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悪役令嬢と別れの季節

…………………


 ──悪役令嬢と別れの季節



 時の流れは早いもので、私は中等部3年を目前とし季節は進級と卒業シーズンに。


 円卓からはフリーダムなヴァルトルート先輩たちが卒業する。


「ヴァルトルート先輩。これまでありがとうございました。先輩の思い付きの行動にはいろいろと混乱したりしましたけれど、楽しい学園生活が送れたのは先輩のおかげです。これからも人生をエンジョイしてください!」


 円卓でそう卒業生への言葉を述べるのは私だ。


 毎年円卓での卒業生を見送るのは在校生の中でも中等部3年の仕事なのだが、どういうわけか私がやることになった。これもフリーダムなヴァルトルート先輩のご指名だからである。全く。


 でも、ヴァルトルート先輩も卒業しちゃうと本当に寂しくなるな。ヴァルトルート先輩はフリーダムだけれど楽しい人だったし。後任の円卓の会長は誰になるんだろう。まだ決まってないんだよね。


「ありがとう、アストリッドちゃん。みんなも自由に人生を謳歌できるように祈っているわ。人生やったもの勝ちよ。恋も、趣味も、勉学もぐいぐいと行かなければ、人生は面白くないからね!」


 うん。ヴァルトルート先輩らしい別れの言葉だ。


「じゃあ、今日は卒業パーティーね! アストリッドちゃんも在校生代表で出席よ!」


「え、えーっ!?」


 いきなりすぎるよ!


「い、いきなりですね。というか、私の出席は決定ですか?」


「もちろんよ! というか、円卓のみんなは全員出席よ!」


 わーっ! 最後の最後でフリーダムなことを!


「いいですね。在校生の皆さんで卒業生を見送りましょう。学園最後のいい思い出になるといいですね」


 で、フリードリヒだよ……。こいつのせいでストップが掛けられないんだよ……。


「でも、会場の準備とか必要じゃないんですか? 当てはあるんですか?」


「私の屋敷でやるわ。もう料理などの準備もできているの。だから、安心してね」


 フリーダムなのに用意周到だよ……。これでお流れになったらどうするつもりだったんだろうか……。


「じゃあ、時間は?」


「今からってのは早急すぎだから、今日の午後5時からにしましょう。それならちょうどいいでしょう?」


「今日って時点で早急なんですけども……」


 ヴァルトルート先輩にはもう言葉も出ません。


「じゃあ、屋敷で待ってるわ。みんな最後の思い出作りに出席してね。来てくれないと泣いちゃうから」


 ヴァルトルート先輩は最後にそう告げると、ひらひらと手を振って出ていった。


「卒業パーティーかー。楽しそうではあるけど、本当にいきなりだな。もっと事前に連絡してくれればよかったのに」


「まあ、身内のパーティーだから大丈夫でしょう」


 私がひとり愚痴ているのに、フリードリヒが口を突っ込んできた。この野郎は。


「身内のパーティーでも準備は必要ですよ。殿方はタキシードでいいでしょうけど、女性はドレスを選んだりしなければならないんですから」


「ああ。それはそうでしたね。ですが、それも身内のパーティーだから、そこまで気にしなくてもいいのではないですか?」


 あー……。こいつ身内のパーティーって言ってればなんでも解決すると思ってるな。


 もう話にならん。私はイリスの下に向かう!


「イリス。卒業パーティーだって。準備は出来てる?」


「いきなりのことですので戸惑っています。でも、今回は円卓の皆さんたちだけのパーティーですからそこまで気にしなくてもいいのではないでしょうか? 少なくともヴァルトルート先輩はそこまで気になさらないと思います」


 うん。イリスの言う通り、今回は円卓のメンバーだけのパーティーだから気にしなくていいね!


「ですが、卒業パーティーというのは私たちは何をすればいいのでしょうか?」


「賑やかしにいるだけでいいんじゃないかな。一発芸の披露とかはないと思うよ」


「一発芸?」


 ちなみに私はひとりオマハビーチ上陸作戦の一発芸ができます。


「とにかく、のんびりと過ごせばいいよ。そこまで気にする必要は多分ないはずだから。ヴァルトルート先輩も自分で唐突にパーティーを始めたことはちゃんと理解しているはずだしね」


「はい。楽しみです」


 今回はエスコートとかそういう煩わしいものもいらないはずなので、のんびりと過ごすとしようかな。


 ヴァルトルート先輩の屋敷も気になるし、まあ力まずに卒業生の方々を見送る気分で参加しておこう。


 本当にそれだけ終わるよね?


 予想外のことが起きるとか勘弁だよ?


…………………


…………………


 ということでやってまいりました! ヴァルトルート先輩の屋敷!


 広い! 流石は裕福な貴族で有名なヴィート侯爵家! 屋敷も広い!


