悪役令嬢は魔術研究部が作りたい
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──悪役令嬢は魔術研究部が作りたい
ローラ先輩たちを見送って、晴れて私も中等部1年。
私は中等部に入ったらやりたいことがあったのだ。
そう、部活!
初等部では部活動はないけれど、中等部からは高等部と合同で部活動があるのだ。スポーツ系の部活動からインドア系の部活動まで様々である。
私は前世は野外活動部でキャンプや登山を楽しんだものだが、今世ではインドア系の部活動を選択しようと思う。何故ならば、この学園には魔術研究部なる私のために用意されたとしか思えない部活があるのだから!
「まずは見学だ!」
私は魔術研究部がどのような活動をしているか知るべく、部活棟に向かい、そこにある魔術研究部のドアをノックした。
「どうぞー」
「失礼しますっ!」
私が扉を開けると、目に入ってきたのは……。
だらけた女生徒が4名。テーブルにはお菓子などが並べられ、一応試験管やビーカー、魔力測定器などは置いてあるが、埃を被っている。これはまるで活動しているようには見えない……。
「あの、ここって魔術研究部であってます?」
「あってますよ。ここが魔術研究部です」
がーん。私は日々、魔術の鍛錬と研究を重ねている部活だと思ったのに、ただのさぼりサークルになっているとは……。がっかりしすぎて、倒れてしまいそうだ。
「活動してます?」
「微妙にしてるよ。このクッキーには実はね……」
私が率直に尋ねるのに、部長と思しき高等部の先輩がにやりと笑って、置いてあるクッキーを一枚手に取った。
「この中の一枚だけブラッドマジックが仕込んであって、これを食べるとくしゃみが止まらなくなるのだっ!」
「わあっ! びっくりするほどくだらない!」
ただの罰ゲーム用のお菓子じゃないか! それが何の役に立つ!
「くだらないと言われても、この魔術研究部はのんびりのほほんと魔術を生活に活用していこうってのを目標としているからねー。そんなに専門的なことはしないよ?」
「専門的なことをしてる魔術研究関係の部活動はないんですか?」
「専門的なことは授業でやるし、今現在はないね」
ダメだこりゃ。完全に時間を無駄にしている人々ですよ。
「入部する? 歓迎するけど?」
「雑談とお菓子を食べる場所はもう間に合ってますからいいです!」
誰がこんなお惚けサークルに入るというのだ。私の魔術研究には私の将来がかかっているんだぞ。それをこんなくしゃみクッキーなんて初等部の子でも作れるものを作ってる部活で時間を潰してたまるか。
「え? ひょっとして君、円卓の?」
「そうですよ。アストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルクです。お時間取らせて申し訳ありませんでした。失礼します!」
全く、がっかりだよ! 心底呆れた!
しかし、他に魔術研究をしている部活はないというし、困ったな……。基礎体力を向上させるためにスポーツ系の部活動にでも入ろうかな。
いや、方法はあるぞ!
「私が理想の魔術研究部を作ればいいじゃないか!」
ピコーンと私の頭にひらめきが輝いた。
「別に既存の部活動に頼る必要はないよね。新しく部活動を作るってこともできるはずだし、私が真の魔術研究部を作ってやろうじゃないかっ!」
そうと決まればダッシュである。ブラッドマジックを使って加速し、一気に職員室に駆け込む。ブラッドマジックで馬より素早く加速した私が突っ込んできたのに、職員室の教員の皆さんは愕然としていたが気にしない。
「先生! 部活担当の先生って誰ですか!」
「そ、それはオッペンハイム先生ですけれど……」
私が手近にいた先生に尋ねるのに、その先生が見事なつるつる頭の先生を指さす。
「ありがとうございます!」
情報ありがとう、名も知らぬ先生!
私は再びダッシュ──するのも面倒なので跳躍する。大きくオッペンハイム先生の下に跳躍し、天井を蹴って地面に着地。ナイスランディング!
「オッペンハイム先生!」
「うわっ! な、何かね?」
オッペンハイム先生は私が突如として突入してきたことに驚いているが気にしない。今の私にはやるべきことがあるのだから!
