悪役令嬢は年下の子に好かれるようだ
…………………
──悪役令嬢は年下の子に好かれるようだ
今年も夏がやってまいりました。
期末テストではブリギッテ君とサンドラ君が奮闘し、学年で15位内に。目標の10位以内まではもう少しだ。10位内に入ったら次は5位内を目指そうじゃないか。
ちなみに、私はお父様にあれだけ金を出してやったのに落ちこぼれてたら許さないぞという圧力を受けているので、頑張って1位に! やったー!
しかし、フリードリヒを押しのけて1位というのは、一部のフリードリヒファンという恐ろしい物好きから恨まれるのではなかろうかとびくびくしたが、なんてことはなく、円卓でも意地悪されたりすることはなかった。
むしろ、これでやっぱりアストリッド様はフリードリヒ殿下と婚約なされるのですね、というおぞましい妄想が蔓延し、それを否定して回るのに苦労した……。本当に勘弁して欲しい。
いいか。私が好きなのはぐいぐい引っ張ってくれる年上の男性なんだ。なよなよした奴には用はないのである。
そういえばアドルフが最近やけに勉学に励んでいる。図書館から本を借りてきて読んでいるのを見かけた。私はミーネ君経由で、お勧めの書籍をアドルフに伝えてやり、アドルフは初歩的なものから着実に覚えているはずだ。これでミーネ君の株も上がるだろう。
ミーネ君曰く、アドルフとは最近よくブラッドマジックのことで相談を受けると聞いており、信頼されているのが窺える。この間なんてふたりで図書館デートしたらしい。いいね、いいね。私も親友として鼻が高いよ。
問題はシルヴィオだ。
こいつは悩みを抱え込むタイプらしく、親しくしているロッテ君にも最近は当たり障りのない話しかしないらしい。そのくせ、円卓ではぼーっとしていることが多く、フリードリヒと何か話しているのが見えた。
ロッテ君には本当に惚れ薬が必要だな。シルヴィオを誘惑して、自分の男にすれば、シルヴィオもちょっとは悩みをロッテ君に話すだろう。ロッテ君にはシルヴィオがどんな悩みを抱えているか教えてあるので、どうにかしてくれるはずだ。多分。
フリードリヒ? 知らない、次。
しかしながら、ちょっと疑問に思うのはアドルフが弟のディートリヒ君と全く話さないってことなんだよな。兄弟だからちょっとぐらい話があってもよさそうなものなのに、顔すら合わせない。この間の決闘騒ぎの時も無反応だった。
ひょっとしてこの兄弟、仲悪い?
ひとりっ子だった私にはいまいち兄弟というものが想像できない。イリスは妹のようなものだけど、本当の姉妹みたいに一緒に暮らしているわけじゃないし。
まあ、それはそうと私を巡る環境がちと変化しました。
「イリス先輩。このお菓子はおいしいですよ」
「イリス先輩。よかったらこの本を読んでみませんか? 面白いですよ」
私の愛しいイリスが年下男子2名の逆ハーレムを形成してしまっているのだ。
「あ、ありがとうございます」
イリスはいつでも逃げられるように私の傍にいるし、私の周囲の平均年齢がガクリと低下している。先輩たちは微笑ましそうにこちらを見るだけである。ひょっとして私も小学生仲間だと思われている……?
イリスは婚約者のヴェルナー君に好意を向けられるのは理解できるが、ディートリヒ君から好意を向けられるのは困ると私にこっそり言っていた。なので、ディートリヒ君には別のお相手を探して欲しいのだが、どうにもイリスが好きらしい。
まあ、イリスは可愛いもの。こんな可愛い先輩がいたら私だってつき纏いますわ。
とはいえど、イリスがディートリヒ君の好意に困っていることは事実だし、誰か本当にお相手はいないのだろうか。初等部のことはいまいち分からないから、この子はお勧めだよっ! と紹介はできない。
イリスにお友達にディートリヒ君を紹介してみたらと言ってみたけれど、実はイリスは学校で友達がいるのは円卓の中だけみたい。円卓の初等部の女の子は数名いるけど、彼女たちは同年代ではなく、先輩たちに夢中だ。このおませさんたちめ。
「ディートリヒ君」
「は、はい。なんでしょう、アストリッド先輩……?」
私が声をかけるのにディートリヒ君がびっくりしたように縮こまる。取って食べるわけじゃないからそんなに怯えないで欲しい。
「ディートリヒ君は魔術の成績は結構いい方だよね? もうブラッドマジックも使えているし」
「そうですね。家庭教師に教えて貰いましたから」
あれ? おかしいな。アドルフのときは家庭教師はブラッドマジックは早いって教えなかったって言ってなかったっけ? 同じ家庭教師じゃないのか?
「そうなると女の子が放っておかないよね。実はもうラブレターとか貰ってない?」
と、さりげなく、さりげなーく、私は探りを入れる。
「いくつか貰いましたが、断りました」
「え? そうなの?」
うわっ! もうイリス一筋なわけですか! 覚悟完了?
