悪役令嬢VS緑の悪魔
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──悪役令嬢VS緑の悪魔
今日もやってまいりました、冒険者ギルド!
さあ、じゃんじゃん稼ぐぜー! 今日も私は金銭欲に塗れてるぜー!
「おっ。アストリッドじゃん。久しぶりだな」
「あ! ペトラさん! お久しぶりです!」
冒険者ギルドに顔を出すと、顔なじみになったペトラさんが声をかけてくれた。私たちはあの日から一緒に薬草採取や害獣駆除のクエストをこなし、随分と親しい間柄になっていた。
ちなみに、そのおかげでペトラさんたちは受注できるクエストが広がったとか。
「ペトラさんたち、暫く姿が見えませんでしたけどどこに出かけてたんです?」
「ちょっと遠征してた。ガルム山脈の魔獣調査でな」
へー。遠征とかあるのか。
私もやってみたいなー。馬車に揺られて街道を進み、道なき道を進み、テントを張って干し肉をふやかしてスープにし、そこに固く焼いたパンを入れて食べる。そして、夜は敵襲に備えて警戒し、星空の下で暗闇に目を凝らす。
うーん! 元野外活動部の血が騒ぐー!
だけれど、私は学生の身に加えてお父様には内緒で手伝い魔術師をやってるから、日帰りクエストしか参加できないんだよねー……。悲しい。
「それで、ガルム山脈には何かいました」
「逆だ。いなくなってた。炎竜がいるはずなのに、巣は空っぽだった」
何それ怖い。
「どういうことなんです?」
「多分だが、繁殖のために巣を離れたんじゃないかって考えてる。竜は時期ごとに繁殖の旅をするんだ。まあ、これが厄介でな。一時は帝都の傍にまで飛来したこともある」
うわっ! それは不味いですよ。
いや、待てよ。そのドラゴンを倒せば、私はドラゴンスレイヤーの名を得られるのではないだろうか。明日には帝国を相手に戦争する気概で生きてきたが、ドラゴンと戦うのも悪くないかも。
「まあ、どこに旅するかなんて人間には予想できないけどな」
そう告げてペトラさんは小さく笑った。
「ああ。アストリッドではないか。久しいな」
「お久しぶりです、ゲルトルートさん」
そんなこんなの話をしていたら、ゲルトルートさんとエルネスタさんが姿を見せたぞ。
「ゲルトルートさん。今日は何かクエストを受けられますか?」
「ああ。そのつもりだ。どうもとある貴族の所有する山に不審な人影が見えるということでその調査にな」
「不審な人影……」
お、お化けだったりしないよね? お化けは鉛玉で殺せないから苦手だ……。
「考えられるのはゴブリンってところだな」
「もしかすると山賊かもしれん」
あ、お化けの可能性は皆無なんですね。安心しました。
「どうだろう。アストリッド。今回のクエストにも手伝い魔術師として雇われてくれないか。相手が貴族というだけあって、報酬はそれなり以上に高いものなのだが」
「是非!」
ということで、今回のゲルトルートさんのパーティーでクエストに参加。
「あれ? アストリッドちゃん、ゲルトルートのパーティーに行くの?」
「はい。今回はゲルトルートさんのパーティーに参加させていただきます」
私が中等部の学生にしては高いブラッドマジックの能力と銃火器というアドバンテージを有していることが知られ、冒険者ギルドでは私はちょっとした人気ものに。いろいろなパーティーの方々から声をかけていただくようになりました。
本当に冒険者ギルドは魔術師不足らしく、私のような小娘でも気前よく報酬をほぼ等分してくれるのだからありがたい限りだ。恐らくゲルトルートさんたちが噂を流してくれたおかげだろう。感謝しなくては。
「ゲルトルート。お前のパーティーだけで大丈夫か?」
「ああ。我々でどうにかなるだろう。山賊であったとしてもゴブリンであったとしても。それに今回はアストリッドも来てくれるしな」
信頼されてるーって感じがして大好きです、ゲルトルートさん。
今回のクエスト報酬はなんと10万マルク。いつも通り20%の分け前となり、私の取り分はなんと2万マルク。やったね。大儲けだ。もう月に5万というベルンハルト先生の学生時代の額は越えてるぜー。
さて、いつも通りの銃火器も持ってきたし、頑張るとしよう!
