悪役令嬢のOG訪問
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──悪役令嬢のOG訪問
海辺のコテージで一日を過ごした私たちは次の日、シュレースヴィヒ公爵家の別荘に向かうことになった。円卓のOGであるヴァーリア先輩に会うためだ。
やはり、島には船で向かうらしく、私たちはこのためにヴァルトルート先輩が用意しておいた船に乗り込んで、シュレースヴィヒ公爵家の別荘がある島を目指した。
「クラーケンでないわね」
「出て欲しくないです……」
思い付きで人生を楽しんでいる感じがするヴァルトルート先輩はマーマンが出たからクラーケンもでるのではないかと思っている様子で、先ほどから海をずっと見ている。だが、海は平穏そのものだ。
「ヴァルトルート先輩はどうしてクラーケンに出て欲しいんです?」
「クラーケンはね……」
ヴァルトルート先輩がいつになく真剣な表情を浮かべる。
「おいしいのよ!」
「はあ?」
確かにクラーケンはでかいイカだけど、それを食べるのか?
「美食家の間ではクラーケン料理が流行しているの。揚げてよし、茹でてよし、焼いてよしの優良食材。筋肉質で噛み応えがありながらも、脂のようにまったりとした食感の素敵なお味!」
と、ヴァルトルート先輩はクラーケン料理を押しまくる。
「でも、水揚げされる量が圧倒的に少ないから、私の実家でも食べられたのは1回だけなのよねー。またあの味が味わってみたいわー。でないかしらね、クラーケン。水揚げしたら、私たちで食べましょう!」
「いや、その前にクラーケンを倒さないといけないじゃないですか。その点はどうするんですか」
「倒せない、クラーケン?」
無茶苦茶いう先輩である。
クラーケンが堂々と海上で勝負してくれるなら勝ち目がないわけでもないが、クラーケンって絶対潜るでしょう。私、魚雷とか持ってないし、海中に潜られたら攻撃する手段は一切ないぞ。それでも倒せとおっしゃるか。
「まあ、冗談よ、冗談。クラーケン料理はとても美味しいけれど、下ごしらえに手間がかかるから私たちだけじゃ料理しきれないわ。はあ、クラーケンのフリッターおいしかったわー」
そこまで美味しいと言われると私も気になってきてしまった。今度、お父様に頼んでどうにかクラーケン料理を味わえないものか試してみよう。
しかし、大金持ちのヴィート侯爵家が手にいれるのに苦労するほどのものだから、私がクラーケン料理を味わうのは難しいかもしれない。
「クラーケンでないですかねー」
「出て欲しいわねー」
結局のところヴァルトルート先輩に流された私だが、しょうがないよね。
「おっ。そろそろ島が見えてきたわよ。ようやくヴァーリア先輩に会えるわね」
ヴァーリア先輩が会長だった時、ヴァルトルート先輩は中等部2年か。きっとその時も思い付きで行動していたのだろう。ヴァルトルート先輩と話すようになったのは、ヴァルトルート先輩が高等部に上がってからだし、真実は不明だ。
「埠頭あるからそこに船を止めて、シュレースヴィヒ公爵家の別荘に乗り込めー!」
やっぱりノリで生きているな、ヴァルトルート先輩。
「まずは公爵閣下に挨拶しましょう」
「はい」
ヴァルトルート先輩がようやくまともなことを言うのに、私たちはぞろぞろと船から降りて、シュレースヴィヒ公爵家の別荘を目指した。
「おおっ。あれがシュレースヴィヒ公爵家の別荘……」
別荘のサイズはうちの別荘と同じくらいだ。だが、海を見渡せる丘の上にあって実にお洒落な雰囲気がある。
いいなー。湖の別荘もいいけれど、海の別荘もいいなー。
だが、今は我慢だ。お家取り潰しになったら別荘も取り上げられてしまう。お父様には私が破滅フラグを立てたと感じたら、換金できる資産は全て換金し、第三国の銀行に預けるように説得しておかなければ。
「さあ、いくわよ、みんな。フリードリヒ殿下がせっかく書状をしたためてくださったのだから、約束を反故にするわけにはいかないわ」
「了解です」
私たちはヴァルトルート先輩の案内で、丘の上にあるシュレースヴィヒ公爵家の別荘を目指す。えっちらおっちらと緩やかな坂を上ると、立派な門が私たちを出迎えた。
「何用ですか?」
「精霊の円卓のものです。この度はOGのヴァーリア先輩に会いに参りましたわ」
門番が尋ねるのに、ヴァルトルート先輩が答える。
「ああ。聞いております。どうぞ、こちらへ」
門番は事情を知っていたらしく、私たちを屋敷の正面玄関まで案内した。
「後はメイドに案内して貰ってください」
「ありがとうございます」
門番さんに別れを告げると、私たちは正面玄関から出てきたメイドさんに案内されて、別荘の中を進む。
しかし、高級貴族ばかりの環境にくらしていると、ちょっとおかしくなりそうだね。この別荘、ちょっとした屋敷より大きいぞ。何をどうしたらこんなに大きな別荘が必要になるんだろうか。
「ようこそ、円卓の皆さん」
そう告げるのはナイスダンディーな壮年のおじ様だ。この人がシュレースヴィヒ公爵家の当主のエッケハルト閣下だろうか。
