悪役令嬢ですが、従妹の様子がおかしいです
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──悪役令嬢ですが、従妹の様子がおかしいです
久しぶりに円卓に顔を出した。
まあ、久しぶりといっても3日程度、間が空いただけだけど。
何せ、戦闘適合化措置の実験をするのに夢中だったし、放課後は手伝い魔術師の仕事をしたりで、来る暇がなかったのだ。
しかし、流石にずっと顔を出さないのも不味いだろうと思った。というか、フリードリヒに顔を出すように催促された。嫌な奴で従いたくなどないが、睨まれると破滅フラグがバンッ! と立つ虞があったので大人しく従っておく。
私のなんと小心者なことよ……。
「お姉様!」
「イリス! 元気にしてた?」
従妹とも3日振りの再会だ。イリスは読んでいた少女向け文学小説から顔を上げて、天使のように微笑ましい笑顔を私に向けてくれた。
「お姉様。最近は来られないから、どうしたのだろうかと思っていました。お忙しかったのですか?」
「今はちょっとね。真・魔術研究部の実験が立て込んでるし、それに放課後もまあいろいろとあって。決して来たくなかったわけじゃないよ?」
イリスにも手伝い魔術師の件については聞かせられない。これは秘密にしておかなければならないものなのだ。うっかりイリスが口を滑らせる、とは思いたくないが、どこで秘密が漏れるかは分からない。
「あれ? イリス、ちょっとやつれてる気がするけど気のせい?」
「……少し疲れています……」
私はどうにもイリスの様子がおかしいことに気が付いた。イリスの先ほどの笑顔はにこやかだったが、ちょっと顔色が悪い。
「うーむ。勉強の悩み? それとも別の悩み?」
「別の悩み、です……」
なんだろう。私がいない間にまたヴェルナー君とディートリヒ君がイリスの取り合いでもしたのだろうか。
「ああ。アストリッド。よく来てくれましたね」
げっ。フリードリヒだ。私の従妹が悩んでるのに、貴様は私を悩ませるか。
「ちょっと話をいいでしょうか?」
「はい。ちょっと席を外すね、イリス」
フリードリヒが誘ってきた……。嫌な予感しかしない……。
「あなたの従妹のイリス嬢について、ちょっと話があります」
「え? イリスについて、ですか?」
あれえ? フリードリヒがなんでイリスのことに口を出すんだ?
「ヴェルナー君によれば、イリス嬢は学校でいじめられている可能性があると……」
「なっ……!?」
なんだと! うちの癒しの天使であるイリスを苛めている奴がいるのかっ!?
「そ、それはどこの誰による仕業でしょうか……?」
「ある程度は分かっています。ですが、これを話す前に約束して貰いたいのですが、決して暴力的な行為に訴えないということを約束してくれますか?」
これだから頭お花畑の皇子様は! やられたら徹底的にやり返し、その臓腑と脳のしわに恐怖を刻み込んでやるに決まってるだろっ! そうじゃないと敵はこっちを甘く見て、更なる加害に及ぶんだぞ!
「分かりました。約束しましょう。暴力には訴えません」
「それはよかった。では、お話ししましょう」
暴力には訴えないよ。本当だよ(棒読み)。
「どうもイリス嬢はヴェルナー君と婚約していることを妬まれているそうです。前々からブラウンシュヴァイク公爵家の子女ということで嫉妬されていたのが、ヴュルテンベルク公爵家との婚約ということで、大きな怒りに変わったようです」
はああ。嫉妬心からのいじめですか。みっともないな。
私はオルデンブルク公爵家の子女として確かにみんなとの壁を感じることもあるけれど、まあ人懐こいためか苛められることはなかった。だが、イリスは公爵家令嬢だけど、人見知りが激しいし、いじめの対象になったのかも。
イリスの人見知りを、爵位を盾にした交友関係の拒否と勘違いしたとか。
『わ、私、あんまり人と話すのは得意じゃなくて……』
というのが。
『あなた方のような下賤な身分のものたちが、私に話しかけないでくださいます?』
と、いじめっ子の間では脳内判定されたか?
イリスがそんなこと言うわけないだろう! 馬鹿か!
「それで、いじめの首謀者は?」
「初等部3年のヴェラ・フォン・ヴェスタープ、だとヴェルナー君は言っています。ヴェスタープ伯爵家の次女です。彼女がいじめの中心に立ち、イリス嬢に様々な嫌がらせをしていると」
ヴェスタープか。脳内“将来ぶち殺す人間名簿”に記録しておこう。ちなみに、これにはフリードリヒの名前も載るかもしれないぞ!
