悪役令嬢はプチ反抗期をどうにかしたい
…………………
──悪役令嬢はプチ反抗期をどうにかしたい
来たるべき炎竜討伐に備えて私は訓練を始めた。
まず炎竜を倒すのに必要なのは火力だ。
私の口径120ミリライフル砲ではまだ威力不足の虞があった。
そこで──。
「撃てっー!」
私が魔力を送り込むと、一斉に砲声が響いた。
「な、なんですの、アストリッド様? 何をなさっているのですか?」
「うーん。使い捨て野砲を使った演習かな」
私が外でけたたましい砲声を響かせているのに、ミーネ君たちが心配してやってきた。ブラウは炎竜討伐に反対で砲声を消すのをストライキしている。後で円卓のお菓子を上げて機嫌を取ろう。
で、砲声を響かせているのは、口径155ミリ使い捨て榴弾砲だ。
装填されている弾は1発だけで、これを私の周囲に設置し、私が魔力を注ぎ込むと装薬となる魔術札が炸裂して砲弾を撃ち出すのだ。ただし、1発限りというあまり経済的ではない代物。
とはいえ、火力が増えるのは望ましい。私の口径120ミリライフル砲では5発しか連続射撃はできない。装填には時間がかかり、どうしても隙が生じる。その隙を埋めるのが、この口径155ミリ使い捨て榴弾砲だ。
本当ならこの口径の榴弾砲は曲射するものなのだが、使い捨てにつき、射撃修正などはできないため、直接射撃を狙う。
作戦としてはこうだ。
まずはドラゴンを冒険者の皆さんが足止めする。その間に私はこの使い捨て砲を設置して回り、設置完了次第私も戦闘加入してまずは口径120ミリライフル砲の砲弾をどかどかと叩き込む。
そして、砲弾が尽きたら使い捨て砲に砲撃を行わせて相手を押しとどめ、その隙に私は砲弾の生成と装填を実行する。
冒険者の人たちも、流石にあの巨体に近接攻撃は仕掛けないだろうから、お互いに遠隔攻撃で息を合わせて火力を以て炎竜を叩きのめすのだ。
「こんなものを作られて、アストリッド様は何と戦われるおつもりなのですか?」
「秘密♪」
流石にミーネ君たちもドラゴン退治に参加することは話せない。私が手伝い魔術師をやっていることそのものが秘密なのだから。
「後は設置後に狙いを変えられればなあー」
私の悩んでいるのはドラゴンは動き回るものであり、一点だけを狙った使い捨て砲では意味がなくなる恐れがあることだった。
「こうなりゃ。面制圧でいくか。物量で勝負だ」
炎竜がいる、いる可能性がある場所全体に向けて、無数の砲弾を叩き込んで面で火力を投射してやれば、流石の炎竜君も逃げられまい。私はありったけの物量を以て、炎竜君をぶちのめすと決めた。
「アストリッド様。あまり危険なことはなさらないでくださいね……」
「分かってるって。危ないことはしないよ」
そうミーネ君に約束していたときだ。
「う、うう……」
「ロッテ!? どうしたの!?」
私は部室棟の方からロッテ君が泣きながら出て来るところを目撃した。
「お猿のピンク君に噛まれた? それなら治療するよ!」
「違うのです、アストリッド様。私、シルヴィオ様に嫌われてしまったようなのです」
なんだって!? 君たち話で聞く限り上手く行ってたじゃないか!?
「ど、どうしてシルヴィオ様に嫌われてると思ったの?」
「私が最近、シルヴィオ様の元気がないようなのでお声をおかけしたら、今は放っておいてくれと言われて……。相談にも乗りますと言ったのですが、君に話してどうにかなるものではないと……」
わー……、シルヴィオのプチ反抗期が始まったぞー……。
「うーん。私が円卓で探りを入れてみようか?」
「そ、そういうわけには! アストリッド様にご迷惑になりますから……」
「気にしない、気にしない。私たちは友達でしょ? 友達が困ってたら助けるのは当然のことなんだから」
シルヴィオめ。こんないい子を泣かせやがって。
シルヴィオ許すまじ! 鉄槌を下してくれる!
