テストが終わった悪役令嬢は打ち上げに行くようです
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──テストが終わった悪役令嬢は打ち上げに行くようです
期末テスト終了!
なんてことはなかった。意地悪な問題もなければ、難しい実技もなし。これなら円卓で猛勉強していたアドルフたちも余裕だっただろう。フリードリヒは言うまでもなく余裕のはずだ。
で、テストが終わったので遊びに行くことにしました。
「みんな! テストも終わったし、遊びに行こう!」
みんなというのは円卓のメンバーではなく、クラスメイトのミーネ君やロッテ君、最近仲良くなった2名の女子生徒だ。名前はブリギッテ君とサンドラ君。ブリギッテ君は子爵令嬢で、サンドラ君も子爵令嬢だ。
「いいですね! テストも終わりましたし、気分を入れ替えたいところでしたから!」
「アストリッド様が行かれるなら、私たちもご一緒させていただきますわ」
うむうむ。円卓のメンバーたちと遊ぶのもいいけれど、級友たちも大事にせねば。特にミーネ君とロッテ君にはアドルフとシルヴィオという地雷を処理して貰いたいので。
「メンバーはこの5人ですか?」
「ええっと。私の従妹のイリスを参加させてもいいかな? 前に話したらイリスも参加したいって言ってて……」
そうなのだ。イリスにテストが無事終わったら遊びに行く話をしてたら、私も行きたいですって言い張ってきてしまった。初等部1年の子が初等部3年の子と一緒に遊ぶのは別に構わないと思うけど、イリスはちゃんと同学年の子に友達はいるんだろうかと心配になってくる。円卓ではちょっと話してるのを見かけるけど……。
「構いませんわ。アストリッド様のお従妹さんとお会いできるなんて光栄です」
「私も構いませんわ。是非ともイリスちゃんを誘ってください」
ミーネ君とロッテ君がそう言ってくれて、ブリギッテ君とサンドラ君もコクコクと頷いている。ああ。私はいい友達をもったなー!
「じゃあ、どこで遊びます?」
「商業地区をぶらぶらして、お茶したり、買い物したりするのは?」
悪くない、悪くない。魔術馬鹿の私だが、常に魔術のことばかり考えているわけではないのだ。女の子らしく、ファッションやスイーツにも興味があるのである。
「そういえば商業地区に魔術の専門書ばかりを扱った書店ができたそうですが、これは私たちには関係な──」
「その情報について詳しく」
おっと。本能に逆らえない魔術馬鹿がここにいますよ……。
「しょ、書店でしたら、アッカーマン書店がいいと思いますわ。品ぞろえ豊富ですし、流行の本を分かりやすくおいてありますから」
「いいね、いいね。書店もついでに回ろっか。甘いものはどこがいいかな?」
「コンディトライ・ザマーのケーキが美味しいと最近有名になっていますわ」
おおっ。ケーキ、いいよね。円卓はお菓子はいろいろおいてるけどケーキは置いてないからな。チーズケーキとかティラミスが私の好物のケーキだけど、似たようなものはあるかな?
ふふふ。いつもブラッドマジックを使いこなすのに体を動かしているのか、最近代謝が非常にいいのだ。全然お腹周りが丸くならない。でも、何故だか胸も大きくならないんだけれどね……。
「後はドレスを見て回りたいですね。今度、お父様の誕生日を祝う晩餐会がありますの。それに合わせて流行のドレスを見て回りたいです」
「オーケー! ミーネ君のドレスもみんなで選んでみよう!」
ああ。私、今最高に女子してるって感じだ。
いつも衣料量販店の安物を纏って、ポテチ片手に軍事雑誌を読んでた私は遠い私だ。今の私は公爵家令嬢。女子の中の女子。もう、ジャンクフードは卒業してセレブリティに生活するのだ。でも、軍事雑誌は欲しいかも……。
あーあ。今の地球の軍事はどうなってるんだろう。
「じゃあ、集合場所はどこにする?」
「エーペンシュタイン広場の銅像前にしましょう。そこでしたら迷うことはありませんし、馬車でもいけますわ。人が多いので探しにくいのがやや問題ですが、銅像前にいれば間違うことはないはずです」
と、ロッテ君。
「よし。じゃあ、エーペンシュタイン広場の銅像前で待ち合わせで」
こうして、テストの打ち上げ計画は完成した。
イリスには円卓で知らせておいたので、イリスも迷うことなく来るだろう。
さて、週末は遊び通すぞ!