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それで、私たちは貴族所有の山というものにやってきた。
ふむふむ。うちのお父様が持ってる狩猟場のようなものか? だが、動物の気配はしない。シカの足音やリスの木を上る音は聞こえず、時折、鳥の鳴く声が響くだけである。ちょっと気味が悪いな。
「依頼主からは人影の正体を把握して、それが有害なものだった場合、排除することを求められている。ゴブリンなら容易だが、山賊となるとちょっと面倒なことになるな」
「だな。ゴブリンは弓を使わないが、山賊は弓を使う」
ゴブリンについては図鑑でしか読んだことがないが、なんでも小学生ぐらいの背丈で、緑色の肌をし、弓や木で作った槍を使って攻撃してくるだけの知能はあるようだ。お猿さんより賢いな。あわよくば一匹捕まえて、実験材料にしようか……。
「じゃあ、いつも通りの陣形で」
「了解」
ゲルトルートさんのパーティーは未だに4人目の正式メンバーがいないので、側面を守るのは私とペトラさんの仕事だ。早く正式メンバーを見つけて、4人組にならないと生存率が低下する気もするのだが。
「ゲルトルートさん。4人目の仲間は雇わないんですか?」
「ああ。4人目は魔術師のために空けてある。言いたいことは分かるぞ。ペトラだけに側面を任せるのは危険だと言いたいんだろう?」
ありゃ。ゲルトルートさんも問題は把握していたわけだ。
「この3人組は同じ孤児院の出でな。冒険者ギルドを最下層から登りあがってきた。それだから結束力も強い。そこに適当な人間は入れたくないんだ」
「そうだったのですか……」
「ああ。安心してくれ。アストリッドのことは私たちの大切な仲間だと思っているからな。私たちには欠かせない仲間だと」
うっかり余所者が入り込んで違和感を感じさせてしまってはいないかと考えたが、ゲルトルートさんは優しくそう告げてくれる。
「そうだよー。安心してね」
「学園卒業したら正式にメンバーになって貰いたいぐらいだ」
おお。エルネスタさんもペトラさんも優しい! お家取り潰しになったら私も冒険者しようかな。でも、国外追放になるからゲルトルートさんたちとはお別れか……。そう考えると何としても破滅フラグは回避したい。
「私、頑張りますね!」
「しっ。あまり大きな声は出さないでくれ」
「す、すいません」
勢いよく意気込みを伝えたら怒られてしまった。
「ペトラ。何かの気配はするか?」
「いくつか足跡を見つけた。でも、これはゴブリンなんかじゃないぞ。山賊でもない」
ペトラさんの索敵力は高い。この夕暮れの中でも的確に敵の痕跡を見つけ出してくれる。私は周辺の警戒だけで精一杯だというのに。
だが、こうして戦闘に慣れておくことで、将来私もゲルトルートさんたちみたいに戦えるようになるだろう。そう考えるとお金稼ぎもできて、実戦に即した訓練も行える手伝い魔術師は本当にいいアルバイトだな。
「……まさか、オークか?」
「かもしれん。あるいはオーガか」
オークも図鑑の中の存在でしかないなー。凶暴で人間を食べるそうだ。これも緑色の肌をして、人間から奪った武器を使うとか。これもあわよくば実験材料にしてみたいものだな……。
ちなみに私はあれからグリフォンと1回、コカトリスと4回、ワイバーンと3回ほど戦いました。この手の魔物は実に多いようである。
だが、もっともポピュラーなゴブリンとかオークとかと出くわさなかったのは、どういうことなのだろうか?
あっ。そういえば私が手伝い魔術師をしたパーティーって結構レベルが高かったんだった。高レベル冒険者ともなると、ゴブリンやオークなんかとは戦わないのかな?
「珍しいなオークとは。絶滅したと思っていた」
「ああ。珍しい。ゴブリンの次くらいに珍しい」
え? 絶滅した?
「オークやゴブリンって絶滅寸前なんですか?」
「ああ。先代の皇帝──ヴィルヘルム2世の命でゴブリンとオークの掃討を騎士団と冒険者に命じた。奴らがあまりに増えすぎ、賢くなってきたという理由でな、実際に奴らは人間の道具を模倣して作り始め、初級の冒険者や地方の村人が襲われる例が多かった」
わーお。魔獣ジェノサイドか。これが地球だったら知的な動物であるオークやゴブリンを保護しようって運動が起きただろうが、そういうのがない世界でよかった。
「だが、騎士団と冒険者もゴブリンたちを皆殺しにすることはできなかった。ゴブリンはまだ絶滅命令が出せされていないオストライヒなどに逃げ込んだり、このような山に閉じこもったりして、今も息を潜めている」
ジェノサイドは成功してないのか。
「オストライヒの連中はゴブリンやオークを飼いならして、軍隊にしようって考えらしいからな。そんなこと実現できるわきゃねーのに」
「へえ。ゴブリンやオークの軍隊ですか」
地雷でも背負わせて、敵の戦車にでもけしかけるのかな?
