悪役令嬢が期末テストに挑みます
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──悪役令嬢が期末テストに挑みます
円卓の雰囲気がピリピリしている。
それもそうだろう。期末テストが近いのだ。
初等部の私たちはのほほんとしているものの、中等部や高等部の先輩たちは必死に勉強している。いつもお喋りしてないで勉強をしていれば、こうも慌てずに済むものを、と偉そうなことを思ってみる。
「ローラ先輩は勉強は大丈夫なんですか?」
「ええ。歴史は気合で暗記したし、魔術工学関係は元々得意なのよね」
勝者の余裕を放っているのはローラ先輩だ。先輩は最近流行の少女向け歴史文学書を読みながら、優雅にお茶をしていた。他の先輩たちが必死に勉学に勤しんでいる間に。まさに勝者という感じである。
「魔術工学ってどんなことするんですか? 魔術を理論で理解する分野だということは知ってるんですけど、実際にどんなものをやっているのかはいまいちなんですよね」
私は高等部の勉強にも手を出しているが、その中でも理解不能なのは魔術工学だ。もろに理系っぽくてついつい遠ざけてしまう。いずれは学ばなければならないことだと理解していても……。
「赤ん坊が魔力を有しているか計測する機械があるでしょう? それに似たようなことよ。魔術の数値化が魔術工学のメインのお話。体感でしか理解できないものを、無理やり数値に置き換えて、それで理論的に魔術を考える話」
うっ。聞いているだけで大変そうだ。
「そんなに難しくはないわ。重要な公式さえいくつか覚えておけば、後は簡単よ」
「公式ですか……」
理系嫌いの私にはつらい話だ。
「ローラ先輩! ここ教えてくれませんか!?」
「ローラ様! これってどうなってるんです!?」
私と暢気にお喋りしていたらローラ先輩の下に迷える子羊たちが。
「これはチューリグンの方程式を使って──」
おおっ。ローラ先輩は迷える子羊たちを次々に導いていらっしゃる。流石だ。
ちなみに、学園では魔術を中心としながらも、数学や歴史などの理系文系の一般教養を教えている。だが、理系の分野はいささか難解で、かつ地球で教わるそれとは異なることが多いので苦戦を強いられそうだ……。
だって、文系の私だって生物が自然発生しないことを証明したパスツールの実験のことは知ってるけど、この世界じゃ自然の魔力によって妖精などが自然発生するって理論が一般的に受け入れられてるんだもん。うがー!
文系科目は割と物語方式に覚えていくタイプだし、好きな分野だからどうにかなるけれど、理系は高等部に入ったら地獄かもしれない。今から勉強しておくのは正解だね。うんざりとはするけれど。
「イリスはテスト、大丈夫?」
ローラ先輩が迷える子羊たちの相手に向かったので、私はイリスに話しかける。
「大丈夫です! しっかり勉強しましたから!」
「分からないところはない? 教えてあげるよ?」
流石の私も小学生の勉強では脱落していない。今のところ理系文系の両分野に自信があります。だって、いくら異世界でも小学生の勉強だし、それにヴォルフ先生の他にも家庭教師の先生がいて、その人たちから習ってたから。
「大丈夫ですよ。テストは満点取って見せます!」
そう告げてイリスがぐっと小さな拳を握り締める。本当に可愛いな、この子は。
「アストリッド。あなたはテストの勉強はしなくとも平気なのですか?」
げっ。私がイリスに癒されてたら、フリードリヒが来た。
「大丈夫ですよ、殿下。私もそれなりには準備していますから」
小学生の勉強で落ちこぼれになりたくないというのもあるが、テストの結果が悪いとお父様から家での魔術研究を禁止されるんだよー。それでは私が今必死に解決策を考えている口径120ミリライフル砲の研究が止まってしまうー!
「なら、一緒に勉強会と行きませんか? 皆でテスト前に勉強をするのも親交を深められていいでしょうから」
わーっ! 悪魔の提案だ! お前は鬼か!
