悪役令嬢、とりあえず海へ
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──悪役令嬢、とりあえず海へ
私たちは、思い付きで人生を送っている節があるヴァルトルート先輩の案内で、グローセンゼーヴォーゲルという海水浴場にやってきた。
なんと、ビーチは貸し切りである。流石は貴族。
私たちに食事や飲み物を用意してくれる使用人さんたちも揃っており、これ以上ないほどの立派な海水浴になりそうである。
私たちは到着するなり水着に着替える。チューブトップでもビキニは恥ずかしい。何せ、胸部がペタンとしているからな。
だけど、同じペタン族でもイリスの水着姿は可愛らしい。黒いワンピースの水着がよく似合っている。流石は私の妹だ。姉として鼻が高いよ。
「準備はできたかしら?」
ヴァルトルート先輩は赤色と白色の三角ビキニ姿だ。自分のスタイルに自信がある人はいいよね……。
「準備できました!」
「私もできましたわ」
私たちはいつでも海水浴を楽しめる状態になったぞ。
「では、殿方たちに水着姿を見せつけてきましょう!」
ヴァルトルート先輩は勢いだけで生きている節がある。
「アストリッドさんも早くフリードリヒ殿下に水着姿を見せたいでしょう?」
「いいえ。全然」
だれが、フリードリヒに水着を見せたいと思うだろうか。お断りだ。
「またまた。人の恋路は邪魔しませんから、海水浴と一緒に親交を深めるといいでしょう。きっとその水着は殿下も気に入ると思いますよ」
何故人は私に地雷を踏ませようとしてくるのか。勘弁して欲しい。
「それより海に行きましょう。海に!」
「はい、お姉様!」
私はヴァルトルート先輩の恐ろしき言葉は無視して海に繰り出す。
「うーん。広大な海だね。自然の力を感じるよ」
広い海は実に広大で、遠くにはシュレースヴィヒ公爵家の所有する島がうっすらと浮かんで見える。あそこにヴァーリア先輩たちの別荘があって、ヴァーリア先輩たちががいるんだよね。今から会うのが楽しみだなー。
「お姉様! 水がしょっぱいです!」
「あれ? イリスは海は初めて?」
イリスは波打ち際でちゃぷちゃぷしながらも、飛んできた水しぶきに驚いていた。
「初めてです! 海ってこんなに広いんですね!」
そうかそうか。イリスが幸せそうで何よりだよ。
「では、私が泳ぎ方を伝授してあげよう」
「お願いします、お姉様!」
ということで、私はイリスに水泳を教えてあげた。クロールを基本に、平泳ぎも教えてあげたけれど、イリスはあんまり深い場所には行きたがらなかったので、私たちは浅い場所でちゃぷちゃぷしていた。
「アストリッド」
そして、私がイリスの水着姿を目に焼き付けていたら、フリードリヒだよ……。
「アストリッド、その水着はよく似合っていますね。大胆ではありますけれど」
「ヴァーリア先輩のお勧めで仕方なくなのですよ……」
私の水着なんて褒めることはないだろう。ぺったんだし。ああ、ひょっっとして嫌味で言ってるんだな? そうなんだな? なんて嫌な奴だ!
「アドルフとシルヴィオも御令嬢方の水着は大胆だなと言っていましたが、今年流行りの水着などでしょうか。皇帝陛下が風紀が乱れるなどと言わないか心配ですね」
アドルフとシルヴィオは浮気か。許されぬ男どもだ。
しかし、風紀が乱れるからという理由でビキニを取り締まろうとする皇帝というのもちょっと間抜けに見えてしまうな……。
「殿下は風紀は乱れると思いますか?」
「いいえ。自由でいいことだと思いますよ」
とか言って、先輩方の水着見てエロいこと考えてるんだろう。このむっつりめ。
「フリードリヒ! こっちに飛び込めそうな場所があるぞ!」
「分かりました! では、アストリッド嬢。海水浴を満喫したら、食事をご一緒しましょうね」
「は、はい」
お前と食事なんて地獄だよ……。
「お姉様。あの島がシュレースヴィヒ公爵家の島なのですね」
「そうだね。ここからだとどうやっていくのかな? 橋とかないし……」
船だろうか?
