悪役令嬢は水着買ってきます
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──悪役令嬢は水着買ってきます
期末試験も終わって夏休みがやってきた!
まあ、毎度のことながら、そこまで喜ぶことでもない。
今年の夏はどうやって過ごそうかなーなどと終業式後の円卓でイリスと思いにふけっていたら、先輩たちが何やら騒いでいる。
どうしたのだろうか?
「皆さん! 海に行きましょう!」
と、そう告げるのは円卓の新しい会長であるヴァルトルート・ヨゼフィーネ・ツー・ヴィート先輩だ。何故だか円卓の会長は毎年女性と決まっているらしい。となると、私が高等部2年になったら私が会長になれたり?
まあ、フリードリヒがいるから無理か。
で、そうそう、何故か先輩が海に行こうと言っているんだった。
「ヴァルトルート先輩。また思い付きでイベントを提案して……」
「いいじゃない。円卓の親交を深めるために海に行きましょうよ!」
高等部1年の先輩が渋い顔をして告げるのに、ヴァルトルート先輩が悪びれもせずそう返す。
そうなのだ。ヴァルトルート先輩はこれまでの会長さんたちと違って、思い付きでイベントをやりたがるのだ。
この間は音楽鑑賞会として劇場に連れていかれたし、その次は期末テスト前にもかかわらず美食を楽しもうとレストランに連れていかれた。イベントが決定するのは概ね3日ほど前なら長い方というのだから、たまったものではない。
今回の海に行くのもかなり唐突だ。
「アストリッドさんはどう思う? 海っていいわよね?」
「え、ええ。いいですけど、また唐突ですね」
「サプライズよ」
まあ、ヴァルトルート先輩のヴィート侯爵家は非常に裕福な貴族の家系として知られており、イベントの支払いはすぐにヴァルトルート先輩が済ませてしまう。だから、そこまで苦情がでないのだろうとは思うが……。
「ふふふ。実はね。水着を買ったの! 新しい水着! 可愛いのよ! だから、海に行きましょう! みんなの分の水着も新調するついでに!」
本当にフリーダムだな、この人。会長に選んだの誰だよ。
「いいですね。円卓の皆さんで海というのも。高等部は1年のときに臨海学校がありますから、その予行練習になりそうです」
「そうでしょう、そうでしょう! きっといい思い出と経験になるわ! 殿下は分かっていらっしゃる!」
で、フリーダムなヴァルトルート先輩とフリードリヒの組み合わせだよ……。こうやってフリードリヒが甘やかすものだから、毎度毎度イベントにストップをかけられる人材がいなくなるんだよ……。
「ですが、海と言ってもどこの海に?」
「グローセンゼーヴォーゲルなんてどうかしら? あそこは対岸にちょっとした島があって、そこにヴァーリア先輩の嫁がれたシュレースヴィヒ公爵家の別荘があるのよ。シュレースヴィヒ公爵家は夏はそこで過ごすから、是非ともお会いしたいと思わない?」
おっ。ヴァーリア先輩と会えるチャンスだったり? しかし、公爵家にアポも取らずに会えるものだのだろうか……。多分、ヴァルトルート先輩のことだから考えてないだろうなー……。
「ああ。では、ヴァーリア先輩とシュレースヴィヒ公爵家に私が手紙を出しておきましょう。せっかくの機会です。OGの方が元気にされているか、挨拶してきましょう」
で、またフリードリヒが実現させてしまうわけである……。
今年の円卓は頭痛がしそうだ。
だが、ヴァーリア先輩がオイゲン様と仲良くしているか気になるし、シュレースヴィヒ公爵家は味方に付けておきたいので反対はしない。
「じゃあ、日程は──」
「この日は無理ですよ。私──」
とんとん拍子に話は進んでいき、女子たちで水着を買いに行く日や、必要となるものの準備、そして海に行く日が決まってしまった。ヴァルトルート先輩がほとんど押し切って決定となった。
「イリスは泳げる?」
「泳げません……」
よしよし。お姉ちゃんが泳ぎを教えてあげよう。
「水着も買わなくちゃいけないよね。私は去年のは入らないや」
「お姉様はどんどん成長なさりますね。私はちっとも背が伸びません……」
成長するのは身長だけで、もう165センチはあります。それに対して胸はちっとも大きくなりませんがね。うちの家系はお母様も慎ましい胸をされておられたし、あまり期待できる家系ではないのかも。まあ、いいさ。女の魅力は胸だけじゃあない!