「分かりました。では、早速話し合いに行ってきます。失礼」
「待ってください、アストリッド。私も同行します。その方がいいでしょう」
なんで無関係のお前が付いてくる、フリードリヒ。
「いえ。殿下は一緒に来られない方がいいかと。これが身分の違いによるいじめならば、殿下がイリスの味方をすることで余計にこじれる可能性があります。なので、ここは私だけで結構です」
来なくていいんだよ、フリードリヒ!
「ですが、あなただけでは……」
「俺が同行しようか?」
フリードリヒがなかなか私を行かせようとしない中、声を上げたのはアドルフだ。何故にして、お前が出てくる。本当に謎すぎるぞ。
「アドルフ様も話が……」
「騎士団長の息子程度ならお前と同じかそれより下だ。お前がいくなら問題にはならないだろう」
げーっ。付いてくる気満々ですよ、この人。確かにヴァレンシュタイン家は公爵家に匹敵する程度だけど。しかし、お前はちゃんと愛しいミーネ君と付き合うんだよ。ここで浮気している場合じゃないぞ。
「で、では、よろしくお願いします」
「ああ。手伝おう」
何をどう手伝うんですかね?
「待ってください、お姉様!」
ここでイリスが声を上げて駆け寄ってきた。
「お姉様。フリードリヒ殿下から私のことについて聞かれましたか? それで今から向かわれるおつもりなのでしょうか?」
「そうだよ。可愛い従妹がいじめられてたら、私が許さない」
イリスが告げるのに、私が力強く頷いた。
「でしたら、私も一緒に行きます! これは元はと言えば、誤解を招くような言動をした私の責任です。なので、ちゃんと私が誤解を解いておかなければ、同じような問題がまた起きるかと思いますので!」
イリス……。なんて健気な子なんだ……。
だけど、イリスのせいじゃないよ。悪いのはヴェスタープ家のなんとかだよ。
「分かったよ。でも、最初は私たちが話すから、イリスは待っててね」
「はい」
さて、ヴェスタープ家のなんとか。己の過ちを地獄で悔いるがいい。
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私、イリス、おまけのアドルフは初等部の校舎に向かう。
「なあ、アストリッド嬢。ディートリヒが迷惑かけてないか?」
私が怒り心頭で黙々と初等部に進む中、アドルフが声をかけてきた。
「いいえ。そのようなことは何も。とてもいい教育を受けておられると思いますよ?」
ヴェルナー君とイリスを取り合うのは勘弁して欲しいけどな。
「そうか。いい教育、か……」
アドルフ、お前はその話がしたくてついてきたんじゃないだろうな? 殺る気はあるんだろうな? ないならここからUターンして円卓に帰りなさい。
「あいつは昔からよくできた子だと言われていてな。親からも、騎士団の騎士たちからも。正直、次期団長は俺じゃなくてあいつのような気がするよ。あいつはもうブラッドマジックを使えているのに、俺と来たら……」
え? 何を言い出すの? ひょっとして弟にコンプレックスでもあるの?
「アドルフ様。ブラッドマジックについてはまだ中等部でようやく基礎を学び始めたばかりです。それにディートリヒ君よりアドルフ様の方が優れているところもありますよ」
「俺があいつより優れているところ?」
私の言葉にアドルフが首を傾げる。
「女の子の扱い方とかですわ。ミーネとはよく話されていますか? そういう悩みを相談する相手をお持ちなのがアドルフ様の優れたところでもありますよ」
そうそう。ディートリヒ君はイリスに振られてるしな。
「ハハッ。まあ、そういうことにしておこう。で、そろそろだ」
アドルフは小さく笑うと、初等部の校舎を見渡した。
私たちは問題のヴェラがいる教室の前まで到着している。
「あっ。先輩方! こんにちは!」
私たちが教室に乗り込むと初等部の男の子が元気よく挨拶してくれた。
「ねえ。君。ヴェラ・フォン・ヴェスタープって子がどこにいるか知ってる?」
「え、え? し、知ってますけど……」
この男の子の怯えよう。苛めているのはイリスひとりだけじゃないのかもしれない。
「どこにいる?」
「そ、そこです。そこの席に……」
私が笑顔で尋ねるのに男の子は教室の席のひとつを指さして去っていった。
ふむ。ヴェラとはあの席に座っているドリル髪型の少女だろう。その周りには3名の取り巻きがいる。いかにもな貴族というか、あれが悪役令嬢って奴じゃないのか?
