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悪役令嬢は加速したい

…………………


 ──悪役令嬢は加速したい



 夏休みが終わって次の学期が始まった。


 授業で学んでいく勉学も次第に難しくなっていき、理系の分野では円卓の先輩方に教えを乞うことも度々となる。


 そんな中、私はチャレンジしたいことがあった。


 加速だ。


 加速と言っても身体能力を上げて走る速度を上げるとかではない。


 私が加速させたいのは反射神経だ。


 神経系の加速は確かに反射神経を向上させるが、あれでは不十分なのだ。私にはもっと速度が必要になる。弓矢を避け、剣を避け、魔術攻撃を避けるには、もっと、もーっと速度が必要になってくる。


 そして、私にはその加速を実現する方法に思い当たる節がある。


 だが、いきなりそれを自分で試すのは怖い。何せ、内臓をちょっとばかり弄る方法だからね。いきなり試して、酷い目に遭いたくはないからね。


 というわけで、ヴォルフ先生の研究室で学んだようにまずは動物実験です。


「何をなされますの、アストリッド様?」


「ちょっと実験を♪」


 ミーネ君が興味深そうにのぞき込んでくるのに私がそう告げて返す。


「原理としては惚れ薬に似てるんだけど、はてさてどうなるかな……」


 私はモルモットを入れているケージを開いて、モルモットを取り出す。


「そっち押さえてて!」


「はい!」


 そして、暴れるモルモットを用意した台座に縛り付ける。可哀想だとは思うが命は取るつもりはないので安心して欲しい。


「さて、これからが実験だ」


 私はモルモットの体内に魔力を流し、ブラッドマジックで体内をモニターする。特に心臓については詳しくモニターを行う。


「では!」


 そして、私はモルモットのある部位に働きかけた。


 このためのブラッドマジックは医学書などと格闘して準備してある。私は術式をモルモットの体内に流し込み、効果が出るのを見守る。


 すると、モルモットの心拍が急速に高まり始めるのが分かった。モルモットは興奮に叫び、バタバタと暴れ始める。私は限界を見定めるために、心拍数が限界に達するギリギリまでブラッドマジックを流し込み続けた。


 そして、中断。


 モルモットは疲れたようにへたり込み、僅かに暴れる。


「アストリッド様。これは……?」


「アドレナリンの強制分泌。アドレナリンっていうのは人を興奮させ、心臓の脈打つ回数を上げたりする物質だよ。副腎皮質から分泌されるの。惚れ薬にもこれと似たような効果のあるブラッドマジックを使うんだよ」


 アドレナリンの強制分泌。


 これが私の用意した加速のための手段だ。


「ほ、惚れ薬とはこんなに危険そうなものなのですか?」


「いやいや。実際の惚れ薬はこれをマイルドにしたものだから」


 流石にここまで興奮させたら惚れる惚れないどころの騒ぎじゃないよ……。


 惚れ薬はほどほどの量のアドレナリンを分泌させ、適度に興奮させる。そうすると、その興奮を相手への興奮だと錯覚して、好きになってしまうという仕組みなので、ここまでの興奮は必要ない。


「さて、次はお猿さんで試してみよう」


 モルモットが安全でも、お猿さんなら違う可能性があるからね。


 比較的に人間の代謝に近いお猿さんで試してみて、問題なければ私自身で人体実験してみよう。さあ、最近購入したお猿さん! 出番だ!


 ということでお猿さんに噛みつかれないようにお猿さんを台に縛り付け、先ほどのブラッドマジックの術式を流し込む。


 お猿さんは早速興奮を始め、拘束具をがたがたと言わせ始める。心拍数は徐々に上昇していく。悪くない、悪くないぞ。


 私は心拍数をモニターしながら、限界ギリギリまで試してみる。


「キイイィイ!」


「わっ!」


 お猿さんが叫び声を上げたのにミーネ君たちが驚く。


 そろそろ終わりだな。私はブラッドマジックを流し込むのをやめ、お猿さんの心拍数を元に戻す。お猿さんは落ち着いてきたのか、拘束具を鳴らすのをやめ、ふうふうと息を吐きながら、私の方を見る。