「まあ、それはともかくオークの群れなら倒せば報酬にプラスだ。まだヴィルヘルム2世が出した絶滅命令は生きてる。クエスト発注者の貴族様と国からの補助金で結構な額になるぞ」
「おおっ! ちなみに補助金はおいくらぐらいで?」
「群れを壊滅させたら8万マルクだ」
8万マルク! なんということでしょう。クエスト報酬に匹敵する額じゃないですか。
「その代わり徹底的に壊滅させなきゃならないがな」
「そうだよねー。ちょっと面倒くさいかも」
ペトラさんとエルネスタさんはあまり乗り気じゃなさそうだ。
「でも、クエストは有害なものだったら、駆除するのが仕事なんですよね。だったら、仕事のひとつだと思って駆除しません?」
「そーだな。やるか」
よしよし。これで私の報酬額はアップしたぞ。
「なら、進むぞ。ペトラ、足跡を追ってくれ」
「あいよ」
ゲルトルートさんの指示で、ペトラさんが足跡を追い、私たちはそれに従う。
「そろそろだな。臭いがする。薄汚い連中の臭いだ」
ペトラさんがそう告げるので私たちは足を止める。
「ペトラ、斥候を頼めるか?」
「あいよ」
ペトラさんはゲルトルートさんの指示で、ひとり身を低くして前進していった。残された私たちは円陣を組んで、周囲を警戒する。こういう時にクレイモア対人地雷などがあればなー。
「見てきたぜ」
そうこうしている間にペトラさんが戻ってきた。
「どうだった?」
「ここから50メートルほど先にオークの群れがいる。数は20体前後で、武装はそこまでじゃない。新しくできたばかりの群れなんだろう」
ゲルトルートさんが尋ねるのに、ペトラさんがそう告げて返す。
「よし。なら、仕掛けるか。20体前後なら仕留められるはずだ」
「だねー。オーク討伐でお金稼いだら、久しぶりにご馳走が食べたいよ」
ゲルトルートさんとエルネスタさんがペトラさんの言葉に頷く。
私もたんまりと銃弾を抱えてきているから、問題なしだぞ。
「アストリッド。君のその武器はどういう仕組みか知らないが、連射できるクロスボウのようなものなのだろう。それなら君は私とエルネスタが群れを呼び寄せている間に、ペトラと共に側面から攻めてくれないか?」
「了解です。お任せあれ」
ゲルトルートさんは既に私を組み込んだ戦い方を理解している。戦う私としてもありがたい限りである。他のパーティーと組んだ時にはいまいち私の長所を活かせてない感じがしたから。
「では、仕掛けるぞ。側面には何分ほどで回り込める?」
「3分もあれば十分だ」
私もペトラさんと同等の不整地踏破能力がありますよ!
まあ、ブラッドマジック頼りですが……。
「よし。作戦開始だ」
「了解」
私とゲルトルートさんたちは別れ、私はペトラさんと共にオークの群れの側面に回り込む。しかし、オークというのはどんな見た目をしているのだろうか。図鑑には挿絵が付いてなくて分からなかったが。
「ほら、あれがオークの群れだ」
「おおっ? まさにオークですね……」
豚みたいな顔に口からはみ出た鋭い牙。身長は2メートルほどあり、図鑑に書いてあったように人間から奪っただろう武器で武装している。ぱっと見賢そうな生き物には見えないが、道具を奪って使うだけの頭脳はある。
ふむふむ。実験動物としてはもってこいだな。
「ペトラさん。一体ぐらい捕まえられませんかね?」
「はあ? オークなんか飼ってどうするんだ? それに全滅させなきゃ、国からの補助金はなしだぞ」
「ああ……。そうでしたね……」
それにオークはうちの部室にしまっておくには大きすぎる。
「ゴブリンとかなら、どこかで買えますかね?」
「いや。絶滅命令が出たから見つけた傍から根絶やしだ。そもそもゴブリンなんて飼ってどうするんだ? あいつら、意外に危険だぞ?」
ゴブリンも買えないこの世の中は世知辛い。
「さて、そろそろゲルトルートたちが動き出すはずだ。準備しろ」
「イエス、マム!」
私は既に地面に伏せて機関銃の二脚を立て、いつでも射撃可能な姿勢を取っている。このペトラさんと一緒にいる丘の上からなら、オークの群れを滅多打ちにできるぞ。
「おっと。早速ゲルトルートとエルネスタが仕掛けたぞ」
「おお。突撃してますね」
私たちが下を見渡すと、茂みに隠れていたゲルトルートさんとエルネスタさんが飛び出し、オークの群れに果敢に突撃していった。
オークの群れは突然の攻撃に慌てふためき、統率も何もなく迎撃に向かう。
「やるぞ、アストリッド」
「了解」
私たちもゲルトルートさんたちが敵を引き付けている間に攻撃開始だ。ペトラさんは2本の矢を番えてから放ち、私は機関銃の引き金を引く。
機関銃はブラウのおかげで無音。私はどこから攻撃されているかも分からず、右往左往する哀れな豚──オークの群れをオマハビーチのトーチカに陣取った機関銃よろしく薙ぎ払っていく。
「それ、本当に凄いな。どこかで買えるのか?」
「いえ。今のところ購入できる見込みはないです」
戦車もない世界に機関銃なんて売ったら大量の戦死者が出てしまうよー。それこそ第一次世界大戦の序盤の様相を成してしまうよー。
世界のバランス・オブ・パワーを守るためにも機関銃は今は私だけのもの。それに来たるべき破滅の日に私だけが機関銃という絶大な火力を有しているというアドバンテージは譲れない!