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待ち合わせ時刻1000。
その10分前に私はエーペンシュタイン広場の銅像前に到着した。
銅像は何とも言えないもので、考える人が何か思いついたけど微妙なアイディアだなこれ……って感じになってる銅像だ。題名を付けるなら、ちょっと思いついた人の像とでもいうべきところだろうか。
ちなみに、私はこの場所を前々から知っています。
だって、ここゲームで出てくるもの。
ヒロインが攻略対象とのデートの待ち合わせ場所に使う場所で、このちょっと思いついた人の像をバックにヒロインと攻略対象が逢瀬をし、デート先をセレクトする選択肢が出て来るのだ。
なので、このちょっと思いついた人の像は顔なじみです。現実で目にするのは初めてのことだけれども。
「お姉様!」
と、私が日傘を差して待っていると可愛らしい声が。
「ああ。イリス。今日も元気ね」
「はい! お姉様と一緒にお出かけできるのを楽しみにしてたんです!」
はあ。イリスはやっぱり可愛いなー。
「今日は私だけじゃなくて、私のお友達たちも来るけど大丈夫?」
「大丈夫です。円卓の方々と触れ合って、人見知りも少しはよくなったんです」
おおっ。円卓よ。最初は敬遠してたけど、役に立つな、円卓。見直したぞ。
「アストリッド様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミーネ」
それからぞろぞろと時間に合わせてミーネ君たちが揃った。
「この子がイリスちゃんですか?」
「そうだよ。可愛いでしょ。イリス、こっちは右からミーネ、ロッテ、ブリギッテ、サンドラ。私と同じクラスの級友のみんなだよ」
私はイリスにミーネ君たちを紹介する。
「よ、よろしくお願いします、イリスです……」
あっ。やっぱり私の背中に隠れちゃった。人見知りはまだ克服できてないな。
「可愛いですね。よろしくお願いします、イリスちゃん」
「癒されますわー」
流石にブラウンシュヴァイク公爵家のご令嬢だと知っているので、みんなは円卓のメンバーのようにイリスを取り囲んでどうこうはしない。だが、イリスの可愛さは伝わっているようだ。姉として私も鼻が高いよ。
「じゃあ、最初はどこからにします?」
「アッカーマン書店からにしましょう。次に商業地区巡り。それで、お昼をコンディトライ・ザマーで済ませて、それからミーネさんのドレス選びを。余った時間は適当なお店を見て回って潰しましょう」
ミーネ君が尋ねるのに、ロッテ君が答える。ロッテ君は几帳面だな。
「じゃあ、書店にレッツゴー!」
私たち6人は意気揚々と商業地区に乗り出した。
最初に向かったのはアッカーマン書店。
「あれ、イリスが読んでた本じゃない?」
「そうです。王子と青い小鳥のお話ですよ。とても面白かったです」
イリスは児童書をよくよく図書館から借りてきて円卓で読んでいる。メルヘンなお話が好きなようだ。だが、まだ恋愛関係の本は読んでない。イリスの好みではないのか、まだ子供には早いのか。
「アストリッド様。この本はお勧めですわ。ロマンティックですの」
「おおっ。仄かに漂う大人の雰囲気……」
ロッテ君が勧めてくるのは、大人な雰囲気のする恋愛ものの小説だった。これは興味ありますよ。何せ、中身は歳の差のある貴族令息と貴族令嬢の恋愛本らしいのだから。ベルンハルト先生に仄かな恋心を寄せる私には興味ありありです。
「これ買っちゃおうかな……」
「是非読んでください。時間を無駄にはさせませんよ」
魔術馬鹿の私だって恋のひとつぐらいしたっていいじゃない。
私がそんなことを思っていたときだった。
「アストリッド嬢?」
え?
「ベルンハルト先生? どうしてここに?」
「いや。授業のための資料探しに、と。アストリッド嬢たちは?」
予想外の人に出会った。まさか、私が妄想を膨らませられそうな恋愛小説を読んでいるときにベルンハルト先生と出会うとは。これは運命なのでは……?
