悪役令嬢ですが、従妹が学園に入学です
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──悪役令嬢ですが、従妹が学園に入学です
時が経つのは早いもので、気付けば私も初等部3年に。
1年では土と風のエレメンタルの基礎について学び、2年では火と水のエレメンタルの基礎について学び、3年では土と風のエレメンタルの応用について学ぶ。そして、4年では火と水のエレメンタルの応用について。
ついでに魔力制御はこれまでを通じて、念入りに教えられてきた。私はヴォルフ先生から2年習っただけだけど、学園では初等部から高等部にかけて念入りに魔力制御を学ぶそうである。
魔力制御ができないと、高等部から習うブラッドマジックが上手く使えなくなるし、命にもかかわる。そのため学園では徹底的に魔力制御について学ぶそうだ。
私の魔力は底なしに近いとは言え、繊細な制御──例えば銃弾に詰める魔術札を作る際とか──が必要とされる場では、魔力制御が大事になってくる。銃弾が暴発しないようにするためにも、私も真剣に魔力制御の勉強を頑張ろう!
ちなみに魔力がもっとも高いのは私で、次点がフリードリヒ、その次がアドルフだった。予想外ながらシルヴィオはそこまで魔力は高くなかった。平均ギリギリという具合だったかな?
それはそうと、2年の歳月が過ぎたことで、ついに従妹のイリスが学園に!
やったー! 殺伐とした地雷処理ライフに清涼剤が!
入学式に参加するのは初等部4年生と新入生だけなので、私たち3年生は出席できなかったが、イリスは入学生代表であいさつしたというではないか!
イリスが優秀で私も鼻が高いよ。
「アストリッドお姉様!」
そんな初等部3年生が始まってから廊下を歩いていたとき、私を呼ぶ声が。
「イリス!」
「はい、イリスです! ついに入学しましたよ!」
イリスは私と同じセーラジャケットにプリーツスカート姿だが、イリスの方が100倍は可愛い。お人形さんみたいに滅茶苦茶プリティーです。イリスがこんなに可愛くて、私も姉として鼻が高いよ。
「イリス。学園はどんな感じ……ってまだ入学したばかりだから分からないか」
「ええ。人がいっぱいいて緊張するばかりです……」
ううん。やっぱりイリスは人見知りか。可愛くはあるけど、姉としてはイリスにはお友達をいっぱい作って欲しいな。
「あれ? アストリッド嬢、その子は?」
「ああ。ベルンハルト先生。この子は私の従妹のイリスです」
おや。今日は意外なところでベルンハルト先生に出会ったぞ。ラッキー。イリスのこと自慢しちゃおう。
「イリス。こちらはベルンハルト・フォン・ブロニコフスキー先生。私のクラスの教育実習生だった方よ」
そう、過去形なのだ。
今、ベルンハルト先生は教育実習生の立場を卒業し、正式に先生になっている。担当は高等部の1年。私たちが高等部に上がるまで、ベルンハルト先生とは一時のお別れなのである。悲しい。
「は、初めまして。イリス・マリア・フォン・ブラウンシュヴァイクです……」
イリスはそう告げると、私の背中に隠れてしまった。可愛いな、この。
「可愛いでしょう、ベルンハルト先生! 自慢の従妹なんです!」
「アストリッド嬢も入学したての頃はこんな感じでしたよ。今では初等部の女王のようになっていますけれど」
え? なにそれ? 初耳なんだけど?
