行きたいのである。


 お小遣いを切り詰め、冒険者ギルドで手伝い魔術師をして、とうとう貯まった総額200万マルクのお金を預けに行くのだ!


 これはいざ国を追放されてしまったときに第三国で再起するために必要な活動資金。上手く運用して、ちょっとでも貯蓄を増やしておきたい。貴族の地位がなくとも、お金さえあればどうにかなる。


「ヘルヴェティアか? あの国に何か用事があるのか?」


「そのー……。綺麗な山々が連なっていると聞きまして是非ともと」


 銀行に行く話はあまり公にはできない。私の貯蓄の大半は冒険者ギルドの手伝い魔術師をやって稼いだお金。お父様たちにとっては出所不明のお金である。これがばれると連鎖的に手伝い魔術師の件も発覚してしまうのだ。


「ああ。確かにヘルヴェティアの山々は素晴らしいものだな。お前がそういうものにも興味を示してくれて安心したよ。魔術ばかりというわけではないのだな」


「ええ。もちろんですとも。公爵家令嬢として恥じないだけのことはしております」


 お父様が前向きで助かったぜ……。


「では、春の休暇はヘルヴェティアで過ごすとするか。イリスも呼ぶか? もちろんブラウンシュヴァイク家が同意すればだが」


「いいですね。いいですね。是非ともイリスたちも誘いましょう」


 いえーい! これで観光も満喫できるぞー!


「ヘルヴェティアと言えば金融の国よね。アストリッドにはそこはまだ早いかしら?」


「当然だろう。この子が銀行に用事があるなんてことはあるまい」


 げっ。お母様には目的がばれてる……?


「ま、まあ、壮大な山々を見れて、美しいヘルヴェティアの街並みを見物できれば私はそれでオーケーですよ?」


「そう?」


 お母様がいつものオリエンタルスマイルでこっちをじっと見ている……。


 どうにも不安だ……。


…………………


…………………


 春休み!


 春休みはヘルヴェティア共和国へ!


「おおっ? これがかの有名なヘルヴェティアの山々ですか?」


 目の前に広がるのは山頂を雪に覆われた雄大な山々。ヘルヴェティアの山々は観光名所として有名だと聞いていたが、ここまでのものだとは。これは神秘的なものすらも感じてしまう。


「イリス。見えてる?」


「見えてます、お姉様。本当に素晴らしい景色ですね」


 オルデンブルク公爵家の馬車で私の向かいに座っているのはイリスだ。


 イリスもこれから中等部1年に進級する。それなのにあんまり背が伸びてなくて、お姉ちゃんは心配だよ。お姉ちゃんなんかこの間測ったら168センチはあったよ。ちょっと伸びすぎで困ってるよ。


 よく食べて、よく動いて、よく寝るのがいいんだろうけど、イリスは小食だもんね。


「イリスも今年から中等部だけど、不安なことはない?」


「はい。最近では円卓の外でも友人方ができまして。その方々と一緒に進級するのですから、不安なことは何ひとつとしてありません!」


 おおっ! あれだけ人見知りのイリスのお友達が!


「ちなみに名前は?」


「ヴェラさんたちです。あれから仲良くなって」


 え? ヴェラってイリスを苛めてた奴だよね?


「あれ? いじめられてたのに仲良くなったの?」


「そうです。公爵家ということで遠慮はされていますけれど、円卓の外でもよく話すことがあるんですよ。勉強も一緒にしたりするのです。ヴェラさんたちには、本当によくして貰っています」


 あれから見張ってはいたけど、再度苛める気配はなかったので監視は止めたが、まさか友達になっていたとは。イリスは本当に優しい子だな。私だったら一族三代まで呪ってやるところだけど。


「イリスは優しいね」


「そうでしょうか?」


 イリスは私の言葉にちょいと首を傾げる。


 ああ。きっとイリスのこの可愛さにやられてたな、ヴェラとやら。


「まあ、友達ができたのはいいことだね。よかった、よかった」


「はい。けど、イリスの一番の友達はお姉様ですよ」


 くうっ! 我が妹は本当に可愛いな!


 これから中等部になってやっぱり反抗期も来るだろうけど、シルヴィオのようにはなって貰いたくないものである。


 そんなこんなで私たちはヘルヴェティア共和国に入国しました。


 入国後は首都リンデンホーフの高級ホテルに宿を取り、お父様とお母様はブラウンシュヴァイク家の方々とゆっくりとお茶を。


 そして、私は──。


「お姉様。どこにいかれるのですか?」


「な、内緒! すぐに帰ってくるからイリスはお父様たちと一緒にいて!」


 私は縋るイリスを泣く泣くおいて、銀行へと向かった!