……嘘です。何の悩みか聞いてきて、ロッテ君に解決策を授けます。
だって、シルヴィオに下手に手を出して破滅フラグが立つのは勘弁だからね。
…………………
…………………
というわけで、やってきました円卓。
素早く周囲を見渡すと、いましたシルヴィオ。
いつものようにフリードリヒとアドルフの3人組で、円卓のテーブルのひとつを囲んでいる。だが、何も喋っていないようで、フリードリヒとアドルフだけが会話を続けている。ふむ、仲間内でも話せない事情か。
まあ、何のことかは分かる。宰相のシュテファン閣下と喧嘩して、反抗期に突入したのだ。少なくともゲームではそのような内容であった。
これでおやつのプリンを取られたから腹を立てているとかだったら泣くしかない。
「シルヴィオ様」
「うわっ!」
私はブラッドマジックを使ってシュタッとシルヴィオの前に立った。敵を奇襲するのは勝利のために必要なことだ。ロッテ君を泣かされて腹も立っていたことだし、少しばかり脅かしてやらなければ気が済まない。
「な、なんだい、アストリッド嬢。いきなり飛び込んできて……」
「シルヴィオ様にお話があります」
シルヴィオが思わず尋ねるのに、私がそう告げる。
「シルヴィオ様。最近、ロッテさんに冷たい態度を取っていると聞きました。理由をお聞かせ願えますか?」
「……君には関係のない話だ」
おっと。まさに反抗期ですよ。
「関係あります。ロッテさんは私の親友。親友が困っていたら、心配するのは当然のこと。シルヴィオ様もフリードリヒ殿下やアドルフ様が困っていたら、手助けしようと思うのではありませんか?」
「そ、それはそうだけど……」
ふふふ。こういっておけば、話に乗ってくるだろうと思ったよ。
「お悩みのことがおありではないですか?」
「確かにあるが……」
シルヴィオはまた口を閉ざそうとする。そうは行くか。
「それはひょっとして宰相閣下との間での悩みなのではありませんか?」
「……あなたに隠し事はできないようだね」
そりゃゲームで知ってますからね。
「そのような悩みがあるならば、それこそロッテさんに相談するべきでは?」
「これは僕の悩みだ。人に相談してどうになるものじゃない」
はあー……。これだから反抗期は……。
「シルヴィオ様、皇帝は自分の悩みを誰にも相談しませんか?」
「皇帝陛下には宰相がいる。今はそのバランスが崩れているけれど」
そうそう。
「ならば、その宰相は誰にも相談しないのですか?」
「……する、だろう。宰相にも部下がいるし、大臣たちもいる。そういう人に相談するだろう。だけれど……」
シルヴィオは考え込むようにそう告げる。
「シルヴィオ様は将来は宰相になられるおつもりなのでしょう。でしたら、相談することを覚えておくことも必要だと思いますが。どうなのですか?」
「だが、これは僕の個人的な……」
ええい! シルヴィオ! そこはロッテ君に相談しますと言え!
「シルヴィオ様。ロッテさんはよき相談役になりますよ。そのことは彼女のことをよく知っている私が保証します。ですので、悩みを抱え込まず、ロッテさんに話されてみてはどうですか?」
「いや。やはりこれは相談できることではない」
この野郎ーっ! 私がここまで言っているのにっ!
「いいですか。これはシルヴィオ様のためだけに言っているのではありません。ロッテさんのためにも言っているのです。ロッテさんはシルヴィオ様に拒絶されていると思い悩み、苦しんでいるのですよ」
「そ、そんなこと……」
「そんなことは知らないと? 宰相になればシルヴィオ様は帝国臣民たちに責任を持つ立場になるのです。それなのに女性ひとりも満足させられないとはシルヴィオ様には宰相としての素質はないのでは」
ちょっときつめに言ってやった。流石の私も苛立っているのだ。
「……っ! そうですね……。ロッテ嬢には些か失礼な態度を取ってしまいました。そのことは謝罪します。そして、できることならば、彼女にも自分の悩みを相談してみようかと思います。彼女が許してくれるなら」
「絶対に彼女はシルヴィオ様を許されますよ。彼女は優しい方ですから」
そうそう。ロッテ君はいい子なのだ。
「大切なことを思い出させてくれてありがとうございます、アストリッド嬢。ですが、この悩みはそう簡単には解決しないでしょう……」
そうなのだ。シルヴィオの悩みは鉄と炎の時代が始まる頃まで残るのだ。父親との対立は深まり、プチ反抗期は続くのである。
はあ。面倒くさい奴だな、こいつ。
ロッテ君にはこんなのを押し付けてちょっと悪いことをしてしまった気がする。
でも、まあ、ロッテ君もシルヴィオのこと気に入っているし、大丈夫かな? 大丈夫だと思いたい。きっと大丈夫だ。
「アストリッドは優しいですね。私も悩みがあればアストリッドに相談したいです」
「え、ええ。私も悩みがあればフリードリヒ殿下に。お互いに助け合いましょう」
誰がお前の相談になど乗るか! ヒロインのエルザ君に相談しろ!
「それでは失礼します。ふふふ……」
この後私はロッテ君に宰相のシュテファン閣下と皇帝陛下が一致団結して、軍拡に励んでいることをシルヴィオが危惧しているということを伝えておき、今は学生なのだから将来のために努力することに力を入れることを告げるようにアドバイスしておいた。
どーせ、まだプチ反抗期は続くのだから、今は対症療法しか方法がない。
で、その後の経過をロッテ君に聞いたところ、最近は再びシルヴィオといい感じになり、相談を受けることや、雑談をすることが多くなったそうな。
いやあ、それを語るロッテ君が幸せそうで、私も地雷原の中で頑張った甲斐があったというものだよ。
まさに恋のキューピッドだ。
肝心の私の恋は遥か彼方ですがね……。
…………………