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悪役令嬢と兄弟

…………………


 ──悪役令嬢と兄弟



 私は魔女協会とのつながりができた。


 魔女協会とコンタクトを取るには、商業地区の一角にある雑貨店を訪れることになっている。カミラさんの表の顔である雑貨店店主という立場から、カミラさんはそこにいて彼女に会えば、魔女協会本部に空間転移できる。


 もちろん、このことは他の人たちには内緒である。私が怪し気な組織とつるんでいると知れたら、どういうことになるか分からない。


 世界はロストマジックを脅威と見做して、徹底的に忘却させようとしてきた。それを継承することを選んだ私は今や間違いなく、お尋ね者候補。迂闊なことで国家権力に目を付けられてはならない。


「お姉様?」


 私がぼんやりとそんなことを考えていたとき、イリスが怪訝そうに話しかけてきた。


「大丈夫。何でもないよ」


 イリスにもこのことは話せない。


「お姉様。ここ最近ディートリヒ様を見かけていないのにお気づきですか?」


「あっ。そういえば……」


 ここ数日、ディートリヒ君が円卓に姿を見せていない。


「何かあったのでしょうか?」


「うーん。なんだろう。理由があるのかな? 偶然かな?」


 ディートリヒ君はほぼ欠かさず円卓に姿を見せていたが、ここ数日は姿を見せていないのだ。1日2日程度ならば気にしないが、もう4日ほど過ぎている。


「ヴェルナー君に聞いてみようか?」


「はい」


 同学年のヴェルナー君ならば何か知っているかもしれない。ということで、ヴェルナー君の下へレッツゴー!


「ディートリヒですか?」


 ヴェルナー君は今日は珍しくイリスの傍ではなく、先輩たちと話していた。期末テストが近いので余裕のある先輩に勉強を教えて貰っているらしい。


「ふむ。別に教室ではおかしな点はなかったのですが、気になる話を聞いたところです。あくまでゴシップ染みた噂なので、こうして話すのは些か気が引けるのですが……」


「よかったら教えてくれない? 心配してるんだ」


 なんだろう。ゴシップ染みた噂って。ディートリヒ君は堅実だし、そういう噂が出回るようなことはないと思うんだけどなー?


「それが、ディートリヒの兄であるアドルフ先輩と不和が生じているとかで。次期騎士団長を巡ることで言い争いになったそうです。ディートリヒが自分の方が騎士団長に相応しいと言い張ったとか」


「え? そんな言い争いを?」


 次期団長はアドルフで決まりじゃなかったの? ゲームの時はそれで決まりで、アドルフは次期団長になる重圧に苦しんでいるとかいう設定じゃなったっけ? それが弟のディートリヒ君に取られちゃうの?


「うーん。おかしいな……。ディートリヒ君はそんなわがままを言い出す子だとは思えないんだけどな。何があったんだろう……?」


「僕にも分かりません。前々からそういう気配を見せていたわけでもありませんし」


 どういうことなんだろうか。


「お姉様。ちょっとよろしいですか?」


「うん? どうしたの、イリス?」


 イリスが小声でそう告げちょいちょいを私の制服を引っ張るのに、私はイリスに引っ張られるままに円卓の外へと出る。


「で、どうしたの、イリス?」


「きっとディートリヒ様はお姉様に認められたくて、騎士団長になると言い始めたのではないかと思います。お姉様の好みは年上の男性で、大人の余裕を持った方。それに加えて、騎士団長となれば家名も釣り合いますから」


 えーっ! それって私のせいだってこと!?


 私が悪役令嬢コースを避けてるせいで、ゲームの設定が揺るぎ始めている?