 これは味方に付けておくと私に迫りくる破局の運命を叩きのめすのに、力強い味方になってくれそうだ。そのためにもヴァルトルート先輩とは仲良くして、コネをコネコネしておかなければ。


「ようこそ、アストリッドちゃん、イリスちゃん!」


 玄関に着くとホストのヴァルトルート先輩は出迎えてくれた。


「もう始まってますか?」


「ええ。卒業生たちが集まってるわ。在校生組はあなたたちが最初よ」


 おお。私たちが最初とは。


「さあ、さあ。入って、入って」


 ヴァルトルート先輩が促すのに、私とイリスはヴィート侯爵家の屋敷に入る。


「内装、立派ですね。見たことない家具がいっぱいですよ」


「どれも特注品よ。ああ、少しは海外から取り寄せたものもあるけれど」


 内装は立派だ。艶やかな木製の家具に、美しい絵画、置かれている陶器の花瓶と花も全てが調和している。海外のものらしい奇妙なオブジェは何とも言えないが、少なくとも屋敷の雰囲気を壊してはいない。


 総額でおいくらぐらいするのかは恐ろしくて聞けそうにないな。壊さないように注意しなくては。


「さ、ここが会場よ。自由に過ごしてね」


 会場となる大広間には卒業生の先輩方が集まっている。どなたもドレスやタキシードを着こなしておられる。


 私はお母様が選んだドレスを身に纏っているが相変わらずのペタン族で、あんまり似合ってない気がしてならない。


「ヴァルトルート先輩。卒業後はどうするんですか?」


「結婚よ。6つ年上の方と結婚するの。グスタフ・エルンスト・フォン・グレト様。グレト侯爵家の当主で、これまでもビジネスで付き合いがあったところなの。だから、これからもビジネスが上手く行きますようにって、ことで婚約が決定したの」


「ちなみにグレト侯爵家っていうのも裕福な?」


「私のうちより繁盛しているって聞いたわ」


「ヴァルトルート先輩。これからも友人でいましょう」


 大金持ちの侯爵家がふたつも味方に付くならば、運命との対決において役に立つこと間違いなし! これからもよろしくお願いします、ヴァルトルート先輩!


「当然よ。アストリッドちゃんはいい子だし、私も仲良くしておきたいわ。ね、“竜殺しの魔女”さん?」


「え?」


 え? え? え?


「うちの家が魔獣退治のために冒険者ギルドにクエストを発注したら、使用人がアストリッドちゃんの顔を見かけてるのよね。それもなんだか竜殺しの魔女という異名で呼ばれてて、気になったから調べたの」


「き、気のせいじゃないですか?」


 不味い。不味すぎる。


「そうかしら、その真っ赤な赤毛に学園の生徒と来たら、アストリッドちゃんぐらいしか思い浮かばないのよね。それも奇妙な道具を使うっていうし」


「ええっと。そのー……」


 もうバレバレだ。


「大丈夫。誰にも言わないから。けど、私の家で魔獣絡みの騒動が起きたら、是非ともアストリッドちゃんに解決して貰いたいものね」


「ハハハッ。そんなことおっしゃられて-。私はしがない学生ですよ」


「報酬は弾むわよ?」


「……学生ですので」


 あやうく誘惑に乗せられるところだった。ヴァルトルート先輩、恐るべし。


 しかし、冒険者ギルドではちと有名になりすぎたか。これからは貴族が依頼を出すときは慎重に対処しよう。伊達メガネとポニーテイルだけでは不十分みたいだけど、他に変装する方法は見当たらないのであるが。


「まあ、いつか武勇伝を語って聞かせてね。楽しみにしてるわ」


「ぶ、武勇伝とかないですよ。私はただの学生ですからー」


 これ以上追及されるのは不味そうだ。


「炎竜相手にひとりで戦ったのは武勇伝じゃないの?」


「人違いですよー」


「でも、気になるのは公爵家令嬢であるあなたが、どうして手伝い魔術師なんてものをやっているか、なの。お金に困っているの?」


「はい。将来のための貯蓄をしているんです」


 来たるべき破滅の日で敗北した場合、国外逃亡できるように今は金銭を貯めているのだ。必死に。それからフェンリルの餌代もいるし。


「貯蓄だったらいい銀行を紹介してもいいわよ。ヘルヴェティア共和国の銀行家にはいろいろとコネがあるの。資産運用にはもってこいの場所よ」


「是非とも教えてください!」


 うわーっ! 流石はヴァルトルート先輩だ! 頼りになる!


「じゃあ、1週間後には紹介するわね。とても信頼のおける銀行よ。決してクライアントの情報を漏らしたりしないし、絶対に踏み倒させない有能な銀行なの」


「では、よろしくお願いします!」


 あれからゲルトルートさん、エルネスタさん、ペトラさんや他の冒険者さんたちといろいろなクエストをこなしていき、今ではなんと200万マルクもの貯蓄があるのだ。この資金は将来のために大切に取っておきたい。


「では、パーティーを楽しんでいってね!」


 ヴァルトルート先輩はそう告げるとやっとやってきた在校生の出迎えに向かった。


「お姉様。今のお話はなんだったのですか?」


「ふふふ。ヴァルトルート先輩が誰かと私を勘違いしてるみたいなの」


 危ない、危ない。イリスに手伝い魔術師の話が漏れてしまうところだった。


「誰と勘違いされたのですか?」


「冒険者ギルドの人。魔術師で、ほぼ単騎で大きなドラゴンを倒しちゃったって人。私はそんな危険な人には見えないでしょう?」


 ふふっー。これぐらい話を膨らませておけば、イリスも私と手伝い魔術師を結び付けたりはしないだろう。


「お姉様はドラゴンを倒せないんですか?」


「た、倒せないよ? 私がそんな力があるように見える?」


「はい。お姉様はケルピーもマーマンもひとりで倒されてしまいましたから」


 ええー! イリスの中の私のイメージはどうなってるのー!? 心優しいお姉ちゃんじゃなくってるのー!?


