悪役令嬢とドラゴン
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──悪役令嬢とドラゴン
私はこのところ頻繁に冒険者ギルドに出入りしている。
目的は炎竜の討伐クエストだ。
これが発注されたらゲルトルートさんのパーティーに加えて貰って、ドラゴンと戦うのである。なるべくなら週末の自由時間が長い時に発注して欲しい。そう願って、今か今かと炎竜討伐クエストが貼りだされていないか掲示板を見るが……。
ない。いつまで経っても貼りだされる気配がない。
「はああ……」
「今日も貼りだされなかったな、炎竜討伐クエスト」
私がため息を吐く横で、ペトラさんがそう告げる。
「どういうことなんでしょう? 国は炎竜とかこのまま放置しても大丈夫だと思ってるんですか?」
「そうかもしれない。炎竜が特に人的被害をもたらさなければ、このまま放置して事態を見守ろうと考えるだろう。クエストを発注すれば国はクエスト報酬を支払わなければならなくなる。下手に手を出し、被害が出た上、クエスト報酬という出費まで強いられるのは国としてはあまり嬉しくない」
がーん。日本じゃ怪獣が出現したらすぐに自衛隊が駆けつけて退治するのに……。この世界の住民たちは暢気すぎるのではないだろうか。
人が死んだり、怪我したりするまで放置とか、そりゃないよ……。
「大変だ! 炎竜がとうとう村を襲ったぞ!」
「何っ! 本当か!?」
おっと。そんなことを考えていたら聞き逃せない言葉が。
「ああ。ロムって村で壊滅状態らしい」
「人的被害は!? 人的被害はでちゃいましたか!?」
知らせを告げてきた冒険者のおじさんに私が必死に尋ねる。
「あ、ああ。村人5人と騎士が3人、死傷したらしい。家畜は全て食われちまって」
喜んじゃいけないことなのは分かるけど、これでようやく炎竜討伐クエストが貼りだされることになるぞっ! 馬鹿政府め! もっと早く炎竜討伐クエストを発注していれば哀れなロムの村の住民は救われたというのに!
私は喜びと怒りの両方を感じながら、ペトラさんたちと視線を合わせた。
「いよいよか」
「やるときは誘うから、あたしらのパーティーに入ってくれよ」
「腕がなるー!」
さあ、炎竜よ。貴様も年貢の納め時だぞ。
このアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク様が地獄に叩き落してやる!
さて、じゃあ来たるべき日に備えて爆裂の魔術札を増産しておかないとな。
ふふふ。クエスト報酬は美味しいし、実弾射撃演習ができるのも美味しいし、炎竜君には私の破滅を避けるための生贄になって貰うとしよう……。
楽しみ、楽しみ。
……でも、クエストが週末じゃないと遠出はできないんだよなー……。
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週末。
ついに炎竜討伐クエストが国から発注された。
冒険者ギルドは大騒ぎになり、冒険者たちは待ってましたとばかり、受注手続きに向かう。流石は炎竜という危険な怪物と相手にするだけあって、どの冒険者も装備がしっかりと整い、鍛え上げられた雰囲気を発していた。
「よし、じゃあ行くか?」
「行きましょう!」
国よ、炎竜よ、私が遠出できる週末にクエストを発注してくれてありがとう! 私は表向きはミーネ君の家に遊びに行っていることになっているので、この週末は思う存分に炎竜討伐と行けるぜ! 行くぜ、行くぜー!
ゲルトルートさんたちと私のパーティーも炎竜討伐を受注し、馬車で炎竜が確認された場所へと向かった。なんでも今炎竜はエーギル盆地という場所を拠点に活動しているらしい。炎竜って火山に住んでそうだけど、そんなことはないのか。
「ええっと。これがエーギル盆地の地図ですね」
「そうだ。確認されているのはこの中央だ」
うわっ! この炎竜お尋ねものの分際でまるで隠れる気がない!
勇気があるのか、お馬鹿さんなのか……。
「盆地の広さはそこまで広くないな。参加するパーティー全員で包囲すれば、やれないことはない。ここで逃がさず仕留めておきたいところだ」
「ですねー。盆地なら高所からありったけ攻撃を浴びせかけられますし、敵の姿を見逃すこともないですから」
ペトラさんが告げるのに私が頷く。
「だけど、本当に大丈夫かなー? あの森で見た炎竜って凄いサイズだったし、もうあれは100年は生きている奴だよ。簡単に倒せるかなー?」
エルネスタさんがそんな不穏なことを。
「ギルドのデータだとあれがガルム山脈から飛来した炎竜なら、せいぜい30年程度の成体のはずだがな……。情報がどこかで食い違っているのか?」
え? 何か不穏な雰囲気になってきてるんですけど……。
「大丈夫だろ。不味くなったら逃げ出せばいい。さささってな。この手のクエストは失敗しても罰則はない。馬鹿正直にやる必要はないんだよ」
ペトラさんは楽観的だ。確かに報酬が貰えないのは面倒だけれど、命を失うよりましだよね。まあ、私はでかいトカゲ程度に負ける気はないですけどね。
「そろそろ到着だぞ。準備はいいか?」
「あたしはいつでも準備万端だ」
「私もいけるよー」
ゲルトルートさんが確認するのに、ペトラさんとエルネスタさんが頷く。
「私も行けます! さあ、ドラゴンを吹っ飛ばしてやりましょう!」
ふふふ。炎竜よ。私の実弾演習の的となり、私の将来の貯蓄となるがいい。
さて、馬車が止まった。これからは歩きだ。
エーギル盆地までは徒歩1時間。私は大荷物を背負っているが、ブラッドマジックさえ使っていれば何時間でも歩いてられる。ブラッドマジック様様だな。
ゲルトルートさんたちにもブラッドマジック使いましょうか? と提案したのだが、ちょっと怖いということで拒否された。
うーん。一般の人にはブラッドマジックへの忌避感が強いのかな? ブラッドマジックにも正負の側面があるけれど、一般の人には呪殺という負の側面の方が強い印象になっているのだろうか?