「ま、まさか、それはないんじゃないかな? それだったら私に会いに来るはずだし」


 そうだよ、イリス。私が目的ならまずは私に会いに来るはずじゃないか。


「それはアドルフ様がおられるからですよ。きっと喧嘩の最中だからお会いしたくないのでしょう。私は姉妹はいないし、お姉様とも喧嘩をしたことはありませんですが、それだけの確執があるのでしょう」


「いつの間にそんなに人間関係に詳しくなったの、イリス」


「ヴェルナー様からいろいろと小説をお借りしておりまして」


 ヴェルナー君……。イリスに変なこと吹き込まないで……。


「じゃあ、ちょっとアドルフ様に訊いてみよっか。それで解決だ」


「そ、それはあまりにストレートなのでは……」


 もう面倒くさい。アドルフに話を聞けばいいじゃないか。


 イリスは戸惑っているが、私のせいで設定がこじれてると何が起きるか分からない。このせいで破滅フラグが立つ可能性すらあるのだ。ならば、迅速に解決しなければ!


「いってくるね、イリス! 骨は拾ってね!」


「ほ、骨を拾う……?」


 こうなりゃ特攻だ! どうあっても破滅フラグが立ちそうなら、解決できるかもしれない可能性に賭ける! うりゃー!


…………………


…………………


「アドルフ様。少しよろしいですか?」


「……なんだ?」


 第一声でこの不機嫌さですよ。これは本当に喧嘩をしているようです。


「ディートリヒ君と何かありますか? 最近、ディートリヒ君の姿が見えなくて心配してるんですけれど、何かありましたか?」


「ディートリヒ、か」


 アドルフがため息をつき、視線を伏せる。


「あいつとは少し関係がこじれてる。それだけだ。他には何もない」


 ああ。これはかなりこじれてますね。イリスの言う通りなのかも。


「仲直りはできそうですか?」


「自分の家の問題は自分たちで片づける。心配は不要だ」


 ああ。これは無理ですね。


「何かお手伝いできることはありませんか?」


「だから、自分の家の話は自分で片づけると言っただろう」


 それが無理そうだから言ってるんだよー!


「そうですか。では、仲直りできることを祈っていますね」


 参ったな。完全に喧嘩してるよ。大人げないなー。


 しかし、次期騎士団長の地位を巡る争いなら身内でも油断はできないものか。何せ、アドルフは未だにブラッドマジックの実技が苦手だしな。辛うじて体内に魔力を巡らせることはできたみたいだけど、そこから先に進めないみたい。


 アドルフが次期騎士団長になるはずの黄金鷲獅子騎士団は思いっ切りブラッドマジックを使うタイプの騎士団だから、弟のディートリヒ君が先にブラッドマジックに目覚めているというのは危機感あるだろうな。


 しかし、ここでアドルフがディートリヒ君に騎士団長の座を奪われてしまうと、ゲームの設定とずれてきて、おかしなことになってしまう。そのおかしなことのせいで巡り巡って私が破滅する可能性がーっ!


 そうだよ! ディートリヒ君が次期騎士団長になりたい理由が本当に私だったら、私がアドルフたちから睨まれちゃうじゃん! それは困るよ! そんな変な理由でお家取り潰しになったら笑いすらでないよ!


「お姉様? その、分かりましたか?」


「分かった。私がピンチ」


「え? 何故お姉様がピンチに……?」


 私の言葉にイリスが怪訝そうな顔をする。


 まあ、今のイリスには分からないだろう。とにかく、私がピンチ。


「アドルフ──様と話しても埒が明かない! ここはディートリヒ君と話してくる!」


「お、お待ちください、お姉様!」


 私が円卓を飛び出るのに、イリスが慌てて付いてきた。


 イリスがいるとブラッドマジックで加速はできないな……。仕方ない。ここは普通に走っていこう。


「ディートリヒ君!」


「ア、アストリッド先輩!?」


 私が初等部の教室に飛び込むのに、ディートリヒ君が凄く驚いている。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ちょっといい?」


