悪役令嬢と神獣
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──悪役令嬢と神獣
やってまいりました、冒険者ギルド。
「よっ。アストリッド。今日も元気そうだな」
「ペトラさん! 今日も冒険しに来ましたよ!」
遠征から帰ってきたペトラさんが声をかける。
「ちなみに、遠征ってどうでした?」
「収穫はほぼなし。炎竜騒ぎのせいで、炎竜が生態系を荒らし回ったのは分かったけれど、どれくらいおかしくなっていているかはさっぱりだ。まんま偵察した結果をギルドに報告して、微々たる量の報酬を受け取っただけだ」
ああ。炎竜はオークとかもぐもぐしてたもんな。そりゃ生態系も崩れますよ。
「問題は魔獣が移動してるってことだな。炎竜を恐れて、魔獣たちてんでバラバラに逃げまどって、魔族大移動状態だ」
「それは、また。困りますね……」
炎竜は東から押し寄せてきた蛮族の群れで、ゲルマン民族大移動状態なのか。
「まあ、人口密集地からは離れているから、そこまでの問題にはならないだろう。もし、人口密集地に押し寄せる気配があれば、今も偵察を行っている冒険者たちが知らせて、騎士団や冒険者のパーティーが動くことになるだろう」
と、ゲルトルートさんが告げる。
「さて、今日は何のクエストを受けようかなー?」
「それならお勧めがあります!」
エルネスタさんがクエスト依頼が貼りだされている掲示板を眺めているのに、私が素早くひとつのクエストを指さした。
それこそセラフィーネさんに言われていたロートスの実の採取クエストだ。
「ロートスの実の採取クエストー? どうしてこれがお勧めなの?」
「さ、最近ロートスの実の需要が高まっていて、高値で売れるとか。だから、ほら報酬も高いじゃないですか?」
報酬は高い。恐らくはセラフィーネさんが発注したのだろうが、その報酬額はそれなり以上のお値段だった。この間のマンドレイクもどき採取クエストの2倍は報酬額がある。これまでほかの人に取られなかったのが不思議なぐらいだ。
「ふむ。このエリアなら知っている。別段凶暴な魔獣がいる場所でもない。この報酬でそのエリアの採取なら、採算が取れるな。だけれど、依頼主は何を考えてこんなに高い報酬を設定したんだろうか?」
「よ、よっぽどロートスの実が欲しかったんじゃないですか?」
ひーっ! そこを疑問に思われると不味いー!
「アストリッドがそこまでいうなら受けようか。今のところ受けようと思っていたクエストもないことだしな。この間の炎竜討伐で儲けた金ももう心もとない」
「え? ひとり当たり60万マルクは貰ってましたよね? それ、使っちゃったんです?」
「まあな。私たちがいた孤児院に幾分か寄付して、装備を新調したらあっという間に減ってしまった」
ほへー! 60万マルクを使い切っちゃうのか……。
「ゲルトルートはまだ孤児院に恩義を感じてるらしくてな。そんなに寄付することはないって言ったのに、がっつり寄付しちまって。あれだけありゃ、孤児院建て直してもおつりがくるってもんだ」
「ゲルトルートさんはいい人なんですね……」
私は将来の逃亡資金を蓄えることばかり考えていたよ。反省。
「それはそうと、このクエストでいいな? 異論のあるものはいるか?」
「ないぜ。受けよう」
「受けよー!」
ゲルトルートさんがクエスト発注書を取って尋ねるのにペトラさんたちが賛成してくれた。よかった。これで使い魔がゲットできそうだ。
ゲルトルートさんたちを騙しているようで申し訳ないが、私が使い魔をゲットしたら戦力として更に当てになるから許して欲しい。
……あれ? でも、さっきゲルトルートさんはロートスの実の採取クエストの場所には危険な魔獣はいないって言わなかったっけ? セラフィーネさんが私の実力に似合った魔獣を準備してくれているのだろうか? いや、それはないな。
ちょっと疑問がふつふつと沸き起こってきたが、もうクエスト受注しちゃってるし、やるしかない!