「イリス先輩!」
私たちは海の向こうの島に思いをはせていたら、ヴェルナー君がやってきた。その後ろからはディートリヒ君が。
「その水着、お似合いですよ」
「あ、ありがとうございます……」
イリスは水着姿を男子に見られるのが恥ずかしいのか、定位置の私の背中に。
「アストリッド先輩も水着、似合っておいでですよ」
「そうかなー?」
ディートリヒ君の方は私の水着を褒める。まあ、ペタン族の水着など色気の欠片もなかろうし、社交辞令だろう。フリードリヒと違って嫌味に感じないところが、年下男子の優位な点だね。
「イリス先輩、よろしければ向こうの方にいきませんか? 綺麗な洞窟があるのです」
「お、お姉様と一緒ならいいです」
イリス……。ヴェルナー君は君とふたりっきりになりたがっているんだよ……。私が一緒に付いて行ったら雰囲気が台無しになっちゃうよ……。少しでいいから男の子の心も汲んであげようね……。
「では、アストリッド先輩も一緒に」
「いいの?」
ヴェルナー君、ごめんね。お邪魔虫が付いてきちゃって。
「では、行きましょう、イリス先輩、アストリッド先輩」
「待て。イリス先輩は私と一緒に遊ぶんだ」
ヴェルナー君がイリスの手を握るのに、ディートリヒ君がそう告げる。
うわっ。第二次イリス争奪戦が勃発しようとしている!
「待って、待って。ここは仲良く4人で遊ぼう。ね?」
すまぬ、ヴェルナー君。決闘の立会人はやりたくないんだ。
「4人で、ですか。まあ、構いませんよ」
と言いつつ、がっちりイリスの手を掴んでをキープしているヴェルナー君。君は随分と積極的だな。本当に初等部1年生なのかい?
「じゃあ、ディートリヒ君は私と一緒に行こっか?」
「は、はい……」
おい、少年。さっきまでの威勢はどこに消えた。テンションの落差が激しいぞ。
「それで、ヴェルナー君。洞窟ってどこにあるの?」
「向こうの方です。あの丘のふもとに」
海で洞窟かー。
……なんかやばい魔獣とか住んでないよね? ここはちゃんと冒険者ギルドが掃除してるよね? 嫌な予感しかしないんだけど……。
「ちょ、ちょっと待ってね! 忘れ物取ってくるから!」
私はそう告げてブラッドマジックを使ったダッシュで荷物を置いてきたコテージへ。
「よし。いついかなる時も準備を怠るべからず」
私は鍵付きのトランクからショットガンを取り出し、スラッグ弾を詰め、かつスリングで背中に背負う。
さあ、いざ洞窟へ!
「遅くなってごめん! 準備してたから!」
と、私は再度ヴェルナー君たちと合流。
「アストリッド先輩。それは……?」
「あっ! お姉様がケルピーを倒した時の!」
ヴェルナー君が怪訝そうに背中に背負っているショットガンを見るのに、イリスが嬉しそうな声を上げた。お姉ちゃん、ショットガンを見て喜ぶ物騒な子にはなって欲しくなかったかな……。
「まあ、何が潜んでいるか分からないし、護身用の道具だよ」
「このビーチは冒険者ギルドが魔獣を駆除しているから大丈夫だとは思いますが……」
その冒険者ギルドが当てにならないんだよ! 狩猟場のグリフォンも新入生オリエンテーションのコカトリスも見落として! 冒険者ギルドの偉い人出てきて説明して!
「いざとなったら自分がアストリッド先輩とイリス先輩を守りますから」
「ありがとう、ディートリヒ君!」
はあ、最初は私の周りだけ平均年齢がだだ下がりだと嘆いたが、初等部の子に囲まれていると癒されるー。地雷とか気にしなくていいし、楽ちんだー。だけど、私の好みは年上の男性なんだよねー。
そう言えばヴァルトルート先輩たちは何をしているのだろうとビーチを見渡す。
「それっ!」
「やりますね! ですがっ!」
おおう……。水鉄砲遊びならぬ、水のエレメンタルマジック遊びしてる。相手の体に放水! 超エキサイティング!
しかし、ビキニでよくあんなに動けるな……。高等部の先輩方の視線が釘付けになってるのに気づいてるんだろうか。気付いてるならヴァルトルート先輩たちは相当な魔性の女だな……。
「どうしました、アストリッド先輩?」
「いや。あの水着でよくあんなに動けるなって思って」
ディートリヒ君が話しかけてくるのに、私がヴァルトルート先輩たちを指さす。
「あ、ああいうのは破廉恥だと思います。帝国の風紀を乱すような水着です」
そう告げてディートリヒ君は頬を赤く染めると視線を逸らした。
おっ? 可愛い反応だな。可愛い奴めー。まあ、変に大人っぽいよりも子供は子供らしいのがいいよね。
「イリス先輩。先ほどはアストリッド先輩と泳ぐ練習を?」
「は、はい。私、泳げないですから……」
うむうむ。イリスもちょっとずつだけど、ヴェルナー君と喋れるようになってる。いい感じだ。将来の婚約者なんだから、ちゃんと仲良くしておきたいよね。イリスの家庭が円満でありますように!
