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悪役令嬢のリフォームタイム

…………………


 ──悪役令嬢のリフォームタイム



 私は無事フェンリルを使い魔にした。


 だが、問題を抱えている。


「あの暗い空間は好かん」


 フェンリルが魔女協会本部でそっぽを向く。


「ということなんです」


「はあ。それはまた難儀だね」


 私の相談に乗るのはヴァレンティーネさんだ。


「文句の多い使い魔だな。どっちが主人か分かったものではないではないか」


「我ほどの神獣を使い魔にするのだ。それなりの礼を以て尽くすべきだろう」


「一度締めあげた方がいいぞ、アストリッド」


 ちなみにセラフィーネさんも私に待望の使い魔ができたということで、様子を見にやってきていた。フェンリルとの仲は恐ろしく悪そうだけれど。フェンリル、噛みついたらダメだよ?


「ヴァレンティーネさん。どうにかする方法はないですか?」


「まあ、方法がないわけじゃないが……」


 私が尋ねるのに、ヴァレンティーネさんが困ったような表情を浮かべる。


「空間操作魔術のひとつに鏡写しってのがある。ちと面倒な魔術だが、問題解決には役に立つだろう」


「詳しく!」


 フェンリルが空間の隙間にいるのがいやで、機嫌を損ねちゃうとせっかく使い魔にしたのに意味がなくなってしまう。


「この図書館を作るときにも使った魔術だが、空間の隙間の外の光景を鏡写しにこっちの空間の隙間に持ってくるんだ。野外なら太陽の光が輝き、草木が生い茂る光景を写し取ることができるだろう」


「ほうほう」


 鏡写しってことは正反対の光景になるのかな?


「これはあたしも挑戦したことだが、空間の隙間に自分だけのパラダイスを作ろうとしたことがある。いつでも追っ手から逃れて、暫く雲隠れできるような場所を作ろうとな。その結果がこれだ」


 そう告げてヴァレンティーネさんは空間の隙間を開き、足を踏み入れてから、私にも顎で入ってみるように促した。


「おおっ!?」


 そこに広がっていたのは豊かな森の生い茂げる場所で、御伽噺に出て来る魔女の屋敷のようにメルヘンな建物が立っていた。赤レンガの塀に、少し年季の入った西洋風の建物。まさにこれぞ魔女の屋敷って感じである。


「これ、よくないですか? 何か問題あるんです?」


「ああ。結構いい感じにできたと思ってる。問題はいくつかあるが、この鏡写しの世界でついでに写し取られた樹木の木の実を食べると腹を下すってことだ」


 うん? どういうことだ? あっ! あれかも!


「きっと鏡写しで反対にしちゃったせいで光学異性体になってるんですよ」


「光学異性体?」


「物体を細かく砕いていって、本当に目に見えないほどの大きさになった状況。そこには分子ってものがあって、その分子の集まりで物質は構成されているんです。その分子構造って奴には鏡写しになると性質が変わるものがあって、特にタンパク質って奴がそうなんです」


「ふむ。物質を構築する物質で、鏡写しになると性質が変わるものか。だとすると、この問題は解決できそうにないな」


 辛うじて前世で化学の時間に習った光学異性体について覚えていた。もうこれは理系女子を名乗っていいのでは? などと調子には乗らない。未だに数学では苦戦しているのだからね!


「元ある世界から土と樹木を運んできて植えたらよさそうですよね?」


「いや。それが次の問題だ。この世界はずっと晴れている。夜になることはない。雨も降らなきゃ、夜の静けさもない。この空間の隙間の環境は鏡写しにしたままの状況で固定されているんだ」


 えーっ! それはないよー! ずっと朝とか頭がどうにかなっちゃうよ!


「だから、外から植物を持ってきても、育ちやしない。私もいろいろと試してみたんだが、こればかりはどうにもなりそうにない」


「うーん。困りましたね」


 ずっと朝の空間にフェンリルを入れていたら、それはそれで文句が出てきそうだ。


「あっ。ちなみにひとつの空間の隙間にいくつかの鏡写しをすることはできますか?」


「できるぞ。あたしもこの空間はつぎはぎで作ってる。……ああ、分かったぞ。ここに朝と夜を移植するつもりなんだな?」


「その通りです!」


 フェンリルには不満かもしれないけれどこれ以外に方法はない。


 朝の場所と夜の場所を作る。朝の場所で日光浴をし、それに飽きたら夜の場所で眠ればいい。こうすれば疑似的ながら一日の流れが作れる。


「一応聞いておきたいんですけど、鏡写しの魔術で人間がうっかりコピーされたりすることはないですよね?」


「鏡写しの魔術が移せるのは魂がないものだけだ。どうやら植物には魂はないらしい」


 植物には魂はないのか? うーん。魂の存在自体が証明できないから分からない。


「で、やることは決まったか?」


「はい。今週の週末にフェンリルと空間の隙間をリフォームしてきます!」


 目指せ、パラダイス! 大きな動物を飼うのも大変だ。


…………………


…………………


 私は週末を利用して、フェンリルが暮らしていた森を再び訪れた。


「ふむ。ここから好きな場所を選べと?」


「そうです。ヴァレンティーネさん曰く、魔力が大きければそれだけ切り取れる範囲も広くなるらしいので、期待して貰っていいですよ!」


 私は魔力の大きさには自信があるのだ。


「ならば、暫し森を駆けるとするか。乗れ、我が主人」


「え? 乗っていいの?」


「人間の女子ひとりぐらい重荷にもならん」


 わーっ! 凄い! 狼の背中に乗るなんて!