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ロートスの実採取クエスト。
持ってきた武装は機関銃、ショットガン、そしてなんと対物ライフル!
対物ライフルは50口径の大口径弾を使用するビッグな銃だ。この対物ライフルがあれば大抵の敵はノックアウトだ。この大口径弾が命中すると敵は血肉をまき散らして、ミンチになるのである。
まあ、これは表向きの武装で、ヴァレンティーネさんに教えて貰ったように空間の隙間をいくつか作っておき、口径120ミリライフル砲と榴弾、対戦車榴弾を格納している。榴弾と対戦車榴弾は自動装填できるように空間の隙間の入り口に斜めになるように収納されているのだ。
まあ、今回はドラゴンが相手ってわけでもないだろうし、対物ライフルで事足りるだろう。足りることを願いたい。対物ライフルが通用しない魔獣とか出てきて貰っても非常に困る。
「準備はできたな。出発しよう」
「おーっ!」
ゲルトルートさんがクエスト受注の手続きを済ませ、私たちは早速戦場へ!
今回のロートスの実を採取する場所は馬車で片道30分程度の場所なので、学生の身でもなんとか行ける範囲内だ。また時間を取るのに週末まで待たなきゃいけないとか勘弁して欲しいしね。
というわけで私たちは馬車でごとごと揺られてロートスの実採取場所へ。
「学生さん。手伝い魔術師かい?」
「そうです。お金が欲しくて……」
それから実弾射撃演習がしたくて……。
と、馬車の御者の言葉にそう返す。
「学園の学生さんは貴族の息子や娘だと聞いてるが、貴族の方々も生活が厳しかったりするのかね。世知辛い世の中だよ」
「そ、そうですね」
家にはお金はあるのだが、お家取り潰しになったら無一文という事態は避けたい。なので、一応は生活が厳しかったりするのである。
「じゃあ、気をつけてな、学生さん」
「はい!」
で、到着。馬車の御者さんが手を振るのに私も手を振って返した。
「ふん。ロートスの実って睡眠薬を作るための素材だろ。なんだって需要が出て来たのかね? あたしはいつもぐっすりだけどな」
「私も眠るのに困ったことはないなー」
私もいつも快眠です。お薬が必要なほどではない。
「まあ、依頼主は何か悩んでいるか、悩んでいる人と向き合っているのだろう。我々冒険者はそれが犯罪でない限り、依頼主に理由は問わない。気になることがないわけではないがな」
ゲルトルートさんがそう告げ、草木をかき分けてロートスの実のある場所まで進む。
陣形はいつもと同じ。だが、ゲルトルートさんたちの装備は更新されている。ゲルトルートさんのプレートメイルとクレイモアはピカピカの新品で、ペトラさんの弓は装飾が施された短弓と背中に背負った長弓の二種類になっている。エルネスタさんもプレートメイルと新品の長剣に変えられていた。
これって、全部でおいくらぐらいするんだろう。60万マルクの報酬が飛ぶくらいだから、結構な額だよな。でも、鎧は攻撃を受けたら損耗しちゃうような気もするしな。だが、私も防弾ベストぐらいの鎧は装備した方がいいのかもしれない。
「あったぞ。ロートスの実だ」
曲がりくねった木を前にゲルトルートさんがそう告げる。
「採取目標はいくつだっけ?」
「20個だ。しかし、ここら辺にはもっとロートスの実がなっていたと思ったのだが。おかしいな……」
私が見る限り、目の前の木には20個もロートスの実はなっていない。せいぜい、5、6個というところだ。
「ま、危険な魔獣が住み着く場所でもないし、ゆっくりといこうぜ」
「そうですね」
うーむ。最初は危険な魔獣ではなく、もっと温厚な魔獣から使い魔にしていけということだろうか? ……いや、あのサディストっぽいセラフィーネさんがそんな優しいことをしてくれるとは考え難い。
「ロートスの実っていい匂いするよなー。食べるとすぐに眠くなるから食料にはならない代物だけど」
「そうだねー。味も甘くておいしいのになー」
私はロートスの実を食べたことがないので何とも言えないです。
「ん?」
「どうした、ペトラ?」
「いや。今、狼の遠吠えが聞こえたような気がして……」
狼?