しかし、ディートリヒ君は仲睦まじいイリスとヴェルナー君の様子を見ても、これといって嫉妬した様子は見せない。
……まさか、本当に私がいいってことはないよね?
ないない。イリスみたいに魅力ある美少女ならともかく、私のような魔術馬鹿に惹かれる男の子がいるものですか。ちょっと治癒のブラッドマジックをかけてあげただけで惚れられたら、今頃私は逆ハーレムを築いていますよ。
「ほら、あそこです」
「おおっ!」
そんなこんなしている間に私たちはヴェルナー君が発見したという洞窟に辿り着いた。切り立った崖の下にぽっかりと洞窟が開いている。中は水に浸され、幻想的でもあるが、ちょっと怖くもある様相になっていた。
「ここから眺めると幻想的ですよ。海の水が太陽の光を浴びて輝くのと、暗がりに流れて輝きを失うのが同時に見れて」
「そうですね。小説の中に出て来る場所みたいです」
ヴェルナー君の言う通り、水が輝いたり、暗くなったりするのを見るのは悪くない。
「中はどうなっているのでしょうか?」
「中は……」
イリスが尋ねるのに、ヴェルナー君が困った表情を浮かべる。
「私の妖精に見てきて貰おうか?」
「あっ。アストリッド先輩は妖精と契約されておられたのでしたね」
そうそう。いつも必ず円卓のお菓子が行方不明になるのは、うちの食いしん坊な妖精さんのせいです。ごめんなさい。
「ブラウ。来て」
「はい、マスター!」
私がブラウを呼ぶと、ふよふよとどこからかブラウが現れた。
「ブラウ。あの洞窟の中、見てきてくれない?」
「ええー……。ブラウ、暗いところは苦手です……」
私が頼むのに、ブラウが露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「後でお菓子あげるから、ね?」
「うー……。分かったです……」
相変わらずお菓子に弱い妖精だ。
「じゃあ、航空偵察を任せた!」
「行って来るです……」
私が敬礼をしてブラウを送り出すのに、ブラウはふよふよと洞窟に飛んでいく。
「アストリッド先輩はいつ妖精と契約したんですか?」
「お父様と一緒に狩りに行ったときだよ。偶然、出会ったの。そして、お菓子あげたら懐かれちゃって」
ショットガンでグリフォン撃ち殺して仲間にしましたとは言えない。
「お姉様が羨ましいです。私も妖精さんと契約してみたいです」
「イリスもきっといい妖精さんに出会えるよ」
イリスはいつもブラウを物欲しげに眺めていたっけ。
イリスが妖精と契約したら、それは似合うだろうなー。儚げな美少女にファンシーな妖精の組み合わせの破壊力は凄いはずですよ。
「マ、マスター!」
そんなことを話していたら、ブラウが洞窟から大慌てで出てきた。
「ブラウ、どうしたの? 何かいた?」
「マーマンです! マーマンの巣があります! そのマーマンがブラウを追いかけてきて──。わーっ! 来たーっ!」
マーマンってあれだな。魚人間のことだな。やはり、用心してショットガンを持ってきておいて正解だった。
「って、数が多い!?」
洞窟からのそのそと現れたマーマンの数は10体を越えている!
「イリス、ヴェルナー君、ディートリヒ君! 安全な場所まで逃げて! ここは私が食い止めるからっ!」
「でも、先輩だけじゃあの数は!」
確かに弾薬が不足するだろう。スラッグ弾は5発しか詰められていないのだから。
「ヴェルナー君とイリスは先輩たちにこのことを伝えて! ディートリヒ君はコテージから私の鍵付きトランクを持ってきて! さあ、早く!」
「分かりました!」
ヴェルナー君は怯えるイリスの手を引いて先輩たちの方へ。
「ディートリヒ君! 急いでトランクを!」
「ですが、先輩だけであれだけの数のマーマンを食い止められるとは思えません! 私も手伝います!」
威勢はいいけど、ディートリヒ君はこの場では戦力外だ。残念ながら。
「ダメ。いいからトランクを取ってきて。そうしたら、勝てるから。ブラッドマジックが使える君にしかお願いできないことなんだよ」
「……っ! 分かりました!」
よし、ディートリヒ君も行った。
さて、マーマンの数は多いが陸の上ではそこまで動きが早くない。
スラッグ弾の有効射程まで近づいて、一撃離脱だ。
私はブラッドマジックを全力で行使すると、マーマンの群れに向けて突撃する。マーマンたちは木でできた槍で武装しているが、私のスラッグ弾の射程はそのちゃちな槍より随分と長いぞ?