そうだよ! ヴェルナー君と恋仲のイリスを妬んで苛めるなんて、まさに悪役令嬢じゃないか! 君、ちょっと私の代わりに破滅してよ! 私だけ破滅するなんておかしいでしょう!?
ええい。理不尽から余計に苛立ってきた。
「ヴェラ・フォン・ヴェスタープさん?」
「はい? どうしました、先輩方?」
私がずかずかとヴェラの席に歩み寄って、声をかけるのに、ヴェラはぽかんとした表情をして私の方を見た。
「私の従妹にイリスって女の子がいるんだけど、ご存知?」
「え、ええ。知っていますよ。あまり面識はないですが」
おやおや。ここは言い逃れる気か。
「それはおかしいな。だって、あなたがイリスを苛めているってヴェルナー君が言っていたのだけれど。そうですよね、アドルフ様?」
「ああ。俺はそう聞いているが。本当に面識はないのか?」
よし。アドルフと共にヴェラを追い詰めるぞ。
「そんな! き、きっと勘違いですわ! 私にそのような身の覚えはありませんし、証拠もないのでしょう?」
そうだな。物的証拠はない。だが、君のその挙動不審な態度が一番の証拠だ。
「そうかな? 私はブラッドマジックが得意でね。こういうこともできるんだ」
私はそう告げるとポケットからナイフを取り出し、冒険者ギルドでゲルトルートさんたちに見せたように手の平をざっくりと切って見せた。感覚遮断状態で。
私の手の平から血がボトボトと滴るのに、ヴェラの顔は真っ青だ。
そして、私は治癒技術を使って傷口を綺麗に塞いでしまう。
「さて、どうしようか。本当に身に覚えはない? 次は君の手の平で試してみてもいいだけどなー?」
「お、おい。暴力には訴えないとフリードリヒに……」
「恐怖に訴えているだけです」
そう、私は本気でヴェラを切り刻むつもりはない。だが、その可能性はあると相手が信じ込んでくれればいいだけだ。
ほらね。暴力には訴えてないでしょう?
「私は苛立っている。素直に喋らないなら、それ相応の痛みを知って貰うよ」
私は冷たくそう言い放った。
「や、やりました! 確かにやりました! けど、これはあの子も悪いんです! 私たちとは話さずに円卓の高貴な方々とだけ喋るあの子が! 私たちだって、あの子がああいう態度を取らなければ何も……!」
やっぱり、そういうことか。
「だってさ、イリス。何か言うことはある?」
私は後ろに隠れているイリスにそう尋ねた。
「お姉様。やりすぎです。怖いです……」
「こ、これもイリスのためだよ!」
イリスが震えながら告げるのに私は大慌てでナイフをしまった。
「その、ヴェラさん?」
「な、なんでしょうか……?」
イリスの言葉にヴェラは怯えながら返す。
「すみませんでした。私はてっきり皆さんに拒絶されているのだと思っていました。だから、円卓の方に入り浸ってしまって……。でも、本当に私とお喋りとかしたかったんですよね?」
「うっ……。そ、そうですけれど公爵家の方でしたし……」
家柄もあると便利な時と、不便な時があるものだなー。
「えっと、だから爵位とかに構わず、お喋りしましょう? それでいいのならば私はそれでいいです」
「わ、私たちが苛めていたことはお許しになられるのですか……?」
「気にしません。お互いに過ちがあっただけですから」
そう告げてイリスはニコリと微笑み、ヴェラの手を握った。
「その、お友達になってくれますか、ヴェラさん?」
「は、はひっ!」
イリスの微笑みを前に、ヴェラは赤面していた。何を赤面している。
「では、これからは教室でも過ごしますね。皆さんとお喋りできたりしたら嬉しいです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそどうぞよろしくお願いします!」
イリスは最後にペコリと頭を下げて、この騒動は一段落した。
……のかなー?
どうも私に脅されているだけのような気がしなくもない。これはブラウ辺りに暫く監視させておこう。ヴェルナー君とディートリヒ君にも要チェックを願っておけば、監視はできるだろう。
自分の明日も守らなければならないけど、可愛い従妹も守らないとね。
この件に関しては連絡してくれたヴェルナー君とフリードリヒに感謝だ。
……だが、こののちに学園の初等部に切り裂きナイフ女の怪談が流れ始めたとか。私のことじゃないよね……?
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