「イリス嬢は新入生代表で挨拶されたそうですね」
「ええ。よくできた子ですから、代表にも選ばれますよ」
多分、ブラウンシュヴァイク公爵家の家名が響いたということもあろうが、この人見知りのイリスが新入生代表で挨拶できたのだから凄いのだ。私は姉として鼻が高いよ。
「アストリッド嬢もフリードリヒ殿下が同学年でなければ挨拶が回ってきてたと思いますよ。入学する前から魔術の才能は知られていましたし、オルデンブルク公爵家の令嬢ですからね」
「そうだったんですか?」
挨拶とか大変そうだし、ここはフリードリヒが身代わりになってくれたことをありがたく思おう。ありがとう、フリードリヒ。お前、たまには役に立つな。
「卒業式の卒業生挨拶はアストリッド嬢になるかもしれませんね」
「いやあ。どうでしょうねー」
正直、そんな大役は遠慮したい。
「それよりベルンハルト先生。高等部ってどんな感じです?」
「初等部は初等部でいろいろと大変でしたけど、高等部は高等部で大変ですよ。自分は初等部の教諭を希望したんですけど、高等部に配属されてしまいましたし……」
ああ。おかしいと思ってたんだよね。なんで、高等部に配属されるはずのベルンハルト先生が初等部で教育実習してるんだろうって。多分、この学園、ブラックだから人事とかも適当なんだろう。なんて学園だ。
「初等部の子は悪戯が分かりやすくていいんですが、高等部になるといろいろとやり方が変わってて、見破る方も大変です。この名誉ある学園で、いじめとか起きると問題になりますから気を使わなきゃいけないのが、また」
「頑張ってください、ベルンハルト先生! 応援しますよ!」
いじめ問題は異世界にもあるのか。
……ってか、そのいじめの主犯がアストリッドじゃないか。これじゃあ、ゲームのアストリッドとベルンハルト先生の間に立つフラグは破滅フラグだけですな。ゲームでは相当苦労したんだろうなー。
「それじゃ、そろそろ教員ミーティングがあるので。学園生活が充実したものになることを祈っていますよ、イリス嬢」
ベルンハルト先生はニッと笑って、イリスに手を振ると去っていった。
「あの方がお姉様がいつも話されていたベルンハルト先生なのですか?」
「うん。そうだよ。格好いい人だったでしょ?」
イリスがようやく私の背中から出てきて告げるのに、私が小さく笑った。
「お姉様がよくよく褒められるのも分かります。あの方は優しい方のようです……」
え? ひょっとしてイリスとベルンハルト先生の間にフラグが立った?
いやいやいや。それはない。いくら何でも年齢差が大きいし、私はちょっとこの世界をゲーム脳で考えすぎだ。フラグ管理は大事だけれど、世界は別にフラグで動いているわけじゃないんだぞ。
けど、イリスがどうしてもというなら、私はベルンハルト先生を諦めるよ……。
「どうされたのですか、お姉様?」
と、イリスが無垢な表情で私の顔を覗き込んでくる。
うん。そうだよ。イリスは私のような偽装幼女ではなく、まだ正真正銘の6歳だから、恋愛なんて早い。私の思い過ごしに違いない。
「なんでもないよ、イリス。じゃあ、イリスも円卓に行ってみよっか?」
「はい!」
イリスの恋する相手はいい人だといいな。いつか恋バナでもしたいものだ。
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「会長! こちらが以前からお話ししていた従妹のイリスです!」
私は円卓に入るなり、お世話になっている新会長ローラ・フォン・リヒノフスキー先輩にイリスを紹介。
前会長のヴァーリア先輩は今は卒業されて、無事シュレースヴィヒ公爵家のオイゲン様に嫁がれて、今ではお手紙のやり取りをしている。OBOGとして時折学園には来られるので、今もちゃんと伝手はあるのだ。
新会長のローラ先輩は高等部2年。理系の科目にお強い貴重な人材で、私も日々図書館の本を持ってきてはローラ先輩に教えを受けているとこです。しかし、この円卓の会長は女性が務めるのが常なのだろうか?
ちなみにこのローラ先輩もとある侯爵家の子息に嫁がれる予定で、私はしっかりとコネを作っております。子猫コネコネ。
「イ、イリス・マリア・フォン・ブラウンシュヴァイクです……。始めまして……」
肝心のイリスは背中からおどおどと見知らぬ人だらけの円卓を見ている。
「わあっ! 噂通りの可愛さね、イリスちゃん! 取って食べたりしないからこっちにおいでー。ここに美味しいお菓子があるわよー」
ローラ先輩は実に気さくな方で、私ともすぐ打ち解けた。ただ、毎日ちょっとお菓子食べすぎなのが気になるところである。だが、まるで太った様子を見せないので、代謝がいいんだろうな。羨ましい。
「ほら、イリス。一緒に行こう?」
「は、はい。お姉様……」
流石のローラ先輩でも一撃でイリスを落とすのは無理か。イリスは自分より年齢が高い先輩方に囲まれて余計に緊張している。
「ブラウンシュヴァイク公爵家は美人の家系だと聞いていたけれど、イリスちゃんを見れば本当だって分かるわね。あ、このお菓子美味しいわよ?」
「そうでしょう。そうでしょう。可愛いでしょう」
ちょっとでもイリスには人慣れして欲しい。円卓でも、同級生でもいいから、学園で一緒に笑える子ができて欲しい。私はいつも傍にいられるわけじゃないし、お家取り潰しになったらイリスとも離れ離れだし。
「イリスちゃんも円卓に招待する予定だったから、来て貰えるのは助かったわ。ようこそ、精霊の円卓へ、イリスちゃん。私たちはあなたを歓迎するわ。ここにいる人たちは、みんな友達と思って貰っていいからね」
「は、はい」
ローラ先輩がニコリと微笑んで告げるのに、イリスもちょっとだけ笑った。この調子ならば、イリスの人見知りも克服できるかも?
