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悪役令嬢、忘却の魔術に興味を出す

…………………


 ──悪役令嬢、忘却の魔術に興味を出す



 今日も今日とて冒険者ギルド。


 だが、ペトラさんたちは遠征中だ。


「おう! 誰かと思えば竜殺しの魔女じゃないか! 今日も獲物を探しに来たか!」


「そ、その竜殺しの魔女って言うのやめてくださいよ」


 格好いい名前なのだが、人前で呼ばれるのは恥ずかしいので勘弁して欲しい。


「ああ。そういえば、お前さんに会いたいって人が来てるぞ。そこのテーブルで待ってる奴だ。知り合いか?」


「え?」


 冒険者ギルドで私に用事がある人間って誰だ?


 ま、まさか、お父様が感づいて調べに来たとか……?


 不味いな……。知らないふりをしようか……。


「おーい! あんたらが待ってる竜殺しの魔女が来たぞー!」


 ぎゃー! おじさん、やめてー!


「待っていました。どうぞ、こちらへ」


 私を待ち構えていたのは3人の女性。ひとりはゲルトルートさん並みに大柄で黒いローブ、ひとりは私より1、2歳程度年上の少女で黒いローブ、ひとりは眼鏡をかけた若い女性で黒いローブ。


 な、なんだ、この黒いローブ率……。怪しすぎるぞ……。


「あ、あの、何の御用でしょうか?」


「アストリッドさん。あなたは奇妙な魔術を使うと聞きました。事実でしょうか?」


「まあ、少しは変わってますけど、基本はエレメンタルマジックとブラッドマジックですよ。別段不思議な魔術は使っていませんよ?」


「そうでしょうか? それだけならばできることも限られるでしょう?」


 眼鏡の女性が尋ねるのに私が答える。何だろう。この探るような喋り方は。何か私を調べようとしている?


「いいえ。エレメンタルマジックとブラッドマジックだけです」


「100歳を越える炎竜の討伐も、その基本的な魔術というもので成し遂げたと?」


「そんなところです」


 うーん。怪しいな。何を企んでいるんだろう。


「では、変わった魔術を学ぶつもりはありませんか? 忘れられた魔術を……」


「忘れられた魔術……」


 何だろうか。私が知る限り魔術にはエレメンタルマジックとブラッドマジックしかないはずなのだが……。


「心配するな。ここでの会話は外には聞こえない。だが、もっと安全な場所で話したいというのならば案内してやってもいいぞ」


 私より僅かに年上の少女はそう告げる。


「ところで、私のことを知ってるみたいですけど、そちらのお名前は?」


 不審人物3名に私はそう尋ねる。


「私はカミラ」


「あたしはヴァレンティーネ」


「私はセラフィーネだ」


 眼鏡の喋ってた人はカミラさん。大柄な人はヴァレンティーネさん。私よりちょっと年上の人はセラフィーネさん、と。


「皆さんは何の集まりで?」


 黒ローブ愛好会?


「私たちは魔女協会の魔女だ。魔女協会といっても何のことか分からないだろうがな」


「ええ。魔女協会ってなんです?」


 セラフィーネさんが告げるのに、私は更に首を傾げた。


「倫理や良心に囚われず、ひたすらに魔術を追求していくものたちの集まりです。今は協会員の数は50名程度ですが、我々は倫理によって強制的に忘れさせられた魔術を復活させるために努力しているのです」


 と、カミラさんが告げる。


 倫理や良心に囚われない魔術追求。


 恐ろしい響きではあるが惹かれる響きでもある。


「具体的な話はここじゃあできないな。流石に迂闊すぎる」


「ええ。そうですね。具体的な話は協会本部で教えましょう」


 ヴァレンティーネさんが告げるのに、カミラさんが頷いた。


「どうする? 来るか?」


「い、行きます!」


 セラフィーネさんの挑発的な言葉に思わず乗ってしまった。


「では、行きましょう。我々の本部へ」


 そう告げてカミラさんが立ち上がる。


 私はカミラさんの後ろを通り、冒険者ギルドを出る。


「おっ? 今日はそいつらと組むのか?」


「そ、そんなところです」


 冒険者のおじさんが告げるのに、私は硬い笑みを浮かべておいた。


 カミラさんたちはそのまま冒険者ギルドのある商業地区を10分ほど歩き、人気の無い路地裏に入った。この賑やかな商業地区で人が少ない場所があるとは珍しい。


 そして、その路地裏でカミラさんが立ち止まり、手をかざした。


「さて、門よ開け」


 カミラさんがそう唱えると──。


「えっ?」


 路地上の空間が引き裂かれ、真っ黒な空間が露わになった。


「さあ、参りましょう」


「通って大丈夫なんですか?」


 カミラさんがその割れ目に足を踏み入れたのに、私がうろたえる。


「大丈夫ですよ。問題はありません」


「これぐらいで怯えるならば知識に触れる価値はないな」


 カミラさんとセラフィーネがそれぞれそう告げる。


 ここまで言われては引き下がれない。私は舐められたままなのはイラつくのだ。私は一歩足を前に出して、黒い空間の中に踏み入った。


「おおっ!?」


 全くの暗闇だと思われていた場所に、学園の図書館のごとき空間が広がっていた。規模としては学園の図書館より遥かに巨大だ。本が並ぶ棚。らせん状の階段。建物の年齢を感じさせる古びた艶のある床。


「ここが魔女協会本部……。一体どこにあるんです?」


「空間と空間の狭間。全てに忘れられた領域。ここはどこでもあり、どこにもない」


 どうやら何かの空間異常を生じさせて、この場所を生み出したらしい。そんな魔術はエレメンタルマジックでも、ブラッドマジックでも聞いたことがない。完全に未知の魔術だ。これがブラッドマジックで見せられている幻覚でなければ。