「じゃあ失礼して」


 私はよじよじとフェンリルの背中によじ登る。


「しっかり掴まっておけ。行くぞっ!」


 フェンリルはそう告げると凄まじい速度で駆け始めた。


「おおうっ! これは凄い!」


 流石は私とやりあっただけはある。フェンリルは馬などとは比べ物にならないほどに速い。地球の自動車とレースしても勝てるだろう。


「どうだ。いい森だろう? 我はいろいろな森を旅してきたが、この森は特に気に入った。煩わしい人間たちはあまりやってこず、原初のままの姿を残している。妖精もなかなか多かったしな」


「ひいっ!」


「ま、まだ食べるきですか……?」


「妖精は食べ物じゃないんですよ!」


 フェンリルが舌なめずりして告げるのに、ブラウたちが震え上がった。


「主人の妖精を食べるものか。我とてそれぐらいのことはわきまえている」


 フェンリルは小さく鼻を鳴らすと小高い丘の上に駆け登った。


「ここがよさそうだな」


 フェンリルが立ち止まるのに、私はフェンリルの背から飛び降りた。


「おおっ! 見事な自然だ!」


 丘の上からは鬱蒼とした森林地帯とその脇を流れる小さな河川が見渡せた。フェンリルが気に入るはずだ。ここには人間の手が全くと言っていいほど入っていない。昔からの自然がそのまま残っている感じだ。


「この辺りをあの暗いだけの空間に移せるか?」


「やってみましょー!」


 思い立ったらやってみる!


 私はヴァレンティーネさんから教わったように、魔力を地面に伝わせて流していく。夜の分もあるから、全ては使い切らないように注意しながら、慎重に地面、地面から伸びる草木、澄み切って明かりに満ちた空気に魔力を流す。


「そして!」


 全てをひっくり返すような感覚で、まずは空間の隙間を開いて、次に流した魔力を全て空間の隙間の中に叩き込む。


「できたか?」


「できてますよ!」


 見事に森はコピーされた。鏡写しの光景が空間の隙間の向こうに広がっている。


「ふむ。悪くないな。少し覗いてきていいか?」


「どうぞどうぞ。何かあったらおしえてください」


 フェンリルが満足そうに空間の隙間にできた森のコピーを見るのに、私はそう告げて地面に腰を下ろした。


「マスターは古き魔女たちの術を使うのですね」


「ロストマジック。昔はもっと世界は魔法に溢れていたとか」


 ゲルプとロートが私が妖精用に準備したショルダーバッグの中からふよふよと出てきてそう告げる。胸ポケットはブラウの定位置だ。


「しかし、あのフェンリルを使い魔にしてしまうなんて驚きました」


「マスターは強いんですよ!」


 ゲルプが感心したように告げるのに、ブラウが自慢気に胸を張った。


「しかし、いい天気だね。お弁当も持ってきたから食べようか?」


「はいです!」


 今日は日が沈むまでこの森にいる予定なので、お弁当を持参している。ちなみに表向きはミーネ君の家に遊びに行っていることになっています。ミーネ君も口裏を合わせてくれるはずだ。


「お弁当はサンドイッチと鶏肉のローストとアスパラの肉巻きとポテトサラダと! ブラウたちは何が食べたい?」


「ブラウはサンドイッチが欲しいです!」


「ゲルプはポテトサラダ!」


「ロートはアスパラが欲しいです!」


 よしよし。この可愛い妖精たちめ。お弁当は多めに用意して貰ったから、いくらでも分けてやるぞ。


「我が主人。食事か?」


「そーだよ。フェンリルも何か食べる?」


 食事をしていたら、フェンリルが空間の隙間から戻ってきた。空間の隙間は開けておくのにも魔力を使うので早めに帰ってきてくれて助かった。


「ふん。料理された肉は好みではない。生肉なら食うが」


「生肉はちょっとお弁当にしないかなー……」


 そう言えばフェンリルの食事はどうすればいいんだろう?


「フェンリル。君ってどれくらい食べるの?」


「我は神獣だぞ。食事は娯楽なだけで、必要とはしない。まあ、貴様が我に献上したいというのであれば受け取ろう」


 本当にどっちが主人でどっちが使い魔か分からないな……。


「なら、たまには君のために生肉を準備するね。いつもは無理だよ。私も学生でお金はないんだから」


「理解している」


 はーっ。これからはフェンリルの食費も掛かるわけだし、もっと稼がないとなー。


「じゃあ、夜になるまでのんびり待とうか。それとも夜は別の場所がいい?」


「別の場所がいいな。月があるならば、湖面に月が映る美しい場所がある」


 おや。フェンリルって意外にロマンティスト?


「じゃあ、そこに移動しようか。あまり大きな湖だと無理だよ?」


「安心しろ。そこまでの大きさではない」


 というわけで、私たちは再びフェンリルの背中に乗って移動し、今度は夜になるのを待ってからその光景を鏡写しの魔術でコピーした。


 これでフェンリルのための空間の隙間は完成!


「朝には太陽を追い、夜には月を追うか。まるでスコルとハティだな」


 フェンリルは完成した朝と夜の両方が存在する空間に満足していた。


 さて、使い魔の住宅事情はこれで解決!


 運命との対決の日には私の陣営にはフェンリルがいるぞ! 倒すにはこの世界の魔術師が10ダースは必要な魔獣が味方だ! これは勝てる!


 ……といいんだけどなー。


…………………

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