「よろしくお願いします、公爵閣下」
ヴァルトルート先輩がちょいとスカートを上げてお辞儀をするのに、私もそれに倣ってお辞儀をする。やっぱりこの人がシュレースヴィヒ公爵家のエッケハルト閣下か。
「そんなに畏まらずともいいよ。君たちはヴァーリアの後輩たちなのだから」
エッケハルト閣下はそう告げて笑うとベルを鳴らした
「お呼びでしょうか、旦那様」
「オイゲンとヴァーリアを呼んでくれ。彼らの後輩が訪問してきたと」
現れた執事さんにエッケハルト閣下がそう告げる。
「畏まりました」
「それから彼らにお茶を」
この別荘のテーブルは大きい。晩餐会を開くときなどに使うのだろうが、円卓のメンバーが全員座れてしまった。予想外の大きさだ。
「あら、いらっしゃい!」
私たちがお茶を飲みながら待っていると、ヴァーリア先輩がやってきた。結婚相手のオイゲンさんも一緒だ。
「お久しぶりです、ヴァーリア先輩!」
「久しぶりね、アストリッドさん。また会えて嬉しいわ」
淑女らしからぬ元気の良さで挨拶する私に、ヴァーリア先輩が苦笑いを浮かべる。
「ヴァルトルートとも久しぶりね。あなたでしょう。今回の企画を考えたのは?」
「そうですよ、ヴァーリア先輩。海ではしゃいで、OGの方にも会える素敵なプランを用意しました」
ヴァーリア先輩が尋ねるのにヴァルトルート先輩がにこやかに笑って返す。
「あなたのことだから、また急に言い出したんじゃない?」
「そ、そんなことはありませんよ」
やはりヴァルトルート先輩は前々からノリと勢いで生きている人だったか。
「あまり周りの子に苦労をかけさせたらダメよ。イベントをやるときには3ヵ月は余裕を持たせておかなければならないわ。皆、スケジュールの調整などがあるのだから」
「り、理解しました……」
ヴァルトルート先輩は本当に理解したのだろうか。理解はしたけれど、今後に活かすとは言っていないって感じじゃなかろうか。
「でも、海水浴はよかったでしょうね。皆さんも楽しめました?」
「はい。でも、途中でマーマンが現れて……」
「まあ! マーマンが?」
ヴァーリア先輩が尋ねるのに私が答える。
「それで冒険者ギルドに討伐依頼は出したの?」
「その必要はありませんでしたわ。アストリッドさんが纏めて倒しましたから。ね?」
不味い話題を振られてしまった。
確かにマーマンたちを倒したのは私だが、どうやって? と聞かれてしまうと答えられないのだ。
銃火器の技術はノームのおじさんとの約束で秘匿しておかなければいけないからね。
「アストリッドさん。やっぱり魔術で?」
「はい。魔術で倒しましたよ」
嘘は言っていない。マーマンたちを倒したのは、私が土のエレメンタルマジックで作った機関銃と、爆裂の魔術札を使った銃弾なのだから。
「それは実に強力な魔術を使ったのでしょうね」
「えへへ。そうですね」
ヴァーリア先輩の視線が鋭い。ひょっとしてばれているのか?
「そういえば、ヴァーリア先輩はヴェルナー君とディートリヒ君たち新入生とは初めて会いますよね。先輩の視線から見て、彼らをどう思います?」
「そうね。帝国の明日を担ってくれそうな立派な人材だと思うわ。ただ……」
ヴァーリア先輩が声を落として私に耳元に口を寄せる。
「ディートリヒって子はあなたに惚れているわよ、アストリッドさん」
「!?」
イリスから指摘されたときはまさかーと思っていたが、ヴァーリア先輩にそう言われるとなんだか現実味を帯びてきた。
「と、ところで、オイゲン様とは最近どうですか?」
「ようやくお互いの趣味嗜好を理解し始めたところ。あの人は狩りや釣りが好きで、私は読書が好き。だから、彼が狩りをしている間は私は読書をして、狩りの獲物が取れたらそれを調理して一緒に食べているわ」
「お互いの趣味嗜好を押し付けない。それが重要だと思うよ」
ヴァーリア先輩とオイゲン様がそれぞれそう告げる。
なるほど。趣味嗜好を押し付けないか。いいことを聞いたぞ。私が仮に誰かと結婚することになっても魔術や軍事の話題ばかりするのは控えよう。
「そうだったわ。皆さんには話していなかったわね。私、子供を授かったの」
「ええっ!?」
子供! この間まで高校生だったのに、もう子供が!?
「男の子が生まれるか、女の子が生まれるか。楽しみにしてるわ」
「ヴァーリアにはいっぱい食べて貰って、元気な赤ん坊を産んでもらわないとね」
と、ヴァーリア先輩とオイゲン様は幸せムードになる。
結婚して子供を作るかー。ヴァーリア先輩は家庭的だなー。
私はまだそんなこと考える余裕もない。
「それでは円卓の皆さんも幸せに学園生活を送れることを祈ってるわ」
「はいっ!」
こうしてOG訪問も無事に終了。私たちはヴァーリア先輩のおめでたというニュースを胸に再び船で本土に戻っていった。
ちなみに、帰りもヴァルトルート先輩と一緒に海を見張ったがクラーケンを発見することはできなかった。残念。
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