 もう何もしないよ。私は拘束具を解くとお猿さんをケージにしまった。


「アストリッド様。今の実験には何の意味が……?」


「あれで反射神経が上がるんだよ。ちょっと外に出て試してみよう」


 私はみんなを誘うと、部室の外の開けた場所に出た。


「じゃあ、みんなこのボールを持って」


 私は球技関係の部活から借りてきた大小のボールをミーネ君たちに手渡す。


「これをどうするんですの?」


「同時に私に向けて投げつけて。ブラッドマジックを使って素早く」


「ええっ!?」


 私の告げた言葉にミーネ君たちが動揺する。


「大丈夫、大丈夫。私の仮説が正しければ当たらないはずだし。当たったとしても、私は気にしないから」


「ですが……」


 私が保証してもミーネ君たちは不安そうだ。


「絶対に当たらない。それは保証してもいいから、投げてみて。思いっ切りだよ?」


 試すにはこれしか方法はないのだ。


 私は自分自身に先ほどのブラッドマジックを行使し、己の心拍数を上昇させ、脳をホットに変えていく。そうすると視野が僅かに狭まるのを感じた。


「では、行きます!」


 ミーネ君たちは一斉にボールを投げた。


 そこで私は更にブラッドマジックでアドレナリンを放出させる。準備は万端だ。


 すると、周辺の時間の流れがスローモーションに感じられ、ミーネ君たちの投げるボールがゆっくりとした動きで私に向かってくるのが分かった。


 これぞ私の身体能力を上げる方法だ。


 人間はアドレナリンが放出され、心拍数が上がると体感時間が遅延するという性質があるのだ、それを利用してのこのスローモーだ。


 もちろん、心臓バクバク言っていて、興奮状態だと思考力は低下する。だが、そこは日ごろの訓練と身体能力によって補うのだ。今の私は心拍数と同時に、身体能力を向上させている。


「ええっ!?」


 故にミーネ君たちの投げたボールを避けることなど容易なのだ!


 ミーネ君たちは私の胴を狙ったようだが、私は軽くクルリと回し蹴りを入れて、ポンッとバレーボール大の大きさのボールをミーネ君の足元に蹴り返し、ロッテ君とブリギッテ君の投げた野球ボール大のボールは両手でキャッチ。最後にサンドラ君の投げたゴルフボール大のボールはひょいと飛び跳ねて回避した。


「どうだいっ! 見たか! これが私の反射神経向上魔術だ!」


「凄いですわ! 素晴らしいですわ!」


 ふふん♪ 私は実験に成功したことに鼻高々だ。


「しかし、大丈夫ですの? 副作用とかはありませんか?」


「大丈夫だと思うよ。アドレナリンの分泌は押さえたし、体内で自然に処理される。これまで作られた惚れ薬の例を見ても、アドレナリンの強制分泌で身体に問題が生じる可能性はないと思う」


 既に私の心拍は収まっている。視野の狭まりも元に戻り、緊張感も消えた。


「アストリッド様は本当に魔術の才能があるのですわね……」


「才能じゃないよ。知識だよ」


 そうそう、私の魔力量は膨大だけれど、それを使いこなすには知識が必要だ。その知識は学園の先生方の教えや、先達の研究者の方々の研究結果、ヴォルフ先生の教えで成り立っていている。


「じゃあ、安全が確認できたところで惚れ薬作りにかかりますか!」


「い、いえ。もうちょっと考えさせてください……」


 あれ? ミーネ君とロッテ君が引き気味だ。


「うーん。じゃあ、もうちょっとボールで遊んでみる? それともそれじゃ物足りないからアーチェリー部から弓を借りてこようか?」


「弓はやめてくださいまし!」


 私が矢よりも早く動けるかどうかのテストは拒否られた。


 だが、私はこの反射神経強化状態でアーチェリー部の練習風景を眺めていたが、矢は止まっているように緩やかに見えた。その代わり、心臓はバクバクで、視野はブラックアウト寸前だったが。


 実用化までにはもうちょっと工夫が必要だな……。


 わたしが読んだ本ではこの手の反射神経強化は反復した訓練によって制御できるとされていた。つまりは何度も同じ動きの訓練をして、頭で考えるのではなく、体が自然に動くようにせよ、というわけである。


 これも一理あるが、せっかく剣と魔法のファンタジーワールドに来ているのだから、それ以外の方法も考えたい。


 さて、どうしたものか。


 脳を下手に弄るのはよくない。阿呆になってしまうかもしれない。


 しかし、どうにかしないといけない問題だ。


 アドレナリンの放出を微調整する? ふむ。それがいいだろう。


 地球の戦場ではアドレナリン制御はまだ研究段階だったと軍事雑誌で読んだ。それを私はナノグラム単位より精密に微調整できるのだから、それを活かさない手はないだろう。私はアドレナリンのもたらす“闘争か逃走か”の興奮を制御し、身体機能に深刻な影響がでない範囲でアドレナリンの分泌を調整する。


 それから神経系の強化も同時に行う。


 戦闘における状況把握はアドレナリンによるスローモーで的確に処理し、行動においては神経系の強化で対処する。


 これを戦闘適合化措置と名付けよう。


 あとやるべきことはこの戦闘適合化措置をより正確なものにすることと──。


 良心という厄介者をつまみ出すことだ。


…………………

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