「部活動を新しく作りたいんですけど、どうやったらいいですか!?」
「ぶ、部活動を新しく作りたいのだね。わ、分かったからそんなに興奮しないでくれないか。突然空から降ってこられたりしたら心臓に悪い……」
そんなことより新しく部活動を作る方法をプリーズ!
「まず、これが新しい部活動を作る際の申請書だ。これに新設したい部活動の名前を書いて──」
「いただきます!」
私はオッペンハイム先生の手から申請書をふんだくると、オッペンハイム先生のデスクにあった羽ペンでカリカリと新設する私の、私による、私のための部活動の名前を大きく記した。
「はい! これでいいですか!?」
「……真・魔術研究部……。君は今ある魔術研究部に喧嘩を売りたいのかね?」
「向こうから売ってきたんです」
真・魔術研究部! これであのなよなよだらだらした似非魔術研究部と格の違いを見せつけてやれるってものである!
「この際だから名称には目を瞑ろう。だが、部活動を新設するには、最低でも4名の生徒が加入していないといけない。ここにその4名の名前を書いておくように。……言っておくが、架空の生徒や承諾していない生徒の名前を書いてはいかんよ」
げっ。人数制限があるのは薄々気付いていたが、架空の生徒とか未承諾の生徒の名前を書くのはダメなのか。やろうとしてたのに……。ひょっとしてこの先生は実はエスパーなのでは?
「では、名前が埋まったら再提出するように」
「はーい……」
4名。私を入れれば3名確保しなければならない。
イリスはまだ初等部で部活動には参加できないし、フリードリヒたちはちょうど3人だけど論外だ。何故、円卓の外でまで地雷原に囲まれなければならないのだ。私はもうマインスイーパーにはうんざりだ。
「ミーネたちを誘ってみようかなー……」
ミーネ君たちが加入してくれたら5名になるが、ミーネ君たちもやりたい部活動とかあるだろうし、そう簡単にはいかないだろうなー。
はあ。人数集まらなかったら諦めて、陸上部にでも入ろう。体力つけよう。
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「部活動、ですか?」
私はクラスでミーネ君たちに部活動に入る予定はあるかと尋ねた。
「私は予定はないですわ」
「私も特に予定は」
おおっ? ミーネ君とロッテ君の反応はいいぞ。ひょっとしていけるか?
「私も部活動はあまり興味がありませんでしたから」
「私もです」
ブリギッテ君とサンドラ君の反応もなかなかに上々だ。興味がないという答えはやや引っかかるが……。
「なら、私が新設する部活に入らない?」
「アストリッド様が新しい部活を?」
私が真・魔術研究部の新設届けを机の上に広げるのに、ミーネ君たちがちょっと驚いた表情を浮かべて、真・魔術研究部と書かれた申請書を見つめる。
……勢いで書いてしまったが、流石に真・魔術研究部という名称はちょっと挑戦的で、色物だっただろうか……。
「まあ、楽しそうですわね。どういうことをするのですか?」
「おっと。よく聞いてくれました。日々の生活を支える魔術をしっかりと勉強し、勉強したことを応用していき、できたものを発表し合う部活です。罰ゲームのくしゃみクッキーとかは作らないからね」
あれ? 私の説明を聞いたミーネ君たちの表情が険しい。
「……女子のみんなには憧れの惚れ薬とか作っちゃうんだけどなー」
惚れ薬は作れます。ブラッドマジックで脳を興奮状態にして、その興奮を恋愛感情だと錯覚させるのです。ブラッドマジックのことを勉強したら、ちょっと小耳にはさんだので覚えていた。
「ほ、惚れ薬が……!」
「本当に作れますの? 本当ですの?」
ヒット! 釣れましたよ、お嬢様方が。
「作れるよ。だけれどそのためには入部して貰う必要があるんだよねー」
ふふふ。この悪魔の誘惑には勝てまい。
「私、入部しますわ! 尊敬するアストリッド様と一緒に部活動に励めるなんて素晴らしいですもの!」
「わ、私も!」
ミーネ君とロッテ君は参加! 残りの方々はどうかな?