「でもね、イリス。多分、私でもドラゴンは無理だよ」


「そうなのですか……。お姉様なら倒せると思うのですが」


 いやいや。そんなに期待した目で見られても困るよ?


「アストリッド」


 って、イリスの中の私のイメージが崩壊しているのに衝撃を覚えていたら来ましたよ、我らが諸悪の根源フリードリヒが……。


「ごきげんよう、殿下。そのタキシード似合っておいでですね」


「ありがとう、アストリッド。君のドレスも似合っているよ」


 お前に褒められてもちっとも嬉しくないよ!


「こういう祝いの場を利用して申し訳ないのですが、あなたに少し相談があります。よろしいでしょうか?」


「え、ええ。私などがお役に立てるならば」


 な、何の相談だ。我が家を破滅に追い込む相談じゃないだろうな……。


「では、少し席を外して」


 フリードリヒが進むのに、私が後を付いて行く。


 私たちは卒業パーティーの会場から離れたバルコニーに出た。いいのか。人の家を勝手に歩き回って……。


「それで相談というのは?」


「私は次期皇帝になります。近いうちに皇太子の称号が与えられるでしょう。ですが、皇帝として私はどうあるべきでしょうか?」


 なんだそれ。何故そんなことを私に訊く。


「そうおっしゃられましても、私には皇帝がどうあるべきかなど理解できませんので」


「だからこそ、あなたに訊きたい。皇帝の座にあろうと己を貫くべきなのか、それとも宰相や大臣たち、そして父上が言うような理想の皇帝としてあるべきなのか」


 うへえ。そういえばもうそろそろ高等部に進級だから、フリードリヒの問題が大きくなってくるんだよな。


「皇帝陛下のようになられるのも、自分を貫くのも殿下の自由です。私は軍規を以てして臣民を統治するやり方だろうと、慈悲を持って臣民を統治するやり方だろうと、成果が出せれば問題はないと思います」


「成果を出す、ですか」


 そうだよ。お前はちょっとは自分のことだけでなく、可哀想な私みたいな帝国臣民のことも考えろよなー!


「施政者としての皇帝は国家のためにあると思います。その国家を形成する臣民が何の不安もなく過ごせるのであれば、それが一番です。今は鉄と炎の時代が迫る世の中。ヴィルヘルム3世陛下が軍備を整え、軍規で臣民を律するのも当然でしょう」


「そうですか。やはり、父上は間違ってはいないのですね……」


 お前と親の喧嘩のことなんて私は知らんからな。


「ですが、殿下が皇帝になられる頃には世の中はまた変わっているはずです。ですので、それに応じたやり方をされるべきでしょう。今の殿下の姿勢で成果が出せるならそれでよく、それでは成果が出せないのであれば成果を出せる姿勢に変えるべきです。ただそれだけの話ですよ」


 そうそう。何事も柔軟にやりましょうね。この国は選挙で君主を選ぶわけじゃないから、君主が世間に姿勢を合わせないと困るよ。分かってる?


「では、この世界で鉄と炎の時代が続いた場合は、私は父上のようにするべきでしょうか?」


「それは殿下の判断次第です。戦争は外交によって解決できることもあります。外交に力を注げば戦争を回避できるかもしれません。ですが、常に最悪の場合を考えておくべきでしょう。そして、軍を整備することと臣民に慈悲を以て接することは矛盾しません」


 自由の国アメリカ合衆国だって自由な言論と世界最大の軍隊を両立させてるしな。


「完全にではないですが、分かった気がします。あなたに相談してよかった、アストリッド。あなたは物事に新たな視点を与えてくれる」


「またまた。ただの二十歳も行かない小娘の戯言ですよ」


 勘弁してくれよ。こういうのはアドルフとかシルヴィオに相談してくれ。


「では、会場に戻りましょう。ヴァルトルート先輩たちを見送らなくては」


「ええ。そうしましょう」


 はーっ! もう破滅フラグが立ったかと思って慌てふためいた私の慌て具合を見ても、こいつは何も思わないのか。全く。


 早くヒロインのエルザ君来て―! この核地雷を処理してー!


 という私の叫びも虚しく、私たちはヴァルトルート先輩たちを見送る卒業パーティーにふけったのだった。


 後でヴァルトルート先輩には銀行を教えて貰わないとな。メモメモ。


…………………

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