「え、ええ。そうですわね。では、勉強会と行きましょう……」
うへえ。フリードリヒという核地雷がいるということはアドルフとシルヴィオのふたりの地雷もいるわけで、これは地獄……。勉強どころではない……。
だが、ここで下手に断ると怒りを買いそうなので大人しく運命を受け入れる。今は受け入れるがいずれはぼこぼこにしてやるからな、運命!
というわけで、私はドナドナとフリードリヒに連れられて、円卓の一角へ。
そこではアドルフが真剣に歴史の本を睨んでおり、シルヴィオが難しそうな顔をして地理の本を読んでいる。どなたも必死です。君たちは日ごろから勉強してるんだから、テスト前に一夜漬けみたいなことをしなくてもいいだろうに。
「アストリッドはどの分野が得意ですか?」
「魔術と文系ですね。文系科目でしたらちょっとはお助けできますよ」
私がそう告げるとアドルフとシルヴィオのふたりが同時に顔を上げた。
「な、なあ。歴史の勉強で何かコツはあるのか?」
「そうですね。暗記も大事ですが、歴史を物語として読み解くというのも重要ですよ。物語なら登場人物の名前を忘れたりもしませんし、前後の行動に矛盾があれば気付くことができますから」
私は歴史は大好きだ。前世では歴史本は読み漁った。主に戦史ですがね!
それでも、戦史を読むがごとく物語として歴史を理解すると、覚えやすい。戦争の勃発に理由があるように、それぞれの歴史的イベントには理由がある。その理由は物語の脚本のように前後に矛盾がないように連なっているのだ。
「なるほど。物語か……」
「初等部の歴史でしたら、教科書よりも図書館にある“諸王国物語”が分かりやすくていいと思いますよ。まさに、歴史を物語にしてますから。年号とかは流石に暗記するしかないですけどね」
私はアドルフにお勧めの書籍を教えておく。この間の懇親会のこともあって、最近の私はアドルフにそこまで警戒心を持っていない。何せミーネ君を彼女だと認識しているって分かったからな。そのまま引っ付け―。
しかし、ミーネ君たちはどうしているだろうか。教室ではよく話すが、私は円卓にいる時間が長くなっているため、最近どうにも疎遠に感じる。今度、遊びにでも誘ってみよう。そうだ。テストの打ち上げに誘うのがいいな。
「アストリッド嬢。地理はなにかコツがあるのでしょうか?」
そう尋ねるのはシルヴィオだ。
シルヴィオ。お前、凄く顔色悪いぞ。大丈夫か?
「地理は空間というか地図で覚えるのがいいですね。地図を広げてみて、鉱山や領主の名前を書いていくと覚えやすいですよ。ただ、地名を暗記するより空間的に把握した方が暗記の効率は上がります」
私は選択で世界史取ったから地理の勉強は友達の話に出たのを聞いただけなんだ。すまないな、シルヴィオ。
「そうですか。地図ですね、地図……」
「地図を書くところから始めてみましょう。自分で地図を書けばより効率のいい暗記に繋がりますよ」
まあ、初等部での地理ってのはかなり限定されているし、これで大丈夫だろう。
「助かります、アストリッド嬢。どうにか頑張ってみます」
おかしいな。日ごろから勉強熱心なシルヴィオがどうして焦ってるんだろう。
「アストリッド。私には魔術の実技のコツについておしえてくれませんか」
「え、ええ。いいですよ。なら、外に出ましょうか?」
魔術を室内でぶっぱなつのは他の円卓メンバーの迷惑になる。ここは外へ。
「アストリッド。気付きましたか?」
「何にですか?」
「シルヴィオの様子です。おかしいと思いませんでしたか?」
確かにシルヴィオは挙動不審というか、バグってたね。
「確かにおかしかったですが、理由はご存じで?」
「彼の父──宰相のシュテファンとトラブルがあったようです。将来、絶縁するかもしれないとすら言っていましたね」
「え? 絶縁?」
親と絶縁するとか相当だぞ。
