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悪役令嬢と年上の男性たち

…………………


 ──悪役令嬢と年上の男性たち



 私も晴れて中等部1年。今日の天候は晴れ。お父様は仕事で出張中。


 ここでついにやりたかったことをやる!


「お嬢様、お待ち──」


「テイクオフ!」


 メイドさんが慌てて声をかけてくるのを無視して、私は風のエレメンタルマジックで圧縮した空気を火のエレメンタルマジックで加熱して推進力を生み出す。


 そして、04式飛行ユニットを装備した私は大空へ。


 うーん。風が気持ちいい! やっぱり大空は最高だぜ!


 私は帝都ハーフェル上空を旋回しながら空を飛ぶ楽しさを味わう。宮城も空からの攻撃には備えていないので無防備だ。城内の様子がよく見える。フリードリヒはあそこからやってきているのだろう。


 商業地区の様子も見える。早朝なのに多くの商人さんたちが慌ただしく働いている。今はパン屋のエルザも朝の仕込みで大忙しだろう。まあ、いずれ君は公爵家令嬢にして、皇妃の身だ。


 そして、学園が見えてきた。


 初等部、中等部、高等部、学士課程、修士課程、博士課程の6つの部門が一堂に会する巨大学園。その立派さは空の上からでもよく分かる。馬車が何台も行き交い、今日も貴族子息子女たちがご登校だ。


 だが、この私のように空から通学してくる生徒はひとりだけ! オンリーワン!


「ブラウ! 風が気持ちいいね!」


「はい、マスター! ブラウは風は大好きです!」


 よしよし。可愛い妖精だ。後で円卓のお菓子をあげよう。


 さて、着陸地点はあらかじめ決めている。裏庭にある陸上部がよく使っているグラウンドだ。あそこは開けているし、早朝の通学時間には誰もいない。この世界の陸上部は朝練はしないらしい。


 私は旋回して着陸コースに入ると、ゆっくりと速度を落としながら、高度を徐々に落としていく。急に速度を落としたり、高度を落としたりすると、実際の飛行機のように墜落するので、慎重にやらなければならない。


 まあ、今の私はブラッドマジックで筋肉と骨格を強化しているから、学園の屋上から飛び降りても平気なんですがね! 平気なのは体だけで、教師陣からの信頼は全然平気じゃない結果になったけどね!


 この間、屋上から飛び降りて怒られた私が懲りずに空から登校してきたら、先生方も驚かれることだろう。だが、気付かれないようにこっそり降りるので大丈夫。


 フラップ調整よし、速度よし、高度よし。このまま着陸!


 私の足がついに地面に付き、トトトッと地面を駆け抜けていく。


「ナイスランディング!」


「何がナイスランディングだ」


 あれ? 誰もいないはずなのに人の声が……。


「ベルンハルト先生?」


「空に何か飛んでると思ったら、君か、アストリッド嬢……」


 誰もいないはずの陸上部のグラウンドにいたのはベルンハルト先生だった。


「先生、こんなところで何してるんですか?」


「……それを君に訊かれるのは恐ろしく心外だがな。空から登校してきた生徒は君が初めてだよ。何を考えて空から登校しようと思った……」


 私が尋ねるのに、ベルンハルト先生がため息交じりにそう返す。


「いやあ。空が青くて、私を呼んでいたので!」


「このことはオルデンブルク公爵閣下に伝えていいな?」


「勘弁してください」


 お父様がいないタイミングで来たのに!


「で、先生はここで何を?」


「休憩だ。ここなら呼び出されることもないからな」


 先生もさぼってるじゃん! 私のこと言えないじゃん!


「しかし、軽い気持ちで真・魔術研究部とやらの顧問を引き受けたが、毎日こういう魔術を試すわけじゃないだろうな?」


「まさか、まさか。ちょっとブラッドマジックの研究をしたりする程度ですよ」


 しかし、ベルンハルト先生も順調にやさぐれてるな。ストレス凄いんだろうな。これは部活でまで面倒はかけられないぞ。なるべくベルンハルト先生の負担にならないように、私の求める研究をしなければ。


「本当に大丈夫だろうな?」


「迷惑はおかけしませんよ!」


 そうそう、私のやりたいことはちょっとしたブラッドマジックの実験なのだ。


「そうだといいんだが。学園生活はどうだ? この間はヴュルテンベルク公爵家とヴァレンシュタイン家の息子たちの決闘騒ぎをどうにか押さえたと聞いたが、面倒ごとに巻き込まれるタイプか?」


「聞いてくださいよ。初等部1年生が同じ初等部の女の子の取り合いで決闘するんですよ。刀傷沙汰は防げましたけど、結局お互いにあざつくっちゃいましたし。どうにも血の気が多い子たちで困ります」


 ベルンハルト先生はどうやら円卓の決闘事件のことも知っていたらしいので、ここで私も愚痴っておくことにする。あの後、アドルフは知らん顔してたし、フリードリヒは怪我がなくてよかったですねとかほざいていたし。


「あー。分かる、分かる。この学園の子供はませてるんだよな。貴族の子息子女ばかりだからプライドがやけに高くて、ちょっとしたことで喧嘩になる。初等部もそうだが、高等部でまで成長してないから困る」


 ベルンハルト先生がうんうんと頷く。


「あれ? ベルンハルト先生もこの学園の卒業ですよね?」


「そうだよ。俺の時も喧嘩っ早い連中が多かったな。教師になると全体像が見えるから、俺の周りのできごとよりよほど多くこの手の騒ぎが起きてるって知ったけどな」


 何があっても教師にはなりたくないなー……。


「でも、ベルンハルト先生はどうして教師に?」


「それはまた今度だ。そろそろ行かないと始業時間だぞ」


 あっ。不味い。せっかく、空を飛ばしてきたのに遅刻になってしまう! 無遅刻無欠席が私の唯一の取り柄なのに!


