悪役令嬢ですが、部室が完成しました
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──悪役令嬢ですが、部室が完成しました
「ここが真・魔術研究部の部室です!」
と私が誇らしげに見せるは、見事な研究室。
壁には本棚が設置されて、論文や専門書が並べられ、棚やテーブルには実験機材が並べてある。動物実験用の猿を入れておくケージも用意した。モルモットを飼育するためのケージもオーケー。
概ね、ヴォルフ先生の研究室をコンパクトにした感じで整えている。あれはただ遊びに行ったのではなく、部室のレイアウトをどうするかを決めるためでもあったのだ。
ついでに、女の子らしく、お菓子を食べながら談笑するスペースも設置。お菓子は円卓のをパクってきました。
「おおっ! 凄いですね、アストリッド様!」
「ほ、本格的ですわ……」
ミーネ君、ロッテ君、ブリギッテ君とサンドラ君たちもこの部室の完成度には感嘆の息を漏らしている。
「私たちはくしゃみクッキーなど作って遊んでいる似非魔術研究部とは違うのだよ! 私たちは本格的に魔術を研究するのだ!」
我々こそ真・魔術研究部! 似非魔術研究部とは一線を画すのだ!
「とまあ、それは今日は置いておいて。ようやく部室が整ったことを祝ってお茶会でもやろう。お茶もお菓子も円卓から持ってきたから」
「アストリッド様にそのようなお手間をおかけしたなんて申し訳ないですわ……」
「気にしない、気にしない。今、お茶淹れてくるから」
「そ、それは私たちがやりますから、アストリッド様は座っておいてください!」
うーん。ミーネ君たちともかなり打ち解けたと思うんだけど、未だに様付けだし、こうやって雑事は我々がって感じになっちゃうし。家柄が良すぎるってのが、友達作りの上で壁になると言ってたヴァーリア先輩の言葉は本当だったんだなー。
イリスは大丈夫だろうか?
「お茶をどうぞ、アストリッド様」
「ありがと。みんなも座ってお茶にしよう」
ミーネ君がお茶を淹れてくれたのに、私がみんなの席を指さす。
「では、この度の部室完成を祝って乾杯!」
「い、いえ、アストリッド様。普通はお茶で乾杯はしませんわ」
「気分だけでもだよ、ロッテ君」
流石に紅茶で乾杯はしないことぐらいは私も知っています。
「で、部室の感想は?」
「なんだか学士課程の方々が行かれる研究室のようですわ。本当に本格的な魔術研究を行うのですね……」
「私たちにはもったいないぐらいですわ」
私がワクワクしながら感想を求めるのに、ブリギッテ君とサンドラ君がそう告げる。
「ここにある機材は思う存分使っていいからね。後、部費は全部私が負担するから、みんなは何も負担しなくていいよ」
「そんな! それはよくありませんわ!」
「だって、これは半分以上私の趣味だし、みんなにお金を出して貰うのはちょっと申し訳ないかなって思って……」
そうなのだ。これは私の趣味の延長にあるものなのだ。ここに入部して貰っただけでも私の趣味に付き合わせているというのに、部費まで負担してもらっては実に申し訳なくなってくる。
「それでも少しは負担させてください! アストリッド様のためになるなら、多少の負担は平気ですわ!」
「そうですわ! アストリッド様には日ごろからお世話になっているのですから!」
おお。ありがたい。私はいい友人を持ったようだ。
「じゃあ、少しだけ部費を負担して貰おうかな。部費は普段の消耗品代に使うよ」
この部室を整備したお金はお父様におねだりして出して貰いました。お父様は渋々とだけど可愛い娘のためにこれだけの設備を整えられるお金を出してくれた。……将来、宮廷魔術師にならないことを条件に。
「では、みんなの目標を決めよっか」
「目標、ですか?」
私が告げるのに、ロッテ君が首を傾げる。
「そうそう。陸上部とかスポーツ系の部活なら優勝。インドア系の部活ならば作品作りって目標があるでしょ。私たちも何か目標を持っておかないと、似非魔術研究部のように堕落してしまうと思うんだよね」
目標は大事である。目標があればそれに向けて進むという活動と努力が行える。目標がないと似非魔術研究部のようにだらだらと毎日を過ごすことになってしまう。
ということで、我が部では堕落しないように目標を定めるのだ!
「それは魔術の成績を上げる、とかでもよろしいのですか?」
「オーケーだよ! 魔術のテストで上位何位以内って具体的に決めていこう!」
ブリギッテ君は成績向上か。悪くない目標だ。
魔術の競技会でもあれば、そこでの成績を目標にできるんだけれど、そういうのはこの世界にはないからね。学校の成績を目標にするしかないよね。
「私もテストの成績向上でいいですか? 実をいうと私、将来は宮廷魔術師を目指していまして……」
「おおっ! 宮廷魔術師が進路希望か! うんうん! いいことだ!」
サンドラ君は宮廷魔術師を目指しているらしい。私は禁止されたけど、サンドラ君のところは子爵家だし、宮廷魔術師を目指してもいい家柄なのかも。ああ。魔術を仕事にできるのは羨ましいなー。
「私とロッテさんは、その、惚れ薬の調合を目指したいのですか……」
「おや。いいよ、いいよ。研究していこう!」
ははん。さてはアドルフとシルヴィオ狙いだな。ミーネ君たちが積極的になってくれて私は安心です。このふたりには頑張ってアドルフとシルヴィオという名の地雷を撤去して貰わなくてはいけないからね。
「これでひとまずの目標は決まったね。私は部長としてみんなの目標を手助けしつつ、かつ自身の研究に打ち込むね。私の目標はずばり戦闘における人体の適合化! これを目標にして頑張っていくよっ!」
そう、部長である私も目標を定めなければ。
私の目標は戦闘に適合した人体を作り上げるための魔術の研究。ブラッドマジックを使って人体を確実に戦闘に適合した形にすることこそが、私が運命との対決において必要としているものなのだ!