「はあ。それにしても可愛いわねー。アストリッドちゃんも可愛いけど、イリスちゃんもアストリッドちゃんの従妹なだけはあるわ」
「いいお姉さんがいてよかったね、イリスちゃん」
高等部や中等部の先輩方がイリスに惹かれて寄ってくる。イリスはもじもじしているが、私のことを褒められると笑顔を浮かべている。そうだ。私から切り崩していけば、いい感じなのでは。
「おや。そちらがアストリッドの?」
げっ。ここで来なくていい奴が来たよ。
「初めまして、イリス嬢。フリードリヒです。お姉さんのアストリッドさんとは同じクラスで学ばせていただいています」
そう、この学園はなんとクラス替えがないのだ!
そういうわけで、これから先も恐らく問題が生じない限りフリードリヒとの長い付き合いとなるだろう。もはや地獄ですら生ぬるい……。
「うーっ……」
あれ? 他の先輩方にははにかみ笑顔を見せていたイリスがフリードリヒにだけは警戒の視線を向けているぞ。
そうか。私のことをフリードリヒに取られると思ってるのか。以前、そういう話をしてたもんね。だけど、安心して、我が妹よ。こいつとはフラグの欠片も立ってないはずだからね。
そう立ってないはずだ……。立ってるとか勘弁して欲しい。本気で。
「おや。何か失礼を」
「い、いえ。けど、お姉様にはあまり近寄らないで欲しいです……」
わーっ! 頼りになる妹だー!
け、けど、これで怒ったりしないよね? 私たちもう8歳だぞ?
「アハハ。私は君のお姉さんを苛めたりはしないよ?」
「そ、それでもです! お姉様は私の大事なお姉様ですから!」
おう。いつも静かなイリスが語気を荒げている。……ちょっとだけ。
「あらあら。フリードリヒ殿下は警戒されてしまっているようですわね」
「困りましたね」
ローラ先輩が笑うのに、フリードリヒも暢気に笑っていた。
笑っているがいい、フリードリヒよ。これからの私には心強い味方がいるのだ!
「お前、アストリッド嬢の従妹なのか?」
次はお前か、アドルフ。あれから音沙汰ないから、こっちはどうしたのかと首を傾げてるんだぞ。まさか不味い地雷を踏んだんじゃなかろうかと。
「そ、そうです。その……」
「アドルフだ。アドルフ・フランツ・フォン・ヴァレンシュタイン。よろしく頼む。それで、聞きたいんだがまさかお前もブラッドマジックが使えるってことはないよな?」
「はい。ブラッドマジックは幼い子にはまだ早いと家庭教師の先生が」
あれ? イリスの家庭教師の先生はそういったの?
私はぽんぽんヴォルフ先生から教わってたからなー。
「そうか。子供にはまだ早いんだよな。時間はあるよな」
と、ぶつぶつ呟くアドルフ。
これはかなり重症だな。中等部で初歩的なブラッドマジックを習って、高等部に入ってからはブラッドマジックの授業が本格的に始まるが、アドルフは大丈夫だろうか。まあ、そこのところは彼女のミーネ君に解決して貰おう。
もう私はミーネ君とアドルフを引っ付けることにしている。ヒロインよ。アドルフには手を出すなよ。貰い手のないフリードリヒを貰ってやってくれ。
「可愛らしい従妹さんですね、アストリッド嬢」
最後はお前か、シルヴィオ。お前は比較的突っ込んでこない地雷だから安心だよ。
「あ、宰相閣下の息子様ですか?」
「……ええ。僕はシルヴィオ・ハインリヒ・フォン・シュタイン。宰相のシュテファンは僕の父親ですよ」
あれれ。父親を語るときのシルヴィオの表情がちょっと暗いな。もしかして、もう親子関係が崩れ始めているのか?
げーっ。高等部までなんとか持たせろよ。君の面倒は見たくないぞ。
「お姉様。円卓の方々を紹介してくださってありがとうございます。ちょっと学園生活が大丈夫な気がしてきました」
「それはよかったね! 私も一緒だから、学園生活を満喫してね、イリス!」
いろいろと難はありそうだが、イリスがひとまず安心してくれたなら何よりだ。
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