悪役令嬢はドラゴン討伐なるか
…………………
──悪役令嬢はドラゴン討伐なるか
炎竜討伐のクエスト開始──!
舞台はエーギル盆地。茂みに覆われたそこに炎竜が寝ていた。
私たちは音もなく、再び炎竜を見渡せる場所にまで戻り、炎竜との戦いに備えた。攻撃は一斉に行われる手はずになっており、攻撃開始の合図は指揮官の渋いおじさんが狼煙を上げて合図することになっている。
「じゃあ、行きますか」
私はブラッドマジックを全力で行使すると同時に、口径120ミリライフル砲に微量の魔力を流して、身体とのシンクロを実現する。これで照準は完璧だ。砲弾は狙った場所に叩き込まれるだろう。
「ペトラさん。行けます?」
「ああ。今日という日に備えて、爆裂矢を準備してる。炎竜でもこれで多少なりは酷い目に遭うはずだ」
ペトラさんは矢の先端に火薬の詰まった筒を備えた矢を持ってきていた。ペトラさんは炎竜との距離を測り、それに応じて導火線の長さを調節する。
ふむ。火薬はあるのに初歩的な火砲や銃器がないのは何故だろう? ひょっとして文明レベルがモンゴル帝国なのかな?
「前衛は任せてくれ。君たちのことは必ず守って見せる」
「任せてねー。ペトラとアストリッドちゃんのことは私が守るよー」
うう。ゲルトルートとエルネスタさんが頼もしい。特にゲルトルートさんが男の人だったら惚れてた。ああ。ゲルトルートさん年上で統率力もあるし、男の人だったらなー。
「おっと。狼煙が上がったぞ」
「攻撃開始ですね?」
「ああ。攻撃開始だ」
私とペトラさんは炎竜に狙いを定めると──。
「行けーっ!」
私の口径120ミリライフル砲が火を噴く。騒音と装薬の噴煙はブラウが消し、私はブラッドマジックで増幅した筋肉で引き金を引き、砲弾を炎竜に向けて叩き込んだ。
「ゴオオオォォォッ!」
私の放った砲弾は見事、炎竜の腹部に命中した。
対戦車榴弾という名ながら戦車を撃破できない砲弾でも、炎竜に対しては大ダメージ。モンロー・ノイマン効果でメタルジェットが炎竜の体内に流し込まれ、炎竜の内臓を焼いて、奴をもだえ苦しませる。
だが、この一撃だけでは炎竜は仕留められなかった。炎竜は対戦車榴弾を受けても怒りに身をも燃やし、羽ばたき始めると空の上に舞い上がり始める。
「ちっ! 面倒な!」
ペトラさんの弓は炎竜が風のエレメンタルマジックを使って暴風を巻き起こしているから使えない。しかし、魔術攻撃なら通用するはずだ。
「炎よ!」
パーティーの魔術師たちは6名。6名が爆裂の魔術を使って炎竜を地面に叩き落そうとする。だが。炎竜は少し揺らぎはすれど爆裂の魔術をものともせず、ぐるりと盆地を旋回し、火炎放射を地上に向けて浴びせかける。
「うわっ! 助けてくれ!」
前衛の人たちが悲鳴を上げて炎で焼かれる。
「ゲルトルート! こっちにくるぞ!」
「させるか!」
私たちの方にも炎竜が突入してきた。鋭い爪でゲルトルートさんを狙うが、ゲルトルートさんは盾でその攻撃を受け止め、受け流した。
わー! 凄い男前!
「魔術師! 攻撃はいい! 治癒を! 死者を出すな!」
指揮官の渋いおじさんは魔術師の攻撃をやめさせ、仲間を助けようとしている。いい人だな。だけれど、私は炎竜を仕留めるよ。そうじゃないと被害が尋常じゃなく拡大してしまうからね。
「動目標だけれど──!」
私の脳内FCSは炎竜の動きを追尾し、砲弾を叩き込む。
「ゴオオォォッ……!」
よし。盆地内に落ちた。
「さあ、トカゲの黒焼きになってしまえ!」
私は落下した炎竜にありったけの砲弾を叩き込んだ。
1発、2発、3発!