私はマーマンが槍を構えるのに、スラッグ弾を頭部にお見舞いする。魚の頭にスラッグ弾が食い込み、脳漿をまき散らして撃破だ。そして、私は再びマーマンの群れから離脱して、ハンドグリップを動かし次弾を装填する。
そして、再び突撃、射撃、離脱を繰り返す。
こういうことなら散弾を持ってくればよかったという思いもあるが、今頃そんなことを考えてもしょうがない。
あるものでできることをするのだ。
そして、一撃離脱を繰り返すこと4回。残弾数は残り1発。
ディートリヒ君。急いでくれ!
「アストリッド先輩! 持ってきました!」
「よし! ありがとう、ディートリヒ君!」
ディートリヒ君が私の鍵付きトランクを持ってくるのに、私は大急ぎでディートリヒ君の方に向かう。
「どうぞ!」
「ほい!」
私はディートリヒ君から鍵付きトランクを受け取ると、鍵を開けて開く。
中に入っているのは──。
「ふふふ。機関銃君、初の実戦デビューだぞ」
機関銃だ。200発の銃弾と共にトランクに固定されているのは、私とノームのおじさんが苦労して作った機関銃である。
「ディートリヒ君。危ないから絶対に私の後ろにいて。絶対だよ?」
「は、はい!」
さて、ディートリヒ君に注意喚起もしたし、いよいよ射撃だ。
ゆっくりとしたペースながら確実に私たちに近づくマーマンたち。
私は機関銃の二脚を降ろして地面に伏せると光学照準器でマーマンたちを狙う。
「レッツロック!」
私は機関銃の引き金を引き──。
けたたましい銃声と共に銃弾がマーマンたちに浴びせかけられる。ブラウが消音するはずだが、マーマンが怖くて逃げちゃったから仕方ない。
機関銃の銃弾はマーマンたちを薙ぎ払っていき、マーマンたちは恐怖を感じたのか逃げ出し始める。だが、そうは行くものか。
私は機関銃の射撃を続け、圧倒的火力でマーマンたちをねじ伏せる。砂浜にはマーマンたちの死体が転がり、ロマンチックだった光景も血の海だ。
「数体、洞窟に逃げ込んだね」
「え、ええ。でも、まさか……」
「追撃して殲滅する」
私は機関銃を抱えると、洞窟に向けてダッシュ。
洞窟に逃げ込もうとしているマーマンに銃弾を浴びせ、洞窟の中を覗き込むとマーマンたちが奥の方に逃げていくのが見えた。
私は容赦なくその背中に銃弾を叩き込んでやり、マーマンを一体残らず殲滅した。
「クリア!」
私は念のため洞窟の奥へと行ったが、マーマンの生き残りがいる様子はない。
「うーん! 完全勝利!」
私は機関銃が実用レベルであることを確かめられて満足。
しかし、心臓に悪いので冒険者ギルドにはちゃんと仕事して欲しい。
とまあ、そういうことで私が鼻歌を歌いながらディートリヒ君のところに戻ったら、向こうから先輩たちが走ってくるところだった。フリードリヒたちもやってきている。
危ない! 機関銃を隠さねば!
私は慌てて機関銃を鍵付きトランクに仕舞って、放った弾丸を消去する。
「アストリッドさん! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ、ヴァルトルート先輩。マーマンはもういません」
ヴァルトルート先輩が慌てた様子で尋ねるのに、私がにこやかな笑みでそう返す。
「マーマンが巣を作ってるなんて、おかしいわねえ。冒険者ギルドが掃除してるはずなんだけど……」
「先輩。冒険者ギルドはまるで当てになりませんよ」
映画の中の情報部並みに冒険者ギルドは役立たずである。
「それにしてもどうやって、これだけのマーマンを……?」
「こう、頑張って」
「え?」
「頑張ったんです」
私は頑張って倒したことにした。
「アストリッド先輩は奇妙な機械──」
「なーんでもないですよ! 頑張ったんです!」
ディートリヒ君! しーっ! しーっ!
「そうなの。じゃあ、今日はここら辺にしておこうかしら。マーマンの次はクラーケンでも来そうな気がするし」
「嫌な予感すぎですよ……」
ヴァルトルート先輩が告げるのに私はそう返した。
この海岸はマーマン出没の可能性ありということで、今日はこれで水遊びは終わりとなり、コテージで食事をとった。
はあ。それにしても機関銃ぶっぱなすの楽しかったー。あれは最高だぜ。
しかし、ディートリヒ君がしっかり目撃しているのが困りものである……。
…………………