「ブラッドマジックの幻覚ではないぞ。ブラッドマジックで見せてやるなら、もっと面白い幻覚を見せてやるさ」


 セラフィーネさんはそう告げて、小さく笑った。


「これが忘れられた魔術。ロストマジックです」


「ロストマジック……」


 完全に聞いたことがない話だ。事実なのだろうか。


「さて、お話ししましょう。竜殺しの魔女。私たちはあなたの才能に注目しました。奇妙な機械を土のエレメンタルマジックで作り、それで遥かに強力なエレメンタルマジックを行使したということは」


「いやあ。あれは大したものじゃないですよ?」


 あの魔術の詳細を聞かれると困るんだよ!


「謙遜も結構ですが、現実を見るべきですよ。あなたはたったひとりで年齢100歳となる普通では相手にできない炎竜を相手にして勝利した。そのことは讃えられるべきであり、同時に注目するべきことである」


 カミラさんはそう告げて大図書館の奥に向かう。


「では、ようこそ魔女協会本部へ。改めて自己紹介しましょう。私は協会長のカミラ。忘れられた魔術を後世に伝えるもの。いずれ、我々がそれを必要としたときに、全てが忘却されていることを防ぐためにも」


 え? この人が一番偉いひとだったの? 態度が一番大きいのはセラフィーネさんだったのに!? この一番謙虚そうな人がボスだったの!?


「ロストマジックの歴史については学園の学生であっても何もしらないでしょう。かつて、世界はエレメンタルマジックとブラッドマジックだけではなく、もっと可能性を持った魔術があったということは」


「ええ。聞いたことがないです。そんなものがあったなんて」


 そんなことはヴォルフ先生も他の学園の先生も図書館の本にも記されていない。


「ロストマジック──本来はナチュラルマジックと呼ばれるものは、膨大な可能性を秘めている魔術でした。ですが、その可能性があだとなり、人々は恐れ、忌み嫌い、時の権力者の手により抹消されました。今から2000年も昔の話です」


「2000年!」


 そりゃ2000年も経てば人々が忘れるには十分な時間だな。


「ロストマジックは可能性の魔術。そう簡単に忘れられては人類の可能性をも抹消することになる。その理念を基に魔女協会は誕生しました。今もロストマジックを引き継ぎ、そして魔術の可能性を探求し続けるために……」


 ふむ。崇高な目的のようだが、私なんかが呼ばれた理由がいまいち分からない。


「どうして私を?」


「あなたは既存の魔術から新たな可能性を見出しました。ならば、ロストマジックから更なる可能性を見出せるはずです。だから、あなたをここに呼んだ。我々のまだ知らぬ可能性を見出してくれることを祈って」


「むう。なんだか責任重大のような……」


 私はロストマジックのロの字も知らなかったわけだが、そんな私がロストマジックを行使して何かしらの可能性を紡げるものだろうか?


「もちろん、すぐに結果を出してくれとも、必ず結果をだしてくれとも言いません。我々は可能性のある人材を集めているだけですから。私は可能性の種を撒き、いずれそれが育つことを祈るのです」


 なるほど……。でも、忘れられた魔術をそんなにばら撒いてもいいのだろうか?


「ご安心を。私たちは信頼のおける人間だけを選んでいます。この魔術の可能性を潰えさせるよりも、可能性を開花させる方がいいと考えるだろう人を。あなたはこのロストマジックを潰えさせようとは考えないでしょう」


 心の中を読まれた!? ま、まさか、この人はお母様やヴァーリア先輩と同じ人種だろうか。それともロストマジックには心を読む魔術が……?


「あなたの問いに答えましょうか? 私があなたの考えていることがわかるのは、あなたがそれを顔に出しているからですよ」


「ありゃ」


 昔からポーカーフェイスは苦手だったがそこまでだったとは。


「では、我々の理念を理解していただけたならば、協会員として迎えましょう。どうしますか? 引き返すのであれば、今のうちですよ」


 どうしようか。運命との対決において、新しい力が得られると考えると、ここは手を結んだ方がいい気がする。だけれど、ロストマジックを使っていることを気付かれて、何らかの制裁を受ける可能性もある。


「考える時間はまだあります。ゆっくり考えてみてください。ここにある本は自由に見ても構いません。もし、あなたが協会員になることを辞退するならば、ここでの記憶は消去するので安心してください」


 へー。じゃあ、ちょっと見て回ろう。


「それにしても広い図書館ですね」


「ここには古今東西の魔術に関する本がある。国が締め上げて焚書にした本も山のごとく保存されている。その本を維持している魔術もロストマジックだ」


 私が図書館を見て回るのにセラフィーネさんがそう告げる。


「これの著者……エリアス・フォン・エンゲルハルト? これ、あの最初のブラッドマジックの呪殺を実現した人物の本ですか?」


「ああ。ここではロストマジックとして、術式が完全に失われたブラッドマジックも扱っている。私はブラッドマジック関係を専門としている。あの恐ろしいエンゲルハルトの呪いについても知識があるぞ」


 うひゃー。滅茶苦茶やばいところに来てしまった。


 だけれど、これはワクワクするぞ。私の望む魔術もここにあるかもしれない。


「よし! 決めました! 協会員になります!」


「では、あなたを歓迎しましょう、アストリッドさん。ようこそ魔女協会へ」


 やったぜ。これで私が運命を爆破する可能性も開けてきた。


 いやあ。有名になるのもそんなに悪いことじゃないなー!


…………………

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