「え、ええ。いいですけれど。どこか場所を移しましょう」


「もちろん!」


 衆人環視の中で喋るような内容ではない。


 というわけで、私たちはぐるりと回って校舎裏までやってきた。


「それで、聞きたいことというのは……?」


「そうだね。ディートリヒ君が最近円卓に姿を見せないから心配してて。理由を聞かせてくれないかな?」


 ディートリヒ君が尋ねるのに、私がそう告げる。


「ああ。すみません……。ちょっと兄と揉めていまして……」


「どんな内容の喧嘩かな? よければ相談に乗るよ?」


 ディートリヒ君の困り顔に私も困り顔です。


「その、ただの喧嘩ですから……」


「いやいや。ディートリヒ君も悩んでるみたいだし、お姉さんに相談して?」


 うーん。この子も抱え込むタイプなのかな。


「はあ。分かりました。実は兄に次期騎士団長に相応しくないと言って、それをきっかけに喧嘩に。次期騎士団長は自分が相応しいと思うのです。兄は中等部に入っても、まだブラッドマジックを使いこなせていないものですし」


「ふむふむ」


 やっぱり次期騎士団長を巡って争っているのか。


「ディートリヒ君はブラッドマジックが使えるから騎士団長に相応しいと思う?」


「はい。もう中等部でも通用するぐらいの能力はあるはずです!」


 意気込むなー。私と違って破滅フラグが周囲を取り囲んでいるわけでもないのにー。


「ダメだよ、ディートリヒ君。騎士団長とは確かにブラッドマジックの能力も必要とされるけれど、それだけじゃ足りないから」


「え? 他にも何か必要なものが? 剣の腕前だって兄には負けませんよ!」


 甘いな。ディートリヒ君は。


「騎士団長とはすなわち指揮官。そして、指揮官とは部下の生死を決定する人だ。この人の命令になら命を懸けてもいいと思われる人間じゃなければいけない。今の君はそういう人物になれていると思う?」


「それは……」


「ブラッドマジックも剣の腕前も必要だけど、それだけじゃ足りない。人間を惹きつける魅力と部下を鼓舞できる余裕がなければならない。今の君には余裕はないように、私には見えるよ」


 まあ、軍事書籍の受け売りなんですが。


「では、どのようにすればいいのでしょうか? 私は、その……」


「焦らない、焦らない。また初等部1年生、6歳だよ? 騎士団長になるまでの道のりは凄く長い。その間に君が指揮官としての素質を身に着け、その上でアドルフ様が騎士団長に相応しくないと思うなら、堂々と挑めばいい。それだけだよ」


 ディートリヒ君の声にならない葛藤に、私が諭すようにそう告げる。


 そうなのだ。まだこの子たちは6歳だ。騎士団長への道のりは長い。


 少なくとも私が在学中には問題を起こして欲しくはないかなー……。


「分かりました。すみません。やっぱり私は子供ですね」


「人は誰だって子供から成長するんだよ。失敗をばねにがんばろー!」


 そうそう。私たちはまだまだ成長の余地がある子供なのだ。君のお父さんの騎士団長さんも子供だった時期があるんだよ?


「はい! 頑張ります!」


 ディートリヒ君はそう告げると、満面の笑みを浮かべて去っていった。


「さて、ディートリヒ君の方はこれで解決できたのかな?」


「お姉様。きっと今ので本格的にディートリヒ様に惚れられてしまいましたよ」


「や、やだなあ、イリス。怖いこと言わないでよ」


 これ以上地雷を抱え込むのは勘弁だよ?


 その後、これは忌々しいフリードリヒから聞いた話だが、ディートリヒ君はアドルフに謝罪し、“今は”次期騎士団長はアドルフでいいと告げたそうだ。


 ディートリヒ君はそれから円卓にも姿を見せるようになり、どうにかこうにか騒動は収まった。……と思っていいのだろうか。


 この兄弟はいずれまた問題を起こしそうな気がしてならない。


 ああ。早くアドルフを攻略してくれ、ミーネ君。私の傷が浅いうちに。


…………………

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