悪役令嬢と大砲
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──悪役令嬢と大砲
いろいろと最近は忙しくて、魔術に励む暇がなかった。
だが、今は予定はフリー。思いっ切り魔術を探求しよう!
私が現在試作中なのは口径120ミリライフル砲である。
聞き間違いではない。口径120ミリライフル砲を作ろうとしている。
あの懇親会の日に実感したが、今の私の現有戦力だけでは国には太刀打ちできない。運命と対決するにはもっと大きな火力が必要だ。機関銃よりも、グレネードランチャーよりも強力な火力が。
対戦車ロケットランチャーというのも考えたが、それでも不足と考えた。それで私は現代の主力戦車のひとつチャレンジャー2が装備している口径120ミリライフル砲を作ろうとしているのであった。
チャレンジャー2は私のお気に入りの戦車のひとつで、模型を作ったりもした。また内部構造についても、実際にボービントン戦車博物館で実物にも触れている。
なので、砲そのものを作るのは無謀ではない。
問題は砲弾の装填だ。
「どうにかして、これ作れませんか?」
「作ったとしても動かんだろ」
私が相談しているのはノームのおじさんだ。
私は最初は大砲を作るのは銃を大きくするだけだぜって思っていたのだが、現在の主力戦車が概ね持っている自動装填装置の開発で問題が生じた。
自動装填装置は砲撃時の反動などではなく、戦車の動力で作動する。つまりは電力とかである。ここが問題なのだ。
魔術では電力は生み出せない!
エレメンタルマジックは水、火、風、地の精霊に働きかけて作用するが、その中には電気を生み出すものは一切ないのだ。
もし、仮に電気が生み出せたとしても文系女子の私では自動装填装置のような複雑な機構は作れない。だが、自動装填装置がないと火力がガクンッと低下してしまう。火力を求めている私には望ましくない。
「魔力で作ったものを動かせればいいんですけどねー」
「それは無理な相談だ。一度生まれたものは虚無を連想して消すまで、この世の理において働く。魔術で敵地に矢を降り注がせられないのと同じことよ」
はあ。行き詰った。
自動装填装置はネットで動画みたりしてイメージはあるんだけれど、それを魔術で再現することは難しい。というか、不可能だ。油圧を使ってとも考えたが、文系女子の私には油圧でどうやって自動装填装置を動かせばいいのか分からない……。
こうもっと単純にできないものか。
「そうだ! 拳銃をそのまま大きくしてしまおう!」
ピコーンと私の頭脳にひらめきが輝いた。
「ノームのおじさん。これならどうです? これがこう動いて、そうするとここがこう動いて、それが装薬──魔術札に衝撃を与えて、ドカーンってわけです」
「ふむふむ。これなら動きそうだが、これだと最初の発射に使う魔術札の爆風がお前さんにまで達するぞ。どうするのだ?」
「それは風のエレメンタルと友好的な妖精ブラウちゃんに頑張って貰います」
私が地面に図を書いて説明するのに、ノームのおじさんが頷く。
「しかし、これは人体で取り扱えるものなのか? 反動が凄まじくないか?」
「ブラッドマジックを極限まで行使するから大丈夫です!」
まあ、戦車砲を手で扱おうとしたら、それなり以上の反動がありますよね。
だけど、大丈夫! 私にはブラッドマジックがある!
ヴォルフ先生は無理に使うと筋肉が引き千切れると言ったが、それは日々の鍛錬によって解消できる。この間こっそり校舎の3階からブラッドマジック行使した状態で飛び降りたけれど、骨折ひとつしていない。
「まあ、作ってみるが……」
ノームのおじさんはしぶしぶという具合に私が設計した大砲の作製に入った。
そして、待つこと数秒で完成である。
「できた! これぞ07式口径120ミリライフル砲!」
出来上がったのは巨大なレボルバーとしか言いようがない代物。
ダブルアクションのレボルバーとなっており、引き金を引けば自動的に砲弾が装填されて発射状態になる。これは誤射する可能性が低くて安全な構造だと軍事雑誌で読んだ気がするので。
「しかし、大きいですね」
「大きいのう」
完成品は圧巻の大きさ。
レボルバーのグリップはちょっとした子供サイズで、引き金というよりレバーもそれに応じて大きい。そして、砲身を安定化させるとための側面のフォアグリップに加えて、狙いを定めるための光学照準器が備わっている。
これは右腕でグリップを抱え込み、腕全体で引き金を引いて発射するのだ。
巨大な拳銃のお化け。果たして私に扱えるのか?