まあ、嫌だという人に無理やりブラッドマジックを使うわけにもいかないので、ここは大人しく自分にだけブラッドマジックを使っておく。
そして、歩くこと約1時間。
ついに私たちは炎竜に遭遇した。
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「あれが炎竜か……」
「迫力ありますね……」
ペトラさんと私は炎竜を目撃した。
サイズは何故か森で見かけたものよりも小さい。だが、それでも迫力満点だ。こんなものが普通に闊歩しているとは、恐ろしい世の中である。というか、乙女ゲーの世界に何故こんなドラゴンが必要なんだ?
まあ、いいや。実弾演習の的になって貰おう。
「じゃあ、私は準備しますね」
「準備?」
ゲルトルートさんが首を傾げるのに、私はそそくさと盆地の周りに口径155ミリ使い捨て榴弾砲を設置する。全部で12門。時計の文字のように配置した。これだけ火力があれば、ひとたまりもないだろう。
「で、我が必殺の口径120ミリライフル砲だっ!」
「おおっ!?」
私が5発の成形炸薬弾の構造をした対戦車榴弾が収められた砲を取り出して見せる。すると、ゲルトルートさんたちや他の炎竜討伐に参加した冒険者の皆さん方が驚きに声を漏らした。
「アストリッド。それは……」
「魔術で作った武器です。危険なので後方には立たないでくださいね」
後方にいられると漏れ出た装薬の噴煙を浴びさせる羽目になってしまう。
「了解した。しかし、君は凄いな。そんな巨大な武器を……」
ゲルトルートさんは呆れているような、あるいは感心しているような声を漏らす。
「作戦会議だってよ。ゲルトルート。行こうぜ」
「ああ」
今回は複数のパーティーでの作戦だ。指揮を執るのはもっとも実績の高いパーティーで、渋いおじさんがリーダーだった。このおじさんが今回の炎竜討伐の指揮官というわけになる。
「作戦はシンプルだ」
と、おじさんは告げる。
「魔術師と弓兵の火力がメインの攻撃手段となる。不用意に炎竜相手に近接攻撃を挑めば炭にされるのがオチだからな」
このパーティーには私以外に何人の魔術師がいるのだろうか? 下手に貴族の魔術師が混じってたりすると顔を見られて不味いことになりそうだが。まあ、公爵家と顔見知りの大貴族なら冒険者にはならないだろう。
「近接を担当する戦士たちは魔術師と弓兵の援護だ。万が一魔術師や弓兵が危機に晒されたら命がけで守ってやれ。いいな?」
うわー。きっつい仕事だな。魔術師と弓兵の攻撃で怒り狂った炎竜が攻撃を仕掛けてくるのを剣と盾で防ぐだなんて。もしも、火炎放射とか浴びたらひとたまりもないんじゃないのか?
「それで聞きたいんだが、あの変な筒を設置したのは誰だ?」
「あ。はい。私です!」
怪訝そうに指揮官の渋いおじさんが尋ねるのに、私がぴょんと手を上げる。
「随分と若い魔術師だな。それに何だ、その馬鹿でかい筒のようなものは……? で、あれは何なんだ? 望遠鏡か何かか?」
「違いますよ。これと同じで武器です。凄い威力ですけれど、凄い音がしますからあまり傍には寄らない方がいいですよ。もし、近づくときは耳を塞いで、口を開いてから衝撃に備えてください」
「な、なんだそれは……?」
榴弾砲は強力だけれど、うるさいのだ。人体に影響が出るレベルでうるさいのだ。
「とにかく火力については私にお任せを。報酬分の仕事はして見せますよ」
「そうか。まだ若いのに戦意に満ちてるな。いいことだ」
指揮官の渋いおじさんはうんうんと感心したように頷いていた。
「じゃあ、お前ら! 配置に就け! パーティー同士で密集はするなよ! 火炎放射で薙ぎ払われるからな!」
「応っ!」
おお。皆が一致団結している。今日会ったばかりのパーティーもいるのにこの団結力は素晴らしいな。もう、冒険者の方々だけで倒せてしまいそうだ。
「さて、やりますか!」
私も負けてはいられない。相手がドラゴンだろうと、破滅フラグに比べれば赤子のようなものだぜ。
こうして、私の炎竜討伐クエストが開始された。
だが、不審に思うべきだったのだ。
目標の炎竜が私たちが森で発見したものよりも幾分か小さかったことに。年齢30歳程度のはずの炎竜が、何故かエルネスタさんには100年を超えたヴィンテージものの炎竜に見えていたのか。
だが、もうクエストは始まってしまった。
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