「私の父であるヴィルヘルム3世が軍拡に乗り出したのは、宰相であるシュテファンの助言があったからなのです。オストライヒ帝国を打ち破ってライヒを統一し、メリャリア帝国の干渉を跳ねのけるには軍拡しかないとして」
ああ。ヴィルヘルム3世そのものも軍拡主義者だけど、宰相のシュテファンも同じ軍拡主義者なのか。どうりで、やけにスムーズに軍拡が進むわけだよ。納得。
「シルヴィオはそのことが間違っていると考えているようなのですよ。オストライヒ帝国ともメリャリア帝国ともまだ対話による解決はあり得る、と。安易な軍拡と戦争でことを解決しようとすれば、被害を被るのは国民たちだと彼は主張しています」
あいつも軍拡反対派か。世界情勢がどれほど緊迫感を増してきたのかは小学生の私には分からないが、鉄と炎の時代が近いと言われている中で、軍備整えないのもどうかと思うけどな。
「シルヴィオ様はもう既に国政について考えておられるのですね」
「いえ。彼は宰相の役割について考えているのです。宰相とは皇帝の良き相談役であり、かつ歯止めをかける役割を担うべきだと。今の宰相であるシュテファンは父上に反対の意見をすることはほとんどない。それが不満なのでしょう」
統治論は難しいのでパスしたいが、確かに皇帝と宰相が同意見でトントン拍子にことが進んだら、歯止めをかける人間がいない分、間違ったときの破滅は壮大だろう。
うーん。今のプルーセン帝国の軍備は調べたことがあるけど、オストライヒ帝国とは戦えても、メリャリア帝国とは厳しい気がする。あそこの人口は膨大だし、かつ攻め入りにくいインフラしてるし。
シルヴィオが考えているように今戦争するのは無謀だな。
そして、プルーセン帝国が破滅してしまうと、私も破滅エンドである。これはよろしくない。非常によろしくない。
だが、ことがまだゲーム通りに進んでいるならば、戦争イベントが起きるのは、高等部に入ってからのはずである。その頃にはプルーセン帝国の軍備も強化され、メリャリア帝国でも政変か何か起きているかもしれない。
私自身がゲームでハッピーエンドを見ているのだから、特に私が干渉していない国政においてゲームで起きなかったイベントが起きることはない……はずだ。
「アストリッドはどう思いますか?」
「今戦争をするのは危険でしょう。表向きは友好的に接しながらタイミングを待つべきです。そして、プルーセン帝国の軍備が整ってもすぐには戦争に踏み切らず、まずはオストライヒ帝国とメリャリア帝国の連携を断つように工作するべきですね」
二正面作戦は敗北を招く大きな原因。国の滅亡を避けるには1ヵ国ずつ各個撃破していくべきである。プルーセン帝国は大国とはいえど、2ヵ国を同時に相手にできるだけの軍備を整える人口はないはずだ。
「あなたもなかなか好戦的ですね、アストリッド」
「私はいかにして勝つかを考えているだけですよ。まあ、子供の考えですが」
脳みそお花畑のお前はもうちょっと好戦的になった方がいいよ。モンテスマ並みにとはいわないけれど。
「さて、では魔術の実技についてのコツについて教えてください」
「ええ。まずは水のエレメンタルから──」
こうして私たちは魔術の実技について勉強したのだが、どうやらフリードリヒはシルヴィオのことを話すために私を外に呼び出しただけらしく、フリードリヒの魔術の実技に穴はなかった。
っていうか、私にシルヴィオのことを相談されても困るんだけどな。そういうのはヒロインの仕事でしょう?
シルヴィオは私があてがってやったロッテ君ともあまり話してないみたいだし、ヒロインにはシルヴィオとフリードリヒの2発の地雷を処理して貰わなくてはなー。
ちなみに、この私とフリードリヒの魔術の実技の訓練を見ていたミーネ君は大興奮で、ついにご婚約ですか、などと言っていた。
そんなわけないだろう。君は人のことをどうこう言ってないで、早くアドルフを落としなさーい。
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