悪役令嬢は年下男子にエスコートされる
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──悪役令嬢は年下男子にエスコートされる
懇親会の日がやってきた。
場所はいつものグランドホテル・ハーフェル。こればかりは思い付きで動き回ることに定評のあるヴァルトルート先輩にも変更できなかった。
だが、ヴァルトルート先輩のことだ。良くも悪くも何かサプライズを準備していてもおかしくはない。たまにシャレにならないことをやり出す人だから、ヴァルトルート先輩には警戒しておこう。
「お姉様?」
「なんでもないよ。けど、ちょっと気をつけておこうね」
私がきょろきょろと周囲を見渡すのに、イリスが怪訝そうに尋ねてくる。
ちなみに今日のドレスはイリスとお揃いの赤色のドレス。イリスの方は露出が少ない子供向けのそれだが、私の方はちょっと大人びたものだ。私も中等部に入ったのだからと、お母様が選んでくれたのだが……。
ペタン族にはつらい……。
「さあ、ディートリヒ君とヴェルナー君も待ってることだし、行こうか?」
「はい!」
私はイリスを伴って、グランドホテル・ハーフェルに入った。
「ああ。いらっしゃいましたか、イリス先輩」
「アストリッド先輩。今日はよろしくお願いします」
ホテルに入ると、ヴェルナー君とディートリヒ君が待っていた。
これまでは非常に険悪な仲だったふたりだが、最近はよくふたりで行動しているのを見かける。仲良しになったのかな?
「イリス先輩。ドレス、似合っておられますね」
「あ、ありがとうございます、ヴェルナー様」
おっと。小学生とは思えないセリフが飛び出しますよ。
「アストリッド先輩もそのドレスお似合いです」
「ありがとう、ディートリヒ君。君のタキシードも決まってるよ」
小学生とは思えないぐらいにディートリヒ君のタキシードは似合っていた。普通は七五三みたいになるはずなんだけどなー。
「では、行きましょう。イリス先輩、お手を」
「は、はい」
ヴェルナー君が手を差し出すのに、イリスがおどおどと手を握る。初々しいなー。
「ア、アストリッド先輩、お手を」
「よろしくね」
私は若干照れた様子のディートリヒ君の手に、自分の手を重ねる。
そして、私たちは手を握り合って、会場であるホールに入った。
会場は相変わらず盛況だ。現在の円卓のメンバーはもとより、元円卓のメンバーだった先輩方も揃い、人で満ちている。
「これが懇親会なのですね」
「ああ。ディートリヒ君は初めてだったね。そんなに歴史は深くないけれど、前の会長さんが始めたイベントなんだ。フリードリヒ殿下が参加してるから、こうやって大勢の人が来るんだよ」
皇室とのコネは誰でも欲しいのだろう。毎年参加人数は増えている気がする。
「そうだったのですか。これだけの方が集まるものだとは思ってみませんでした」
ディートリヒ君は感心したようにそう告げる。
「まあ、ある意味じゃ身内の集まりだし、気楽にいこー!」
「は、はい!」
私はディートリヒ君を連れてOBOGの方々を探す。
イリスとヴェルナー君はふたりにしてあげないとね。将来の結婚に備えて、仲良しになって欲しい。人見知りの激しいイリスでも気に入った相手だから、きっと上手くいくとはおもうんだけどね。
「あっ! ローラ先輩!」
私は人ごみの中からローラ先輩を発見した。
あのお菓子食べ放題のローラ先輩だが、まるで太っている様子がない。本当に代謝がいいんだな。私もそれなり以上に運動しているから太らないけれど。
「あら、アストリッドちゃん! お久しぶりね!」
そう告げるローラ先輩の傍にはローラ先輩よりちょっと年下っぽい男性が。
「そちらの方は?」
「こっちは私の夫のミヒャエルよ。ついに結婚したの。3年も待たされたんだから」
そっかー。ローラ先輩もついに結婚したんだ。学士課程は途中で辞めたんだろうけど、それでも随分と幸せそうだ。家庭円満な新婚さんって感じがする。実に羨ましい。