「とりあえず試射してみますね。砲弾装填、と」
今回使用する砲弾は模擬弾だ。弾頭に詰まっているのは煙幕を発生させる風のエレメンタルの魔術札が仕込んである。砲弾の構造そのものはグレネードランチャーとさして変わらない。
「ブラッドマジック、全開!」
私の体を魔力が駆け巡っていき、私の筋力と骨格が強化される。
「よいしょっと!」
幸いにして、砲弾の重さの原因のひとつである火薬類は魔術札に変えてあるので、重さはさほどない。ブラッドマジックのおかげだろうが、軽々と私は口径120ミリライフル砲を構える。
「では、狙いは3キロメートル先の藁人形」
藁人形はついに牧場の外れの外れの場所まで遠ざけられ、的になるのを待っている。
「発射っ!」
反動がズンッと体に響くがブラッドマジックがそれを打ち消した。
「次弾装填!」
レボルバーのシリンダーが回転し、次弾を砲に装填する。いいぞ、成功だ。
この調子で、私はシリンダーに収められていた全5発の砲弾を全て叩き込んだ。
ちなみに、レボルバーで生じる発射ガスはブラウが風で受け流し、私の方には僅かな熱気が感じられるだけになっている。
「どうだ! 命中率は!」
私はわくわくしながら、標的となった藁人形の方をじっくりとみる。
「意外と外れるなー……」
コンピューター制御でないのだからしょうがないが、命中したのは5発中2発だ。
「まあ、範囲攻撃する武器だし、それでも──」
ここで私はまたしても閃いてしまった。
以前、ブラッドマジックの本を読んでいたら、ブラッドマジックを使った簡単な道具の取り扱いについて記されていた。道具と体を結びつけるような働きで、実験では包丁を扱ったことのない素人の研究者と被験者が、ブラッドマジックによって薄い葡萄の皮を瞬時に剥いていた。まるで手を使って剥いているようだとして。
「これは使えるのでは?」
私はこの研究結果を私の砲にも活かせるのではないかと考える。
単につなげるだけでは意味がない。手の延長ではなく、手と目の延長でなければならない。そうではなければ、命中率は向上しない。確実に命中させるには、目で狙いを定めたことに連動し、砲を動かさなければならない。
つまり、連動すべきは──。
「よし、やってみよー!」
思いついたらやってみるのである。
私は新たに5発の砲弾を装填し、先ほどのように砲を構える。
「えっと。ブラッドマジックに連動させるには薄く魔力を表面に流して……」
ああ。ここで下手に大量の魔力を流すと、砲弾が誘爆してしまう。それだけは阻止しなければならない。
「よし。そして体内に流している魔力と対象に流している魔力を連動させて……」
私が連動させるのは砲身を支えるグリップと前方のフォアグリップ。そして、光学照準器だ。うっすらと流した魔力が体に繋がり、グリップが体の一部のように感じられる。これならば動かすのに支障はない。
そして、光学照準器。
光学照準器は覗き込まなくとも目に映るようになった。視神経に流れ込んだ視覚情報の中に光学照準器のレティクルが表示される。レティクルは今は中央に表示されているが、砲を動かすと、それに連動して動く。
砲身の角度によってもレティクルは動き、砲身を上げるとレティクルはそれに応じて、遠方に砲弾を投射するという情報を示す。人力光学距離計と言ったところだろう。砲身を下げればより近くに着弾するように情報が切り替わる。
悪くないね。後はレティクルの中央に藁人形を収めて──。
「ファイアー!」
まずは1発目。
命中!
この調子で私は4発の砲弾を藁人形に叩き込む。
全弾命中だ。手のブレによる影響はほとんどなく、確実に狙った目標に砲弾を叩き込んだ。これは大成功だっ!
「いえーい! やったー!」
周囲が発射ガスの高温の空気に包まれる中で、私はひとり歓声を上げる。
「マスター。成功したですか?」
「大成功だよ、ブラウ! 完璧!」
ブラウが怪訝そうに首を傾げるのに、私はガッツポーズでそう告げた。
「それはよかったです! ブラウもお手伝いした甲斐がありました!」
「うんうん。後でクッキーをあげよう」
ブラウが発射ガスを受け流しているからこそのレボルバー式ライフル砲だ。ブラウがいなかったら大やけどだよ。
「お前さんは……。そんな過ぎた戦力を持って何をするつもりだ?」
「前にも言ったじゃないですか。運命を叩きのめすんですよ」
これで我が軍の火力は急上昇。
問題は今のところ最大で5発しか連射できないことだ。レボルバー式は再装填が面倒だから、その点をどうにかしていかないとなー。
この世界ってファンタジーゲームでよくあるような容量が外見よりも大幅に多い、不思議な袋とかないから、砲弾を即座に使える形で持ち歩くのではなく、魔術札を持ち歩いてその場で作るしかないのも問題だ。
このふたつの問題が解決できれば、まさに火力が向上したと断言できるのだけれど。
まあ、今は砲ができたことで満足しておくか。
解決策は要研究だ。
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