まあ、それほど大げさなことでもなく、一種の反射神経の増幅と、身体能力ブーストが同時に行えるようになればいいかなって感じです。
これ以上のことを求めるとなると、学士課程の知識と設備が必要になってくるから、学園の中等部の部活動でできる範囲を大幅にはみ出ししてしまう。できることからコツコツと物事進めていかないとね。
「……アストリッド様の目標は凄く物騒に聞こえるのは私だけでしょうか?」
「気のせいだよ、気のせい。私の目標も女子力に溢れたものだよ?」
いや、女子力は欠片もないか。
「では、それぞれの抱負を書いて貼っておこう!」
私はそう告げて紙を広げる。
「私は魔術の成績で上位10位を目指したいです」
「私も同じく10位内を」
ブリギッテ君とサンドラ君は“魔術の成績で10位以内になる”と。
「ええっと。私は殿方にとって魅力的に見える魔術の開発を、とかで……」
「わ、私はブラッドマジックの恋愛への有効活用の模索について、で……」
流石に惚れ薬を作るとストレートに書くには恥ずかしかったのか、ミーネ君とロッテ君はぼかしたかのような微妙な目標を書いていた。ふふふ。ふたりとも初心だね。
「私は戦闘時における身体の最適化について、と」
最後に私が目標を書けば、真・魔術研究部の目標は出来上がりだ。
「これは壁のこの部分に貼っておくね。みんなが目標を忘れないように」
私は画鋲でぺったりと目標を記した紙を部室の一角に貼っておく。
「これでますます部室らしくなりましたね」
「陸上部でも“目指せ、優勝!”とか貼っていますものね」
みんな目標が貼りだされたのに満足そうだ。
「さて、初日は目標は置いておいて、みんなの魔術への理解を試そうか」
私はそう告げると、トンとプリントの束をテーブルに乗せる。
「今から抜き打ちで小テストをします! これはみんなの理解度を知るためのものだから、成績が悪くても追試とか部室追放とかないから、気軽にやってね。分からないところがあったら、追々私が教えていくから」
「しょ、小テストですか?」
みんな、抜き打ちで小テストがあるとは思ってもおらず、びっくりしていた。
「そうそう、テストというより理解度チェック。みんながどれくらい魔術を理解しているか分かれば、目標にも近づきやすくなるからね」
正直なところ、私はミーネ君が魔術の成績がいいことは知っているが、他の3名に関してはどれほど魔術に詳しいかを知らない。
知ってることを教えられると、無駄な時間になるし、相手だっていい気分じゃないので、ここら辺で理解度を計測しておくことにする。テストは簡単な問題から難しい問題にまでエスカレートしていく形で、エレメンタルマジックとブラッドマジック両方の理解度がチェックできるようになっている。
さて、みんなの成績はどうかな?
「うーん……。ブラッドマジックはまだ習い始めたばかりですので難しいですわ」
「はわわっ。これは不味い予感が……」
真剣に取り組んでくれるみんなを見ると、この真・魔術研究部を作ってよかったって思えてくるよ。あの自堕落な似非魔術研究部を実績で追い抜いて、あわよくば部室棟から追い出してしまおうではないか……。
とまあ、そんなことを考えている間に時間が来て、テストは終了。
「じゃあ、採点するね。今日はこれで終わりだから帰ってもいいし、ここで雑談しててもいいよ!」
「それでは暫く皆さんと友好を深めますわ」
そんなわけでみんながお喋りしている中、私はテストの採点を。
ミーネ君は流石は魔術の成績がいいと言われているだけはある。ブラッドマジックに関しても中等部でやるべき範囲をちゃんと理解している。流石に高等部の問題は難しかったのか白紙だ。
ロッテ君はブラッドマジックはまだまだこれからというとことだな。ブリギッテ君はエレメンタルマジックに関してはばっちり。サンドラ君もブラッドマジックはよく分かってないみたいだ。
だけれど、概ね中等部1年でやることはみんな理解してる。流石は将来宮廷魔術師を目指していたり、恋に燃えていたりする子たちだ。これなら目標を上位5位以内に書き換えてもいいぐらいだぞ。
「みんな、魔術のことちゃんと理解してるね。これからは私が教えていくので、どんどん成績を上げて、恋も成就させよう!」
「おー!」
ということで真・魔術研究部の部室開設記念お茶会は終了した。
みんな、私が強引に入部させたみたいだけどやる気があるし、いい部活動生活が送れそうで安心である。
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