悪役令嬢は先輩たちを見送る
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──悪役令嬢は先輩たちを見送る
時は流れ私は聖サタナキア学園中等部1年生を目前とした。
この3月には終業式があり、私たちはそのままエスカレーター方式で中等部1年になる。
その前にあるのが卒業式だ。
円卓の会長だったローラ先輩を始めとして、大勢の先輩方が卒業される。卒業式には私たち初等部4年生は出席することはできないが、円卓ではお世話になった先輩たちを見送るためのお別れ会が開かれることになっていた。
何名かの先輩方は卒業せずに学士課程に進まれるが、そのほとんどは男子だ。そして、人数の割合からすると学士に進む人数は少ない。それは、円卓は高級貴族子息子女たちの社交場だからだろう。
彼らは魔術について基礎的なことを学び、一般教養を得たら、学園に留まらず次代の大貴族としての教育を家で受けることになっている。領民をどのように統治するか、諸侯軍はどのように維持するか、他の貴族とどのように交流するかなどを親から学ぶのだ。
これが一般の学生だと宮廷魔術師などを目指して、学士課程に進む率が高い。彼らは長男ではないので貴族の地位を継げなかったり、自分の領地の収入だけでは苦しいということもあって、勉強によって不足しているものを補うのだ。
ちなみに、私も学士課程に進みたいなと言ったら、お父様が猛反対した。宮廷魔術師には絶対にならせんと息巻いていた。私はもっと魔術を学びたいのに。とほほである。
まあ、私は破滅の場面たる高等部3年さえ乗り切れば、後は自由に生きればいいのでそこまで気にすることではないかな。
いや、結婚とかどうなるんだろう。仮にも公爵家令嬢なのだから、どこかに嫁がなければならないだろうが、まるで想像できない。お父様はフリードリヒ、フリードリヒと懸命だが、私は欠片もフリードリヒと結ばれたいとは思わない。
フリードリヒの処理はヒロインのエルザ君に任せるとして、私は一体どこの誰に嫁げばいいの?
イリスにお兄さんでもいたら、イリスのお兄さんに嫁いで、晴れて姉妹になれるのだが、生憎イリスにお兄さんはいない。
となると、どこかの公爵家……。ひょっとすると海外に嫁に出されるかもしれない。だけど嫌だなー。言語は一緒でもオストライヒ帝国に嫁に出されたら、実質人質のようなものだよ? 肩身滅茶苦茶狭いよ?
国内でお父様が文句を言わなそうで、それでいて好きになれそうな人っているかなー? 今はさっぱり思い浮かばないや。貴族の結婚ってかなりの歳の差があっても行われることあるし、案外おじさんと結婚させられたりして。
ああ。憂鬱な未来しか見えない。どう転んでも私の幸せはなさそうだー。
私が唯一気になるのはベルンハルト先生だけど、ベルンハルト先生って子爵家の次男だからなー。お父様が間違いなく反対するのが目に見えている。世知辛い話だ。
しかし、他に相手になりそうな人は円卓のメンバーでも見当たらなかったし、円卓のメンバーはほとんど親の決めた相手と結婚してたし、私もお父様が探してきた──フリードリヒ以外の──結婚相手と結婚するのかなー。
まあ、いいや。お父様も娘である私の幸せを考えてくれるはずだ。こちとら公爵家だし、選ぶ側にあるのだから、そこまで心配する必要もないはずだ。
さあ、私の未来の話は置いておいて、先輩方を見送らなければ。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます!」
円卓では初等部と中等部のみんなが集まって、先輩方を見送ることにした。
在校生を代表して中等部の子が花束を卒業するローラ先輩に──。
って、あれ? ローラ先輩に渡さないの?