しかし、流石にイリスの方が大きくなったら泣くよ。
「お姉様。一緒に水着選びましょう」
「そうだね。イリスにも可愛い水着を選んであげるよ」
ということで、私たちは水着選びに商業地区に向かうことになりました。
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私たちは水着選びに商業地区に。
と、私は商業地区にくるときょろきょろと周囲を見渡してしまう。
この商業地区にはヒロインのエルザ君がいるはずなのだ。破滅フラグを避けるために、接触するべきではないのか、それでもむしろ積極的に関わっていくかは、私の中でも意見が分かれた。
攻略対象の4名は明確に避けた方がいいだろうが、エルザ君はどうするべきか悩みに悩んだ。私が苛めないとしても、あの学園は貴族だらけ──ベルンハルト先生が言うようにプライドだけは高い──である。誰かが手を出すだろう。
そして、巡り巡って私に責任がという可能性も捨てきれない。ミーネ君やロッテ君は優しい子たちだけど、やっぱり貴族だし、彼女たちがエルザ君を苛めると私が監督責任を問われる恐れがあるのだ。
だとするならば、早急に接触して保護し、私に好印象を持ってもらう方がいいのではないだろうか? しかし、この保護というのも割ともろ刃の剣で、エルザ君の好感度は得られても、貴族からは恨まれる可能性が……。
うー……。どうしたらいんだろうか……。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよ、イリス」
私が挙動不審になっているので、イリスが怪訝そうに私の顔を見上げてきた。
「さあ、水着を選ぼう、イリス!」
「はい、お姉様!」
私たちは思い付きで行動することに定評のあるヴァルトルート先輩がお勧めという、衣料販売店を訪れた。なんでも、種類も豊富でサイズもすぐに合わせてくれるとか。ヴァルトルート先輩もここで水着を買ったそうだ。
「ささ、入って入って。オーナーは私と顔見知りだから!」
ヴァルトルート先輩の知己を得るのも重要だな。ヴィート侯爵家はお金持ち。この世界ではお金で兵隊が買える。傭兵団を率いて、オルデンブルク公爵家を潰そうとする皇室に反旗を翻すのだー!
「いらっしゃいませ、お嬢様方」
おおっ。確かにヴァルトルート先輩の知り合いらしく店主らしき人物が、私たちを出迎えてくれた。妙齢の女性で、ファッションデザイナーのような優雅なドレスに身を包んでいる。
「こんにちは、ダニエラ! この子たちは私の学友たちなの。この子たちにもこの間私が買った水着を見せてくれないかしら?」
「ええ。では、準備するのでお待ちください」
どんな水着が出て来るのだろうか。ここは剣と魔法のファンタジーワールドだから、どんなものが出て来るが分かったものではない。
イリスにはスカート付きのワンピースが似合うだろうなー。あれって子供っぽいけどイリスのような儚げな美少女には、似合うと思うんだよね!
「こちらがヴァルトルート嬢がお買い上げになられた水着となります」
と告げて、オーナーのダニエラさんが持ってきたのは──。
「え? ビキニ?」
それはツーピースの紛うことなきビキニだ。それもトライアングルビキニ。
「ビキニ? これは隣国のフランク王国で作られたレアールって水着よ?」
「そ、そうですか……」
どう見てもビキニだよ。それもかなり露出のきわどい奴。
「お、お姉様。これは破廉恥ではありませんか……?」
「そ、そうだね。私たちは遠慮しておこうか……」
私とイリスはドン引きである。
「ええーっ! イリスちゃんにもアストリッドさんにも似合うと思うのに……」
「私はもうちょっと露出が少なければ……」
三角ビキニなんてとんでもないものは流石の私もお断りです。だって、私のスタイルには絶対に似合わないぞ。イリスに至っては着せること自体が犯罪だ。
「露出が少ない品もありますよ。これなどはどうでしょうか?」
と、ダニエラさんが持ち込んできたのはチューブトップの水着。チューブトップに必要なゴムは普通に普及しているんだね、この世界。まあ、エレメンタルマジックで作れるから余裕だろうけどさ。
「なら、私はこれに!」
「ええー。こっちの方が似合ってるわよー?」
ええい。貧相な体の私が三角ビキニなど着ても似合わない!
「それよりワンピース型の水着はないですか? スカートが付いてる奴です」
「ああ。ありますよ。白、黒、赤の三色です」
ダニエラさんが私の理想とするスカート付きワンピース水着を持ってきてくれた。
うんうん。これならイリスにも似合うね。
「イリスちゃん。こっちの方が似合うわよ。ちょっと心配なら、腰に布を巻くこともできるのよ? パレオっていうの!」
ヴァルトルート先輩は依然としてイリスに向けて三角ビキニを勧めている。おい、やめてくれ。犯罪に近いぞ。いや、犯罪だぞ。可愛いイリスにはこのワンピースの水着が一番いいんだ!
「わ、私はお姉様が選んだ水着がいいです……」
「うー……。残念ね……」
というわけで、水着選びは終了した。
私は紺色のチューブトップ。イリスはスカート付きの黒いワンピース型の水着。先輩方は大胆にもビキニに挑戦していた
勇気あるな、先輩方……。
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