私の将来はトホホなものしかなさそうなのに。よよよ……。
「ミヒャエルです。どうぞよろしくアストリッド嬢」
「こちらこそよろしくお願いします、ミヒャエル様」
うん。いい人そうだ。ローラ先輩もいい人捕まえたな。
「ところで、そちらの男の子は?」
「ヴァレンシュタイン家のディートリヒ君です。今日は私のエスコートを」
ローラ先輩が興味あり気な視線でディートリヒ君を見るので私がディートリヒ君を紹介する。
「よろしくね、ディートリヒ君。初等部1年生ってところかしら?」
「はい。初等部1年です。よろしくお願いします、ローラ先輩」
ローラ先輩が見事にディートリヒ君の年齢を当てて見せるのに、ディートリヒ君がスムーズな流れで頭を下げて挨拶した。
「それにしてもアストリッドちゃんもいい子を捕まえたわね」
「へ?」
急にローラ先輩が小声で告げるのに、私が首を傾げる。
「私も年上が好みだったんだけど、ミヒャエルと付き合い始めてから年下の方がいいって気付いたのよ。反応が初々しいし、頑張ってリードしてくれるところを見ると可愛くてね。アストリッドちゃんもディートリヒ君と付き合っているのでしょう?」
「ち、違いますよ。私がボッチだからディートリヒ君が見るに見かねてエスコートしてくれてるだけですって」
私はフリードリヒと付き合っていると誤解されたり、ディートリヒ君と付き合っていると誤解されたり、誤解されてばかりだな。
「なら、やっぱりフリードリヒ殿下?」
「それだけは絶対にないです」
ローラ先輩ー! 私はあいつは嫌だって言ったじゃん!
「ふむ。恋はこれからってところなのかしら?」
「そんなところですね」
私の恋はスタートラインについてすらいませんよ。
「なら、青春を満喫してね。自由に恋ができるのも学生の間だけよ。それから相手が思い浮かばないのならば、その手は離さない方がいいわ」
ローラ先輩は小さく笑ってそう告げると、私たちに手を振って去っていった。
「アストリッド先輩。ローラ先輩はなんと?」
「こ、これからの恋を頑張ってねって。まだ気が早いよね」
私が慌ててディートリヒ君にそう告げる。
「そうでしょうか。アストリッド先輩が卒業される時には私はまだ中等部の生徒ですが、4年待っていただければ……」
そう告げてディートリヒ君は顔を真っ赤にした。
「な、なんでもありません。聞かなかったことにしてください」
な、なんと。割と本気なのか、この子。
ローラ先輩は年下の魅力を語っていたが、やっぱり私は年上に余裕をもってリードして貰いたい。だけど、ディートリヒ君がそこまで本気なら……。
いやいや。早まるな、私。こういうことは慎重に考えなければ。
ディートリヒ君も今は私に好意を寄せているかもしれないけれど、ディートリヒ君は選ぶ立場だ。私より魅力的な子を見つけたら、そっちに流れるだろう。ディートリヒ君はまた初等部1年でこれからいろいろと出会いがあるのだから。
それにやっぱり私は年上が好きだ。
「アストリッドさん?」
私がそんなことを考えていたとき、声が掛けられた。
「あ! ヴァーリア先輩!」
「夏休み以来ね。元気にしていたかしら?」
そう告げるヴァーリア先輩のお腹は膨れていた。そうだった。ヴァーリア先輩は子供を授かったんだった。今は妊娠何ヶ月ぐらいだろう?
「お腹の中の赤ちゃんは元気ですか?」
「元気よ。お医者さんも成長に問題はないって。ねえ、オイゲン?」
ヴァーリア先輩はそう告げて横に立っているオイゲン様を見た。オイゲン様も幸せそうな表情をしている。
「それにしてもやっぱり、ね?」
「な、なにがやっぱりなのでしょう?」
うー……。ヴァーリア先輩は一目でディートリヒ君が私に興味あるっぽいと見抜いているんだよな。どういう手段を使ったのだろう。読心術でも使ったのかな。そんなブラッドマジックあったっけ?