「悪いとは思うのですが、自分には思う人がいますから」
わー。小学生とは思えないセリフがでましたよ。
「ち、ちなみに、どんな女の子がタイプ?」
「そ、そういう話はちょっと恥ずかしいのですが……」
「まあ、ここだけの話で言いふらしたりしないから」
赤面するディートリヒ君に私が食らいつく。
「と、年上で……」
「ふむ」
イリスだな。
「や、優しい人で……」
「ふむ」
イリスだな。
「き、気配りができて……」
「ふむ」
イリスだな。
「ま、魔術の才能に長けていて……」
「ふむ」
イリスだな。
「ほ、包容力のある方が好みです……」
「ふむ……?」
イリスは可愛いが、包容力はあるか?
どちらかというとイリスは甘える方で、甘えられる方ではない気がするのだが。少なくとも私の認識ではそうだ。ちょっとおかしいな……。
「ち、ちなみにアストリッド先輩の好みの男性はどのような方ですか?」
「私? そうだよね。私も語らなければならないよね」
ディートリヒ君だけに恋愛話を喋らせては可哀想だ。私もこれを機に好みの男性を周知させるとしよう。
「まずは私より背が高い人で……」
「はい」
ディートリヒ君が頷く。
「性格は積極的で、ぐいぐい引っ張ってくれる人で……」
「はい」
ディートリヒ君が頷く。
「男らしくて、くよくよせず……」
「はい」
ディートリヒ君が頷く。
「年上の男性!」
「え?」
ディートリヒ君がぽかんとする。
ふふふ。分かったかね、円卓の諸君。私は積極的な年上の男性が好みなのだ。フリードリヒとかお断りだよ? ちゃんと聞いてる?
「そ、その、年上の男性っていうのは絶対条件でしょうか」
「むー。絶対とは言わないけれど、年上の余裕的なものを見せてくれるなら、同い年とかでもいいよ」
フリードリヒには無理だろうけどな!
「そうですか……」
何故かしょんぼりするディートリヒ君。ホワイ?
「あっ!」
そこでイリスが声を上げた。
「お姉様、ちょっと一緒に来ていただけますか?」
「なになに?」
しょんぼりしているディートリヒ君は可哀想ではあるのだが、可愛いイリスの頼みの方が気になるのだ。すまない。
イリスは私を円卓の外まで引っ張っていて私の顔を見上げた。
イリスはあんまり身長伸びないなー。大丈夫なのかなー。
「お姉様。ディートリヒ様が好きなのは私ではありません。きっとお姉様です」
「へ?」
イリスの口から衝撃的な言葉が。
「いや、でも、ディートリヒ君はイリスを巡ってヴェルナー君と決闘したよ?」
「ええ。ですが、あれからお姉様に好意が向くようになったのではないかと思うのです。先ほどの好みのタイプを話し合われていたのを聞いていましたが、あの反応は間違いなく、お姉様のことを思われている反応です」
「ええー?」
私は確かに年上ではあるけれど……。
「じゃあ、なんでディートリヒ君はイリスに構うのかな?」
「きっと直接お姉様と話すのは恥ずかしいからでしょう。私の傍にいれば自然にお姉様の傍にいられるから、そういうことだと思います」
あれれ? つまりイリスは逆ハーレムを形成したりしてないの?
というか、私は4歳年下の男の子に惚れられているの?
「それはないんじゃないかな……」
「きっとそうですよ。最近、ヴェルナー様の勧めで、そういう小説を読み始めたので分かります」
ヴェルナー君。無垢なイリスに変なこと吹き込むのはやめてね。怒るよ。
「ふむむ。でも、困ったな。ディートリヒ君が直接そう言ってくれるなら断りようがあるけど、憶測でどうこういうのは失礼だしな……」
4歳年下でも貴族子息である。それに、ディートリヒ君は微妙にアドルフという地雷と連結しているしな……。
「いつか告白なさると思いますよ。ディートリヒ様は男らしい方ですから」
「それまでは不発弾だね……」
私は年上が好みなのだが……。初等部のちびっ子は正直……。
まあ、この世代の子は移り気が激しいし、ディートリヒ君もきっと私以外の魅力的な女の子を見つけてゴールインすることだろう。ディートリヒ君は凛々しいし、魔術の才能もあることだし。
「じゃあ、イリスは安心だね。ふたりの男の子から好かれて板挟みになるのはつらかっただろうし」
「ええ。私はヴェルナー様だけで十分です……」
しかし、ゲームでもこんな展開が背景にはあったのだろうか。
ゲームのアストリッドがいつから悪役令嬢的振る舞いをするようになったかは知らないが、私が思うに彼女は意外に純粋な子で、憧れのフリードリヒ、アドルフ、シルヴィオを慕っていたと思うのだ。
そこに平民のエルザ君が来て、その3人を誘惑したものだからキレた。
そう考えるとそれまでは嫌な性格──本当に嫌な性格だった──ではなく、我が家のメイドさんが嘆いていたように素直な子だったのかも。
それだったら、ディートリヒ君にも好かれてた可能性はある。しかし、彼女がどうやって好みじゃないディートリヒ君を諦めさせたのかは私の知る範囲にはない……。
ゲーム作った人ー! ちょっと出てきて教えてくださーい!
と、私は心の中でゲームを作ったスタッフの人に呼びかけたが、反応はなかった。
虚しい。
…………………