「どちらの方角ですか?」
「3時の方向だ。距離は結構離れているな」
おっと。これがセラフィーネさんが言っていた使い魔ゲットの機会じゃないですか? 私は犬より猫派だから、猫系の魔獣がよかったんだけどなー。
「私、ちょっと見てきていいですか?」
「おいおい。ひとりで行ったら危ないだろ。あたしが付いて行くぜ」
「では、お願いします」
ペトラさんが告げるのに、私が頷く。
本当は私の個人的事情だから、ペトラさんたちを巻き込みたくはなかったのだけれど、心配をかけるのも悪いし付いて来て貰おう。
というわけで、私はとことこと狼の遠吠えが響いた場所に向かう。茂みは少ないが、なるべく身を隠せる場所を選んで進み、かつ相手が狼であることを想定して風下から接近する。
「なんだか、慣れてんな。あたしが教えることはなさそうだ」
「いえいえ。まだまだです」
私の知識の半分以上は軍事書籍の受け売りですから。
「……なんだ、あれ……」
そして、思わずそう声が出てしまった。
ペトラさんが遠吠えを聞きつけた場所にいたのは巨大な狼。
その体躯はバスか大型トラック並みであり、全身を日の光を反射してきらめく銀色の毛に覆われた化け物そのもの狼だった。
「おいおい……。冗談だろ……。ありゃフェンリルだぞ……」
ペトラさんが私の隣で息を飲む。
フェンリルって巨大な狼だったよな。神々が作った鎖で縛ろうとしても脱走しまくる手におえない化け物だったはずだ。この世界にはそれが魔獣として存在しているってことですか。恐ろしいな異世界。
「人間さん、人間さん!」
「しっ! 声を小さく。そうしないと気付かれるから……」
不意に私の耳に女の子たちの声が響いてきた。
「妖精?」
「はい。この森の妖精です。人間さんは魔術師さんですよね?」
私の右と左にふよふよと浮かんでいるのは、ブラウによく似たふたりの妖精たちだった。ひとりは赤褐色の髪に赤色のドレスで、ひとりは金髪の髪に黄色のドレス。双子みたいにそっくりだ。
「そうだけど。どうかしたの?」
「あの大きな狼を倒して欲しいんです」
え? あれの相手をしろとおっしゃるのですか?
「どうしてそんなことを?」
「実はあの狼に狙われているんです……。ここには大勢の妖精がいたのですが、あの狼がやってきてみんなをがぶがぶと……」
ブラウと会ったときにもブラウはグリフォンに食べられかけてたな。
「うーん。あれを相手にするのはちょっとなあ……」
「お願いです、人間さん。倒してくれたら契約してもいいですから」
「そうです。お願いします」
なんと。妖精2体と契約ですか!? 普通はひとり1体ってところなのに!
「ブラウからもお願いするです、マスター。この子たちを助けてあげて欲しいです」
ブラウも私の胸ポケットから出てきて、そう告げる。
「おい。誰と喋ってるんだ、アストリッド?」
「妖精です。あのフェンリルを倒して欲しいって」
「おいおい。冗談だろ……」
私が告げるのに、ペトラさんが信じられないという顔をした。
「ペトラさんは離脱してください。ここは私だけでどうにかします」
「どうにかって……。あの化け物相手にどうにかできるかよ。あのサイズなら都市ひとつは食い滅ぼせるレベルだぞ。それをひとりでどうにかするのか?」
「まあ、いろいろと手はありますから」
私はそう告げて機関銃をトランクに仕舞うと、対物ライフルを代わりに取り出す。
微量の魔力を流して身体とシンクロさせ、狙いを巨大なフェンリルに定める。使い魔にするなら殺してはいけないから頭部は狙わない。狙うのは下腹部だ。私もフェンリルを半死半生にして、契約を迫らなければ。
「お前ひとりだけに任せていけるわけないだろ。あたしも手伝う。いざという場合は逃がしてやるから安心しろ」
「すみません。では、お願いします」
さて、パーティーの始まりだ、狼君。
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