「それじゃあ、ベルンハルト先生! また今度!」


「ああ。今度は地面を歩いて来てくれよ」


 私はブラッドマジックで身体強化して一気に教室に向かった。


「あいつ、歩いてくるのも危ないな……」


 というベルンハルト先生の愚痴は聞こえなかったことにした。


…………………


…………………


「ヴォルフ先生!」


 時間は過ぎて放課後。


 私は前々から遊びに行く約束をしていたヴォルフ先生の研究室に向かった。


「ああ。アストリッド様、お久しぶりです」


「お久しぶりです!」


 ヴォルフ先生の研究室は綺麗に整頓されており、魔獣工学の本や各種魔術関連機材、ブラッドマジックの実験用モルモットなどが並んでいる。どこぞの似非魔術研究部とは大違いだな。


「先生。今は何の研究を?」


「ブラッドマジックで脳を制御する研究を。最近では精神は心臓ではなく、脳に宿っているのではないかと言われているのです」


 ほー。地球じゃ当たり前のこともここではまだ未知のことかー。


「脳にブラッドマジックを使うって危険じゃないですか?」


「いくつかのステップを踏めば大丈夫です。まずは動物実験で安全性を確かめ、次にモニターしながら人体実験。被験者に異常がないか確かめるために、24時間体制でモニターをします」


 ふむふむ。脳の研究を前々からしたいと思っていたが、これはいけそうだな……。


「ちなみに動物実験に使う動物はそこのモルモットのような?」


「ああ。あれはただ趣味で飼ってるだけですよ。実際の動物実験は猿を使います。脳の体積が人間に近い動物は猿ですからね」


 だよねー。モルモットのちっちゃい脳じゃ、参考にならないか。


「猿って簡単に調達できるんですか?」


「まあ、繁殖させてありますから大学ではそこまで入手に苦労しませんよ。しかし、大学の外となると結構な額を支払うことになるでしょう」


 猿は高い生き物なのか……。地球には畑を荒らす悪い奴が大勢いるのに。


「ブラッドマジックって今は身体能力強化や治癒に使ってますけれど、それも動物実験とかを経て実用化されてるんですか?」


「まだ学校では教わっていませんか? 初期のブラッドマジックは最初から人体実験をやっています。今より科学的な倫理観の低い時代の産物です。むしろ、実験というより、経験則で動かしていた節がありますけどね」


 あー! そういえば最初にブラッドマジックを治癒に使ったヨーゼフ・ユンガーさんも、戦争の負傷者にぶっつけ本番で試してたな。成功したからいいものの、昔は命の価値が軽かったのか……。


「ちょっと研究を見学させて貰っていいですか?」


「いいですよ。遊びに来てくださいと私の方から申し出ていたのですから」


 ヴォルフ先生は優しいな。これで年齢差が21歳もなければ……。


「あっ。ヴォルフ先生って今は役職についてるんですか?」


「ええ。准教授です。ようやくの採用ですよ。採用されるまでに随分と待ちましたが、これから更に上に上がるとなると、また大きな研究の功績が必要で。全く、研究漬けの毎日ですよ」


 といいながらも、ヴォルフ先生はにこやかに笑っている。本当に魔術の研究が好きな人なんだな。私も研究漬けになってみたいものだ。


 そんなことを考えながら、私はヴォルフ先生が書いただろう論文を眺める。


 ふむ。脳の動き──ニューロンの発火のことだろう──をモニターして、意図的にそれらの動きを制御し、これまでは治らないとされてきた心の病を治療する、か。


 凄いな。これと地球の脳神経学者さんが合同研究したらノーベル賞ものでは?


 そんなことを考えながら私は実験の過程などをよく読みこんでいく。いずれは私もいろいろと実験するのだから今のうちに実験の手法を学んでおかなければ。


 被験者への説明義務や動物実験の倫理などなど……。実験って大変なんだな……。


「アストリッド様は本当に魔術がお好きなんですね」


 私が真剣に論文を読んでるのを見て、ヴォルフ先生がコーヒーの入ったカップを持ってきてくれた。砂糖は多めで、ありがたい。


「私の場合、運命がかかってますからね。負けられない戦いが迫っているんです」


「皆、そうですよ。私も毎日の実験と考察が負けられない戦いです。この世でそうでない人を探す方が難しいでしょう」


 えー。フリードリヒとか負けられない戦いを戦っているようには見えないけどなー。


 しかし、運命と戦っているのは私だけじゃないよな。ミーネ君もロッテ君も、アドルフとシルヴィオをエルザ君に取られないように戦っているわけだし。


 うーむ。ちょっと驕りすぎたな。反省しておこう。


「あっ。前々から聞きたかったのですが、内臓をブラッドマジックで操作するってことはやってるんですか? 図書館の本にはブラッドマジックで内臓の損傷を治癒する方法については記されていても、内臓を操作するってことは具体的に書いてなかったんですが」


「ありますよ。溺れた人を治癒するのに、心肺を外部から動かす救命方法などがありますね。それ以外には毒物を誤って摂取した際に意図的に嘔吐させるなど」


 ふむ。どちらもダイナミックな内臓の動きそのものの制御であって、内臓から分泌されるホルモンなどの制御ではないな。


 私はそう考えながら1時間ほどヴォルフ先生の研究室に居座り、猿を使った実験を見せて貰ってから家に帰った。


 流石に帰りは馬車で帰りました。お父様に報告されたら怖いからね。


…………………

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