さすがの炎竜も対戦車榴弾5発を受けては耐えきれない。炎竜は力なく倒れ、黒煙を吐きながら盆地の中で物言わぬ屍となった。
「その、凄い威力なのだな、それは……。炎竜を瞬く間に仕留めてしまうとは……」
「自慢の武器です」
ゲルトルートさんが驚愕の表情で私を見るのに私はどや顔。
「マスター! 不味いですよ! 膨大な風のエレメンタルマジックを使っている存在がこっちに近づいているです! これはドラゴンの反応ですよ!」
「なんだってっ!?」
ドラゴンのお替わりなんて聞いてないぞ!
「皆さん! もう1体ドラゴンが来ます! 油断しないでください!」
「なっ……!」
私の言葉に冒険者の皆さんが驚愕する。
「来た──!」
そして、上空から現れたのは私たちが森の中で見つけたのと同じ、ちょっとした大型旅客機サイズの炎竜だ。新たな炎竜は周囲を見渡すと、仲間である炎竜の死体を見つけ、ゆっくりと死体に舞い降りている。
「きっとあれがガルム山脈の炎竜が探していた繁殖相手だろう。恐らく激怒しているぞ。あれを相手にするのは、少しばかり面倒というところではないな。相手にするなら死人を覚悟しなければならない」
「そうはさせませんよ。みんなで勝利して、報酬をいただくんです」
私はそう告げると10枚の魔術札を取り出し、土のエレメンタルマジックを使って砲弾を生成する。そしてレボルバーのシリンダに砲弾を詰め込む準備を整える。
「炎よ!」
今は魔術師の皆さんが炎竜を地面に押し付けている。
だが、それだけでは足りないだろう。足りない部分は──。
「榴弾砲てーっ!」
口径155ミリ使い捨て榴弾砲が一斉に火を噴き、盆地が爆炎と粉塵で覆い尽くされた。この口径の榴弾砲ならば、直撃せずとも炎竜を押さえつけることは可能だ。加えて、魔術師の皆さんの火力もあれば、装填するまでの時間は稼げる。
私は空薬莢を消去し、新たな砲弾をシリンダーに装填し、口径120ミリ砲の発射準備を整え終えた。
後は奴が飛び回る前にケリをつけるだけだ。
「ゲルトルートさん! ちょっと走りますね!」
「なんだって?」
私の言葉にゲルトルートさんが困惑するが、私はそれを半ば無視して、盆地の周辺の山を駆け巡り、口径155ミリ榴弾砲を消去し、魔術札を使って再度使い捨て榴弾砲を生成しながら駆け抜ける。
もちろん、口径155ミリ榴弾砲を形成していくと同時に、口径120ミリライフル砲で敵を吹き飛ばすことも忘れない。粉塵のせいで見えにくくなっているが、馬鹿でかいおかげで、狙いを定めるのには苦労しない。
1発、2発、3発、4発。
次々に私は対戦車榴弾を叩き込んでいくが、まだまだドラゴンが倒れる様子はない。
「アストリッド! 退避してくれ! このままでは危険だ!」
「そうだよ! 危ないよー!」
ゲルトルートさんとエルネスタさんが止めるが、それを無視して私は口径120ミリライフル砲でなるべく命中しやすい腹部を狙って攻撃する。
「畜生。ここは退くべきだろうがっ!」
ペトラさんが呆れたように告げながら、爆裂矢を叩き込む。ペトラさんの狙いも新しい炎竜の頭に向けて放ち、顔面で炸裂した爆裂矢が目を潰された炎竜に隙が生じる。
「弾切れ! 使い捨て榴弾砲一斉射撃!」
私はペトラさんたちが稼いだ時間を使い、新手の炎竜に向けて設置した12門の使い捨て榴弾砲が雨あられと砲弾を降り注がせていく。炎竜の雄叫びが響き、奴は翼と風のエレメンタルマジックを使って離陸し、私たちの周囲を旋回し始めた。
そして、地上に火炎放射──これは火のエレメンタルマジックだ──を浴びせていき、冒険者たちが次々に倒れ、魔術師が治癒の魔術を施す。この世界の治癒の魔術は恐ろしいほどよく効く。即死しない限りは大丈夫だ。
「皆! 逃げろ! これだけのパーティーでは100年越えの炎竜の相手は無理だ!」
何を言っているんだい、渋いおじさん。パーティーはこれからだ。
私は素早く砲弾を再装填すると、旋回する炎竜めがけて狙いを定める。
砲は面白いように私の狙った場所に着弾する。これならばっ!