「ベルンハルト先生。資料探しなら手伝いますよ?」
「せっかくの週末なんだから、アストリッド嬢たちは休みを楽しんでください」
がーん。運命だと思ったのにすげなく断られてしまった……。
「ベ、ベルンハルト先生。高等部の方、上手く行ってますか?」
「まずまずです。最初は狼狽えましたが、慣れてくれば次第にあいつらとも……」
ベルンハルトはそう告げて遠い目をした。
人はこうやってやさぐれていくのか……。
今はまだまだ新人だが、私が高等部に入るときには私好みのやさぐれ具合になっているのだろう。教師って職業は地球も異世界も大変だな。
「アストリッド様? こちらに今月のお勧めのコーナーがありますわ」
「ああ。今行くから。それでは、ベルンハルト先生、資料探し頑張ってください!」
今でも十分好みだけれど、流石に8歳児に恋する大人の男性はロリコンだ。
私はベルンハルト先生と別れるとお勧めコーナーでおすすめ本を見て回り、結局ロッテ君が勧めてくれた恋愛小説を買ったのだった。
ちなみに、イリスはなにやら新しい児童文学書を買っていた。本を読む子は賢くなるからいっぱい読むんだぞ、イリス。
で、暫く私たちが商業地区を見て回っていたときだ。
私の前でバスケットを抱えて歩いている同じ年ごろの少女を見かけた。知らない人のはずなのにどこか見覚えがある。あれはもしかして……。
その少女が歩いていたとき、向こうから男が走ってきた。背後から迫ってくる男に少女は気付いておらず、このままでは──。
「きゃっ!」
「邪魔だ! どけ、餓鬼!」
見事にぶつかった。
少女は膝から倒れて、男はその場から逃げるように走る。
「あの女の子、やっぱり……」
「アストリッド様!?」
私はブラッドマジックで身体能力を強化すると、一気に逃げようとする男の方に跳躍し、回し蹴りを男の背中に叩き込んでやった。安心しろよ。これでも威力は加減してるんだからね。
「げぶっ……」
男は不明瞭な呻き声を発して倒れ、男の懐から宝石類が零れ落ちてきた。
「ああっ! 捕まえてくれたのか!」
と、私が男に鉄槌を下したとき、男の走ってきた方角から中年の男性が息を切らせながら走ってきた。
「この男を追いかけていたの?」
「こいつ、宝石泥棒なんですよ。うちの店に入ってきて、私がちょっと目を離した隙に宝石を抱えて逃げ出しやがって。おや、あなたはオルデンブルク公爵家の……?」
「アストリッド。役に立てたなら幸いです。それでは」
「ま、待ってください、何かお礼を──」
宝石店の店主が何やら告げる中で、私はまだ蹲っている少女の方に向かった。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
大丈夫じゃないよ。膝、擦りむいているしあざになってるじゃないか。
「ちょっと待ってて」
私は少女の膝に手を重ねると、ブラッドマジックを行使する。呪いでも、身体強化でもなく、癒しのブラッドマジックを。
「ああ。これはブラッドマジックですか?」
「そう。あなたの場合、自分でやった方がよかった?」
私は少女が告げるのに小さく笑う。
間違いない。この子は──。
「あなた、名前を聞いてもいい?」
「エルザです。エルザ・エッカート。パン屋で働いてます」
やっぱりだ。
エルザ・エッカート。“流れ星に願いを込めて”のヒロイン。
今は家で営んでいるパン屋の店員で平民だが、私並みかそれ以上の高い魔力を有する女の子。その高い魔力を買われて、高等部から学園に入学してくることになる。
その実はフランケン公爵家のコンラートと妻ユーディトの間に生まれた子供なのだ。ちなみにフランケン公爵家はオルデンブルク公爵家を凌ぐ貴族の家系です。だから、立場上向こうの方が強い。
何故、それがパン屋をやっているのかというと、コンラートの妻ユーディトはそれほど身分の高い貴族の家系ではなく、いわゆる貴賤結婚という奴だったのだ。それでコンラートの父親のオットーは最初に生まれてくる子供が男の子ならば結婚を続けていいが、女の子ならば別れろと命じる。
そして、生まれちゃったエルザ。両親は結婚を解消されることを恐れて、子供を平民の家庭に預け、いずれオットーがこの世を去って、コンラートがフランケン公爵家の爵位を継いだら迎えに来ると約束する。
その日が、私が破滅を迎えるゲームエンド時の高等部3年卒業式でのことなのだ。
その正体さえ知っていれば下手な対応はできない。ゲームのアストリッドはその正体を知らずに平民、平民と苛めたが、そのせいで破滅するのだ。
だが、正体を知っている私はそんな下手なことはしない。しっかり媚びを売って、破滅フラグを回避するのだ。へへへ、お嬢さん。痛いところはございませんか?
まあ、ヒロインの特技は癒しのブラッドマジックだったはずだから、私がブラッドマジックを使って癒してあげても、特に意味もないかもしれないけれど。
「ありがとうございます。その、お名前は?」
「アストリッド。アストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク。よろしく」
エルザが控え目に尋ねてくるのに、私はそう告げて返す。
「アストリッド様、どうしたのですか?」
「ちょっと気になる子がいたからお喋りを。今行くよ」
エルザは私が貴族だと知ってぽかんとした顔をしていたが、ここであまりエルザに構っているわけにもいかないのだ。媚びを売るのは彼女が学園に入ってからでいいだろう。今はイリスとミーネ君たちと休暇を楽しむのだ。
……ミーネ君がこの平民風情がとか言い出したら面倒だしね。ミーネ君優しい子だけど、やっぱり貴族としてプライド高いだろうから。
「じゃあ、そろそろお昼にしよっか。ケーキ楽しみだね」
「楽しみです!」
イリスもミーネ君たちにちょっとずつ慣れてきたのか笑顔だ。
さて、お昼を済ませて、ミーネ君のドレスを選ばなければ。
…………………