「そろそろオークの群れも全滅ですね」
「ああ。ゲルトルートとエルネスタが残りを掃討すれば終わり──」
私とペトラさんがそんな会話を交わしていたときに、上空から何かが近づく気配がした。巨大な何かが降下してきているような暴風が感じられる。
「マ、マスター! 危ないです! あれは──」
「ドラゴンッ!?」
上空から降下してきたのは紛うことなきドラゴンだ!
「畜生。絶対に何もするなよ、アストリッド。奴の夕飯になりたくなかったらな」
「わ、分かってます」
私が手出しできるサイズの相手ではない。
ちょっとしたジェット旅客機並みのサイズがあり、真っ赤な鱗に覆われた怪物はゲルトルートさんとエルネスタさんが無事離脱したオークの群れの隠れ場に降り立ち、むしゃりむしゃりとオークを貪り始めた。
「ちっ。これじゃ国からの補助金は期待できないな」
ペトラさんは余裕があるのか暢気にそう告げているが、私は目の前の恐怖の権化にビビりまくっている。
だけれど、倒せない相手じゃないはずだ。所詮は生もの。口径120ミリライフル砲をお見舞いすれば倒せるのではなかろうか。
倒せる! ドラゴンスレイヤーの称号は私のものだ!
「ペトラさん。当然ドラゴンの討伐クエストも出ますよね?」
「ああ。出るだろうな。……ってまさかお前参加する気か?」
「そのつもりです」
私はやってやるぞ! このドラゴンには私を破滅させようとする国を相手に戦う前の実弾演習射撃の的になって貰う!
「お前は本当に血の気の多い奴だな。まあ、あたしらもドラゴン退治に参加できる資格はあるし、やるときは誘ってやるよ。報酬をたっぷり貰って山分けしようぜ」
「いいですね、いいですねー!」
うひゃー! 実弾演習もできて、報酬まで貰えるとは天国だろうか!
「おっと。お客さんのお帰りだ」
地上にあったオークの死体を食らい尽くしたドラゴンは再び羽ばたき始め、暴風と共に去っていった。
「ひーっ! マスター! ドラゴン退治とかやめるです! 命がいくらあっても足りないです! ドラゴンは火と風の精霊の恩恵を受けていて、エレメンタルマジックを使うんですよっ!」
「ドラゴンも魔術を使うの?」
ブラウが悲鳴を上げるのに私は首を傾げた。
「ああ。ドラゴンたちは属性に応じた魔術を使う。さっきの炎竜は火と風のエレメンタル、地竜は土、水龍は水と風って具合にな」
「地竜君だけひとつのエレメンタルにしか愛されてないのは可哀想ですね……」
地竜君、地味そうだもんなー。
「じゃあ、あたしらは下に降りてゲルトルートたちと合流しようぜ。仕事は終わりだ」
「了解」
こうして私たちのクエストは終わった。
炎竜が死体を食い荒らしたために国からの補助金は出なかったが、炎竜の目撃証言だけでわずかながら特別報酬が出た。
帝都に近い貴族の山で行方不明だった炎竜が発見されたことから、近々国が冒険者ギルドにドラゴン討伐のクエストを発注するのではないかと噂が立ち始めている。
神様、どうか炎竜討伐のクエストが出る日が週末の連休でありますように……。
…………………