「炎竜が来るぞー! 退避しろ! 退避だ!」
冒険者の皆さんは炎竜の威圧感に気圧されて、退避し始める。既に参加したパーティーの半分が負傷し、生き残っている魔術師たちは仲間の治癒で手一杯。ペトラさんの弓矢も暴風のせいで効果が発揮できない。
「畜生。ここは逃げるしかなさそうだぜ」
「ああ。かなり危険だ」
あれ? ペトラさんとゲルトルートさんが撤退を考えている。
「逃げよう、逃げよう。危ないよー」
「いえ。ここまで来たら私だけでもやって見せます!」
エルネスタさんが告げるが、私は引かない。
私は再び盆地の山を駆け巡ると、使い捨て榴弾砲を設置してく。今度は24門もの使い捨て榴弾砲だ。確実にトドメを刺してやる。
私は空の王者のごとく振る舞う生意気なトカゲ相手に、口径120ミリライフル砲の狙いを定めた。狙いは翼の付け根。そこを叩き壊してやれば、奴は地上に落ちて、いい的になるだろう。
どんぴしゃり。私の狙いは的確で、翼の付け根を吹き飛ばした。
いくら風のエレメンタルマジックで飛行が補助されていても、揚力を生み出す翼がなければ、地面に落下だ。ようこそ、地上へ、トカゲ君。
「さあ! これで最後だ!」
使い捨て榴弾砲が一斉に火を噴き、新しい巨大炎竜を地上に押し付ける。
そして私は──。
「これでトドメだ! くたばれ、クソトカゲ!」
私は狙いを定めると、ありったけの砲弾を炎竜の頭に叩き込んだ。
炎竜は悲鳴を上げることすらできなかった。その頭部は半分ほど吹き飛び、脳漿を垂らして痙攣している。
そして、ついにその巨体が地面に倒れ込み、動かなくなった。
「やったー! ドラゴンを倒したぞー!」
私は喜びに飛び跳ね、歓声を上げる。
「ま、まさか100年クラスの炎竜をほとんどひとりだけで倒すなんて」
「信じられない。夢でも見ているのか……」
冒険者の皆さんは私が行った行為に驚いている。
「倒しましたよ、ゲルトルートさん、エルネスタさん、ペトラさん!」
「ああ。凄いな……。思った以上の強敵だったが、ほとんどひとりで倒してしまうとは、本当に君は手伝い魔術師なのか?」
「そうです。しがない学生です」
ここまで驚かれると私としても嬉しい。鼻が天狗になってしまいそうだ。
「お嬢ちゃん。その魔術は学園で教わったのか?」
「いいえ。自己流です。参考にさせていただいてるものはいろいろとありますけれど」
そう、私の兵器は現実世界の兵器開発メーカーさんと軍事雑誌とヴォルフ先生と学園の先生方に支えられているのだ。これが私ひとりだけだったら、こんなことはできなかっただろう。
「このでかい方の炎竜を仕留めた報酬はお嬢ちゃんに全額やらないとな。俺たちは何の役にも立たなかったわけだし」
「いいえ。皆さん有ってこその勝利です。報酬は山分けしましょう?」
これからも手伝い魔術師をやるならば、それぞれのパーティーの皆さんとは仲良くしておいた方がいい。この調子なら、炎竜討伐以上のお金が稼げそうだしね!
「それでいいのか?」
「いいんですよ」
「欲のない奴だな。しかし、申し訳なくなる」
欲はばりばりありますよ。金銭欲に塗れています。ですが、ペトラさんとも報酬は山分けしようって約束していたし。
「じゃあ、帰ろうか。討伐の証に牙を持って行かないとな」
かくて、私の炎竜討伐は終了した。
私の報酬はなんと60万マルク! 大稼ぎした!
だが、この日から私のことは“竜殺しの魔女”と呼ばれることになり、私としてはそんな物騒なあだ名より、もっと可愛いあだ名が欲しかったなと思ったのだった。
まあ、こういう中二病的なあだ名も嫌いじゃありませんけどね!
…………………