「ええっと。リンデンホーフのルドルフ1世通り第2ブロック、と」


 私はなけなしの蓄え200万マルクとヴァルトルート先輩の紹介状を持って、リンデンホーフの街を進む。流石に市街地でブラッドマジックを使うような私ではない。優雅に歩きである。学園ではブラッドマジックで常に駆けている気がするけど。


「あった、あった。ヘルヴェティア・クランツ・バンク。ここだ」


 ヴァルトルート先輩の書いてくれた銀行を見つけた。


 しかし、立派な銀行だ。物凄く堅牢にして、広大な銀行だ。これからここに入るというのはちょっと緊張するな……。


「だが、行かねば!」


 私の未来のために!


 私は勇気を振り絞って、銀行の玄関を潜る。


 おっと。流石はヴァルトルート先輩がお勧めしてくれた銀行だ。警備員の数も半端じゃないのに、客層は裕福そうな人たちばかりである。


 ……200万マルクって意外に少額かも……。


「すいません」


「なんでしょう?」


 私はそんな不安を抱きながらカウンターの受付嬢に声をかけると、受付嬢は笑顔で出迎えてくれた。


「ヴィート侯爵家の紹介で来たのですが、確認していただけますか?」


 そう告げて私はヴァルトルート先輩の紹介状を差し出す。


「しばらくお待ちください」


 受付嬢はそれを丁重に受け取ると、受付カウンターの奥の方に消えた。


 その間、私は待合所で待つ。


 言語を聞いているとライヒ語圏外からのお客さんも多いということが分かった。ちなみに私は今は3か国語が話せるトライリンガルです。えへん。


 まあ、この世界の言語ってそこまで違いがあるものじゃないし、この世界に慣れるのは早かった。


 それに文系女子ですので!


「アストリッド様」


 私がそんなことを考えていると、スーツ姿の若い男性が姿を見せた。


「お待たせして申し訳ありません。紹介状、確認いたしました。どうぞこちらへ」


「は、はい!」


 男性が告げるのに私はびくびくしながらも立ち上がって付いて行く。


 うーん。やっぱりもうちょっと稼いでからくるべきだったかな。一応、金銭以外の“価値のあるもの”も持ってきてはいるのだけれど。それを相手にして貰えるかどうかは分からないなー。


「それで、当銀行に資産運用を任されたいとか?」


「はい。微々たる額ですけれど、お願いできますか?」


 そう告げて私は200万マルクの収められた。トランクを引き渡す。


「200万マルクですか、資産運用できるギリギリの額ですね」


 やっぱりそうかー。


「ですが、アストリッド様はオルデンブルク公爵家のご令嬢であられる。私たちとしてもオルデンブルク公爵家と繋がりができるのは、とても喜ばしいことなのですよ。なのでここはお引き受けさせていただきましょう」


 よかったー。少額だから断られるかと思ったよ。


「それからこれを保管しておいて貰いたいんですけど」


「これは……炎竜の角ですか? これは貴重な品ですね」


 私は持ち込んだ炎竜の角に銀行の人が驚愕の表情を浮かべた。


「これは大層に貴重な品です。重々と安全に保管しておきましょう」


「これはそんなに価値があるんですか?」


「このままの角だけでも200万マルクは下りません。多少は破損していますが、加工すれば一級の価値がある家具や小物を作ることができます」


 おおっ? レアドロップアイテム?


「では、確かにお預かりしました。今後の資産運用の結果はどこに送ればよろしいでしょうか?」


「ハーフェル東郵便局の私書箱にお願いします。あて先は──」


 家にいきなりヘルヴェティアからの資産運用の結果などが届いたら家族会議ものである。ここはあらかじめ準備しておいた私書箱のアドレスを告げておく。ああ。Eメールで簡単にやり取りできていた時代が懐かしい。


「それではそのように。今回は当銀行をご利用いただきありがとうございます、アストリッド様」


「いえいえ。こちらこそお手数おかけして申し訳ないです」


 子供のお小遣い程度の額の預金(*この世界の労働者層の平均月収は8万マルクです)だもんなー。そんなには増えないかなー。


 まあ、その分はこれからも働いて貯蓄を増やしていけばいいのである!


 上手く行きますように……。


…………………

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