何故か中等部の子はローラ先輩ではなく、副会長の男子生徒に花束を渡した。
そして、中等部の子が別れの挨拶を告げて、自由時間に。
「ローラ先輩、ローラ先輩」
私は先ほどのことを疑問に感じてローラ先輩の下に駆け寄る。
「ローラ先輩。卒業されるんですよね?」
「しないわよ。私は学園に残るの」
え? どういうこと? まさか単位不足? そんな馬鹿な。
「学士課程に進むの。私の婚約者がまだ結婚できる年齢じゃないから、それまでの間は自由にしていいってお父様から許可を貰ったのよ」
「なるほど。ローラ先輩が学士課程に……」
わーっ! 円卓のメンバーは高級貴族ばかりなのに女性のローラ先輩が学士課程に進めるなんて羨ましいなー!
「ちなみに、専攻は?」
「ブラッドマジック関係の魔術工学について。まあ、学士課程を終える前に婚約者が結婚年齢に達するから、学士の称号は得られないかもしれないわ」
ブラッドマジックの魔術工学!
これは是非ともローラ先輩の研究室に遊びに行かなければなるまい。
「それじゃ、いつかローラ先輩のところに遊びに行きますね。私も学士課程には興味があるので」
「あら? アストリッドちゃんは卒業と同時に結婚じゃない?」
私が告げるのに、ローラ先輩が奇妙なことを。
「え? 誰とですか?」
「それは決まっているでしょう。フリードリヒ殿下よ。違うの?」
げーっ! なんというおぞましい発想をするんだ、あなたは!
「ま、まさか、まさか。今はお情けで付き合っていただけているだけで、殿下の本心は別のところにあるかと思いますよ。ええ、きっとそうです。きっと心に思っておられる女性がどこかにおられるはずです」
「ふーん。アストリッドちゃんはフリードリヒ殿下を狙っているものとばかり思ってたけど違ったのね」
誰があんな核地雷を狙いますか、ローラ先輩。おかしいでしょう。
「まあ、誰と一緒になるにせよ、貴族である私たちにはあまり選択肢はないわよ。私だって年上が好みなのに3つ下の子と結婚することになったんだから。まあ、年下というのも可愛いところがあるのだけれど。私が勉強教えてあげたりしてね」
くっ。愚痴に見せかけたのろけですか。私も年上が好きだよ!
「じゃあ、しっかり勉強頑張って、ひと時の恋を楽しんで、人生を楽しく生きていきましょう。ちょっとでも楽しみがない人生なんて味気なくて、生きる気力がなくなってしまう人生だから」
「はい、ローラ先輩。学士課程頑張ってください」
でも、いいなー。ブラッドマジックの魔術工学かー。私もそんな勉強出来たら、今以上の身体能力強化や銃火器と神経系の連携で、来たるべき運命との戦いにおいて絶対に役立つと思うんだけどなー。
でも、破滅の運命は私が学士課程に進む前に襲撃してくるし、時間がない。とにかく、時間が足りない。10年も時間あるから余裕だぜと思ってたらあっという間に残り6年になってしまった。
ああ。どうしたものだろうか……。
「アストリッド」
げっ。人が将来について悩んでいたら、フリードリヒですよ。悪夢か。
「アストリッド。なにやら考え込んでいたようですが、やはり先輩方が卒業することに関してですか?」
「そ、そうですね。寂しくなるなーと思いまして」
私はお前をどうやって八つ裂きにしてやろうか考えているだけだよ!
「そうですね。先輩方の卒業で円卓が寂しくなります。だが、新しい生徒たちが入ってくると思えば、多少は慰めになるのではありませんか?」
まあ、新入生はピカピカの1年生で可愛いものだ。イリスも後輩ができてちょっと自慢げだった。後輩にはあまり積極的に近づこうとはしないけれども。
イリスの人見知りはやや克服されつつあるとはいえど、やはり人に慣れるまでの時間はかなりかかる。イリスは用心深く相手を観察して、相手が安全だと理解したら、向こうから話しかけてくれるのを待ってる。自分からは話しかけない。そういう子だ。
可愛いと言えば可愛いのだが、私はイリスが将来ちゃんと社交界に馴染めるか心配だよ。私のように無思慮なまでに人懐っこい性格になってくれればいいというわけでもないけれど。
ああ。そういえばこの可愛いイリスもいつかはお嫁に行っちゃうんだよなー。悲しくなってくるなー。
「後輩と言えば、アドルフの弟が入学するのですが、それは聞いていましたか?」
「そうなんですか?」
あれ? アドルフに弟なんていたっけ?