「私も入ってみますわ。もしかしたら、部活動も楽しいものかもしれませんし」
ブリギッテ君の参加!
「あの、質問なのですが、部活ではアストリッド様から魔術を教わることもできるのでしょうか? 私は魔術はあまり得意ではなく、足を引っ張りそうな気がして……」
「大丈夫、大丈夫。私が懇切丁寧に教えるから」
サンドラ君は不安そうだったが、そこまで不安になることはないぞ。私が部長として面倒を見てあげるからね。
「でしたら、私も参加します」
よしっ! よしっ! 5人揃った!
「じゃあ、ここに名前書いて。私が提出してくるから」
「分かりました」
ミーネ君たちが申請書に名前を書いていく。ふふふ。驚くがいいオッペンハイム先生。私はちゃんと部員を確保したぞ!
「じゃあ、提出してくるね!」
今頃、やっぱりやめますとは言わせないように、私は申請書を掴むと、再び教員室に向けてダッシュ。馬のごとく、自動車のごとく進みながら、加速した神経系で並みいる生徒と先生たちを避けていき、教員室にホールインワン!
「オッペンハイム先生! 部活動の申請書できました! さあ、早速私の真・魔術研究部に部室をください!」
「落ち着きなさいって。また君が猛スピードで駆け抜けてきたから、心臓が凄いどくどくしてるんだよ」
それは日ごろの不摂生が原因では?
「それで部員は5名か。中等部の子ばかりだがいいだろう。後は担当教師を見つけなくてはならないが、誰か手の空いていた教師はいたか……」
ええっ! 部員揃えたら条件クリアじゃないの!? 先生がいるの!?
「あー。ひとりだけ手が空いている教師がいたな。ベルンハルト君、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「何でしょう?」
わーっ! ベルンハルト先生だ!
だけど、私が初等部3年の時に本屋で会った時と違って、かなり疲れているように見えるな。疲労回復のブラッドマジックもあるけど、精神的なものはないんだよね。そして、ベルンハルト先生がくたびれている原因は精神面の疲労だ。
「ベルンハルト君。この真・魔術研究部の顧問をやってくれないか?」
「部活の顧問ですか? それも真・魔術研究部って……」
オッペンハイム先生が告げるのに、ベルンハルト先生の表情が強張る。
うわー! たたでさえ疲れている先生に部活の顧問まで押し付けることになってしまうとは! ごめんなさい、ベルンハルト先生……。
「分かりました。では、顧問としては部費の管理などをさせていただきます」
ベルンハルト先生は今にも舌打ちしそうな表情で頷く。
こ、これは悪い印象を与えてしまったかもしれない。
「ところで部長は?」
「そこにいるアストリッド嬢だ」
ベルンハルト先生が尋ねるのに、オッペンハイム先生が私を指さす。
「ああ。アストリッド嬢ですか。なら、そこまで手はかからないでしょう。安心して引き受けられるな。よろしく、アストリッド嬢」
「こちらこそお忙しそうな中、ありがとうございます」
うーん。部活は新設することができたけれど、憧れのベルンハルト先生の負担をちょっと増やしてしまった。なるべく問題を起こさないように活動しないとな。そうしないと、ベルンハルト先生の胃に穴が開いてしまうかも。
「やれやれ。中等部の子は素直でいい。本当に高等部は……」
ベルンハルト先生はそう告げて去っていた。
「さて、部員と顧問も揃ったことだし、部室を割り当てるとしよう。部室棟1階の一番右手の部屋が空いているから、そこを使いなさい。それからオルデンブルク公爵閣下にはよろしく頼むよ」
このオッペンハイム先生も高級貴族とのコネが欲しい俗人か。まあ、部活動を新設するのに手を貸してくれたので、お父様にそのことは話しておこう。
さあ、これで私の望む部活動が完成! 後は行動あるのみだっ!
目指せ、大魔術師!
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