「あなたたちも幸せになってね。アストリッドさんも積極的にならなきゃダメよ?」
「はーい……」
うう。私は自分からぐいぐい行くより、引っ張ってくれる男子の方がいいんだよ。恋愛に関しては完全に奥手なんだ。
「ディートリヒ君、ごめんね。知らない人とばっかり話してて」
「いえ。大丈夫です。自分も今のうちに社交界に慣れておきたいですから」
子供だからもっとわがまま言っていいんだぞ?
「会場にお集まりの皆さまー!」
と、唐突にヴァルトルート先輩の声が響いた。
おいおい。演台に立っているけど、何をするつもりだ?
「今日は懐かしい顔ぶれや新しい顔ぶれと出会えてよき日になったことと思います。それでは今回のめでたい日を祝って、メインディッシュをご用意いたしました! どうぞ、ご堪能ください!」
……一体何を出すつもりなんだろう。ヴァルトルート先輩は時々心配になる。
ヴァルトルート先輩の合図で運び込まれてきたのは──。
「おおっ! クラーケン!」
なんと、クラーケン料理だった!
「クラーケンの焼き物。クラーケンの揚げ物。クラーケンのスープ。エトセトラ。特別に今日のためにご用意した品です。満足していただけるかと思います」
流石に鮮度とかを考えると刺身はないが、それでも豪勢なクラーケン尽くしだ。
ヴァルトルート先輩。変なことするんじゃないかって心配してごめんなさい……。
「ディートリヒ君。行こう。クラーケンはとっても希少でおいしいらしいよ」
「はい。アストリッド先輩」
懇親会は立食形式なので、早い者勝ちだ。
私とディートリヒ君はせっかくのクラーケンを食べ損ねないように小走りに急ぐ。いけない、いけない。がっついてるみたいだ。淑女らしくないぞ。速度を落とそう。
「ほら! アストリッドちゃん! クラーケン料理よ! 煮てよし、焼いてよし、揚げてよしの脅威の食材!」
「ノ、ノリノリですね、ヴァルトルート先輩」
ヴァルトルート先輩はクラーケン業界の回し者かと疑いたくなるほどにクラーケンを押してくる。
「じゃあ、私は揚げ物をいただきますね」
「私は焼いたものを」
私とディートリヒ君はそれぞれ別の料理を選んでパクリと口に運んだ。
「お、おいしい!」
「でしょう?」
噛み応えがありながら、脂身が溶けるようなジューシーな感触。初めての食感だ。それに味もシンプルながら食感にマッチしている。これはヴァルトルート先輩が推薦するというものだ。
「おいしいね、ディートリヒ君」
「ええ。とてもおいしいです。クラーケンとはただの不気味な怪物ではなく、料理の食材として優れていたのですね」
そう告げるディートリヒ君は食欲に勝てなかったのか、クラーケンの焼き物のソースが僅かに頬についていた。
「ここ、ソースついてるよ」
私はハンカチでディートリヒ君の頬を拭った。子供らしいすべすべ肌だ。
「す、すいません、アストリッド先輩。ハンカチは洗って返しますので……」
「いいの、いいの。気にしないで。さ、一通り味見してみよー!」
ディートリヒ君のちょっと小学生っぽい一面が見れて私は満足ですよ。
そうそう。相手は小学生1年生。そして、私は中学生1年生。どぎまぎする必要などないのだ。
そう思うと安心してディートリヒ君と接することができるようになった。
私たちはクラーケンのたこ焼きならぬクラーケン焼きを最後に味わい、お腹いっぱいになった。本当にクラーケンはいいものだ。私の家が取り潰しになったら、クラーケン漁師になろうかなー。
そんなこんなで懇親会は無事終了。
「楽しかったね、ディートリヒ君」
「はい。とても楽しかったです」
私たちは帰りにイリスとヴェルナー君と合流し、私は満腹のあまり馬車の中で居眠りしながら、家に帰ったのだった。
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