ゲームでは出てこなかったから分からないな。
ゲームに出ないと言えばイリスもゲームには出てこないから、どういう結末になるのか不明なんだよな。可愛いイリスのことだから私のようにバッドエンドを迎えるってことはないと思うけれど。
分からないと言えばミーネ君たちも結末が不明だ。ゲームではアストリッドの取り巻きは何名か出てきてエルザ君に意地悪をするのだが、その後何かしらの罰を受けたとかいう描写はなかったしな。
まあ、アドルフと熱々のミーネ君のことだ。私のように破滅することはあるまいよ。いや、エルザ君がアドルフ攻略に向かったら危ういか? エルザ君が入学してきたら、アドルフは隠しておかなければならないな……。
エルザ君にはその輝かしき将来を願ってフリードリヒを攻略させてあげよう。喜びたまえ、未来の皇妃だぞ。決して私から離れて欲しいが故にあまりものを押し付けるわけじゃあないからね?
「アストリッド?」
「あ、ああ。失礼、殿下。アドルフ様の弟君がどのような人かと考えておりまして」
わっ。思わず考え込んで沈黙が流れているのに気づかなかった。
「アドルフの弟はディートリヒと言います。あなたと同じように魔術の才能があるそうですよ。よければ暖かく円卓に迎えてあげてください」
「はい、殿下」
流石に攻略対象ではない弟君は地雷にならないだろう。これ以上地雷が増えたら泣くよ? ギャン泣きするよ?
「お姉様。お話し中ですか?」
「いえ。もう終わったよ。何か用事?」
イリスが尋ねてくるのに、私が笑顔で妹を迎えた。君だけだよ、安心できるのは。
「……実は今日お父様から言われたことがあって悩んでいるんです」
「ふむ。私でよかったら相談にのるよ」
可愛い妹の悩みならば聞かざるを得ない。
「実は私、婚約者がいるそうなのです……」
「えっ。それは私も初耳なんだけど……」
婚約者! 私にもいないのに、こんな幼いイリスにはいるなんて!
「な、名前は?」
「ヴェルナー・アルブレヒト・フォン・ヴュルテンベルクという方だそうで、今年学園に入学されるそうです。ヴュルテンベルク公爵家の次期当主だそうでして」
やはり公爵家は公爵家同士で結婚するものなのか。
イリスにはまだ兄弟はいないから、上手く行けばブラウンシュヴァイク公爵家とヴュルテンベルク公爵家が合体するわけか。それぞれの公爵家の爵位は継承されていくだろうけど、イリスはそのヴェルナーと仲良くできるのかな。
「イリスは心配?」
「はい。ヴェルナー様はどのような方か会ったこともありませんし、本当に結婚できるのかどうか不安です。もし、私のことが気に入らないとおっしゃられたら……」
「その時は私がヴェルナーとやらの頭にゴム弾を叩き込んであげるから」
私の可愛い妹との結婚を嫌がるなんて野郎にはゴム弾をお見舞いしてやる。私が結婚したいぐらいなんだぞ。
「ヴェルナー、ですか?」
あ、まだいたの、フリードリヒ。私と妹のプライベート空間に入り込まないで。
「噂はいろいろと聞いていますが、気のいい少年だそうですよ。ディートリヒと同じように魔術の才能もあるとか。きっといい夫になってくれるでしょう」
流石は皇族だな。国内の貴族については私より詳しいか。
「だって、よかったね、イリス」
「はい。ちょっと安心しました」
はあー。イリスは安全な婚約者がいて、私は地雷原の只中……。
人生って不公平だよ……。
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